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船の脱炭素、実は”燃料戦国時代”—2050年ネットゼロへの長い航路


「船って、環境に悪いの?」と聞かれたら、皆さまはどう答えますか?😳

実は、貨物1トンを1マイル運ぶのに排出されるCO₂を輸送手段別に比べると、大型コンテナ船はトラックの約23分の1、飛行機の約2,500分の1と、単体の輸送効率はかなり優秀です。でも問題は「」。世界の貿易量の約9割を支える国際海運では、約5万隻もの商船が世界中を航行しており、その排出するCO₂の総量はドイツ一国分に匹敵するといわれています。

海運は地球を支えているからこそ、地球の環境問題とも無関係ではいられない。そのジレンマに、今まさに業界全体が向き合っています。


2023年、IMOが目標を大幅に引き上げた

国際海運のGHG(温室効果ガス)削減のルールを作っているのは、国連の専門機関であるIMO(国際海事機関)です。もともと2018年に「2050年までに50%削減、今世紀中早期にゼロ排出」という目標を掲げていましたが、2023年7月のMEPC80(第80回海洋環境保護委員会)でこれを大幅に改定しました。

新しい「2023 IMO GHG削減戦略」での目標はこうなっています。

  • 2050年頃までに、GHG排出ネットゼロ

  • 2030年までに、ゼロエミッション燃料等の使用割合を5〜10%

  • 2030年までに、CO₂排出量(輸送量当たり)を2008年比40%削減

さらに削減目安として、2030年までに2008年比20〜30%削減、2040年までに70〜80%削減も掲げられました。

大きな変化は、評価の対象が「船上での排出」だけでなく、燃料の製造・輸送・貯蔵も含めたライフサイクル全体(Well-to-Wake)に広がったことです。どんなにクリーンな燃料を積んでいても、その燃料を作るときに大量のCO₂が出ていては意味がない—そういう視点での管理に切り替わりました。

国際海事機関(IMO)の旗(Wikipediaより)

国土交通省も2023年7月、このIMOの目標に日本の方針が沿うかたちで合意したと発表しています。

数字で見ると、目標はかなり高い

目標が言葉でわかっても、「それって実際どれくらい大変なの😳?」がピンとこないですよね。日本海事協会(ClassNK)が2023年10月に公表した分析資料が、これを数字で可視化しています😳。

まず現状から。2021年のライフサイクルGHG排出量は7.98億トンCO₂換算で、基準年の2008年(7.31億トン)をすでに上回っています。つまり今後さらに削減しなければならない。2030年の削減目安(2008年比20%削減)を達成するためには5.85億トン以内に抑える必要があり、2021年比では約27%の削減が必要です。

そして、ゼロエミッション燃料の普及目標(5%)だけでは2030年の削減目安の達成は困難というのがClassNKの試算結果です。2030年の削減目安をクリアするには、ゼロエミ燃料を全消費エネルギーの25%まで引き上げる必要があります。全量をアンモニアで賄う場合、年間1.14億トンの調達が必要ですが、現在の全セクター向けアンモニア生産量は1.83億トン/年…しかもそのうちゼロエミッション由来は1%未満です。燃料をつくる側のインフラもあわせて抜本的に整備しなければ、船だけ変えても追いつかないことがわかります。

「正解の燃料」はまだない—だから戦国時代

ここからが、海運脱炭素の難しさであり面白さでもある部分です。

現在、有力候補として名前が挙がっている燃料はLNG、アンモニア、水素、メタノール、合成メタン(カーボンリサイクルメタン)、バイオディーゼルなど、実に多岐にわたります。それぞれ特性が異なり、「これ一択」とはなっていません。

LNG船(商船三井ホームページより)

たとえばLNGは、重油と比べてCO₂を25〜30%、硫黄酸化物をほぼ100%削減でき、すでに導入可能な技術として普及が進んでいます。移行期の「つなぎ」として有力ですが、ゼロエミッションには届きません。

アンモニアと水素は、燃焼時にCO₂を排出しないゼロエミッション燃料として注目されています。ただし、アンモニアは毒性、水素は極低温管理や体積の大きさなど、扱いの難しさという課題があります。船という限られたスペースと、世界中の港でのサプライチェーンを考えると、一筋縄ではいきません。

どの燃料が主役になるかはまだ見えておらず、船会社・造船所・エネルギー会社がそれぞれに賭けを張っている状況—それが今の「燃料戦国時代」です。

帆が復活している、というのも本当の話

脱炭素へのアプローチは燃料だけではありません。省エネ技術の分野で、意外な動きも起きています。

商船三井が推進している「ウインドチャレンジャープロジェクト」では、伸縮する硬翼帆(形が変形しない翼型の帆)を船に搭載し、風の力を推進力に変えることで燃料消費を抑える取り組みが進められています。古代から人類が使ってきた帆走技術が、最先端の脱炭素技術として再評価されているわけです。

こうした省エネ技術と代替燃料の組み合わせ、さらにAIを使った最適ルート設計なども加えた多層的なアプローチが、2050年ネットゼロへの現実的な道筋として描かれています。

ひとりでは達成できない目標

ClassNKの資料でも日本船主協会の資料でも、共通して強調されているのが「すべてのステークホルダーの協調」という視点です。

船会社だけが頑張っても、燃料をつくるエネルギー会社が対応できなければ意味がない。港に供給設備がなければ燃料は積めない。造船所がゼロエミ船を建造できなければ代替できない。法的な枠組みなくして投資判断はできない。カーボンプライシングを含む規制の枠組みの早期導入が不可欠、というのがClassNKの見立てです。

日本の海運業界は、IMOの活動をリードする存在として、こうした業界横断の課題に向き合っています。2050年はまだ先のように聞こえますが、船の平均船齢や建造リードタイムを考えると、今この瞬間に発注される船がその未来を決めていきます。

海事代理士として、海運に支えてもらっている1人の人間として、こうした業界にこれだけ大きな変革の波があることを、少しでも身近に感じてもらえたら嬉しいです☺️

ただ、「2050年ネットゼロ」という目標が決まっていても、それを実際に義務化する国際ルールはまだ完成していません。各国の利害が複雑に絡み合う条約交渉は、今まさに正念場を迎えています。次回は、その交渉の現在地—IMO第84回海洋環境保護委員会(MEPC84)の審議結果をもとに、「目標」が「ルール」になるまでの道のりをご紹介します。


【参考資料】

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