闇 540(2022年奇妙な流れ編)
闇 540(2022年奇妙な流れ編)

2026/04/25 sta
※この作品は俺の独り言であり、自分を納得させる為の長い演説のような小説です
前回の章

二千二十二年一月一日、土曜日先負、元旦。
まずは新年の挨拶、あけましておめでとうございます。
一人ぼっちで二千二十二年を迎えた俺。
フェイスブックへ投稿すると、高校時代の小谷野と、横浜の石川雅之だけ反応してコメントをくれた。
川越の伊勢屋でもらったかき餅を焼くのに、ドンキホーテでオーブントースターを買ってくる。
俺が大好きなかき餅。
これでいつでも食べられるのだ。
さて、年の始まりはステーキから。
俺はアスクルームを出ると、大久保通りをひたすら歩く。
営業していてくれよ、いきなりステーキ……。
看板が出ているのが見え、ホッとする。

今年こそいい年になるといいな。
それにはまず肉を食い、生きる気力を貯める事から始まる。

ステーキを食べ終わると帰り途中にあるパチンコ屋グランパが見えたので、新春早々入って運気試し。
だが五百円で二回転しか回らず。
本当にこの店はクソだ。
過去一度も勝った事ないし。
あまりにも酷い釘調整のお陰で、すぐ辞める事ができた。
もうこの店へ来る事は二度と無いだろう。
新大久保駅を越え、左に曲がればアスクルーム。
しかし目の前にあるエスパスへつい入ってしまう。
パチンコを辞めるんじゃなかったのかよ?
それはグランパに行くのをだ。
ちょっとだけやって駄目ならやめればいい。
それなら確率の甘い台を選ばないと駄目だろ。
どうでもいい自問自答をしながら、台を百二十八分の一の確率の『ひぐらしのなく頃に』へ座る。
この店も去年の二月から一度も勝っていないんだぜ?
だから千円だけだって…、あれ?

「当たった!」
あれよあれよと一万発以上出て、三万八千五百円と、余り玉でレッドブルを取る。
久しぶりにパチンコを勝てた。
伊勢屋のかき餅、ステーキのコンボが効いたようだ。
幸先いい新年のスタートダッシュ。
どこかで一杯引っ掛けて…、いやいや、すぐこうやって図に乗るなって。
今日はもうアスクルームへ戻って、大人しくしていよう。
ボーっと過ごしながら、先日神田が川越に連れて来た渚の事を考えた。
やめろって、あの子は人妻だし、外国人と不倫しているような性格なんだぞ。
平穏無事に過ごすのが一番。
彼女と、また会いたいなあという欲望を慌てて掻き消した。
明日なら岡部さん暇しているかな?
俺は連絡をして、明日は川越で飲む約束をした。
二千二十二年一月二日、日曜日仏滅。
昼前にアスクルームを出て、川越に向かう。
岡部さんと合流し、心筋梗塞で倒れる前日に行った居酒屋『海や』へ入る。
「智一郎、新年早々こんな店でいいのかよ? ゲンが悪くねえか?」
「岡部さん…、人間は苦境へ自ら飛び込んで、過去を乗り越えるんですよ」
「まあおまえがいいならいいけどさ」

馬刺しやマグロの刺身を注文し、乾杯をした。

イカの丸焼きをつまみながら、セブンスターに火をつける。
結局俺たちは酒を飲みながら、席でタバコさえ吸えれば何だっていいのだ。

二軒目を探すが、正月休暇の店も多く仕方なく磯丸水産へ入る。
どうもこの店へ入ると負けた気分がすると言うと、岡部さんもそれは何となく分かると答えた。
三軒目は家の近所の江戸銀。
ここのマーさんは岡部さんの同級生でもあり、俺にとっても先輩にあたるお店になる。

