見出し画像

闇 632(こなもんと面接編)

闇 632(こなもんと面接編)

2026/08/06 thu
※俺は13年間のブランクのリハビリをしているだけなんじゃないかなとまで感じるようになった。そしてこのまま朽ち果てるのは悔しいから自身の人生を書き残している。
前回の章


二千二十四年一月十三日、土曜日大安。

栄福不動産とマンション契約の電話をする。
スムーズに行くと思ったが、何故か謎の面接をすると言われた。

部屋を借りるのに面接?
そう思ったが、すでに賽は転がってしまっている。
まずは河本マンションの脱出を最優先。

面接予定日を十九日の朝十時と、時間まで指定される始末。
これには仕事があるので、せめて夕方の四時以降にしてくれないか頼んでみる。
こんな意味不明な面接で、いちいち仕事を休むのが嫌だったのだ。

しかし栄福は、朝十時を一向に譲ろうとしない。
これ以上話しても無駄かと了承し、電話を切る。

そういえば元々は龍平が俺にマンションへ住んでくれたら心強いと言っていたのだ。
あいつに面接をする事になったと伝えれば、家族にそんな事いちいちしないでいいと働きかけるかもしれない。

俺は自称俳優へ連絡をしてみた。

『今月十九日十時に、若菜さんのマンションの面談になりました。 岩上智一郎』

『了解です。 若菜龍平』

2024/01/13 LINE 若菜龍平

「……」

了解ですじゃねえよ、このボケ。

俺は直接電話をして、面接を何とかならないか聞いてみる。

「若菜さん、マンション借りるのに面接って、初めて聞いたんですけど?」
「ん-、不動産がそう決めたんで、それはしょうがないですね」

本当にコイツ、クソの役にも立たねえな……。

「じゃあせめて時間をもうちょっと遅くにできませんか? 昼の三時には仕事終わるんで、四時…、三時半ぐらいからなら、休みをいちいち取らないで済むんですよ」
「いや、時間はびた一文まからないんで、その時間でお願いします」

「分かりましたよ……」

さすがに不機嫌な声をあえて出す。
一体何なんだ、コイツは?

「あ、岩上さん!」
「何ですか?」

「今日もし暇だったら、一杯行きますか?」
「行きませんよ! ただでさえ金がこれから掛かるのに」

「あ、状況も分からずすみません」

苛立ちが酷くなるのでそのまま電話を切る。
普通これまでずっと俺にタカってきたのだから、せめて今日ぐらい自分が奢るからとかそんな事も言えないのか、あの馬鹿は。

日にちはそれでいいが、仕事があるから面接を数時間伸ばしてほしいと言っているだけなのに、一切拒絶。
河本マンションも相当なキチガイだが、斜め向かいの若菜一家もかなりヤバいぞ?

あー、酒でも飲みに行こう。
ストレスが酷過ぎる。

大久保通りを渡りすぐのデジニランドへ入った。

韓国の焼肉屋だが、本当にふざけた店名だ。
そもそもディズニーランドは大久保でなく、千葉じゃねえか。

ホルモンを中心に頼み、酒を飲む。
出てきた肉を見ると、肉質も悪いのが分かる。

2024/01/13 大久保通り でじにらんど

まあ焼いちゃえば一緒さ。

2024/01/13 大久保通り でじにらんど

外を見ると、雪というか霙がちょっと降ってきた。

俺に魔法を使える力があったら、霙を一つにカチカチに固めて「ブリザド!」と唱え、河本マンションへ氷の塊を落としてやるんだけどな。
あ、十分の一ぐらい別にして、龍平の頭へ氷を落としてやりたい。

あの野郎、面接の時間に対し、何がびた一文まからないだ。
金額を六万八千円を八万六千と言ったり、七万五千円でいいと自分から言いながら契約手前でやっぱり正規料金と、金に汚いのは若菜ファミリーじゃねえか。

