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ことしはどうやら変わり目のポイントの年かもしれない:AIとの接し方を真剣に考えたほうがよさそう

ありがとうございます

はじめに


 わたしの専門分野ではAlphaFold2でノーベル賞が出たのはつい先日。わりと早くからAI活用がなされていた分野と言っていい。日常的に研究の一部で支援してもらえている。日進月歩の状況だが、なかでも今年は数学の未解明だった証明をやってみせるなどが相次ぐ。後にふりかえるとAIの格段の進歩の年としておそらく歴史の年表に載るほどのできごとになるかもしれない。

専門のタンパク質化学の分野においては、その現状の機能だけではすでに十分でなく、さらなる進歩が求められている。ほしい情報はまだまだ得難く、そのための情報収集とあらたな手法の開発に人間の手作業の領域が残っている。大学院生たちともこんな能力が備わってほしい、じゃあどうするかと議論の日々。他方で、携わる教育分野ではよりよい方法が模索されつづけている。

きょうはそんな話。

教えていて


 大学の新入生たちの教育面を中心にサポートする。しばらく前から必要な資料をAIの支援をもらいながら作る。的確に依頼すれば応えてくれてそれなりの威力がある。提示されたものについて、わたしは裏取りと多少の修正がほとんどでなにより仕事が早い。一部の仕事では助手役として助けになる。

だがここまでやってきて、それにも用心が必要と気づいた。学生たちの習得の様子を定着度でみると、AIの協力をもらいながらも、それを紙に印刷した教材がいちばんいい。学生たちはいずれも紙ベースで作ったプリントを中心に置き、わたしの説明などを書き足したり、ノートを記したりしながら学習する様子が見受けられる。

だれも別途渡した同内容の電子ファイルを使おうとしない。尋ねると電子ファイルだとメモ程度でも書き込みの手間や、学習全体のうちどこまで自分がやりつつあるのか、理解しているのか漠然として把握しづらい。

それを明示する工夫や方法はあるのだろうが、いずれにしてもPCやスマホの画面上で眺めるだけでは学習にはならないし、いつまでもピンとこないのはたしかにそう。何人かの学生にその点を尋ねると、たしかに紙ベースで「手に覚えさせる作業を経る」のほうが全体として学習しやすいとのこと。

画面をながめて

 PCの画面だけながめているばかりでは、わかったつもりになり頭に残りにくいので、同時にノートやメモ用紙上で手を動かすという。画面の頭にとり入れた情報を、今度は自らの頭で解釈する上で、文字を囲んで主要点を明確化する、メモをおぎなうなどの行為を取りがちだという。学生の言いたいことが伝わってくる。

たしかにPC画面の内容では「わかったつもり」に陥りやすく、一方、一度紙に印刷や書いたものや行間に残すメモ書きは、のちに振り返る際に頭にその段取りとともに残りやすく、しかも引き出しやすい。作ったノートはのちに振り返るための大切な手がかり。それを追っていくことで講義が再現され、一度聴いたものの手がかりを追っていきやすい。

AIの支援作業で


 さてAIとのやりとりで得られた情報。かならず疑問の湧く個所は裏取りしていく。再度質問して見破れたり、とんでもない勘違いにもとづいた情報を根拠にしていたり。

自信有りげなだけ注意が求められる。わたしはもっぱら無料版ばかりを何種類か併用しつつまとめるが、それでも十分でないと感じることも多い。有料版併用が望ましいが、作業を通じてもちろん有力な情報にたどり着けることもあるが、ハルシネーションはいつでもあり得ると心得ていたほうがいい。実際にそんな経験は昨日もあり一度や二度ではない。

もっともらしい情報が得られたときこそ、注意が必要で裏取りの時間を惜しく感じられてしまうものだが、やはりそこはがまんしてかならずチェック。根拠となる情報の提示を再度もとめる。明示されたものを読み直し、それを取捨選択したうえで引用文献として活用できる。こうして一歩ずつ手堅く進める。

おわりに


 いつも空想するのは世界中のネット上には公開されていない書籍や、データベース化されていない情報をたちどころに得られたならばと思う。こればかりはどうしようもない。なるべく雲散霧消させず保存できていれば何よりだし、活用されぬまま人知れず埋もれていってしまう情報も数多いに違いない。

どこかで重複の多いネット上に置かれている重要だと思われている情報が全てでないのは織り込み済み。間違いのまま長く放置されている情報も数多い。そのうえで使われているサービスにちがいない。世にはおそらくそれをはるかに上回る潜在的な情報があるだろうが、その本当のところはわからない。


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