まもなく3年目をむかえる賃貸生活:夏に匹敵する暑さが出現する前にカーペットを処分
はじめに
毎週すこしずつ手持ちのものを処分していく作業も4週目。このところ教室兼用の賃貸の自宅をすこしずつ模様替えするついでに今回はカーペットに目が行った。これはいらないんじゃないか、そう思ったとたんに剥がしたくなり早速実行する。下からきれいなフローリングが出てきてずいぶんすっきり見えた。
きょうはそんな話。
毎週処分
このところ荷物減らしを進めている。どうしてこんなに持っているのかというほど出てくる。というか前にここへ引っ越してくるときに処分するかどうか迷い、けっきょく保留にして持ち込んだもの。廃棄を忘れていたに過ぎない。
あらためて品々を見直すとたしかに迷う要素を持ち合わせている。ここでも使えるとか、写真のプリントをネガとともににあまりに思い切って捨て、のちに捨てなきゃよかったと後悔した経験はまだ新しい。
それだけ躊躇するだけのことがらを持ち合わせているものがそこかしこにある。だが考え方を変えればほかにそれに代わるものや頭のなかに残っているじゃないかと思えばそのモノ自体に未練はないと気づけた。あらためてネガから反転してデジタルの画像で残せば済むものも。その機転が効かないからどうしようもない。
カーペット
じつはこのカーペットはここへ来る引っ越しのときに処分しようとして、4枚の断片に切断してゴミ出し直前までいったもの。それがどういうわけか車に詰め込んでいっしょにここへ来てしまった。教室兼用なので生徒たちが訪れてフローリングを傷めるのを防ぐのにちょうどいいと、フローリングの床に敷いて急遽使うことに。
偶然、きれいに切れたカーペットは、ここのフローリングに敷き詰めるのにサイズがぴったり。当面はこうして使いつづけた。
見直すと
毎週に捨てられる対象は決まっていない。目についたものがつぎつぎと選別される。その対象が今週はたまたまカーペットだった。床から剥がし、掃除機をかけ、床をぞうきんがけしてさっぱりした。あきらかにないほうがいい。あくまでも臨時の教室の状態をそのまま3年近く続けた。
こうしてあらためて見直すきっかけがないとおそらくそのままずるずると使い続けてしまったかもしれない。こうして「毎週処分」の行動で、慣れて気づけないままの生活のさまざまをいろいろと見直すきっかけに。
こうしたほうがすごしやすいとか、使い勝手がよくなるはずなのに、発想の転換のないまま、考えることをせずにそれまでどおり不都合や不便を辛抱して使い続けるといったことがあまりに多い。
おわりに
毎週処分はやはりつづけてよさそう。メリットのほうが多い。すでに迷ったうえで捨てないほうを選んだものはすくない。このところは上に記したように捨てなきゃよかったはこのところ見つからない。というか捨てたことをすでに忘れてしまっている。不便を感じたり、あれはどこやっただろうと探し回ったりをしていない。うまくできている証拠でないだろうか。
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