寒さにからだをじわじわとならしていく作業 ようすをみながらころもがえ
はじめに
年齢をかさねてくると暑さと寒さにむかいからだがいずれもおもいかんじ。数日のうちに気温の変化にどうにか追いついていたわかいころとはあきらかにちがう。
それならばと季節のうつろいのなかに身をまかせて、長いあいだあじわえるからいいやとおもうように。
季節のかわりめを感じるころ
学生のころからこの時季の朝のピンとはりつめた外気にふれるのはきらいではなかった。ひるはぐんぐんあたたかなひよりとなり、さわやか。そでをたくしあげたながそでシャツが汗ばんでもすぐにさらさらに。
ちょうどころもがえ。白いシャツにジャンパースカート姿の同級生がおとなびてみえた。こちらは黒いつめえりの上着をぬいでうでに持ち歩くばかり。あついのとさむいのでは、いつも寒いほうをえらびがち。
ようやくまちにまったすずしい季節がやってきたと、すこしわくわくする。
体育ではソフトボールよりもサッカーがふえてくる。すこし時代をさかのぼり小学校の校庭の半分はしばふだった。ちょうどサッカーコートが両端にすえつけてあった。このころになると体育は男子をふた組にわけていつもサッカー。
しばふと風と
しばふはいくらころんでもすりむかない。青く草の色がのころだけ。むしろころんで横になりたいぐらい。したがってわりとおもいっきりボールをとりにいける。昼休みはあそびつかれると友人たちと陽だまりのしばふに寝ころんで青空をながめた。
中学の校庭はしばふはなかったが、そのかわり丘のうえ。いつもどこからか風がふいていた。終業のチャイムでもうしこしつづけたいサッカーを惜しみつつ、しばらく校庭のはしから眼下にひろがる街をながめてほてったからだをひやしてから校舎にはいった。
そんなすずやかな思い出ばかりがよみがえってくる。
さむさにからだが
さて、現実にかえろう。朝と日中の温度差がはげしい。このところ日較差が15度ある日も。すると朝と昼でははおるものが2枚ちがってもふしぎでない。みのまわりはつぎつぎに衣類で散乱しはじめる。
以前ならばからだをうごかせばあっさり体温を上げて維持できた気がする。ところが最近は多少運動をしてその場であためても、すぐにからだはもとにかえってしまう。しからばと衣類をかさね着。
これで季節の進行とともにかさねて着るものがふえていく。最近では家のなかでも外着のかっこうにちかい。
暖房を極力ひかえる生活をつづけるためだが、そのぶん衣類は散乱しがちになる。これではよくないと思い、あることをおもいついた。
おわりに
さむさにむけて、
「さむいとかんじる一歩手前でからだをうごかしてそなえる。」
を実践しようと思う。つまりもっと動く。あくまでも思いつき。さむいと感じてしまってからうごくよりはマシなはず。
「案ずるより生むがやすし」ですでに意識してやっている。
