連載小説 サンタドロップス(29)
台所から、奥さんとあかねさんの楽しそうな笑い声がする。そして美味しそうな匂いが漂って来た。
今夜は久しぶりの緑川家での夕食だ。テーブルには沢山のご馳走が並べられた。食材のほとんどは緑川さんの畑で収穫された物だった。
綺麗な水と空気の中で丁寧に育てられた野菜達は、それだけでも十分美味しい。そこに奥さんとあかねさんの愛情と言うエッセンスを加えられた豪華な料理の数々に俺は舌鼓を打った。
次の朝、緑川さんは散歩に行こうと俺とあかねさんを連れ出した。朝の山の清々しい空気は、都会暮らしの俺にとって、それだけで十分に贅沢な物だった。
「ここから見える山のほとんどは家の山なんだ。春はあの竹林で竹の子がニョキニョキ生える。秋にはキノコも沢山取れる、松茸だって生えるんだぞ、飽きるほど食える、ワハハハハ」
緑川さんは豪快に笑った。以前とは見違えるほど生き生きとした笑顔だった。
「ここの段々畑で米と野菜を作ってる。何てったって水が綺麗で美味しいからね、何を育てても良く育つんだ」
何段もの田んぼと畑が続いている。麓には小さな漁港がありくの字の堤防が見えた。その向こうは真っ青な海が広がっている。
「海では魚も釣り放題だぞ、ほんの十分で今夜のおかずはバッチリさ」
俺とあかねさんは紀伊半島の雄大な風景に圧倒されていた。
「そして、ここがブルーベリー畑、オレひとりじゃ中々手が回らなくて、今は放ってあるんだ、とても美味しいぞ」
と言って、緑川さんはブルーベリーの実を幾つかもぎ取り差し出した。俺とあかねさんは、手の平に乗せられた濃紺の実を、日の光に翳して少し眺めてから口に放り込んだ。
香り高く甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる、俺は目を閉じて紀州の恵みを存分に味わった。
つづく