新年早々マグロ三昧。

マーさんは俺がマグロの赤身しか食べられないのを覚えていてくれて、どんどん握ってくれる。
ご機嫌にマグりつつ、会計は岡部さんが全部払ってくれた。
俺も払おうとするも「ここは同級生の店だし、俺のテリトリーなんだから」と諫められ、素直にご馳走になる。
夜中に実家へ戻ると、そのまま泥のように眠った。
二千二十二年一月三日、月曜日赤口。
川越二日目。
起きてからヤスのカガヤカフェへ向かう。
加賀屋のおばさんに新年の挨拶をすると、雑煮を作ったから食べていけと言われる。
気持ちは嬉しかったが、そこまで甘える訳にもいかない。
カガヤカフェに行きコーヒーを飲んでいると、おばさんが雑煮を持ってきてくれた。
何年振りだろうか。
随分と久しぶりな感じがする。

途中で櫻井さんも入ってきて、みんなで盛り上がる。
今日中に新宿へ戻るようなので、前回ご馳走になった神田兼二さんへ連絡をして、食事へ誘う。
クレアモールを歩きながら、サイボクハムの『SAIBOKU』というレストランを発見。
「サイボクハムも人気ですね。こんなクレアモールにまで店を出すなんて」
「入った事ないんだよね」
「じゃあ神田さん、ここ入ってみます? もちろん今日は俺が全部ご馳走しますからね」
「え、前回智ちゃんが奢ってくれたんじゃ?」
「何をとぼけているんですか。奢ってもらったのは俺のほうですよ」

中に入り、色々なものを注文。
もちろんソーセージハムのグリル、ハンバーグなども頼む。

どの料理も感じたのが、ちょっと量がケチ臭くないかというもの。

味が美味しいのは分かっていたが、値段もそこそこするのでこの辺を改善しないと、客も定着しないのではと、どうでもいい事を心配した。
神田さんと別れ、伊勢屋へ顔を出すと、始さんからお餅を頂く。

大好物のかき餅。
新宿に戻ったらゆっくり楽しんで食べよう。
始さん、弘惠さんと談笑していると、市議会議員になった須賀昭夫さんが入ってくる。
そこへ今は無きポケットマネーのマスターの息子の忍と偶然遭遇。
地元へ帰ったからこそのタイミングでないとあり得ない組み合わせ。
明後日の夜からまたインカジ『レディ』での生活が始まる。
川越は地元であり、仕事は新宿。
つかの間の休暇をせめて楽しもう。
二千二十二年一月四日、火曜日先勝。
新年初シュベール。

十一時を過ぎていた為、ランチメニューに切り替わっていた。

日替わりのジェノベーゼのパスタを頼み、琴美の声に耳を傾ける。

変わらずの美声。
彼女の声は本当に俺の心を癒してくれる。
同級生の神田から電話があり、暇だから飲もうと誘いが入る。
コイツから誘われると一瞬構えてしまう俺。
だがまだ昼間だし、今日まで仕事は休み。
渚の情報も聞けるし、いいかと了承。
歌舞伎町で待ち合わせ、海老通りの日本鮮魚甲殻類同好会へ入る。
俺も酒が強いが、神田も本当にガバガバ飲む。

単なる居酒屋なのに、会計は二万円を超えた。
酒の入った神田は当然一軒目では済まなくなり、次の店次の店へと梯子。
結局夜になると、またキャバクラに行きたがり、店内の飲み屋女は当たり前のように好き勝手なものをバンバン注文した。
また一日で二十万円の散財。
不本意であるが、自分も飲んでおきながら神田一人に会計を被せる訳にもいかない。
「神田さー…、本当にこういう飲み方勘弁してくれよ。何度も言っているけど、俺はこんな使い方をする為に、金を稼いでいる訳じゃないんだよ」
「岩ヤン、俺たちは馬鹿野郎だよ」
「……」
さすがにこのパターンの飲み方にはうんざりしていた。
確かに若い女の店で飲んでいるのだから、楽しい事は楽しい。
だが、それは一度で何十万という金と引き換えで得られる虚しい時間というだけなのだ。
もう神田といる時に、女の店へ行ってはいけない。
何故分かっていたはずなのに、流されてしまうのだろうか。
いくら同級生とはいえ、普通に付き合いができないのなら……。
いやいや、俺自身がしっかりしないからいけないんだろ?
それにまた渚と会える機会は、神田しかいないのだ。
何とも言えない複雑な気分でアスクルームへ戻った。
二千二十二年一月五日、水曜日友引、小寒。
新年初ラ・ムー。

