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合理的配慮は、「復職可能」の合図ではない?



読者への注意

本稿は、トヨテック事件(東京地判令和7年8月6日)と関連する判例研究をもとに、復職判断と合理的配慮の論点を人事・労務実務者向けに整理したものである。

個別案件への法的助言ではない。

休職・復職、障害者への合理的配慮、在宅勤務、通勤方法の取扱いは、就業規則、労働契約、本人の状態、具体的な業務内容、会社規模、配置・異動の実情、医師等の意見によって判断が変わり得る。

また、本稿では読みやすさを優先して法的議論を噛み砕いている。

実際の対応では、最新の裁判例、行政指針、社内規程等を確認し、必要に応じて専門家の助言を得て判断してほしい。


復職判断で難しいのは、「配慮すれば働ける」という言葉をどう扱うかだと思う。

本人は働きたい。
会社も、できれば戻ってほしい。
主治医も、一定の条件があれば復職可能と見る。

それでも、会社としてはすぐに復職可とは言い切れない場面がある。

在宅勤務なら働ける。
時短なら働ける。
自動車通勤なら通える。
業務を軽くすれば戻れる。

こうした申し出は、冷たく退けてよいものではない。

一方で、本人が希望する配慮を認めることと、
休職事由が消滅し、労働契約上求められる労務提供が可能になったことも、必ずしも同じではない。

今回取り上げるトヨテック事件(東京地判令和7年8月6日・労経速2607号3頁)は、まさにその境界を考える判例である。

この事件から考えたいことを一言で表すなら、こうなる。

合理的配慮を検討することと、労働契約上の労務提供が可能になったと判断することは、同じではない。

この二つを混同しないことが、復職実務では重要になる。


この判例を選んだ理由

この判例が興味深いのは、障害のある休職者について、在宅勤務と自動車通勤という具体的な配慮が問題となった点である。

テレワークという選択肢が存在し、障害者雇用における合理的配慮や治療と仕事の両立支援が重要になるなかで、次のような問題は人事にとって現実的なテーマになっている。

出社できなくても、在宅なら働けるのではないか。
通勤方法を変えれば、復職できるのではないか。
だからこそ、「何を配慮できるか」だけを見るのでは足りない。

その配慮を行った結果、どのような労務提供が、どの程度可能になるのか。

そこまで見なければならない。

優しくしたい。
本人の希望を尊重したい。
できる限り復帰を支えたい。

その気持ちは必要である。

しかし、復職判断は善意だけではできない。

本人の状態、業務遂行能力、通勤可能性、配置可能性、在宅勤務の要件、安全配慮、代替措置。

この判例は、その順番を考える材料になる。


何が争われたのか

原告の労働者は、脳梗塞後の左半身麻痺などを抱えながら勤務していた。

その後、左足の手術と入院を経て休職となり、復職を希望した。

ただし、長時間の歩行や満員電車での通勤が困難だったため、本人は在宅勤務を主体とした復職を希望した。

出社が必要な場合には、自動車通勤も認めてほしいと求めた。

一方、会社側は、過去の業務上のミスや同僚との摩擦、勤務状況、人事評価などを踏まえ、本人は在宅勤務規程上の対象者には該当しないと判断した。

会社の在宅勤務規程では、自己管理や時間管理ができること、在宅勤務で実施できる業務を遂行できることなどが求められていた。

また、会社は安全配慮上の理由から、自動車通勤を認めていなかった。

その代わりに、通勤ラッシュを避けた時短勤務などの配慮は提案していた。

本人は、復職申出から実際の復職までの期間について、もっと早く復職できたはずだとして賃金を請求した。

裁判所は、この請求を棄却した。


裁判所は何を見たのか

復職判断では、まず休職事由が消滅したといえるかが問題になる。

裁判所は、原則として、従前の職務を通常程度に行える健康状態になっていることが必要だとした。

また、軽い業務から始めれば、ほどなく従前の職務を通常程度に行える状態になる場合も、復職可能と評価され得る。

さらに、職種や業務内容を限定せずに労働契約を締結している場合には、現在の担当業務を十分に行えなくても、能力、経験、地位、会社の規模や業種、配置・異動の実情や難易などを踏まえて、現実的に配置可能な他の業務を行うことができ、本人がその労務提供を申し出ているのであれば、債務の本旨に従った履行の提供があると評価される余地がある。

