すでにわたしが学生の時代からソフト開発技術者が大幅に足りないと言われていたのだが
はじめに
ふと思い出した。大学時代のクラスメイトたち。当時はコンピュータ関連はハードもソフトもいずれも引く手あまたの売り手市場になりつつあった。そのため級友たちはそうした業界の内定をつぎつぎに得ていた。
一方、大学院にすすんだわたしはその2年後に就職。バブル以前とはいえ、修士修了のため本来の専攻に合わせて(上場企業のうち化学・製薬・食品)などの研究開発職へ進む同級生が多かった。はたしてIT業界の人手不足はどうなったのか。
きょうはそんな話。
コンピュータ関連へ
当時は理系とはいえ、この地方国立大の大学院進学をえらんだクラスメイトはまだ2割ほど。大部分の8割は就職だった。そのうち半分近くがソフトウエア開発の会社。日立、NEC、富士通をあたまにつけた名前の会社が多かった。いずれもはじめは東京方面へ。当時は列車で旅立つことが多く、駅に見送りに行ったもの。数年のちに地方の拠点へ移動したり、そのまま関東に居ついたり。
同級生ののこりの3割近くはハードウエアの会社へ。こちらもソニー、京セラ、東芝などなど大手ばかり。半導体のLSI製造で日本がリードしていた頃。こうした企業はいくらでも人手がほしかったにちがいない。専攻の斜陽・多角化をむかえつつあった化学業界よりもいずれも給与面や福利厚生が手厚いと話した。
専攻の分野は
さて大学院の修士課程をえらんだわたし。就きたい企業の範疇にこうしたコンピュータ関連はほぼなかった。だが専攻した生命科学を活かせる分野はまだまだ多くないと知る。発酵や食品などのおよそ100社ちかくを選び、そのうち20~30社に手書きで資料希望の手紙を書いた。
当時はいまのエントリーのシステムなどもちろんなく、「リクルート」なる会社から特定の「会社」のパンフレットや冊子が下宿に届きはじめたころ。そちらはあまり参考にならない。そこのバイアスがかかっていそうだった。
そこで会社四季報や会社情報を購入して、おめあての企業の人事部の宛先をしらべ、万年筆でていねいに「御社に興味関心がある国立大大学院生でリーフレットや募集要項などを所望」する旨の手紙をひとつひとつ書いて送った。
そのうち返事がある会社はまだ望みがある。もちろんそれに一部重なるが大学に資料の届いている会社(修士ひとりあたりに換算すると30倍以上の売り手市場)にも採用試験に参加希望と手紙を書いた。
結局えらんだのは
選んだのはいずれも当時の一部上場企業。これは父の勤め先(上場)との比較でイメージしやすい。各業界の売上で両手におさまるぐらいが中心。大きすぎずちょうど規模感のよさそうな会社のうち、採用人事の担当の方とつながったなかからいくつか受けていく。当時は地方から出向いて面接を受けた。いまのようにエントリー後の書面審査後に、ネット上で面接というわけにはいかない。
事前に列車や宿の予約、場合によってはつづけて受ける会社があるので何日かそのまま宿で寝泊まりしたり、夜行列車を利用したりと研究の合間になかなかいそがしかった。
ようやくポツポツ内定を得てほっとしたのもつかの間。並行して受けた公務員試験の結果が出はじめ、その面接などと重なりはじめた。待ったなしで身の振り方を決めねばならなくなった。
おわりに
内定を得て二転三転し、どうにか大学に職を得てそののちしばらく勤めた。のちに転職したわけだが同級生たちの動静が気になる。そのまま最初に入った会社を勤めあげたヒトがいる一方で、みずから会社を立ち上げ、社長をしている方も。じつにさまざま。
わたしは転職して自営に。同級生たちの就職したコンピュータの会社の多くはそののちさまざま名を変え、業界再編の荒波のなかへ。興隆めざましかっただけにいまの状況には感慨深いものがある。
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