昨日は神田と飲んで金を使い過ぎ、本当に猛省。
お陰で月初ながら節約を意識しながら生活をするようだ。

ハンバーグを食べながら、昨日神田との飲みに応じてしまった事をかなり反省する。
今日の夜から仕事開始。
本当にちゃんと金を大事に貯めないといけないな……。
二千二十二年一月六日、木曜日先負。
仕事を終え、寝ていると随分今日は寒いなあと思って起きる。
新大久保駅とは逆側のベランダへ出ると、珍しく初雪が降っていた。

この関東で積もる事はそうそうないだろうが、歩くのに面倒だから早いところやんでほしいものだ。

今日はこれから高額医療制度の申請出しに川越市役所まで行く予定だったのに、何でこんな時に雪など降るのだろう?
川越へ到着し、市役所まで行くとそこそこの雪が積もり出している。
申請を済ませ、今日はすぐ新宿へ戻ろうと思った。
また電車が止まったりしたら面倒だ。

蔵造りのところにある時の鐘も、屋根が白くなっている。

少しでも夜の仕事に備えて睡眠を取っておこう。
アスクルームへ戻ると、冷え切った身体に熱いシャワーを当てて温める。
時間になると、いつものようにインカジ『レディ』へ出勤した。
二千二十二年一月九日、日曜日赤口。
年が明けても業務内容は変わらない。
接客をしながら受け取った金を数え、あとは狭いキャッシャー室の中で呼ばれるまで待機。
五年前の今日、この時も赤心堂病院にお世話になっていたのがフェイスブックの過去の思い出で分かる。
「これじゃあ、キツいでしょう? よくここまで自力で来れたものですね」
「……」
「ブロック注射を打ちます。ちょっと我慢して下さいね」
「……」
とりあえず首に注射してもらう。
薬も出るようだ。
先生が俺から離れるのが分かり、いつ注射をするのだろうと思った。
「あのー、先生……。いつ、注射を打つんですか?」
「え? 今したばかりですよ?」
そういえば声を出せるようになっているぞ?
あまりの痛みの中、首筋に針を刺された事すら分からなかったようだ。
「よくこの状態で歩いて来ましたねえ……」
呆れたような表情で笑う先生。
「以前リングの上で戦って来ましたからね。レスラーは壊れちゃいけないんですよ。まあ、今回だけ壊れ掛け、先生に何とかしてもらった訳ですが」
「ほうほう…、だから身体も大きいんですね」
「先生!」
「な、何ですか?」
「ブロック注射って素晴らしいですね!」
「首筋に注射しているのが分からないぐらい麻痺しているのに、ここまで来たあなたのほうが凄いですよ……」
先生によると過去の格闘技のダメージが蓄積されてて、まず第一頚椎と第二頚椎の間が狭く、第四頚椎から第六頚椎の前側が狭まり、ちょっと棘っぽくなっているようだ。
それと年齢と共に、昔の無茶が今になって来たのではないかとの診断。
首はあれ以降問題ないが、去年いきなり心筋梗塞で同じ病院だもんな……。
五十歳を過ぎた今、これから色々とガタが来る身体になるのだろう。
二千二十二年一月十三日、木曜日仏滅。
変わらぬマイペースな日々を過ごし、休みに突入する。
かといって一緒につるむ友達のいない俺は、暇を持て余し池袋まで行く。
特にやりたい事もないので、パチンコをしたら負けて、せめて肉でも食べようとリバーベでステーキへ入る。
自身を戒める意味合いも込め、小さめの肉を注文。

