能力が足りないのではない。仕事の摩擦に、能力を奪われている。
仕事が遅い。
判断が浅い。
もっと主体的に動いてほしい。
そう評価されている人が、別の部署へ移った途端に力を発揮することがある。
上司が変わる。会議が減る。役割が明確になる。必要な情報へすぐ届くようになる。それだけで、同じ人の仕事とは思えないほど動きが変わる。
反対に、優秀だった人が異動後に精彩を欠くこともある。
一つ進めるたびに承認がいる。誰が決めるか分からない。関係者ごとに前提が違う。資料を作っても会議で話が戻る。少し集中すると、すぐ別件の連絡が入る。
本人は努力している。
けれど、その努力の多くが成果ではなく、仕事を仕事として成立させるために使われている。
私たちは、現れた成果から人の能力を見ようとする。
しかし、成果になる前に、どれほどの能力が仕事の摩擦へ吸い取られたかは見落としやすい。
能力は、成果になる前に使い切られる。
能力は、本人の中にあるだけでは成果にならない。
何に取り組むかが分かる。
必要な情報へ届く。
判断できる範囲が分かる。
関係者の期待が揃う。
集中する時間がある。
困った時に相談できる。
こうした条件を通って、初めて能力は仕事として現れる。
条件が整っていない職場では、本来なら顧客や課題へ向けるはずの能力が、別のことに使われる。
情報を探す。
誰に聞くべきかを探る。
暗黙の了解を読む。
承認が下りるまで待つ。
後から出てきた前提に合わせてやり直す。
優先順位の衝突を、自分の残業で埋める。
一つひとつは小さい。
だから、問題として扱われにくい。けれど、小さな摩擦が毎日重なると、考える力、決める力、工夫する力は、成果へ届く前に消費される。
これを、発揮損失と呼びたい。
発揮損失とは、本人が持っている能力と、実際の仕事で使える能力のあいだに生まれる損失である。
能力不足に見えるものの一部は、能力がないのではない。
能力が、別の場所で使い切られている。
人を増やしても、発揮損失は減らない。
現場が回らなくなると、人を増やそうとする。
研修を増やす。採用要件を上げる。高い専門性を持つ人を配置する。
それ自体が必要なこともある。
ただし、仕事の摩擦を残したまま人を入れると、新しい人の能力も同じ場所で失われる。
むしろ、経験のある人ほど摩擦を引き受けられてしまう。
曖昧な依頼を補う。関係者の意図を先回りする。足りない情報を自分で集める。衝突しそうな部署を裏で調整する。
結果は出る。
そのため、仕事の構造に問題があることが見えなくなる。
本人の熟練が、壊れた仕事を支える緩衝材になる。
そして限界が来た時、「急にパフォーマンスが落ちた」「以前ほど意欲がない」と本人の問題に戻される。
優秀な人を置けば回る仕事は、良い仕事設計とは限らない。
優秀な人が摩擦を隠しているだけかもしれない。
Work Enablementは、能力を足す前に、失われる場所を見る。
People Enablementは、人が能力を発揮できる条件を整えることである。
Work Enablementは、人が働き、学び、選び、変われるように、仕事そのものの成立条件を整えることである。
この二つを実務へ落とす時、発揮損失という見方が役に立つ。
人事は、能力を開発する施策を考える前に、今ある能力がどこで失われているかを見られる。
探すことに使われていないか。
必要な情報、過去の判断、正しい手順、相談先を探す時間が長い。
これは本人の情報収集力だけの問題ではない。情報の置き場所と更新責任が設計されていない可能性がある。
確かめることに使われていないか。
依頼の意図、完成水準、権限、優先順位を何度も確認しなければ動けない。
慎重すぎるのではなく、失敗した時に何を責められるかが読めないのかもしれない。
待つことに使われていないか。
承認、返答、会議、他部署の決定を待ち続ける。
本人の処理速度を上げても、意思決定の滞留が残れば仕事は速くならない。
やり直すことに使われていないか。
後から条件が変わる。関係者が途中で増える。判断理由が残っていないため、同じ議論へ戻る。
改善すべきなのは作業の正確さではなく、前提を揃える順番かもしれない。
この四つは、すべて無駄とは限らない。
仕事には探索も確認も待機も修正も必要である。
問題は、それらが価値を生むために必要なのか、仕事の設計不良を埋めるために発生しているのかである。
評価の前に、仕事の条件を分けて見る。
ある社員の企画書が、いつも提出期限を越えていたとする。
「段取りが悪い」と評価するのは早い。
本人の進め方と、仕事の条件を分けて見る必要がある。
依頼時に目的と完成水準は共有されたか。
意思決定者は明確だったか。
途中で追加された要望はどれだけあったか。
本人が決めてよい範囲は伝えられていたか。
通常業務との優先順位は誰が決めたか。
条件が整っていても遅れるなら、計画力や実行力の課題を具体的に扱えばよい。
条件が崩れているなら、本人だけを育成しても同じことが起きる。
人の責任と、仕事の責任を混ぜない。
これは、本人を甘やかすためではない。
何を本人へ求め、何を組織が直すのかを正確にするためである。
明日から見る場所。
明日、仕事が遅れている人を見た時、能力を評価する前に一つだけ聞いてみる。
この仕事で、考えること以外に最も力を使ったのは何だったか。
情報を探すことだったのか。
誰が決めるかを確かめることだったのか。
返答を待つことだったのか。
変わり続ける前提へ合わせることだったのか。
答えが本人の癖にあるなら、育成や支援を考える。
答えが仕事の構造にあるなら、役割、情報、権限、会議、承認、優先順位を変える。
人事は、人の能力を見極める仕事である。
同時に、能力が仕事になる前に失われていないかを見る仕事でもある。
能力を増やすことだけが、育成ではない。
今ある能力が、成果へ届く道を塞がないこともまた、人を可能にする実務である。
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