龍平も自分から来てくれと言っといて、一回ぐらい自分が掛け合うとかそんな精神もないのか、あの馬鹿。
脱出する為とはいえ、何かどいつもコイツも頭に来るなあ……。

あー、神様。
本当にいるなら、俺に氷を操る力を授けて下さいな。


二千二十四年一月十四日、日曜日赤口。

柏原から夜飲みの誘いがあり、今の状況を話す。
会話のほとんどが河本マンションと若菜龍平一派の愚痴。

それでも二つ年上の柏原は、根気よく聞いてくれる。
彼のその姿勢が有難く感謝をした。

串市場んという憩いの場を失った俺たちであるが、最近では小滝橋通りにある居酒屋しょうちゃんで飲む回数が増えた。

「岩上さん、せっかくだから共有のボトル入れませんか? そうすれば仮にどっちがいつ来ても、好きに飲めるじゃないですか」
「そうですね。じゃあ入れましょう!」

彼が何軒か紹介してくれた店の中では、このしょうちゃんが一番気に入っていたので、快く提案を受け入れる。

「そういえば大将のところ、串市場んの建物の地下あったじゃないですか」
「えーと…、お好みや井上でしたっけ? いつやっているのか分からない店ですよね?」

「何だかそこで間借りして、店を十八日ぐらいからやるみたいですよ」
「え、本当ですか? それは嬉しいですね!」

嫌な事続きの中の朗報。
またマスターの店が形を変えて再会する。

おそらく今の俺には翼を休める場所が必要なのだ。
十八日といえば、あと数日。

龍平マンションの面接の前日か。
どうせその日は仕事を休まないといけないのだ。
それならマスターの新店で、浴びるほど酒を飲もうじゃないか。


二千二十四年一月十五日、月曜日先勝。

朝七時の出勤という時間帯だけキツいが、それさえクリアすれば基本的に楽な早番。
遅番から継続して客が残っていなければ、暇なまま時間を潰すだけでいい。
これで月に五十万前後の給料をもらっていいのかなと、罪悪感を覚えるほど。

若菜に連絡を取り、面接で必要な書類を聞く。
住民票に就業証明をするダミー保証会社の証明書。
確か住民票は去年引越しを考える際、川越で取っておいたのが一通ある。

とりあえず書類を渡すと、住民票の記載が一ヶ月以上過ぎているから新しい日付のものじゃないと駄目だと言われた。

「え? だって川越は持ち家ですよ? マンションと仮屋でなく。内容なんて何も変わりませんよ?」
「うーん…、そうなんですけど、不動産が言うには一ヶ月以内の住民票をとの事なので」

本当にこの馬鹿、一回も役に立った事ねえじゃねえか……。

「とりあえず契約終えてからでもいいですよね、住民票は? 一応同じものがあるんだから」
「いや、岩上さん。そこは面接の日前までに用意してもらいたいんですよ」

「……」

仕事を三時に終えて西武新宿駅へ行っても、川越まで最低一時間は掛かる。
そこから市役所まで、徒歩だと三十分は見ておいた方がいい。
つまり…、また仕事をわざわざ休んで住民票を取りに行かないと駄目だという事。