これは、片山組事件最高裁判決で示された考え方である。

片山組事件でも、職種・業務内容が限定されていない場合、現に命じられている仕事ができないというだけで労務提供がないと判断するのではなく、「現実的可能性がある他の業務」が存在するかを検討すべきだとされた。

ただし、本件では、本人が在宅勤務を前提に復職可能だと主張した。

そこで裁判所は、本人が在宅勤務の対象者に該当するかを見た。

結論として、裁判所は、本人が在宅勤務規程の要件を満たしていたとはいえないと判断した。


復職後に在宅勤務していても、それだけでは決まらない

本人は実際の復職後、在宅勤務を継続していた。

そうであれば、「最初から在宅勤務で復職させればよかったのではないか」とも考えたくなる。

しかし、裁判所はそう見なかった。

会社は、コロナ禍であったことや本人に身体障害があることを踏まえ、合理的配慮の観点から特例として在宅勤務を実施させていたと主張していた。

裁判所は、この説明を覆す事情はないとして、
復職後に在宅勤務をしていた事実だけをもって、
休職中の時点ですでに通常の在宅勤務制度の対象者だったとは評価しなかった。

ここがかなり重要である。

特例として認めた勤務方法と、通常制度上の適格性は同じとは限らない。

これは人事実務では見落としやすい。

例外的に認めた配慮が、あとから「それが通常の扱いだったはずだ」と読まれることがある。

だからこそ、障害への配慮などから例外的な働き方を認める場合には、なぜ認めるのか、通常制度との関係はどうなのか、どの勤務条件で認めるのか、どの期間認めるのか、いつ見直すのかを整理しておく必要がある。

配慮することそのものをためらう必要はない。

むしろ、配慮だからこそ、その位置づけを曖昧にしない。


合理的配慮は、本人希望の実現そのものではない

合理的配慮という言葉は、とても強い。

会社は配慮すべきだ。
本人の障害や状態に応じて、働ける環境を考えるべきだ。
形式的に規程だけを見て終わらせるべきではない。

その方向性は間違っていない。

障害者雇用促進法上も、事業主には、過重な負担とならない範囲で合理的配慮を提供することが求められている。

しかし、合理的配慮は、本人が希望した方法を常にそのまま実現することを意味するわけではない。

会社は、本人の希望を聞く。
業務上可能な措置を検討する。
その措置にどのような負担があるのかを見る。
難しいのであれば、他にどのような方法が考えられるかを検討する。
そして、その配慮を前提として、どのような労務提供が現実に可能になるのかを見る。

このプロセスが重要になる。

本件では、本人は在宅勤務や自動車通勤を求めた。
会社は、自動車通勤を認めなかった。

ただし、何も提案しなかったわけではない。

通勤ラッシュを避けた時短勤務など、別の配慮を示していた。

裁判所は、自動車関連事業を営む会社が安全上の理由から自動車通勤を認めていなかったこと、本人の身体状況、会社が時短勤務などの配慮姿勢を示していたことなどを踏まえ、会社の対応を不合理とはいえないとした。

ただし、ここを一般化しすぎてはいけない。

この判決は、「本人希望と異なる代替措置を示せば常に足りる」という一般法理を示したものではない。

むしろ実務上読み取るべきなのは、次の点である。

実務上重要なのは、「できません」で終わるのではなく、「では何が可能なのか」を具体的に検討することだと思う。

本人の希望を認められない場合でも、そこで終わってはいけない。

なぜ難しいのか。
代わりに何ができるのか。
その条件ならどこまで働けるのか。
それでも残る制約は何なのか。

本人希望へのYESかNOだけで処理しない。

本人が抱えている支障を、別の方法で軽減できないかを見る。

ここに、合理的配慮の実務がある。


この判決への違和感も残る

もっとも、この判決をそのまま単純に「会社側が勝った事例」と読むのは危ない。

合理的配慮について考えるのであれば、本来、在宅勤務を認めることが会社にとって本当に過重な負担だったのか。
自動車通勤を認めることが、本当に会社にとって受け入れ難い措置だったのか。
その点を、もう少し具体的に検討する余地があったのではないか。

そういう見方である。

本判決は、合理的配慮の「過重な負担」を正面から実質的に審査するというよりも、在宅勤務制度の対象ではないことを確認し、その結果として出社が必要となり、公共交通機関による出社が困難である以上、従前業務を通常程度に行える状態とはいえない、という流れで休職事由の消滅を否定している。

