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116.プランタジネット

画像はウィキペディアから転載。


ホワイトシップ

前回、前々回に引きつづき、現実のキャメロットについてお伝えします。

スイスの学者アンドレ・ド・マンダッハによると、円卓の騎士の一人パーシヴァルはペルシュ伯ロトルー三世(一〇九九年~)の愛称(ニックネーム)とのことです。

つまりパーシヴァルのモデルはロトルー三世かもしれない、という説です。

冒頭から聞いたことのない名前が出てきたので興味が失せたかもしれませんが、今後も出てきますので頭の片隅に入れておいてください。

ロトルー三世は、イングランド王ヘンリー一世(一〇六八年ごろ~)の非嫡出子、マティルダ・フィッツロイと結婚しました。

ヘンリー一世

このマティルダは有名なモード皇后ではありませんが、なにはなくともヘンリーの娘です。

一一二八年、トロワ公会議の直後、テンプル騎士団の初代グランドマスター、ユーグ・ド・パイヤン(一〇七〇年~)は、ヘンリー一世の義兄弟のスコットランド王デイヴィッド一世(一〇八四年ごろ~)と会談しました。

デイヴィッド一世は、スコットランド王マルカム三世(一〇三一年~)と聖マーガレット・オブ・スコットランドの息子です。

聖マーガレット・オブ・スコットランドは、何度もお伝えしていますが、エドワード・アシリングとブルガリアのアガサの娘です。

デイヴィッド一世の姉、メアリー・オブ・スコットランドは、ブローニュ伯ウスタシュ三世(一〇五〇年ごろ~)と結婚しました。

このウスタシュ三世は、ゴドフロワ・ド・ブイヨンとボードゥアン一世の兄弟です。全員第一回十字軍の主要メンバーです。

ビザンツ皇帝アレクシオス一世コムネノスと面会するウスタシュ三世・ゴドフロワ・ボードゥアン三兄弟。望んでいない援軍たち。

ヘンリー一世は、デイヴィッド一世の姉マティルダ・オブ・スコットランドと結婚しました。

マティルダ・オブ・スコットランド

『アングロサクソン年代記』に記録されているとおり、ヘンリー一世は一一二〇年代後半にノルマンディーでユーグ・ド・パイヤンを歓迎し、イングランドでテンプル騎士団の支部を設立することを許可しました。

ヘンリー一世はのちに、ロンドンのホルボーンにある「オールド・テンプル」に、テンプル騎士団の最初の支部を設立することを承認しました。

https://www.theundergroundmap.com/wp/old-and-new-london-volume-1-the-temple/

https://londontopia.net/guides/top-ten-london-top-10-things-to-see-and-do-in-holborn/より転載

ロトルー三世の妻マティルダは、一一二〇年に難破したホワイトシップ号で死んだ英国王室たちの一人でした。つまり溺死しました。

ヘンリー一世とホワイトシップ号の遭難を描いた中世の写本

難破した原因は酔っ払い運転でしたが、とりあえず単なる事故と決めつけるのはナイーブすぎます。

ホワイトシップ号に乗船した約三百人のうち一人をのぞいて全員死亡したのですが、死んだ人の中にはヘンリー一世の嫡出子で唯一の王位継承者、ウイリアム・アデリンも含まれていました。