俺はインカジ『レディ』へ電話して、急遽明日の仕事を休みにした。
何で部屋を借りるのに、二回も仕事を休まないといけないんだよ……。

「どうします? このあと一杯行きますか?」
「行きませんよ!」

俺は呆気に取られている龍平を置いて、河本マンションへ戻った。

「岩バミさん! 家賃、家賃!」
「うっせえよ! 月末までだろうが!」

初めてメガネザル大家へ怒鳴りつける。
大人しくしてりゃあ、いい加減にしろよ、クソ共が……。

大久保という土地の良心が串市場んのマスターと柏原。
彼ら二人がいなかったら、こんな呪われた呪詛だらけの土地など、とっととおさらばしているんだけどな。

ベランダへ行くと、乱暴に火をつけながらセブンスターを吸った。


二千二十四年一月十六日、火曜日友引。

住民票は一ヶ月以内のじゃないから駄目と言われ、俺は昼頃川越へ向かう。

いい加減面倒だから、住所変更をしようかなと何度も思った。
しかし地元には仲のいいの政治家が二人もいる。

一人は衆議院議員の中野英幸さん。
彼の父親である清さんの時代、今は亡き祖父の岩上甲子郎がその名誉会長をずっと頼まれ、岩上家と中野家の絆がある。

ましてや英幸さんは県議へ立候補する際、わざわざ俺個人に向かって出馬表明するという義理を果たしているのだ。

「智一郎。聞いているとは思うけど、この度県会議員選挙に出馬させてもらう」
面倒見のいい俺より十歳年上の英幸さん。
この人が政治家になるなら、心から応援したい。
俺が岩上整体を開業している時も、来てくれた。
「英幸さん、俺…、本当に応援します!」
鰻を食べながら他愛ない世間話をして、食事を終える。
「智一郎…。おまえは岩上家の長男なんだ」
そう…、俺は岩上家の形だけ長男。
「おまえが岩上家を継げ。それで俺の陣営に来い」
「……」
昔から家の内情を多少は知っている英幸さん。
今回俺などをこんな場所へ招待し、わざわざ出馬する事を伝えたのには、背後におじいちゃんの孫という立ち位置があるからだ。
英幸さんの父親、中野清さん。
おじいちゃんは、清さんの名誉会長を務めていた。
その兼ね合いもあるのだろう。
清さんとはおじいちゃんに頼み、家に呼んでもらい『新宿クレッシェンド』が悪用されないようデータを預かってもらい保証人になってもらった以来。
まあそんな作品が賞を取り、世に出版されたのだ。
無名に近いが、俺には元プロレスラーと本を出した小説家という顔もある。
地元川越辺りでは有名な話だ。
英幸さんの誘いの意図は、岩上家長男という家柄、そして作家と格闘家というちょっとしたネームバリューが欲しいのだろう。
ただ、俺はぶっちゃけ政治にはまるで興味が無い。
そして常に蚊帳の外扱いだった家業。
あの家には親父や妹の叔母さんであるピーちゃんも住んでいるのだ。
継ぐなど、到底無理な話である。
それは家の内情を簡単に英幸さんへ説明した。
「智一郎…、親父さんを許してやれよ……」
「いや、無理です!」
英幸さんは親父の実態まで知らない。
だから簡単に言えるのだ。
「許してやれって、智一郎。俺もな、親父が今社長だろ? 俺に会社は引き継ぐけど、金は自分が見るとか言うんだぜ? そりゃあないだろって。だからこの機会だ。おまえが岩上家の跡取りになるしかないんだよ」
英幸さんはそのまま家業を継ぎ、今度は選挙にも出馬する。
正に絵に描いたようなレールを敷かれ、その道を歩んでいた。
英幸さんと、俺はまるで違う。
親子の繋がりも、家族間の繋がりもすべて違う。
だから現時点の俺が置かれている環境など、絶対に分かりはしないだろう。
「でも、英幸さんが選挙に出る事に関しては、心から本当に応援しますし、逆にようやく出るんだなと思っているくらいです」
英幸さんはしばらく俺の顔を見たあと、笑顔になり「分かったよ、ありがとう」と握手を求めてきた。
帰りも運転手に送らせると言うが、それはさすがに断り丁重にお礼を伝える。
家に戻り、家族の繋がりというものを考えた。
英幸さんに誘われた鰻のいちのや。
あそこの昌也さんも、親父さんから店を継承され現在も上手くいっている。
現在川越市長の船橋家もそうだ。
息子であり、俺の同級生一浩は現時点で基盤を受け継ぎ、今や県会議員だ。
親から子へ流れるルーツ。
本来それが当たり前なのだから……。

