モノを持ちすぎるから収納ケース、ボックス、チェストのたぐいをもとめてしまう
はじめに
あるかもしれない引っ越しにそなえ、ものを減らそう、最低限どれだけで生きていけるかと算段する。そして究極のところわたしの場合には
持ちものの量-最低限必要なもの=収納(≒よぶんな持ちもの)
の式が成立しそう。もしかしたらスーツケースひとつあったらホテルぐらしが何泊かできると考えると、そこに煮炊きの鍋と火もとか電源、そして寝どこさえあればなんとかなると見えてきた。ウィークリーマンションのイメージ。
きょうはそんな話。
究極から
いったんすべてないとしたら…。そんなそころから上式の「最低限必要なもの」をあげていく。するとどうやら大きなダンボール1つと、ふとん入れひとつあれば何とかなりそう。いまのところそこから先、つまりあるとべんりだなとか、いざというときの備えとしてといった物品、つまり緊急に避難するのに必要な物品をともに携えればよさそう。
余分なものや重複するものが収納スペースを占めている。そのためにわざわざ収納ケース、ボックス、チェストのたぐいを手配するはめになる。ものを置くためにさらに収納用品などを購入し、かぎられたスペースしかないへやにならべる悪循環。それをいったん断つつもり。
なにから
このところそうした収納物をひとつずつ目のまえからなくしていくのが目標。収納ケースひとつ分、つぎは段ボールひとつ分を減らす。
ところが1年半ほどまえに失敗を経験した。あまりに思いきって処分したものだから、ボランティアでサポートするしごとでつかえなくしてしまった。のこしておくべきだったと後悔してももう遅い。どうしても慎重になってしまう。
頭のなかから存在を消す
もともとあったものの存在をわすれてしまうのもコツかもしれない。うしろ髪をひかれなければあっさり処分できそう。なければないでなんとか生きられる。モノとして持っておく必要があるのか、今かんがえるとわからない代物が多いのではないか。
消費者の心理にうまく入ってきて買ったものたち。基本的にそんなものが賃貸の場所を占める。余分な代物を置くスペースのために余計に家賃を払っていると思えば理不尽さがよくわかる。こうして具体的な金額に置き換えるとじつにわかりやすい。なんとかしないとならないと切実にそして真剣に考えられる。
おわりに
住み処の期限はことしの7月いっぱい。数か月まえに退去するかどうかを表明するならばもうそんなに余裕はない。そろそろ荷物の量を思いきって減らすか、考えがまとまらないならばやむなくもとの家を倉庫がわりに一時的に活用するしかない。
このもとの家をどうするかもそろそろ決めていかないと。つぎつぎに難題が舞い込む。先送りしないでひとつずつ結論を出していかないと。
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