歴史的な融合

ウイリアムの死によって、一一三五年から一一五三年にかけ、イングランドの「無政府状態」として知られる継承危機と内戦の時代をもたらしました。

念のため付け加えておくと、イングランド王ヘンリー二世(一一三三年~)はヘンリー一世の息子ではありません。

ヘンリー一世
ヘンリー二世。似ていない。

さらにヘンリー二世の本名はアンリで、メーヌ生まれのフランス人です。

ホワイトシップ号の惨事によって、ヘンリー一世にはマティルダという名のたった一人の嫡出子が残されました。

このマティルダが、有名なモード皇后です。

マティルダ

モードの母はマティルダ・オブ・スコットランドで、マティルダ・オブ・スコットランドの母は聖マーガレット・オブ・スコットランドです。

そして繰り返しになりますが、聖マーガレット・オブ・スコットランドの母はブルガリアのアガサです。

モードは幼いころにドイツに移住し、そこでのちの神聖ローマ皇帝、ハインリヒ五世(一〇八六年~)と結婚しました。

このハインリヒ五世は、叙任権闘争に端を発する「カノッサの屈辱」で有名なハインリヒ四世の息子です。

一一三五年にハインリヒ五世が死ぬと、モードは父ヘンリー一世によってノルマンディーに呼び戻され、南の国境を守るための同盟としてアンジュー伯ジョフロワ五世(一一一三年~)との結婚が手配されました。

アンジュー伯ジョフロワ五世

このジョフロワ五世は、ジョフロワ・プランタジネットとも呼ばれます。

ジョフロワ五世は、アンジュー伯フルク五世(一〇八九年ごろ~)とエランブルジュ・デュ・メーヌの息子です。

ちなみにフルク五世は、父親のフルク四世と区別するために「若伯」とも呼ばれました。

下で死んでいるのがフルク五世

この若伯フルク五世は、一一〇九年から一一二九年までアンジュー伯、一一三一年から死ぬまではエルサレム王でした。

フルク五世は一一一九年から一一二〇年に十字軍に参加し、テンプル騎士団に所属しました。

そして一一二〇年にエルサレムに渡り、ボードゥアン二世やユーグ・ド・パイヤンと親しい関係になりました。

フルク五世はさらに、ノルマンディーの台頭による脅威を無力化することを計画していました。

なので息子のジョフロワ五世(ジョフロワ・プランタジネット)を、ヘンリー一世の唯一の嫡出子マティルダ(モード)と結婚させることにしました。Win-winです。

この婚姻によって、アンジュー家、ノルマンディー家、ウェセックス家が歴史的な融合を果たすことになりました。

アンジュー帝国。結果こんなふうになる。

アンジュー帝国

ヘンリー一世の甥スティーブン(一〇九二年ごろ~)は、ホワイトシップ号が出航する前に過度の飲酒で下船していました。

イングランド王スティーブン

スティーブンはその後、マティルダ(モード)や兄のシュリー伯ギヨーム、シャンパーニュ伯ティボー二世を排除し、イングランドの王位を奪いました。

ヘンリー一世の死後、マティルダ(モード)と夫でプランタジネット朝の創始者のアンジュー伯ジョフロワ五世は、イングランドの王位を巡ってスティーブンと同盟者たちと長く壊滅的な戦争を開始しました。

洋の東西を問わず、昔の武人たちはよく戦をしていました。マティルダ(モード)たちのように親族どうしで殺し合うこともありました。

疑問に思いつつも「昔の話だから」と片づけがちですが、親族どうしで殺し合えるのは理由があります。

マティルダは一一三九年、異母兄妹のグロスター伯ロバート(一〇九〇年ごろ~)と叔父のスコットランド王デイヴィッド一世の支援を受け、武力による王国奪取のためにイングランドに渡りました。

グロスター伯ロバート
デイヴィッド一世

いっぽう夫のジョフロワ五世は、ノルマンディーの征服に専念していました。

一一四八年、マティルダは夫の支配下にあったノルマンディーに戻り、長男をイングランドに残して戦いをつづけさせました。

結局マティルダの長男は、一一五四年にヘンリー二世として王位を継承し、プランタジネット家の「アンジュー帝国」を築きました。

イングランド王となったヘンリー二世は、二年前の一一五二年、アキテーヌ公ギヨーム十世の娘アリエノール・ダキテーヌと結婚しました。

https://www.thenewworld.co.uk/eleanor-of-aquitaine-great-european-lives/より転載。アリエノール・ダキテーヌ。