あれがあったから、たかが一票かもしれないけど、俺は英幸さんへ投票する為に横浜に住もうが住所を変えずにずっと生きてきた。
財布を落として手続きが面倒な時だって。

おじいちゃんの本家初孫である俺が、どうしてそれを裏切れるだろうか。

そして去年の四月…、岡部さんが大久保に来た時の会話を思い出す。

新大久保駅で、検診の終わった岡部さんと合流。
この近くでタバコを吸いながら酒を飲める店。
久しぶりに大明飯店へ連れていく。
ここなら安定した味の街中華。
個々に好きなものを食べながら、近況を話し合う。
「そうそう、明日は選挙じゃん。智一郎は須賀さんに入れるのか?」
「え、もうそんな時期なんですか?」
「おまえのところだと中央小だろ、投票場所は」
「あ、じゃあ今日休みだし、このまま岡部さんが川越帰る時一緒に行こうかな」
「住所はまだ実家のままなのか?」
「ええ、だって中野英幸さんの投票の為、川越から住民票移していませんでしたけど、今回同じ自民で県議に須賀昭夫さんまで出馬じゃないですか。余計に川越から移せないですよ。何かと新宿にいるから不便ですけどね」
これは初期横浜時代から変わらない俺なりの誠意だった。
「俺のなんて本当たかが一票なんですけどね」
「馬鹿だな、おまえは。そういうのが尊いし、すべて根本からを支えるんだよ。本来選挙なんてそんなもんだ」
「英幸さんがあの時俺を誘って出馬表明したのは、おじいちゃんの顔があったからだけです。それでもそれを今になったからと袖にするのも違うと思うんですよね」
「智一郎がそう思うのなら、それでいいと思うよ。じゃあそろそろ川越へ向かうか」
「あ、岡部さん、ここは俺が連れてきたんだから、払わせて下さいね」
「うーん…、分かったよ」
大明飯店のおじいさんとおばあさんと、笑顔で会話をして店を出る。

英幸さんが衆議院、俺の先輩の栄治さんの兄である須賀昭夫さんは県会議員。

俺が新宿にいようと住所は川越のままだ。
これは自身のエゴなのだ。
だから仕事をまた休んで取りに行く。

市役所へ着いて、住民票をお願いしていると、背後から「あれ、智ちゃん」と声を掛けられる。

「あれ、昭夫さん! どうしたんですか?」
「何だよ、俺が市役所にいちゃいけないのか」
「いえいえ」

県会議員の昭夫さんとバッタリ遭遇。
あまりのタイミングの良さに思わず吹き出してしまう。

「何だよ、人の顔見て吹き出して」
「違いますって! あまりにも偶然過ぎて」

「ところで智ちゃんこそどうしたよ?」

「俺のフェイスブック見てますよね? どうしょうもない台湾人大家の不当光熱費問題。埒が開かないから、引っ越すんですよ。それで住民票を取りに来たんですよ」
「住所変更してなかったんだ?」

「もう! 昭夫さんや英幸さんが議員になっちゃうから、こうして面倒だけど移してないんじゃないですか!」
「はは、悪い悪い。ありがとうね、智ちゃん」

数秒程度の会話しかしてないけど、久々に会えて良かった。
さすがに俺に市議会議員で出馬しろというのは、諦めてくれたかな。

市役所を出ると、大正浪漫通りへ向かう。
しかしヤスのカガヤカフェは休み。
今日って水曜日じゃないよな?
加賀屋へ入り、おばさんにヤスの店が開いてない事を伝える。

「あの子、今日は寒いしもうお客さん来ないだろうって、さっき帰っちゃったのよ」
「まったくあの野郎…。おばさん、ちゃんと真面目にやれって言っといて下さいよ」

「まったくあの子もねえ…。そういえば智ちゃん元気でやってんの?」
「今度引越しするから、川越まで住民票取りに来たんですよ」

「え、今度はどこに行くの? 横浜?」
「違いますって! 今のマンションの台湾人大家が、暴利な光熱費をずっと請求してくるから、斜め向かいのマンションに引っ越すんですよ」

