働くとは何か。仕事の報酬とは何か。
働くとは何か。
この問いは、あまりにも大きい。
生活のために働く。
お金のために働く。
家族を支えるために働く。
社会とつながるために働く。
自分を成長させるために働く。
誰かの役に立つために働く。
自分の存在を確かめるために働く。
どれも、たぶん間違っていない。
しかし、どれか一つだけにすると、働くという営みの複雑さがこぼれる。
仕事は、ただの収入源ではない。
しかし、収入を軽く見てもいけない。
仕事は、自己実現の場でもある。
しかし、自己実現を強制されたら、それはかなり苦しい。
仕事は、社会参加でもある。
しかし、社会参加の名のもとに、人が消耗させられることもある。
仕事は、承認をくれる。
しかし、承認に依存しすぎると、自分を仕事に明け渡してしまう。
だから、働くことをきれいに語るほど、どこか嘘っぽくなる。
逆に、働くことをお金だけに縮めるほど、どこか貧しくなる。
私は、働くことをこう捉えたい。
働くとは、自分の時間と力を、誰かの必要に接続することである。
そして、仕事の報酬とは、給料だけではない。
給料は最も基本的で、最も現実的な報酬である。
しかし、仕事はそれ以外にも、人にいくつかのものを返している。
時間の輪郭。
役割。
社会的接触。
共同目的。
有能感。
承認。
成長。
意味。
私は、これらをまとめてこう呼びたい。
仕事の報酬とは、自分が社会の中で何者かとして立ち上がるための返礼である。
お金は、その返礼の中心である。
しかし、すべてではない。
先に結論
働くことと、仕事の報酬は、次の五つで考えると見えやすくなる。
一つ目: 働くとは、生活を支えることである
働くことの第一の報酬は、賃金である。
これは絶対に軽く扱ってはいけない。
どれだけ意味がある仕事でも、生活を壊す賃金では続かない。
どれだけ成長できる仕事でも、心身を削り続ける働き方では報酬とは言えない。
お金は、仕事の低次な報酬ではない。
生活を守るための基礎である。
二つ目: 働くとは、時間に輪郭を与えることである
仕事は、一日の構造を作る。
起きる時間。
向かう場所。
会う人。
締切。
役割。
週のリズム。
働くことは、人の時間に形を与える。
失業研究が示してきたように、仕事を失うことは、収入だけでなく、時間構造や社会的接触、共同目的も失うことにつながる。
三つ目: 働くとは、誰かの必要に応答することである
仕事には、相手がいる。
顧客。
利用者。
同僚。
上司。
部下。
地域。
社会。
自分の行為が、誰かの必要に接続される。
ここに、仕事の意味が生まれる。
四つ目: 働くとは、自分の能力を現実に試すことである
仕事は、自分の能力を空想ではなく現実にさらす。
できると思っていたことができない。
苦手だと思っていたことができる。
自分の強みが見える。
限界も見える。
この現実との接触が、人を育てる。
五つ目: 働くとは、自分の物語を社会に置くことである
人は、仕事を通じて自分を語る。
何をしている人か。
何を大事にしている人か。
誰に貢献している人か。
何を引き受けている人か。
仕事は、社会の中に自分の物語を置く場所でもある。
今回扱う研究
今回は、働くことと仕事の報酬を、雇用の潜在機能、仕事観、仕事の意味、自己決定理論から考える。
1. 雇用の潜在機能に関する研究
内容: 雇用は賃金という顕在的機能だけでなく、時間構造、社会的接触、共同目的、社会的地位、活動性などの潜在的機能を持つと整理した古典的議論である。今回の記事では、仕事の報酬をお金だけでなく、生活リズムや社会的所属まで含めて読む。
著者: Marie Jahoda
著作: Employment and Unemployment: A Social-Psychological Analysis
出版年: 1982年
2. Job / Career / Calling の研究
内容: 人々が仕事を、生活のための仕事、昇進や達成としてのキャリア、使命や天職としてのコーリングのいずれかとして意味づけることを示した研究である。今回の記事では、仕事の報酬は人によって異なり、同じ職業でも何を報酬として受け取っているかが違うと読む。
著者: Amy Wrzesniewski、Clark McCauley、Paul Rozin、Barry Schwartz
論文: Jobs, Careers, and Callings: People’s Relations to Their Work
掲載誌: Journal of Research in Personality、1997年
