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ラサフラメナ 〈2. 世界を分ける数〉

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露店から立ち昇るハーブや霊草パンの香り、占い小屋の細い香炉、笑い声、そして道端に咲く色とりどりの薬草花。ヴィアンは歩くアーシャを時折見やりながら、道の入り組み方と匂いの多さに軽く顔をしかめた。

「こんなにぐるぐるしてて、よく迷わないですね」
「迷わないですよ、香りで全部わかるから。そろそろ十軒先のパン屋に焼きたてのルバーブパイが並ぶわ」
アーシャは少しだけ得意げに笑った。

彼女は淡いラベンダー色の軽装に身を包んでいた。いつの間にか結っていた髪はゆるく下ろされ、ヴィアンが植物園から持ってきた花束の白い薔薇が耳元に飾られていた。

「ヴィアン⋯⋯さん、歳は?」
「十五、かな」
「なんだ〜やっぱり私と同い年だね。タメ口でいいよ」
「⋯⋯じゃ、遠慮なく⋯⋯。噂には聞いてたけど、ここの巫女たちの占いや夢見、ってやつ? 当たるんだってな」
「ふふ、そんなふうに噂されてるんだ。私たちフラメナーラはフラメナ山と共にあり、あの山の力を借りてきているだけなのよ。だから、あまりこの土地から離れすぎちゃいけないとも言われてるの」
「呪い?」
ヴィアンの声は冗談めいていたが、アーシャは真剣に首を振った。
「呪いというより⋯⋯"調律が狂う"っていうのかな。香と霊火、それに霊山そのものや、薬草や水の力に、私たちの身体も魂も調和してるから。外に長く出ると、熱が出たり、神託のための夢が歪んだり、見なくなってしまうこともあるの」
「不便だな」
「そうね。でも、兄さんのジェイドや、フラメナールたちが代わりに外に出てくれる。夢を運ぶのが、彼らの役目なの」

「⋯⋯夢を、運ぶ?」

アーシャは立ち止まり、香具屋の軒先でくるくると回る風鈴のような護符を見上げた。
「私が見た夢は、記録して手紙にもするけど、それだけじゃだめなこともあるんだ。香のニュアンス、声の調子、絶妙な間合い⋯⋯そういうものも全部含めて、"夢見"として伝えないと、届かないことがあるの。本当に大切なことは、文字だけじゃ伝わらないんだって」
「文字だけじゃ、伝わらない?」
「伝わらないこともある。声って、魂の形をしてるから、そのまま伝えられたほうが、本当は良いみたい」
ヴィアンはその言葉を黙って聞いていた。

「ジェイドは、兄だからなのか、とても私の夢との相性がよくて。私が視た夢を歪みなく解釈するの。それに⋯⋯外の世界の人にいちばん正確に伝えられるのは、きっと兄さんだと思う」

その時、風が吹いて、ふたりの間にルバーブとシナモンの香が流れた。焼き立てのパイが並んだようだ。

「そういえばさ、なんで私がアーシャだってすぐにわかったの? ずいぶん迷いなく、薔薇を渡しにきたじゃない」
「⋯⋯植物園の人が言ってたんだ。『アーシャ様は光り輝いてるから、すぐ分かるよ』って」

アグニア文殿。朝の光が格子窓から射しこみ、沈香が静かに揺れる中、グル・ユラを囲むように生徒たちが円座に集まっていた。

アグニア文殿円座。
その中央に、アイリス色のローブを纏ったひとりの人物が静かに座していた。グル・ユラである。グルは誰よりも静かに、誰よりもゆっくりと、語り始めた。

「世界を分け、説明するとき。君たちは、いくつに分ける?」
静寂が広がる。誰も答えず、ただ次なる師の声を待つ。

「今日は、たとえば、"四つ"に分けよう。これは古くて新しい数だ。君たちが香に触れるとき、夢を視るとき、そして誰かと因果を結ぶとき⋯⋯そのすべての瞬間に、これらは関わっている」