「え、そんな近くに?」

こうなるとまた河本マンションとの経緯。
そして自称俳優若菜龍平の二度に渡る梯子外しなど、これまでの事情を掻い摘んで話すようだった。

「もう、本当にハチャメチャで嫌になりますよ」
「あんた、せっかく大きな家あるんだから、川越に帰ってくればいいのに」

「あんな家族の家にいるのも嫌なんですよ」
「まあ、智ちゃんは本当に一番貧乏くじを引かされているもんね」

昔から岩上家の状況を知っている地元でも数の少ない人間。
俺は若い頃から、この人を勝手に擬似の母…、擬似母だと思っている。

「まあ昔みたいに無駄使いはしてませんから、安心して下さいよ」
「本当にしっかり貯金しなさいよ?」

「分かってますって。櫻井さんところ寄って、新宿戻りますよ」

そのまま櫻井さんの櫻井商店へ向かうと、ここも閉まっていた。
仕方なく川越駅に向かい、クレアモール沿いにあるとろたくに寄る。

2024/01/16 川越クレアモール 町鮨とろたく

天丼に茄子の天ぷらを食べてから外に出ると、あまりの寒さに身を縮める。

電車に乗って、健康ランドを検索すると和光駅に『おふろの王様』があるので行こうかと考えた。
しかし風呂上がり、この寒さの中、新宿へ戻るのも何か嫌だなと断念。

一番好きな茄子を食べたのに、力がここまで湧いてこないなんて、本当に何て寒さだろうか。
これもエネルギーバンパイアの河本マンション夫婦と、若菜龍平ファミリーのせい。
目を閉じると右腕に河本、左腕に若菜一派がぶら下がっている気がした。

あー、もー大久保大嫌い!
溜め息をつきながら河本マンションへ戻った。


二千二十四年一月十七日、水曜日先負。

仕事中、三十歳の同僚湯浅に龍平の愚痴をこぼす。

「何か岩上さんの周り、変な人ばかりですよね」
「うん、確かにあの大久保界隈は、おかしな人だらけだ……」

「ヤバいのがゴキブリみたいにウヨウヨいるじゃないですか」
「確かに本当にゴキブリみたいな奴らですね」

何で五十二歳になって、こんな意味不明な苦労をしなきゃならないのだろう?
これは帰り道、ミートソースを食べるしかないようだ。

今年初旬に来たポロモードへ向かう。
あ、ポモドーロなのに変な間違えをしている。
だがフェイスブックの投稿を編集し直す気力すらない。

前回来た時はランチタイムだったので、基本パスタ系の料理しかなかったが、昼の三時を過ぎていたのでピザなどのメニューもあった。

2024/01/17 新大久保 ポモドーロ

「あれ? この間来た時、ピザなんてなかったですよ? さては俺に意地悪をしましたね?」
「いえいえ、そんなんじゃないですよ。ニ時以降でないと、出せないんですよ」

「じゃあですね…。今日はいっぱい食べるけど、いいですか?」
「え、ええ…、どうぞ」

「まずミックスピザと」
「はい、ミックスピザですね」

2024/01/17 新大久保 ポモドーロ

「あとミートソースも」
「はい、ミートソースですね」

2024/01/17 新大久保 ポモドーロ

「あとですね、ミネストローネ…、それとミニサラダ。それとガーリックトーストも。赤ワインも。あ、それとレモンサワーも下さい」

「ちょ、ちょっと待って下さい…。もう一度いいですか?」

ポモドーロのおばさんは焦って紙にメモを取り出した。
ふん、俺の胃袋を見くびっているからだ。

2024/01/17 新大久保 ポモドーロ

ビバ、イタリアン!
最高に幸せな気分に包まれて、河本マンションへ行く。

「岩バミさん! 家賃!」

「……」

俺はその場でセブンスターに火をつけると、大きく煙を吐き出す。

「岩バミさん! 家賃!」

顔を上に向けて大きく煙を吐き出すと、そのまま無視して部屋へ戻った。
教訓、ゴキブリは煙じゃ死なない。


二千二十四年一月十八日、木曜日仏滅。

本当に寒い日が続くなあ……。

湯船に熱い湯を溜め、冷え切った身体を温める。
ポカポカするのは風呂上がりだけ。

凍えそうになりながらインカジ『レディ』へ出勤。

「湯浅さん、本当クソ寒いですね」
「岩上さんはまだいいですよ。新宿まで一駅じゃないですか。自分なんて船橋法典からですよ」

「名案がありますよ」
「何ですか?」

「俺はもうじき自称俳優マンションへ引っ越すから、空いた河本マンションへ湯浅さんが住めばいいんですよ」
「嫌ですよ! だって光熱費毎月三万も四万も取られるんですよね?」

