ヘミングウェイ幻の傑作『男と酒』と、僕たちが「嘘」を書き続けるべき論理的理由について
先週から、共同運営マガジン『ノラマガ』の末席に加えさせてもらっている。
「ノラマガっぽさ」の正体は未だに掴めていないが、「まぁいいか」と自分に言い聞かせながら、記事を投稿している。
以前、僕はあえて「ノラマガっぽくない(ゆるふわな)テーマ」の記事を寄稿した。
だが、それだけで終わらせてしまうのも不義理だという思いが、ずっと心に引っかかっていた。
だから、今回は反対に、僕の考える「ノラマガ」らしいテーマ、「酒と無頼とホラ話」を扱いたいと思う。
題材は、アーネスト・ヘミングウェイ幻の傑作『男と酒(原題:Men and Alcohol)』についてだ。
虚構が現実に受肉した
1997年、『水曜どうでしょう』のロケでオーストラリアを縦断中、車内で大泉洋はとある本のことを口にした。
「『男と酒』っていう本読んだ?」
「誰が書いた本なの?」
「あれはヘミングウェイだよ。『老人と海』を書き終えた後に、一日で書きなぐった。――原題は『メン アンド アルコール(Men and Alcohol)』」
もちろん、そんな本は存在しない。大泉洋がその場のノリで捏造した、デタラメな「ホラ話」だ。1997年の時点では。
しかし、この嘘は23年の時間をかけて現実に受肉した。このエピソードを元にした前後編の物語『男と酒(メン アンド アルコール)』が、2020年に発刊された漫画『大泉洋のホラ話』という物理的な書籍に収録されたのである。
存在しないはずの偽書が、時間をかけて「本物」の質量を獲得した。
虚構が現実をハッキングした事例
「嘘が現実を書き換えた」事例は歴史上いくつもある。
例えば、19世紀サンフランシスコに現れたジョシュア・ノートン1世。
ホームレス同然の生活をしながら、突然「アメリカ合衆国皇帝」であることを宣言した人物だ。
当時の彼には法的根拠も財産もゼロだった。
しかし、サンフランシスコ市民はその嘘を面白がり、受け入れた。
彼の行きつけの床屋やレストランには「皇帝陛下御用達」のプレートが掲げられた。彼が発行した自作の紙幣は一部の商店で実際に使用できた。彼が崩御した際の葬儀には3万人もの市民が参列した
あるいは、1996年の「ソーカル事件」。
物理学者のアラン・ソーカルが、ポストモダン的な難解用語をデタラメに並べた論文「境界を侵犯すること:量子重力の変換解釈学に向けて 」(原題:"Transgressing the Boundaries: Towards a Transformative Hermeneutics of Quantum Gravity")を学術誌に投稿したところ、査読を通り掲載されてしまった。
中身は空虚だが「それらしい強度」を持った言葉が、最高峰の知性すらも動かしてしまったのだ。
これらに共通するのは、はじまりは「事実」ではないが、「強度のある物語」であったことだ。
僕たちは、確信に満ちた魅力的な嘘を突きつけられると、現実の方をその嘘に合わせて修正してしまう性質を持っている。
「認知的不協和」による生存戦略
心理学には「認知的不協和」という概念がある。
人間の脳は、「理想(嘘)」と「現実(事実)」のズレを不快に感じ、そのストレスを解消するために無意識のうちに行動のほうを書き換えてしまう。
「自分は将来、こういう生き方をしている」という嘘を強く信じ込み、文字にする。すると脳は、その嘘と現実のギャップを埋めるために、現実の方を理想に引き寄せるようになる。
心理学ではこれを「自己成就的予言」とも呼ぶ。
noteに何かを書く行為は、自分の未来という海図を勝手に書き換えるハッキングだ。嘘を書いた瞬間、その「予言」は僕たちの脳にインストールされ、現実を侵食し始める。
「丁寧な暮らし」とマッチ売りの少女
僕はかつて、「丁寧な暮らし」みたいなエッセイを、「成功者の特権的エピソード」として冷ややかに眺めていた。
だが、今は違う見方もしている。
もしかしたら、そういった記事を書いた人は、実際には絶望の底にいるのかもしれない。
散らかった部屋で、明日も見えない不安に震えながら、「丁寧な暮らし」という嘘を必死に綴っているのだとしたら。
それは、「マッチ売りの少女」が擦った最後の一本のマッチと同じだ。
少女はマッチの火の中に幻の暖炉を見た。あれを「現実逃避」と切って捨てるのは容易だが、あの火花は、極寒の現実を一瞬だけ押し戻すための希望だったのではないか。
嘘(理想)を文字にするという不協和が、泥の中から這い上がるための行動変容を、本人に促し続けているのかもしれない。
そう考えると、書くことは逃避ではない。切実な生存戦略だ。
僕たちは何を書くべきか
もし嘘が現実になるのなら、他人を傷つける言葉や、自分を呪う言葉を書くのは、自分の未来に毒を盛るような「極めて筋の悪い戦略」だ。
逆に言えば、「とびきり上質なホラ話」を書くのは、未来の自分への効率的な投資になりうる。
だから僕たちは、現実の方が思わず追いかけてきたくなるような嘘を書き続けるべきなのだ。
ヘミングウェイは『男と酒』を書いていない。 だが、僕が今こうして書いたことで、現実はほんの少しだけ侵食された。いつか『男と酒』が「ヘミングウェイが書いていない名作」として、文学史の隙間に定着する日が来るのかもしれない。
僕は今日もこの先も、現実をハックするために、とびきりの嘘を綴り続けていきたい。
「時には嘘によるほかは語られぬ真実もある」
余談だが、『ノラマガ』主催者のサバチー氏が綴る『月間ガチ真実』や虚構の物語には、「受肉を待つ虚構」の匂いが漂っている。このマガジンに集まる書き手たちも、きっとそれぞれのホラ話を温めている。みんなの嘘が、どんな現実を侵食しようとしているのかを観察していきたい。
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