カレンダーを頂かなくなり100円ショップではじめて卓上カレンダーを買う
はじめに
街なかに引っ越して2年半でようやく変化したできごと。それはしごとの片方をやめて、旧来のなじみの店や取引先とのやりとりがなくなったことを如実に表す。それはカレンダーを頂戴する機会がなくなったこと。
きょうはそんな話。
取引先
昨夏に20年来のしごとでお世話になった取引先が廃業。何名かの従業員の方もいらしたが、結局あとを継ぐ人材がついに見つからなかった。人材不足、人手不足はどの業界でも聞く。これから少子化がさらにすすみ、順調にに見える事業でもなかなかヒトが集まらないらしい。
以前から、上にあげた取引先から年末が近づくといつも「どれか持っていきませんか」と声をかけてもらえた。使い切れないカレンダー。取引先からのもの。遠慮なくそこから頂戴していた。わたし自身も12月になるといくつかの取引先からカレンダーを頂いていた。こうして困らない程度の数のカレンダーは年を越すまえにはそれ相応にそろったものだった。
節目
この暮れはちょうど節目だった。街なかに引っ越して2年半。旧来の取引をしていたところとやりとりの機会はなくなった。昨春に片方のしごとをやめた。すると12月になってもひとつもカレンダーがないことに気づいた。新たに取引しはじめたところはカレンダーを年末に配ることをしない。
1,2月ともスケジュールは埋まりつつある。そこで買い物ついでに100ショップで、卓上のカレンダーを買った。カレンダーと名のつくものを買ったのはおそらくはじめて。つくえの上に置き、忘れてはならないスケジュールを書き込めるようにした。
変化のきざし
こうしてじわりと身辺が変わりつつあると気づかされる。それぞれひとつひとつに対処していかないと。4年前に年賀状をみずから率先してやめた。その前の年に頂いた方々に向けて、年末にその旨を記したはがきをお送りした。周囲もやめたと聞くことが増えた。
メールも同じ。年越しとともにおめでとうのメールをやりとりしていた方ともことしはしなかった。鬼籍に入られた方がおいでだったこともある。その結果、プライベートで静かにすごした年末年始だった。
けっきょくのところ、音信をとりたい場合には1年のいつでもはがきなどで連絡をとりあえばいいとわりきることにした。あたたかくなったころにこちらから会いたいと思えるヒトに連絡しようと思う。
それにしても
あまりにも月日の経つのが早いと感じる。ラジオでも何度かそんな話をしていた。年を重ねるごとに加速度がついてくる。入手した卓上カレンダーは月ごと。すでに2月、3月そして半年後までスケジュールが入りつつある。1月はすでに休日をふくめて空きがほぼない。
日々こうしてやることがあるだけいいのかもしれない。ヒトと関わる機会がまだこれだけあるという証拠。そういえばいちばんたいへんだった頃は時間ごとのスケジュール管理をしていた。数時間ごとに身の置き場を考えてスケジュールを練っていた。出張も多いときは毎週のように、あるいは月の3分の1ほどほかの土地ですごしていたぐらい。
おわりに
それとくらべるといまは1日ごとの管理でいい。それぐらいゆったり組まないと体のほうがついていかない。それでもなかには午前と午後まで予定で埋まる日も。それらをきっちりこなすには、ことしも食事と睡眠をしっかりとらないといけないなと卓上カレンダーを見つつ思う。
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