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母の日と、マリアさま。

日曜日は "母の日" でした。
子どもたちと夫が、母の日のために、
メッセージカードを用意してくれていました。

同じ大きさのカードに、それぞれが書いてくれた
私の似顔絵。
しかも、なぜか全員が、
何かを幸せそうに食べてる私を描いてました(笑)
はい、食いしん坊です。

次男はっくんの絵は、写真を見ながら描いたらしく
めっちゃリアルで上手い。
載せようかと思ったけど、うますぎて、自分の顔をさらす感じになってしまいそうだから、やめました。
さすが、"我が家の鈴木のりたけ"。

長男にっくんは、人間の絵が「棒人間」になる。
描いてくれたカードでは、
棒人間の私が、天ぷら(←好物)を食べてました(笑)
カードの裏面に、
「Happy birthday!」って書いてくれてたけど…。
え…??
そんなユーモアあふれるにっくん、中間テスト直前なのに、ありがとうね!

末娘くんちゃんは、かわいい絵を描いた上に
お手紙まで付けてくれました♪
「おかあさん、いつもいつもありがとう。
おかあさんは41才だけど、めっちゃわかくかんじるよ。
おかあさん、いっしょうしんだらいやだよ。
だいすき!」
と締めくくってくれていて、
娘からの優しさと愛を感じました。
いつまでも若く感じてもらえるよう、
できる範囲で、日々精進します!
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こうやって、母の日に、
サプライズを計画してくれること
母を大事にしてくれること、
一緒に笑って過ごしてくれること、
こうして「母」にしてくれたこと、
本当に、ありがとう。
私は、にっくん・はっくん・くんちゃんのお母さんになれて、幸せです。

夫にも、
子どもたちと一緒に準備して、カードやお手紙もくれて、
晩ごはんまで作ってくれて、
心からありがとう。

**

母の日の日曜日、教会のミサに行ったので、
私の母と、夫の母、
自分にとっての2人のおかあさんのためにお祈りしました。

そして、全ての「お母さん」のために祈りました。
子育ては、楽しいことと同じくらい、しんどいこともたくさんあるけれど、
すべてのお母さんが、笑顔で、元気に、
子どもとの大切な時間を過ごせますように…
と。


祈りながら、ふと顔をあげると、
マリア像が見えました。

"子どものイエスさま"を抱っこしたマリアさま。
マリアさまは、イエスさまのお母さん
そして、世界中のすべての人のお母さんです。

今回は、私が子どもの頃から大好きな、
神の母マリアさまのお話です。

※マリアさまについては、カトリックとプロテスタントで感覚が違うかもしれませんが、1人のカトリック信者として私が感じることを書きたいと思います。

きちんとしたマリアさまの知識は、こちらをご覧ください↓


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我が子たちは、カトリックの幼稚園に通っていたので、園庭にマリアさまの像がありました。

毎朝、登園すると、
「イエスさま、マリアさま、おはようございます。
今日も一日、お守りください」
と、子どもと一緒に手を合わせていました。

時には、朝の支度がスムーズにいかず、
イライラしながら子どもの手を引っ張って登園した日もありました。(←何度も…。ごめんね。)

そんな日でも、マリアさまは静かに私たち親子を見守ってくださっていました。

優しく静かなまなざしに、
「あぁ、また怒ってしまった」と反省したり、
「マリアさまのような広い心で、子どもに優しく接してあげたいなぁ」と思ったり、
「朝からイヤな気持ちで登園する子どものことを、どうか守っていてください」と祈ったりしました。

そして、子どもたちのことだけでなく、
こんな”未熟な母”である私自身のことも、
マリアさまは優しく見守ってくださる…
「大丈夫だよ」と言ってもらっているような気がして、包み込まれるような安心感がありました。
マリアさまは、私たち”母”にとっても、「お母さん」。
憧れであり、目標であり、優しく包み込んでくれる存在に感じています。

園庭のマリアさまに、
そしてマリアさまのように優しく迎えてくださるシスターの園長先生の笑顔にも、
何度も救われ、癒された、幼稚園生活でした。

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私が洗礼を受けたときにつけてもらった洗礼名は、
マリア・アヌンチアータといいます。
これは、受胎告知のマリアさま

「受胎告知」の絵。
見たこともある方も多いのでは?