つまり、合理的配慮の内容をどこまで求められるかという段階ではなく、労働契約上の債務の本旨に従った履行が可能かという段階で判断を終えている。

ここが、この判決を読むうえで重要なところだと思う。

「合理的配慮を検討した結果として会社が勝った」とだけ読むのでは足りない。

むしろ、合理的配慮の検討と、復職可能性の判断を、法的にどの順序で接続するのか。

その難しさを示した判決として読む必要がある。


在宅勤務規程だけで決めてよいのか

もう一つ考えたい。

在宅勤務が一般化した現在、会社の在宅勤務規程に形式的に該当しないことだけで、復職可能性を狭く判断してよいのかという問題である。

一方で、在宅勤務には、業務遂行能力、自己管理、情報管理、上司の管理可能性、チーム連携、成果確認などの問題がある。

誰にでも無条件で認められる働き方ではない会社もある。

そのため、誰にでも無条件で在宅勤務を認めなければならないわけではない。

一方で、障害によって出社に大きな支障があるのであれば、「通常の在宅勤務制度の対象ではない」という理由だけで終わるのではなく、合理的配慮として例外的な在宅勤務が可能なのか、という検討は別途必要になり得る。

だから、「在宅勤務規程に該当するか」と、「合理的配慮として在宅勤務を認める余地があるか」は分けて考えた方がよい。

本件では、まさにこの二つが交差している。


復職判断の本質は、「配慮後」を見ること

この判例から私が最も重要だと感じるのは、ここである。

復職判断で見るのは、配慮が必要かどうかだけではない。

配慮した結果、何ができるのか。
どの程度できるのか。
どのくらい継続できるのか。
本来求められる職務と、どこまで接続できるのか。

そこを見る。

たとえば、「在宅勤務なら働けます」という診断書が提出されたとしても、それだけでは足りない。

どの業務ができるのか。
勤務時間はどの程度なのか。
安定して勤務できるのか。
会社にその業務があるのか。
上司が管理できるのか。
必要な出社が生じた場合はどうするのか。

ここまで確認しなければ、復職判断にはつながらない。

反対に、「出社できないから復職不可」と直ちに判断するのも危ない。

在宅勤務や他業務への配置など、現実的な選択肢があるのであれば、その可能性を検討する必要がある。

だから復職判断は、できる・できないの二択ではない。

条件を一つずつ接続していく実務である。

この観点を持たないと、復職判断は制度処理になってしまう。


人事実務では、どこを見るべきか

この判例から、人事が確認すべきことはかなり具体的である。

一つ目は、復職基準である

復職可能とは、単に病状が一定程度回復したという意味ではない。

会社で、何の仕事を、どの勤務条件で、どの程度継続して遂行できるのか。

ここまで具体化する必要がある。

主治医の診断書は重要である。

しかし、主治医は職場の業務内容や職場環境をすべて把握しているとは限らない。

必要に応じて、本人、主治医、産業医等の意見と、会社が把握している具体的な業務内容・勤務条件を接続して判断する。

二つ目は、在宅勤務の位置づけである

在宅勤務が通常の勤務形態なのか。
例外的な制度なのか。
誰に、どの要件で認めるのか。
障害への合理的配慮として特例的に認める場合、通常の在宅勤務制度とはどのような関係になるのか。

特例として認めるのであれば、理由、勤務条件、期間、業務内容、見直し時期などを整理しておく。

特例を認めること自体を恐れるのではなく、特例であることを適切に管理するという発想が必要になる。

三つ目は、本人希望を認められないときほど、代替案を考えることである

完全在宅、自動車通勤、大幅な時短勤務。

本人からこうした希望があったとしても、その方法だけが合理的配慮とは限らない。

難しいのであれば、時差勤務、勤務時間の調整、出社頻度の調整、勤務場所の工夫、業務内容の調整など、事案に応じて他の措置を検討する。

重要なのは、本人が希望した「方法」だけを見るのではなく、本人が抱えている「支障」を見ることである。

四つ目は、配置可能な他業務である

職種や業務内容が限定されていない場合、従前業務だけを見て判断してよいとは限らない。

片山組事件最高裁判決が示したように、本人の能力、経験、地位、会社の規模、業種、配置・異動の実情や難易などを踏まえ、現実的に配置可能な他の業務があるかを見る必要がある。