グル・ユラは指を一本立てる。
「ひとつめ、火。昼は太陽、夜は星々となって地上を照らし、外も内も照らすもの。祈りも、怒りも、芸も、この火の遣いだ。火はただ燃えることでしか、何かを示せない」

次に、指先を下に向ける。
「ふたつめ、地。形を与えるもの。触れられること、積み重なること、思い出の場所。すべては地に記録、蓄積される。だが動きは遅く、時に鈍い」

指先を天上にひらひらと動かす。
「みっつめ、風。見えず、掴めない。だが、どこにでもいる。言葉、理解、分類、噂、そして観察。自由を象徴しながらも、自由ゆえの罠も孕んでいる」

そして、最後に⋯⋯指先を下方に向け、見えない何かをねっとりと混ぜるように言った。
「よっつめ、水。流れること、混ざること、沁みこむこと。あらゆる変化する感情たち。情念、執着、そして癒し。水は与え、抱き、沈め、溺れさせる」
少し沈黙したのち、グル・ユラは目を閉じて静かに続けた。

「世界は、この四つでできている」

ザフール留学予定のひとりが、小さく手を挙げる。

「私たちは、火ということでしょうか? 霊火に仕えていますので」

師は、ほんの少し笑った。

「君たちは、"まず"、火を体現しにここに来た。ここで生まれ育った者、区外から来た者。みな、たまたま火という因縁で結ばれただけだ。四つに分けて話したが、世界はご存知の通り分かれてはいない。君たちは"分ける"ことで理解しようとする。だが本当は、"どこからが火で、どこまでが水か"なんて、誰にも決められない」

誰もがしばし言葉を失った。
静かに、しかし深く、何かが身体に沁み込んでいく感覚だけがそこに残った。

「ザフールでは、君たちはまた違った世界の分け方、概念、法則を学ぶだろう。薔薇月の満月カーラ・タルニが終わったら出発だ。体調を崩さないように! 日々早めに休みなさい」


—アグニア文殿—ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ラサフラメナ霊山都市の東門付近に位置する、知の殿堂である。都市の中では珍しく「知はすべてに開かれるべし」という理念を掲げ、他の区域とは異なり、比較的外部の人間にも門戸が開かれている施設。

この場所は図書館・博物館・学校という三つの機能を併せ持つ複合的な施設として運営されており、火と香の文化が根づくラサフラメナにおいても論理的思考や比較文化、言語、歴史、占星学、薬草学などの知的営みを学び、残し、共有する場として機能している。
蔵書は非常に多く、古代から続く霊火信仰の記録だけでなく他都市、他国から寄贈された書籍や天文図、詩文、さらには異教的な記述や禁書に近い資料まで保管されている。

とくにザフール星天都市からの天文学、占星術の資料が整備されており、ラサフラメナのホロスコープ制作にも関わる重要なデータベースとなっている。施設の内部は、吹き抜けの円形構造を持ち、中央の祈祷炉を囲むように閲覧スペースと階層ごとの書架が広がっている。フラメナールたちや夢見通達者たちが調査や報告書作成の仕上げに訪れるほか、巫女見習いたちも修行の一環としてここで勉学を行う。時には区外の若者も足を運び、生まれや身分の関係なく交流ができ、文化の交差点にもなっている。

また香りを読み解く文献、夢の記録の解釈法、霊草の分類など、ラサフラメナ独自の知識体系が整理されており、グル(師)たちもよく足を運び教えている。内部では静かに香が焚かれており、紙と樹皮と香の匂いが混じる空間はそれ自体が祈りに似た静寂を湛えている。

アグニアとは「火の知性」を意味する。この文殿はラサフラメナの霊性文化における"知の火種"を守る場所でもあるのだ。
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ラサフラメナ登場人物、概念、施設等一覧


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