大天使ガブリエルから、
「あなたは神から恵みをいただいた。
あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」
とお告げを受けたときのマリアさま。

マリアさまは、戸惑いながらも、思いめぐらせ、
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」
と、神さまの計画を受け入れます。

このマリアさまの言葉は、
自分にとっての道しるべのような、目標のような、
大切な言葉です。

戸惑ったり、悩んだり、苦しかったり、
時には「神さま、なんでこんなことを!」と文句を言いたくなるようなことがあっても、
神さまの計画なのだ、と受け入れられる自分でいたい。

もちろん、イヤなことや辛いことは、
すんなりとは受け入れられない未熟な私なのですが…。

でも、神さまに信頼して生きていきたい。
神さまの呼びかけに「はい」と答えたい。
その模範が、マリアさまなのだと思います。

そういえば、高校・大学受験のときに、
母が、
「やるだけやったなら、受かっても、落ちても、
それが神さまが用意してくれた道なんだと思うよ」
と言ってくれたことがありました。

振り返れば、つらかった出来事も、
全てが「今」に繋がっています。

きっと、神さまの計画は、
自分の想像を超えるものなのでしょう。

**


マリアさまは、
イエスさまに、祈りを取り次いでくださる存在でもあります。

先日、私たち家族にとって大切な親戚が、
大きな病気になり、
家族でロザリオの祈りをして、回復を祈りました。
ロザリオの祈りでは、
「主の祈り1回・アヴェマリアの祈り(マリアさまの祈り)10回・栄唱1回」が1セット(1連)
ロザリオ1周(1環)は、これを5セットします。

たまにネックレスのようにロザリオを首からかけている人がいますが、あの長いロザリオには、
10個・1個・10個・1個…と玉が並んでいて、「10個・1個」×5で1周になっているんです。
機会があれば、ロザリオをよく見てみてください。
ちなみに、首からかけるものではありません。
※玉が10個だけの1連用ロザリオもあります。

お気づきかと思いますが、ロザリオ1環(5連)というのは、やるとけっこう時間がかかります。
1連だけでも、そこそこかかります。

でも、親戚のために祈った時、
子どもたちもみんな、飽きたりせずに、しっかりと、心を込めて祈りました。
家族5人の声が重なって、
祈りが広がるような、響くような感覚。
この祈りを、マリアさまが、神さま・イエスさまへと取り次いでくださっているのだと、不思議な安心感がありました。

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カトリック教会でよく歌われる聖歌に、
マリアさまのこころ」という歌があります。

マリアさまの こころ それは あおぞら
わたしたちを つつむ ひろい あおぞら

マリアさまの こころ それは かしのき
わたしたちを まもる つよい かしのき

マリアさまの こころ それは うぐいす
わたしたちと うたう もりの うぐいす

マリアさまの こころ それは やまゆり
わたしたちも ほしい しろい やまゆり

マリアさまの こころ それは サファイヤ
わたしたちを かざる ひかる サファイヤ

典礼聖歌407番 マリアさまのこころ

青空のように優しくあたたかく包んでくださり、
大きな木のように守ってくださる存在。
私たちと一緒に歌ったり、
嬉しい時も悲しい時も、ともにいてくださる存在。
やまゆりのように美しい心を、
神さまの光を受けてサファイヤのように光る心を、
私たちもほしいと思う、模範となる存在。

マリアさまが、どんな存在か。
小さい頃から大好きだったこの歌に、
すべて表されているような気がします。


母の日は1日だけですが、
「母」として生きる日は、今日も明日も続いていきます。
すべてのお母さんの上に、
マリアさまの優しいまなざしが、
ずっとずっと、そそがれますように。

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