一体俺は何をしに池袋まで来たのだと、新大久保へ戻った。
今年になりまだ行けていなかった大明飯店へ顔を出し、茄子と豚肉の炒め定食と餃子を注文。

神田との無駄使いに続き、ギャンブルの流れはよくないと、身をもって実感。
夜になり、山ゴネスから謎の安楽亭への誘い。
まあ貸していた金でも返すつもりだろうと、歌舞伎町へ出向く。

新宿に腐るほど焼肉屋なんてあるのに何故この店なんだと聞くと、余裕が無くまたさらに金を貸してくれという山下。
頭を叩きながら仕方なく一万円を貸す。

「おまえさ…、俺の一つ下なんだから、今年五十になるんだろ? 働いていて日銭貰える仕事なのに、一万の金が困るって少しおかしいぞ?」
「自分早生まれなんで、五十になるのは来年す」
「馬鹿! そういう事を言ってんじゃねえんだよ。本当にいい加減自己管理ぐらいしなよ」
俺以上にだらしない山下。
この馬鹿は本当に二十代の頃から何一つ成長しない。
考えてみれば、俺の快気祝いなど称して呼び出しておきながら、いつも奢られるのを目当てと金を貸して下さいがワンセットだ。
長年の腐れ縁であるが、この男ともそろそろ付き合いを真面目に考えたほうがいいのかもしれない。
二千二十二年一月十八日、火曜日先負。
日々節約した生活を送りながら、淡々と仕事をこなす。
ようやく休みになるが、神田から飲みの誘いが来たので断る。
あえて貯金をおろしてまで、酒など飲むものではない。
分相応に生きなければ、心筋梗塞からせっかく生還した命を粗末に扱うような気がした。
財布の中にある金だけで、やりくりできないと本当に話にならない。
今回は趣向を変え、まだ寒い中身体をゆっくり温めてリラックスさせようと思いつく。
ゴールデン街近くのテルマー湯へ行ってみる事にした。
かつて強飲のけいこのところへ通っていた頃は、まだ無かったこの施設。
少しだけ距離の近付いたけいこは、二千十九年の冬以来一度も連絡を取っていない。
そんな事を考えながら歩き、テルマー湯へ到着。

電気風呂があるというから楽しみにしていたが、想像とは違う風呂で少しだけガッカリする。
それでも何種類もある浴槽は何気に楽しめ、少し休憩を挟みお風呂へ二回目突入。
出て入ってを繰り返し、トータル二時間くらい寛いでいた。

四階の休憩場所の造りが面白く、天井から鎖でぶら下がった状態の木の網のような椅子で休む。

このコロナ禍のせいか、館内はほとんど客がいない。

充分お風呂を堪能すると外へ出る。
そのままゴールデン街を通り抜け、靖国通りへ向かった。
どうしてもこの辺りを歩くと、けいこを思い出してしまう。
二年以上音沙汰が無いのだ。
あの女とはもう終わったようなものだろ?
いい加減切り替えろって……。
道沿いのびっくりドンキーへ久しぶりに食べに行こうとするも、まさかの閉店。

近辺のビルに入っているテナントも、ほとんど閉店してたので、おそらく建物の建て直しでなのだろう。
仕方なく明治通り沿いにある以前一度だけ行ったねこ膳へ入る。

味はごく普通だが安くて豊富な品揃えのこの店は、妙に安心感がある。

地味な休暇を過ごしながら、明日からまたいつもの日常が始まるのかとうんざりしながらセブンスターに火をつけた。
二千二十二年一月十九日、水曜日仏滅。
『トンガ、日本に正式に支援を要請 松野官房長官』
こんな見出しのニュースを見て、興味を覚え眺めてみる。
いかにこれまで自分が無知だったのかを知ると同時に、何とかしてあげたい気持ちでいっぱいになった。
せめてフェイスブックで投稿して、このトンガの事を拡散しよう。
これさ、日本人一人一人がちょっとずつでも募金したりして、助けてあげたいよね!
311のときにトンガがした事。