俺たちは顔を見合わせて大笑いした。

それにしても本当に寒い。
この辺で温泉みたいなものはないか調べてみた。

すると東中野に大好きな電気風呂があるようなので、ギンザ商店街からちょっと入ったところにある健康浴泉をロックオンする。

入浴料五百二十円。
タオル、バスタオルセットで百円。

仕事が終わると早速健康浴泉へ行ってみる。

2024/01/18 東中野 健康浴泉

こじんまりとした銭湯であるが、電気風呂のスペースは一つだけ。
湯船は二つあり、身体の芯が温まるまで浸かる。

感想はとても良かった。
ここにはまた来ようと思う。
寒い内は。

お風呂のあと、すぐ近くにある街中華の茉莉へ寄ってみた。

こういう中華料理の店、大久保の近所にほしいなあ。
メニューを眺めながら、一発で気に入ってしまう。

あ、でも大明飯店や寿楽もあるんだよね。

2024/01/18 東中野 茉莉 JASMINE

麻婆茄子とジャンボ餃子を注文。

2024/01/18 東中野 茉莉 JASMINE

ジャンボ餃子は、今は亡きてんこもりラーメンの創始者の大門さんのところに似ている。
味はそこそこ美味しい。

2024/01/18 東中野 茉莉 JASMINE

ふと今度川越帰ったら、てんこもりラーメンに寄ってジャンボ餃子を食べたくなった。

身体がホカホカした状態で大久保へ戻る。
今日はいよいよ待ち兼ねた串市場んが、一階から地下一階に場所を移りオープンする日。

店名も『串市場ん』から『こなもん』に変わった。
マスターは最後に『ん』を付けるのが好きなのだろう。

2024/01/18 大久保駅北口 こなもん

開店祝いに日本酒をプレゼントし、早速席に座る。
今日柏原を誘ってみたが、彼は都合が悪いようだ。

今度は串カツでなく、鉄板焼メイン。
元々お好み焼き屋の店舗の間借りなので、これは仕方がない事である。
こなもんという店名にしたのがよく理解できた。

2024/01/18 大久保駅北口 こなもん

柚子サワーとお茶ハイを頼み、早速お好み焼きを頂く。

2024/01/18 大久保駅北口 こなもん

さすが大阪出身だけあって、格別に旨かった。

一つだけ難点があくまでも間借りなので、営業時間は夜の八時からになってしまう事。
こればかりはしょうがないので、俺が時間調整するしかないだろう。


二千二十四年一月十九日、金曜日大安。

自称俳優、若菜龍平ファミリーの意味不明な面接日。
何で金を出す立場の俺が、部屋を借りる程度の事で面接なんて受けなきゃならねえんだよと、考えれば考えるほどイライラしてくる。

住民票を取るので一回。
このクソみたいな面接のせいで二回も仕事を休む羽目になった。

朝十時に指定したくせに、まだ叔父からの連絡が無いという事で待たされる俺。
本当に色々ふざけている。

何故か龍平も面接に同席するようだが、コイツがいてもクソの役にも立たないのは百も承知。
外でセブンスターに火をつけて立っていると、メガネザル大家が出てきて「岩バミさん、家賃!」と叫んできた。

俺は無視しながら龍平にLINEを打つ。

『外に大家いるんで、部屋にいますね。 岩上智一郎』

自分たちで時間を指定して人の仕事を休ませといて、遅刻してんじゃねえよ、屑どもが……。

三十分ほどして、龍平から連絡が届く。

『お待たせしました! 若菜龍平』

2024/01/19 LINE 若菜龍平

自称俳優マンションによる若菜ファミリーの面接が始まる。

若菜龍平の叔父、そして栄福不動産のオヤジ。
何故か俺の横に龍平が座る。

まずは俺の書類をまじまじ眺める叔父。
龍平の方を振り向き「おまえの友達なのか?」といきなり尋ねた。

「友達というか、仲間だよ!」

そう叫ぶ龍平。

あの…、一体何を言ってんの?
いやいや、仲間でも友達でもないでしょ、君とは。
だって何一つ力にならず、余計な事しかしていないんだから……。

ダミー会社の用意した職務証明書には、脚本作家という業務内容が記載してあった。
これは俺の経歴を見て、話を合わせられるよう作ってくれたのだろう。
しかしこんなもののせいで、俺は十万近くの金を払わないといけない。

「作家? どんな作品書いてんだ?」

何故か偉そうな叔父。
こっちは金を払うお客様だよ?
脳みそに蛆虫でも湧いてんですか?

「まあ色々なジャンルを書いてはいます」
「色々なってどんな?」

叔父は不機嫌そうに聞く。
何でこの人、ここまで偉そうなの?
あなた、これから俺にお金をもらうんですよ?