ギヨーム十世は、「トルバドゥール」アキテーヌ公ギヨーム九世とフィリッパ・ド・トゥールーズの次男で、フィリッパはトゥールーズ伯レーモン四世の姪にあたります。

アリエノール・ダキテーヌの最初の夫は、アリエノールの後見人のフランス王ルイ六世の息子、ルイ七世(一一二〇年~)でした。

アリエノールはこの結婚で、マリーとアリックスの二人の娘をもうけました。

アリエノールはフランス王妃として生涯に数回軍を率いました。一一四七年の第二回十字軍では指導者の一人もありました。

ただしアリエノールは夫のルイとちがい、物見遊山目的だったといわれています。部隊は随員のほか衣類などの荷物だけだったとのことで、別途護衛をつけなければならないのでかなり迷惑です。

そして一説によると、アンティオキア公国でアンティオキア公レーモンと一発やりました。

このレーモンはアリエノール・ダキテーヌの叔父で、アキテーヌ公ギヨーム九世とフィリッパ・ド・トゥールーズの息子でもあります。

この姦通が発端となってルイと離婚することになったようなのですが、不倫や近親相姦をする人にはある共通の理由があります。

第二回十字軍は、教皇エウゲニウス三世によって提唱されました。

エウゲニウス三世

この十字軍は、ヨーロッパの王たち、つまりルイ七世とホーエンシュタウフェン朝のドイツ王コンラート三世(一〇九三年~)が率い、ほか多くのヨーロッパ貴族の支援を受けた最初の十字軍でした。

エウゲニウス三世は、十字軍国家のエデッサ伯領が失われたことをフランスで聞き、一一四五年、フランス王ルイ七世に教皇勅書を送り、十字軍を呼びかけました。

このエウゲニウスの師匠は、クレルヴォーの修道院長の聖ベルナール(一〇九〇年~)です。

そして聖ベルナールは、テンプル騎士団を承認したトロワ公会議の中心人物でした。

結局第二回十字軍は失敗に終わりましたが、イスラム教徒にとっては大勝利となりました。

最終的にはエルサレム陥落に重要な影響を与え、十三世紀末の第三次十字軍遠征のきっかけともなりました。

十字軍遠征は富と名声を得るには絶好の機会で、立派な大義名分もあります。数々の失敗と遠征はマッチポンプ的ともいえます。

ルイより歴史的に重要な人物、アリエノール・ダキテーヌは、教養と美貌に恵まれ、いわゆる宮廷文化を花開かせた人、という評価を得ています。

アリエノールの宮廷は多くの吟遊詩人(トルバドゥール)や物語作家、年代記作家を引きつけ、そこで騎士道物語や宮廷恋愛ものが数多く生み出されました。

アーサー王物語の原型となった偽イングランド史『ブリタニア列王史』が完成したのもアリエノールの時代です。

わたしたちが「中世ヨーロッパ」と聞いてイメージする騎士道や恋愛は、このあたりで広まりました。広まったのはもちろん広めたからで、理由はもちろん政治的に利用するためでした。