・国王が弔意を表明。
・被災者支援のために里芋などを提供。
・生産者代表は「トンガと日本の人々の愛であふれたトンガの里芋は,被災者の皆様にとってどのような味がするのだろうか、トンガでは誰もが被災者の皆様が一日も早く元気を取り戻すことを願っている」と述べた。
・里芋は「トンガより愛をこめて」と印刷したメッセージと共に届けられ、この里芋寄贈には、里芋産者やカボチャ生産者、施設や冷蔵倉庫を提供したトンガ政府、海上輸送経費を負担した輸送会社、輸入業者などが無償で協力。
・この里芋は十トンも提供された。
・バオトゥ小学校(草の根無償資金協力の被供与団体)の校長、生徒五名、人民代表議員が日本大使館を訪問し義援金を手渡し。
・同議員は「生徒と教員は日本での大災害の発生以来心を痛めており、少しでも日本の被災者の方の役にたちたいと全ての生徒と教師が寄付を行ったので、本日その寄付金をお持ちした。すべてのコインに生徒たちの気持ちがこもっているので、どうか受け取っていただきたい。」と述べた。
・トンガ日本帰国留学生会が同会の活動資金集めのためにイベント開催による集金を計画していたが、311発生を受けこのイベントにより得られた資金の半分を義援金として寄付することを決定。
・日本が大災害に見舞われているにも関わらず、トンガに対して支援の手を差し伸べていることについて謝意を表明。
・トンガ赤十字社が被災者への義援金を募るための募金を実施。
・キリスト教協議会が被災者の冥福と復興を祈念する国民的礼拝を実施。
俺は仕事を終えると、この国へ募金する箱を見つけ、二千円を入れてからアスクルームへ戻った。
二千二十二年一月二十二日、土曜日先勝。
不定期なシフトの休み。
基本八時間勤務でいい大場系列に慣れたのはいいが、何の予定もない休みを一人で過ごすのは少々苦痛がある。
これなら毎日仕事をしてもいいが、組織的にそれは無理なようだ。
部屋で漫画を読んでいると、岡部さんから珍しく着信があった。
月に一回土曜日は初台の知り合いの医者へ定期健診に行っているようで、それが今日だったらしい。
軽く飲みに誘われ、西武新宿駅前のドラゴン餃子へ連れて行く。