ただし、これは抽象的に「何か仕事があるはず」と言えば足りるものではない。

どの業務なのか。
本人が遂行できるのか。
その配置が現実的なのか。
どの程度の配慮が必要なのか。
本人がその業務への労務提供を申し出ているのか。

ここまで落とさなければ、復職可能性の議論は宙に浮く。

五つ目は、通勤と仕事を分けながら接続することである

本件では、在宅勤務制度の対象者ではないと判断された結果、出社可能性が復職判断の重要な要素となった。

ただし、だからといって、すべての復職判断において「公共交通機関で通勤できること」が当然の復職要件になるわけではない。

どの勤務形態が労働契約上予定されているのか。
会社としてどの程度出社が必要なのか。
在宅勤務が可能なのか。
通勤上の支障を合理的配慮によって軽減できるのか。

個別事案ごとに考える必要がある。

本件についても、通勤手段という労務提供の前段階にある問題について、合理的配慮の「過重な負担」を十分に検討しないまま会社側の判断を認めた点には、なお検討の余地がある。

ここは、人事実務でも慎重に扱いたいところである。

六つ目は、記録である

復職判断では、結論だけ残しても弱い。

重要なのは、検討の過程である。

本人の希望。
主治医の意見。
産業医の意見。
上司の見立て。
業務内容。
在宅勤務の要件。
通勤上の制約。
検討した配慮。
採用しなかった配慮の理由。
代替案。
本人への説明。

これらを残しておく。

記録は、会社を守るためだけのものではない。

本人に対して、会社が何を考え、何を検討し、なぜその判断に至ったのかを説明するためのものでもある。


明日確認するチェックリスト

復職対応を扱う会社なら、まず次を確認したい。

  • 休職事由の消滅を、就業規則や運用上どう判断しているか。

  • 「復職可能」という言葉の意味を、具体的な業務遂行能力まで落としているか。

  • 主治医の診断書だけで復職可否を決めていないか。

  • 在宅勤務の要件が、規程と実態でずれていないか。

  • 通常の在宅勤務と、合理的配慮としての特例勤務を区別しているか。

  • 本人が希望する配慮を認められない場合、その理由を説明できるか。

  • 本人希望とは異なる代替措置を検討しているか。

  • 出社が必要な業務なのか、その必要性を説明できるか。

  • 職種限定の有無と、他業務への現実的な配置可能性を確認しているか。

  • 産業医等に、実際の業務内容や勤務条件を十分に伝えているか。

  • 復職不可とする場合、「何ができないから不可なのか」を具体的に説明できるか。

  • 特例的な配慮を行う場合、理由・期間・条件・見直し時期を記録しているか。

  • 復職後のフォローアップ方法と見直し基準を決めているか。


この判例を一言で読む

合理的配慮は、復職判断を不要にする魔法ではない。

しかし、会社が規程を盾にして、配慮の検討を省略してよいという話でもない。

人事が見るべきなのは、本人の希望を認めるか否かだけではない。

本人が何に困っているのか。
本人は何を希望しているのか。
会社は何を配慮できるのか。
別の方法はないのか。
その配慮によって、何の仕事がどの程度できるようになるのか。
その仕事は会社の中に現実に存在するのか。

そこまでつなげて考える。

復職判断とは、病気が治ったかを確認する手続ではない。

働ける条件と、会社が求める仕事を接続できるかを見立てる実務である。

私は、この判例をそう読みたい。


関連記事


確認した資料と留意点

  • 厚生労働省「雇用分野における障害者への差別禁止・合理的配慮」および合理的配慮指針。

  • 片山組事件・最高裁第一小法廷平成10年4月9日判決。

  • 社会保険労務士法人T&M Nagoya「『在宅勤務なら働ける』診断書と復職可否-トヨテック事件」。

  • 労働新聞社記事「出社可否で復職判断は適法 合理的配慮/提供踏まえても――東京地裁」。

  • J-STAGE掲載「近時の裁判例に見る復職判定・復職後の法的留意点」。

  • 本稿は、判決、判例研究、行政資料等をもとに、人事・労務実務者が論点を把握しやすいよう整理したものである。個別案件では、就業規則、労働契約、本人の状態、具体的な業務内容、医師等の意見、合理的配慮の内容などを踏まえ、必要に応じて専門家への確認が必要となる。

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