龍平は置物のようにただジッとしているだけ。
コイツも何をしに、ここへ来たんだ?

「出版社や人によって、私の小説はジャンルが違う事を言われます。純文学だと言う人間もいれば、ノンフィクションやバイオレンスものと言う人もいますので」

「脚本っていうのは、どんなものを書いている?」

知らねえよ、そんなの。
嘘なんだから……。

まあここは上手い具合に適当に言っておくか。
それにしてもこのクソオヤジ、本当に態度デカい奴だな。

「番組の守秘義務がありますので、内容はそれについては話せないのですよ」
「ここだけの話ならいいだろ」

自称俳優、面接に同席するも、一切フォロー無し。
おまえ、一体何でここにいるんだよ?

「いえ、話が漏れた時点で私の職を失う可能性がありますので」
「俺が誰かに話すと言うのか?」

コイツ、本当に面倒臭い奴だな……。

「ですから、ここを借りるにあたって、私が家賃を払えなくなるのは本末転倒になりますので」
「まだ部屋を貸すと決めた訳ではない」

「……」

思い切りハイキックを、その腐った頭に目掛けてぶち込んでやろうか?

結局こんな感じで面接は進み、契約が無事決まるも、中間手数料も礼金も、金だけはキッチリ取られる。

始めの龍平に聞いた友達なのかの問いは、何の意味があったのだろう?

引越しの話になり、引越屋を使えと言う意味踏めな叔父。
さすがに河本マンションから徒歩十秒の距離なのだ。
そんなもの誰が考えてもいらないだろう。

すぐ近所なのを説明すると、叔父は偉そうに口を開く。

「引越しでうちのマンションに傷でもつけたら、どうしてくれるんだ?」
「大きなものは洗濯機と冷蔵庫、あとは冷凍庫ぐらいです。ですから台車もありますし、こう見えて力には自信あります。慎重に運びますので」

「それでも一人で運んで傷などつけられたら堪らないからな」

このクソ野郎…、思い切りスティーブウイリアムスばりのバックドロップで、コンクリートに頭突き刺してやろうか?

「叔父さん! 俺も手伝うから大丈夫だよ」
「何だ、おまえが手伝うのか? じゃあしっかり見とけよな」
「分かってるって」

唯一龍平がちょっとだけ役に立った。

ようやくクソくだらない面接が終わる。
時間にして二時間も無駄にしてしまった。

早くセブンスターを吸いたい。
解放され外へ出ると、タバコに火をつけた。

「若菜さん、契約決まったんで、少しずつ服とか小物を部屋に運んでもいいですか?」
「いや、まだ料金を払っていないので」

「……。そうですね…、分かりました……」

少しでも期待した俺が馬鹿だったよ、セニョリータ。

今は早く身体を横にして休みたい。
河本マンションへ戻ろうとすると、「あ、岩上さん」と声を掛けられる。

「何ですか?」
「岩上さん、一杯行きます?」

面接が終わった途端、陽気に飲みに誘う龍平。
俺の必殺打撃技『打突』をぶち込みたかった。

岩上智一郎最終打撃技 打突

この馬鹿の頭の中は、また俺からタカる事しか考えていないのだ。
何一つ役に立っていないくせに、酒を飲むなんて生意気だ。

俳優と語るだけで実績もないくせに、無職で暇なら何でもいいからとにかく働いて金を得てから自分の金で飲めよ、屑。

「申し訳ありませんが、まだ仕事が残っていますので」

嘘をついて部屋へ戻った。
虚言を吐くのはかなり嫌いな事なのに、何故俺は簡単に口から出たのか?
おそらく嘘をつくよりも、若菜龍平が嫌いだろうだろう。
ここまで人間を嫌うのも珍し…、くはないか。

心筋梗塞で死に掛けてから、山下哲也を切った。
正直あいつは馬鹿だけど可愛い後輩だ。
しかしキリがないからという決断。

次に神田。
あれは極悪レベルに酷かった。
あそこまで人間性が欠けている奴を見たのは珍しい。

その次に河本マンション夫婦。
あれも種類の違う論外。
もはや人間の領域ではない。

さらに若菜龍平とそのファミリーたち。
あれは大久保の誇る狂人一家でしかない。
岩倉具視の末裔と寝言を抜かしていたが、それが本当ならあそこまで卑しい真似は絶対にしないだろう。