どうでもいい他愛ない写真をフェイスブックへアップすると、山下哲也から電話が来る。
「岩上さん、今岡部さんと一緒に飲んでんすか? 自分も歌舞伎町行っていいすか?」
「別に構わないけど」
本当にあの馬鹿、人のフェイスブックを四六時中チェックしているのか?
岡部さんへ笑いながら、これから山下が来る事を話す。
「うーん、俺はそろそろ川越帰るよ。元々サクッと軽く飲むつもりだったし」
かつて山下の裁判の身元引受人として、法廷に立った事のある岡部さん。
その恩人と二千十五年になり再会したくせに、岡部さんの顔を見ても気付かなかった馬鹿な山下。
ましてや偉そうに何かを語っていたので俺が頭を叩いた事があるほどだ。
岡部さんからしてみたら、あまり関わりをもう持ちたくない相手に位置付けられてしまったのだろう。自業自得なので仕方ない。
駅まで見送り、山ゴネスの到着を待つ俺。
ほとんど入れ違いで来たが、開口一番山下は「実は今日持ち合わせが」といきなり始まった。
「……。おまえさ…、本当いい加減にしろよ? 金も貸している状態で、自分から来てもいいですかと来てから、金に余裕が無い? ちょっとおかしいだろ?」
「まあ、もう歌舞伎町へ来ちゃったんで、どこか行きましょうよ」
また全部会計は俺持ちで飲みかよ……。
確かに来てしまったのを帰れと言うのも、少々酷のような気がする。
安く済ませられる店で一軒だけ行って、とっとと帰ろう。
一番街通り、セントラル通りと歩きながら手頃な店を探す。
「岩上さん、どこ行くんすか?」
「店内でタバコ吸えて安い店」
「別に焼肉でもいいすよ? 痛っ!」
「金持ってねえ奴に、選択権なんてねえんだよ! 何が焼肉だ、馬鹿野郎」
山ゴネスの頭を思わず叩きながら道端で説教をしていると、キャッチが声を掛けてきた。
「良かったら店内で喫煙できて、飲み放題千五百円の店ありますよ?」
「え、それは安いねえ」
「ただ、値段が値段なんで、つまみも一人最低二品は頼んでもらうようなんですけど」
「だってそれだと二人で五千か六千円で済むじゃん。キャッチで連れてく意味あるの?」
「まあ新規オープンしたばかりの店なんで、最初はうちらみたいなキャッチを使ってでも店の認知度を最優先なんだと思います」
「じゃあ、山下そこにしよう」
キャッチに案内されたのは、歌舞伎町一番街通りにある串荘という店。
「おお! 第三NKビルじゃん!」
思わず声が出てしまう。
「え、このビルがどうかしましたか?」
不思議そうな表情のキャッチ。
当たり前だ、俺と山下にしか分からないだろう。
「いや…、もう何年前だ? 二十年ぐらい前に、このビルの地下で店をやっていたからさ。山下も覚えているだろ」
「ええ、ワールドワンのあったビルすよね」
俺が歌舞伎町へ来た初期、長年通ったビルでもある。

機動隊に囲まれた事や、最後は佐々木さんと抜きをして月に数百万円をもらった思い出のゲーム屋ワールドワン。
合間を見て、西森から食事休憩を回す。
彼が店を出てすぐ電話が入る。
俺はキャッシャーに置いてある受話器を取ろうとして固まった。
キャッシャー奥には小さなモニターが二つ設置され、一階の入口から地下への階段、そして扉の前の通路が映るようになっている。
そのモニターに盾を持った人間がズラリと階段に並んでいるのだ。
しかも入口のガラスの扉を外からソーッと伺う警官…、いや、これ…、機動隊か?
「い、岩上さん…、そ、外に盾持った連中が店を囲んでいます……」
「ああ、カメラで見えてるから分かる。西森、オマエはどこにいる?」
「食事で外に出ようとしたら、盾持った連中がこっち来たので、慌ててビルの階段上りました」
「分かった、西森はそこにそのままいろ。もし何か聞かれたら、上の風俗の店員だと誤魔化せ」
電話を切る。
店内はほぼ満席状態。
機動隊は突入するタイミングを見計らっているように見えた。
ここに機動隊が盾持ったまま突入されたら、大パニックになるぞ……。
「本当に懐かしいなあ…、なあ山下」
「そうっすね」
「キャッチのお兄さん、その店はこのビルの何階になるの?」
「三階の串荘という店になります」