3. 仕事の意味に関する統合レビュー
内容: 仕事の意味がどこから生まれるかを、自己、他者、仕事の文脈、精神性などの観点から整理したレビューである。今回の記事では、働く意味を個人の内面だけでなく、仕事が誰とどうつながっているかから読む。
著者: Brent D. Rosso、Kathryn H. Dekas、Amy Wrzesniewski
論文: On the Meaning of Work: A Theoretical Integration and Review
掲載誌: Research in Organizational Behavior、2010年
4. 自己決定理論と仕事の動機づけ
内容: 自己決定理論を職場の動機づけに適用し、自律性、有能感、関係性が仕事の動機づけやウェルビーイングに関わることを整理した研究である。今回の記事では、仕事の報酬を、単なる外的報酬ではなく、自分で選んでいる感覚、できる感覚、つながっている感覚として読む。
著者: Marylène Gagné、Edward L. Deci
論文: Self-Determination Theory and Work Motivation
掲載誌: Journal of Organizational Behavior、2005年
5. 自己決定理論の基礎研究
内容: 人の内発的動機づけやウェルビーイングを、自律性、有能感、関係性という基本的心理欲求から捉える理論である。今回の記事では、仕事の報酬を「やらされている」から「自分の行為として引き受けている」へ移る条件として読む。
著者: Richard M. Ryan、Edward L. Deci
論文: Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being
掲載誌: American Psychologist、2000年
働くとは、まず生活を守ることである
働くことを語る時、最初にお金を軽く扱ってはいけない。
「お金のためだけに働くのは寂しい」
この言葉は、半分正しい。
しかし、半分危ない。
なぜなら、お金は単なる欲望ではないからである。
家賃を払う。
食べる。
家族を支える。
医療を受ける。
移動する。
学ぶ。
休む。
将来に備える。
賃金は、生活の安全を作る。
生活の安全がなければ、仕事の意味を味わう余裕もなくなる。
給料は、仕事の現実的な尊厳である
仕事に意味があるから、低賃金でもよい。
やりがいがあるから、長時間でもよい。
成長できるから、我慢してよい。
こういう言葉は、かなり危うい。
やりがいは、賃金の代わりにはならない。
成長は、搾取の免罪符にはならない。
使命感は、生活不安を消さない。
給料は、仕事の現実的な尊厳である。
人の時間と力を受け取るなら、相応の対価を返す。
ここを外すと、仕事の意味は美談ではなくなる。
お金はすべてではないが、土台である
仕事の報酬はお金だけではない。
しかし、お金を土台にしないまま、意味や成長を語るのは危険である。
生活が不安定な人にとって、仕事の報酬はまず生活可能性である。
家族を守れること。
安心して眠れること。
急な出費に耐えられること。
辞める自由を持てること。
この意味で、お金は自由にも関わる。
収入があるから、人は選べる。
収入がないと、人は選びにくくなる。
働くとは、時間に輪郭を与えることである
仕事には、時間を整える機能がある。
これは、働いている時には気づきにくい。
しかし、仕事を失った時、休職した時、定年退職した時、急に見えてくる。
朝起きる理由。
行く場所。
会う人。
締切。
週のリズム。
月の区切り。
年の節目。
仕事は、人の時間に骨格を与える。
雇用には、見えない報酬がある
Jahodaの雇用の潜在機能の議論では、雇用には賃金以外の機能があるとされる。
時間構造。
社会的接触。
共同目的。
社会的地位。
活動性。
失業は、賃金だけでなく、これらも失わせる。
これは重要である。
仕事の報酬とは、給料明細に載るものだけではない。
毎日がなんとなく進むこと。
誰かと挨拶すること。
自分の役割があること。
何かに参加している感覚があること。
こうしたものも、仕事が返している報酬である。
仕事は、孤独を減らすこともある
もちろん、職場が孤独を生むこともある。
人がいるのに孤独。
役割があるのに孤独。
会議に出ているのに孤独。
これは現実にある。
しかし、それでも仕事は、人を社会に接続する力を持っている。
雑談。
相談。
依頼。
感謝。
共同作業。
誰かの仕事を受け取り、誰かへ渡す。