何故なら俺にはおじいちゃんという天皇陛下から勲章を何度もらおうとも、偉ぶらず、紳士的に人と接して生涯を終えた誇りある姿をこの目でずっと見て育ってきたのだから。

勲五等瑞宝章、そして藍綬褒章……。

その二つをもらっても変わらぬ一生を送った祖父を持った事に対し、誇りに思え。
卑しく生きなかった自分をそこだけは誇ろうじゃないか。

夜八時になってからこなもんへ行こうとすると、龍平と道端でバッタリ遭遇。
本当にコイツは暇人だから、時間だけはいつだって有り余っている。
色々話し掛けてきたが、「まだ仕事中なので」と俺は嘘をつき、自称俳優を巻くように大久保の街を彷徨い歩く。

ようやくいないのを確認してから、こなもんの階段を降りる。
何で俺はプライベートで酒を飲むのにここまで苦労しなくちゃならないんだ?

マスターの顔を見てホッとして、一人で酒をかっ食らう。

柏原を誘うも、何だか彼の家族は色々と揉めていて都合が悪いようだ。
少し心配をしつつ、何か力になれないかと思ったが、今は自分の尻を自分で拭く事で精一杯な俺。
彼から何か相談を受けた時は、親身になって接するしかないだろうと考える。

神田、河本マンションと、地獄の悪臭を何とか片付けられそうな俺はホッと一息ついてからセブンスターに火をつけた。


二千二十四年一月二十日、土曜日赤口、大寒。

おぞましい若菜龍平ファミリーの面接も終え、あとは金を支払うだけ。

まだ龍平とは引越しの時、顔を合わせないといけない。
それまでは多少気を使わなないと駄目なのが、非常に歯痒かった。

これからしばらく仕事も休まず働き続け、これから一気に出てしまう金の補填をまた始めるようだ。

でもこなもんマスターのところだけは、できるだけ定期的に顔を出してあげたい。
まずは自分の居場所をしっかり固定。

地獄の淵をずっと彷徨い歩いていたが、ようやく陽のあたるところまで俺は来たのだ。

長かったなあ…、いや、漢字は違う。
本当に永かった、色々なものが……。

インカジ『レディ』の仕事を終え、河本マンションへ戻ると、お決まりの如く大家が叫んでくる。

「岩バミさん、家賃!」

ん、待てよ?
二月分なんて、こんなクソマンション払う必要がないじゃないか。

タウンハウジングのマーには数ヶ月前に、このマンションを出る意思は伝えてある。

「岩バミさん、家賃!」

仮に不動産サイドが知らないと言ったところで、LINEでのやり取りがあるから立証できるのだ。

「岩バミさん、家賃!」

つまり…、もうこんな乞食マンションには一円も払う必要性がない。

あ、まだ数日後、光熱費が来るのか。
それでもこれまで払った金額を思えば、法的な請求権など無いのだから、無視すればいいだけ。

「岩バミさん、家賃!」

早いところ引越しを済ませないとな。

「岩バミさん、家賃!」

「月末までに払えばいいんですよね?」
「岩バミさん、家賃!」

うん、この人は日本語の通じない人だったっけ。
俺も馬鹿だなあ。

「岩バミさん、家賃!」

そのまま乱暴にドアを開け、無視したまま部屋へ戻る。
ドアを叩く音が聞こえてきた。

ダッシュでジャンボ鶴田師匠ばりのジャンピングニーパットでも叩き込んでやろうか?
でもそんな事をしたら、メガネザルは下手したら死ぬか。

害虫駆除になるけど、一応あんなのでも人間。
捕まるのは俺になってしまうのも阿呆らしい。

ベランダへ出ると、ドアを叩く音もかなり軽減される。

俺はセブンスターに火をつけると、大きく煙を吐き出した。





ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 50,000

闇シリーズを守る為。内容やアイデアだけパクられるのを防ぐ為。

闇シリーズ(メンバーシップ)

募集終了

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?