「へー、昔は『おたんこナース』っていう風俗店だったんだぜ。何か感慨深いものがあるな。じゃあ案内して」
「一応お安い料金なので、つまみ最低二品だけはご協力お願いします」
「分かってるよ、席でタバコ吸えるんだろうな?」
「ええ、もちろん」
エレベーターに乗って三階へ。
店内は想像以上に狭く、このコロナ禍でも賑わっている。
キャッチなど使わないでも充分流行っている店じゃないかと思った。
少しだけ外の階段のところでタバコを吸いながら、待ち外国人店員に案内される。
「……」
想像以上に酷い店内の造り。
喫茶店にあるような正方形の小さいテーブルで向かい合うように二人座らされ、カーテンで隣りと区切った簡易的でボロいソファーには驚きを隠せなかった。
「岩上さん…、何かヤバいすね、この店……」
「まあ入っちゃったし、ちょっとつまみ頼んで出よう。あ、店員さん。馬刺しと冷やしトマト、あとキュウリに、しゃぶしゃぶ頂戴。ドリンクは俺は青りんごサワー。山ちゃんは?」
「男梅サワーで……」
「カシコマリマシタ」
「中々ドリンク来ないな。もう頼んで十五分は経つぞ?」
「あ、やっと来ましたよ、岩上さん」
とりあえず窮屈な空間で乾杯をし、山下がトマトを口にするといきなり吐き出した。
「汚いな、おまえ…。何トマトを吐き出してんだよ」
「何すか、このトマト…。こんな固いの初めてすよ」
確認で一口食べると、齧るのにも相当な力で噛まないと無理な固いトマトだった。
他の料理もかなり酷いもので、しゃぶしゃぶなどただの鍋でどこに肉があるのか分からないレベル。
馬刺しは生ものなので、怖くて口にできなかった。
そのぐらい店は不衛生な感じで信用できない。
俺たちは飲み放題だけど一杯だけ飲んで、もう出ようとレジへ向かう。
酒代が三千円の食べ物で三千円から四千円程度…、多めに見ても七千円ぐらいなはず。
「一万五千八十円デス」
アジア系女性店員が慣れない日本語で言う。
「はあ? どうやったらそんないくんだよ? レシート見せて」

内訳を見て無言になってしまうほど驚いた。
飲み放題なのに、一杯ずつしか頼んでいない単品の飲み物の値段を取りながら、さらに飲み放題料金も……。
サービス料が十五パーセントって何だ?
お通し代六百円掛ける二人、週末料六百円掛ける二人、席料六百円掛ける二人?
「ただのボッタクリじゃねえか! おい、責任者呼べっ!」
「日本語ワカラナイ」
「日本人呼んで!」
「日本語ワカラナイ」
「……」
完全にあのキャッチにやられた。
無茶な料金を請求し、プチボッタクリで払える料金を提示する。
連れて来たキャッチなど、とうに姿を消している。
店内はすべて外国人店員のみ。
客はゴネても日本語が分からないで終わりというシステム。
面倒臭いので、金を払い店を出た。
歌舞伎町で初めてボラれたぞ?
ここまで酷い店初めてだ。
「おい、あのキャッチの顔覚えているか?」
「何となくは…、どうすんですか?」
「思い切り殴るんだよ!」
歌舞伎町内をグルグル歩くも、先ほどのキャッチの姿は見当たらなかった。
居酒屋で客引きしている奴の胸倉を掴み、串荘を案内しているキャッチはどこか聞くも、誰も分からないようだ。
これで帰るのもイライラするので、海老通りの居酒屋へ入り、また無駄な金を使って帰る。
山下と一緒にいると、碌な目に遭わないな……。
ストレスが溜まっただけの休みだった。
二千二十二年一月二十四日、月曜日先負。
仕事のシフトをこなす時は、質素に簡易的な食事を済ませ大人しく過ごす。
これも神田とのキャバクラでの散財や、山下絡みのちょっとした金の支出がすべて原因だった。
神田との酒は、まだ女の飲み屋を塞げばいいだけ。
しかし問題は山下だ。
あの馬鹿、俺の退院祝いと称しながら、何一つせず逆に金を借りタカるだけの行動しかしていないのである。
せっかくの休みなのに、部屋でボーっと過ごすのも嫌だった。
とりあえず財布の中にある金を増やそうかと、新宿歌舞伎町のマルハンへ向かう。

