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人の中にいるだけで疲れてしまった夜に | 小さな夜話

——それだけ、ずっと気を張っていたのかもしれない

人と会ったあと、どっと疲れてしまう夜がある。

嫌なことを言われたわけではない。
大きな失敗をしたわけでもない。
むしろ、楽しかったはずなのに。

ちゃんと笑えた。
ちゃんと返事もできた。
その場の空気も悪くなかった。

それなのに、家に帰った瞬間、
体の力が抜けてしまう。

服を着替えるのも面倒で、
スマホを見る気力もなくて、
ただぼーっと座り込んでしまう。

「楽しかったはずなのに、なんでこんなに疲れているんだろう」

そんなふうに思う夜がある。

人の中で、ずっと気を張っていたのかもしれない

私も昔、人と会って帰ってくると、よくぐったりしていた。

楽しかったはずなのに。
嫌なことがあったわけでもないのに。
普通に話して、普通に笑って、普通に過ごせたはずなのに。

家に帰ると、体の奥から力が抜けていた。

今思うと、その頃の私は、
人といる時間の中で、ずっと何かを見ていたのだと思う。

相手の表情。
声のトーン。
沈黙の長さ。
自分の返事が変じゃなかったかどうか。

会話をしているようで、
どこかでずっと、自分を点検していた。

今の返事でよかったかな。
変な間ができなかったかな。
相手は退屈していないかな。
私ばかり話しすぎていないかな。
黙ったら、気まずくならないかな。

そんなことを、頭のどこかでずっと考えていた。

だから、人と会うことそのものが嫌だったわけではない。

ただ、人の中にいるあいだ、
ずっと自分を守ろうとしていたのだと思う。

疲れていたのは、人が嫌いだからではなく、
それだけ気を張っていたからなのかもしれない。

誰の顔色も読まなくていい時間

だからこそ、一人で過ごす時間は、
寂しいこととは限らない。

誰の表情も読まなくていい時間。
沈黙を埋めなくていい時間。
何かを間違えないように、気を張らなくていい時間。

ただぼーっとしたり、
好きなことをしたり、
何も考えずに過ごしたりする。

そういう時間が、
私にはちゃんと必要なのだと思う。

自分のペースを取り戻すための、
とても大事な時間でもある。

誰かと楽しく過ごせることも、大切。

でも、そのあとに一人で静かに過ごす時間も、
同じくらい大切にしていい。

人と会ったあとに疲れる自分を、
責めなくていい。

うまく話せなかった日も。
沈黙に焦ってしまった日も。
帰ってきてから、どっと力が抜けてしまった日も。

その日のあなたは、
人の中で、ずっと気を張っていたのかもしれない。

だから今夜は、
「また疲れてしまった」と責める代わりに、
少しだけこう思ってみてもいい。

今日も私は、
人の中でよくがんばっていたのだと思う。

そして今は、
誰の顔色も読まなくていい場所で、
ゆっくり自分のペースに戻っていけばいい。



会話の中で気を張ってしまうことや、沈黙が怖かった頃のことについて、もう少し詳しく書いたエッセイと観察ノートもあります。

エッセイ|黙るのも怖い。話すのも怖かった
——会話を「試験」だと思っていた私の話

観察ノート|人間関係編|沈黙になるたび、私だけが焦っていた
——「沈黙を埋める係」を降りるまで

「人といるだけで疲れる」と感じる夜に、
こちらも静かに届いたらうれしいです。




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