アリエノールはパトロンとしての華々しい評価がある一方、当時の年代記作家からは「売女」「怪物」「魔女」呼ばわりされていました。

ウィキペディアによると、「これは西洋の女性への偏見が根底にあり、女性が権力を持つことを災いと見做す考えから生じた」のだそうです。

ユダヤ人への迫害はキリスト教徒が百パーセント悪かったようなのですが、これと同じにおいがする断言口調です。

しかも「女性」を十把一絡げにしていること自体が女性差別です。悪女も認めてこそのフェミニズムです。

アリエノール・ダキテーヌとルイ七世の結婚生活は十五年つづきましたが、男子の後継者に恵まれませんでした。

その後アリエノールはヘンリー二世と再婚し、五人の息子と三人の娘を産みました。

息子の一人、有名な獅子心王リチャード一世(一一五七年~)は、ヘンリー二世のあとを継いでイングランドの王位に就きました。

リチャード一世

ヘンリー二世とアリエノールは、次第に疎遠になっていきました。そして一一七三年、息子のヘンリー(若王)は父のヘンリー二世に反旗を翻しました。

ヘンリー二世はこの叛乱を支持したとして、妻のアリエノールを投獄しました。

一一八九年、ヘンリー二世が死んで三男の獅子心王リチャードが王位に就くと、アリエノールは釈放されました。

リチャードは第三回十字軍に出征するなど、ほとんど国にいなかった人です。なのでアリエノールは王太后として摂政を務めていました。

アリエノールは末息子のジョン(失地王)の治世のかなりあとまで生き延びました。

悪魔の血統

やや「歴史」的にお伝えしてきましたが、この一族はまともではありません。

王権争いや息子の謀反などは、広大な領地にその理由があったのかもしれません。そういわれるとなんとなく納得してしまいます。

ですが領地が広大になったのにも理由があります。人並み外れた野心と行動力です。

有名な伝説が示唆するように、アンジュー家たちは悪魔的な起源を持っていました。

一部の歴史家は、アンジュー家たちに「悪魔の末裔」という異名を与えています。

ウェールズの詩人ウォルター・マップ(シドンの頭骨伝説の最初の情報源)の親友、年代記作家のジェラルド・オブ・ウェールズ(一一四六年ごろ~)は、アンジュー家たちの物語の主要な同時代の史料です。

シドンの頭骨については以下をお読みください。

ジェラルド・オブ・ウェールズの物語は、しばしばメリュジーヌの物語の要素を借用していました。

ジェラルドは著書『De instructione principis(君主教育論)』の中で、ミサにほとんど出席しない「アンジューの某伯爵夫人」が、ある日突然飛び去って二度と姿を見せなかった、というメリュジーヌ物語に似た物語を記しています。

https://www.thenewworld.co.uk/eleanor-of-aquitaine-great-european-lives/より転載。ミサにほとんど出席しなさそうな人。

ジェラルドによると、リチャード獅子心王はこのエピソードを好んでよく語っていました。

さらに、リチャード王はこの出来事をしばしば引き合いに出すのが常であった。かれは、そのような血筋から生まれた者たちが、親を苦しめつづけ、兄弟どうしで争い合うのは不思議なことではない、と語った。なぜなら、かれらはみな悪魔から生まれ、やがて悪魔のもとへ帰っていくことを、かれは知っていたからだ。それゆえ、根があらゆる点でこれほど腐敗している以上、そのような株から生えた枝が、どうして繁栄したり徳を備えたりできるだろうか。

https://sourcebooks.fordham.edu/source/geraldwales-dip1.asp

同様の物語は、十三世紀のロマンス『リチャード獅子心王』において、アリエノール・ダキテーヌに関連づけられています。

https://www.enotes.com/topics/eleanor-aquitaine/criticism/criticism/robert-l-chapman-essay-date-1955

ジェラルドはまた、ジョフロワ五世とヘンリー二世が犯した罪に関する伝説のリストを提示し、二人の堕落した出自のさらなる証拠としています。

そしてジェラルドは、アンジュー家たちは堕落の行為を必ずしも禁じていなかった、と記しています。

この悪魔的な血筋こそが、これらの王子たちがしばしば悩まされていたと思われる、悪魔的なエネルギーと激しい短気の原因であった。「われわれ悪魔の血を引く者たちは」と、ジョン(失地王)の兄リチャード一世は皮肉を込めてこう語ったと伝えられている。「必然的に悪魔のもとへ戻らねばならない。われわれの遺産を奪うな。われわれは悪魔のように振る舞わざるを得ないのだ

https://bibliotecapleyades.net/dragons/esp_sociopol_dragoncourt02_13.htm

リチャード一世は、『アイヴァンホー』やロビンフッド物語などにも登場する有名人です。

そういった有名人が自分たちを「悪魔の血を引く者たち」と認めていたというのは、かなり不気味です。

以前も書きましたが、血はトラウマも含め、祖先の記憶や言動などの情報を記録しています。

家族どうしの争い、裏切り、親殺し、不倫、近親相姦などは、すべて血の成せる業です。テレビなどでもそういった事件が流れますし、身近にも「変わった家族」がいたりしますが、まともではない言動は本人たちのせいではなく血のせいです。