しかし千円で十回転のしない台。
隣りへ移っても同様の酷い釘の締め方。
うんざりしながら財布の中にある金三万をすべて溶かし、あまりにも内容の酷い負け方に感情的になり、台を叩いて店を出ようした。
すると帰りのエスカレーターのところで従業員が呼び止めてくる。
「何だよ?」
「お客さん、台叩きましたよね?」
「うるせーよ! 毎度毎度酷い釘に酷い設定でふざけんな」
そう怒鳴りつけ、エスカレーターの方向へ行こうとしたら、突然前に立ち塞がり、俺の腕を掴んできた。
負けているところへ、この扱い。
怒りが吹き出した。
「何だおまえは! 客の身体を気安く何を掴んでんだ、ボケッ!」
乱暴に振り払い、エスカレーターを下って外へ出る。
するとまだ追い掛けてきた馬鹿な店員。
しかもさらに二人増え、「台叩いた事、反省してますか?」と怒鳴りつけてくる始末。
負けた客に対し、一体この対応は何なんだと、まとめて振り払う。
しかししつこくまだ人の洋服を掴んできた。
さすがに店員の頭を鷲掴みにして、頭同士を叩きつける。
つい感情的になり手を出してしまったので、その場から全力で走って逃げた。
冷静になって考えても、あれはどう見たってマルハンがおかしい。
負けた客に因縁をつけ、服まで向こうから掴んできたのだから。
パチンコ産業はこんな事してたら終わりだよね。
今回の一件で、パチンコは本当に懲りた。
負けて金を失い、さらにイライラしかさせないのだから。
まあ、ある意味勉強になったものだ。
もうパチンコをする事は、二度とないだろう。
二千二十二年一月二十五日、火曜日仏滅。
もうゲンを担ぐ必要性など無くなったが、新大久保駅の傍にある上等カレーへ食べに行く。

カツカレーを注文し、またこれからいつもの日常が始まるのかとうんざりする。
帰り道通るエスパスには恨みがないが、同じ同業のパチンコ屋として吸っていたタバコを壁に放り投げる。
本当に幼稚な五十歳だなと、自己嫌悪に陥りながらアスクルームのベッドへ寝転がった。
二千二十二年一月二十八日、金曜日先勝。
もう真面目に仕事をしてごく普通に過ごそう。
キャバクラもギャンブルも、もういい。
こうして大明飯店で酢豚定食を食べ、おじいさんやおばあさんと仲良く雑談し、時間になればインカジ『レディ』へ出勤して仕事。

このような日常を淡々と送っていれば、苛立つ必要もないし、金もちゃんと貯まるのだ。
何か今年に入ってから自分の選択とはいえ、奇妙な流れになってしまった気がする。
山下も、次連絡あったら、本当に付き合いをちゃんと見極めないといけない時期なのかもしれないな……。
二千二十二年一月三十一日、月曜日仏滅。
今日はジャイアント馬場社長の命日。
ジャンボ鶴田師匠があとを追うようにだったので、未だ鮮明に覚えている。
あれは馬場社長が千九百九十年、翌年が鶴田師匠。
間は一年以上経つものの、俺の中では立て続けにというイメージが強い。

当時俺は馬場社長が亡くなったのを家の隣にあった今は無きトンカツひろむで聞いて、その場に突っ伏して大泣きした。
もう二十三年も経ってしまったんだ、あれから……。
俺もこの間に本当に色々な事があったものだ。
この頃はもう歌舞伎町のゲーム屋『ワールドワン』で働き、そのあと総合格闘技へ復帰。
ピアノを始め、小説を書き始め、整体を開業した。
文学賞取るまでは、本当に良かったんだけどなあ……。
印税も入らず再び裏稼業へ戻って、数々の地獄を受け、今じゃ五十歳になってインカジの下っ端の従業員。
本当に何をやっていたんだか。
馬場社長…、今じゃ、随分あの頃とプロレス界も変わってしまいましたよ。

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