休日にはたと思いついてネットのキーワード検索で20年来の懸案の事象にたどりつけた
はじめに
結局、検索ワードを妥協して変えてみたのが功を奏した。たいていしごとのテーマの打開は、わが家で休日にリラックスしているときとかトイレや風呂のなかとか。しごと場のいすに腰かけて考えているときはまず訪れてこないもの。これを検索ワードにしてみてはと思いつき実行してみた結果…。
きょうはそんな話。
長年の
じつは20年来、学会発表で質問されて以来、長いあいだわからないままだった懸案事項にたどりついたかもしれない。ときおり文献のサーチやネット検索をやり、世に出た論文中にないかと折に触れて確かめてきた。不十分かもしれないがそれなりに情報を把握しているつもりでいた。
ところが情けないことに、かたくなにおなじキーワードをいくつか網掛けして使い、調べたに過ぎない。その行為ではもしかしたらじゅうぶんでないかもしれないとトイレのなかではたと気づいた。見落としがあるのではないか。休日の家でほかのことを放っておいて、今までつかったことのない遠まわし気味のそのとき思いついた用語を織りまぜ検索してみた。
出てきたものは
するとどうだろう。休みの日の昼間のどこか緩い雰囲気のなか、これまで見たことのない、20年来探し求めていたひとつのこたえに相当しそうな論文にたどりつく。かの学術雑誌のNature。上で述べた懸案事項に関わるかもしれない重要な内容。昨年の論文。まだ1年経っていない。探し求めつづけてようやくたどりつけたのでは。情けないことにこの雑誌を日常的に目にするチャンスはあったはずなのに、なぜか見落としてしまい気づけなかった。
さまざまな文献について縦横に目を配り、そこそこ把握していたつもりでいた。すくなくとも自分ではそう思っていた。恥ずかしいことに学術機関ならばどこにでもある一流誌で、しかもみずからの専門の内容。その論文の実験操作は日ごろやっている日常的なものとほとんど重なる。実際にその一部に着手していた矢先。はずかしながら見落としていたといってよい。
インパクトの大きさ
世界中の研究者がいつかは掲載を目標にする学術雑誌。そこに掲載されるだけに各方面へのインパクトが大きい。それだけ基礎分野のみならず産業上も今後に波及する内容をふくむ。論文を読みながらすぐに手もとでやるべきことを思いつく。そしてあらたな実験のアイデアも今までの蓄積のなかからこの論文結果を手がかりに生まれそう。なにしろこのテーマの根幹はわたしたちがやりはじめたことだから。
同時にこれまでこのテーマはけっこう価値があるはずだと思いつづけていた。うぬぼれや自画自賛ではないはずと自分を励ましていた。それがいわば報われて再確認できたといえそう。やっぱりだいじな研究なんだと。
見直さないと
「もっと足もとを見よ。」という啓示なのかもしれない。休日ながら反省する。もうすこし柔軟に物事を見ないと。うっかり気づかないままだったかもしれない。検索ワードひとつでこんなだいじなことに気づけないままなんてじつにもったいない。着手がそれだけ遅れるだけで、これまで蓄積したデータさえ、水泡のごとく消えてしまいかねない。
さて、どうしよう。見かたを変えれば一部について「先を越された」と言っていい。わたしがやるべきしごとの一部だったのはまちがいない。地方の大学にいてそんなに「表舞台」に登場する機会などそんなにチャンスがあるわけではない。今後の方針の練りなおしをこうして記しつつ考える。
おわりに
それにしても不思議だと思ったのは発表が昨年だったこと。だれもが20年来探し求めてなかなかたどりつけない道だったということか。見かたを変えると20年以上まえに自分たちが見つけて着手するだけ斬新なテーマだったといえそう。先見の明があったんだと自分を励まそうと思う。
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