(上のリンクはてきとうに見つけたものです。リンク先のマンガは読んでいないのでおすすめしているわけではありません)

先に出てきた「悪魔的なエネルギーと激しい短気の原因」は、ユースタス・マリンズなら「寄生虫ユダヤの血が原因」とでもいうでしょう。

実際アリエノール・ダキテーヌはダビデの血統です。有名なアルフォンソ六世の嫁コンスタンス・ド・ブルゴーニュも、オットー大帝などザクセン人の先祖であるリウドルフの嫁オーダ・ビルングも、ノルマンディー公国の創始者でイギリス王室の血統につながるロロの嫁ポッパ・ド・バイユーも、みなダビデの血統です。

そしてこの嫁たちは全員、カール大帝の従兄弟で英雄のギヨーム・ド・ジェローヌに遡れます。

https://guyboulianne.info/2017/01/16/les-descendants-de-guilhem-de-gellone-perpetuent-le-cycle-du-roi-arthur/より転載

話を戻しますが、アーサー王伝説を普及させた『ブリタニア列王史』の著者モンマスのジェフリーは、ジェラルド・オブ・ウェールズ、ウォルター・マップ、マティルダ(モード)の兄グロスター伯ロバートと同様に、ウェールズ国境地帯のフランス語を話すエリート層出身だった可能性があります。

ジェフリーは自分の『ブリタニア列王史』を、グロスター伯ロバートに献呈しています。

ロバートはマティルダ(モード)の異母兄妹で、「無政府時代」における主要な支援者でした。母親の名前は伝わっていません。

ロバートの父ヘンリー一世は、グロスターの領主ロバート・フィッツハモンの娘メイベル・オブ・グロスター(フィッツハモン)との結婚を取り決めました。

このロバート・フィッツハモンは、ウイリアム征服王の従兄弟です。

ロバートはこの結婚によって、イングランドのグロスターとウェールズのグラモーガン、そしてノルマンディーのサント・スコラス・シュル・サルト、エヴレシー、そしてクリュリーというかなりの領地を得ました。

ホワイトシップ号の沈没事故のあと、おそらくこの結婚が理由となり、父親のヘンリー一世は一一二一年か一一二二年にロバートをグロスター伯に任命しました。

タイタニック号

船の沈没といえばタイタニック号ですが、一部の人間は人為的に船を沈めるなど平気の平左です。

ホワイトシップ号が人為的な沈没だったかどうかはわかりませんが、大いにあり得るということです(素人の推測です)。

親殺しや親族殺しも厭わないメンタリティーが、残念ながら人の上に立つアビリティーの一つです。

成り上がりも血の成せる業です。他者を押しのけてでも成功しろ、という有名人は日本にもいますが、そういう血統にない人間は無理に成功しようとしても無駄です。

現実的に「成功」したければ、血のにじむ猛勉強をして社長令嬢などが通う一流大学に入り、お嫁さんとしてゲットしてください。これで一族ともどもハイソサエティーの仲間入りです。

そしてその努力と経験は、血によって子孫に受け継がれていきます。

次回はこれまた有名な叙任権闘争です。やはり第一回十字軍やテンプル騎士団と密接に絡んでいます。

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謎の賢人 この記事はリサーチにかなりの時間を費やしています。有料にはしたくないので無料で公開していますが、チップをいただけましたら精神的にも励みになります。