この接続が、人の孤立を少し弱めることがある。
働くとは、誰かの必要に応答することである
仕事には、必ず相手がいる。
直接見える相手もいる。
見えない相手もいる。
顧客。
利用者。
同僚。
後工程。
地域。
社会。
未来の誰か。
働くとは、自分の行為が誰かの必要に触れることである。
仕事の意味は、相手が見える時に強くなる
仕事が苦しくなる時の一つは、相手が見えなくなる時である。
何のためにやっているのか。
誰の役に立っているのか。
なぜこの資料が必要なのか。
なぜこの会議をしているのか。
自分の仕事がどこへ届いているのか。
ここが見えなくなると、仕事は作業になる。
逆に、相手が見えると、仕事は意味を持ちやすい。
この入力が、誰かの判断を助ける。
この対応が、顧客の不安を減らす。
この制度改定が、現場の不公平を減らす。
この面談が、部下の次の一歩を支える。
仕事の報酬の一つは、自分の行為が誰かに届いたと感じられることである。
ただし、役に立つことは危険にもなる
誰かの役に立つことは、強い報酬である。
しかし、危険もある。
役に立っている限り、自分には価値がある。
期待に応えられない自分には価値がない。
休むと迷惑をかける。
断ると見捨てられる。
こうなると、仕事の意味は人を縛る。
仕事の報酬だったはずの「貢献感」が、自己犠牲の鎖になる。
だから、人事や管理職は、意味を語る時ほど注意がいる。
意味は、人を動かす。
しかし、意味は人を働かせすぎることもある。
働くとは、自分の能力を現実に試すことである
仕事は、自分の能力を現実に触れさせる。
頭の中ではできると思っていたことが、実際にはできない。
苦手だと思っていたことが、やってみるとできる。
自分の強みだと思っていたものが、別の環境では通用しない。
自分では当たり前だと思っていたことが、周囲から価値として見られる。
仕事は、自分についての仮説を検証する場である。
有能感は、仕事の大きな報酬である
自己決定理論では、有能感は人の基本的な心理欲求の一つとして扱われる。
仕事の中で、
できた。
少し上達した。
前より見えるようになった。
誰かの役に立てた。
難しいことを乗り越えた。
こう感じられることは、強い報酬である。
これは給与とは別の報酬である。
しかし、給与と切り離されてよいわけではない。
人は、成長感だけで生活できない。
ただ、成長感がない仕事もまた、人を乾かす。
仕事は、能力だけでなく限界も見せる
仕事の報酬は、気持ちよいものだけではない。
限界を知ることも、報酬である。
自分はここが弱い。
この役割はまだ重い。
この環境では力が出にくい。
この仕事は向いていない。
このままでは壊れる。
こうした気づきは、痛い。
しかし、自分の人生を調整するためには必要である。
仕事は、自分の可能性だけでなく、境界線も教える。
働くとは、自分の物語を社会に置くことである
人は、仕事を通じて自分を語る。
私は何をしている人か。
何を大事にしている人か。
どんな役割を引き受けている人か。
誰に貢献している人か。
仕事は、自己物語の材料になる。
Job、Career、Calling
Wrzesniewskiらの研究では、人々の仕事への向き合い方は、Job、Career、Callingとして整理される。
Jobは、生活のための仕事である。
Careerは、達成、昇進、成長、地位と結びついた仕事である。
Callingは、使命感や社会的意味と結びついた仕事である。
ここで大切なのは、どれが上かではない。
人によって、仕事から受け取っている報酬が違うということである。
ある人にとって仕事の報酬は安定した収入である。
ある人にとっては昇進や専門性である。
ある人にとっては使命や貢献である。
同じ職場にいても、受け取っている報酬は違う。
仕事の意味を、全員に強制してはいけない
Calling、つまり仕事を使命として捉えることは美しい。
しかし、全員に求めると危うい。
仕事に人生の意味を見出したい人もいる。
仕事は生活の手段で十分だという人もいる。
家庭、趣味、地域、学び、ケア、信仰、創作に意味を置く人もいる。
仕事の報酬をどこに置くかは、人によって違う。
だから、会社が「仕事に意味を持て」と強制するのは危険である。
意味は、与えるものではない。
本人が仕事との関係の中で見つけるものである。
仕事の報酬は、いくつもの層でできている
仕事の報酬は、単一ではない。
いくつもの層がある。
生活報酬
賃金。
福利厚生。
安定。
社会保険。
休暇。
安全。
これは、生活を支える報酬である。
この層が弱いと、他の報酬を味わいにくい。
関係報酬
仲間。
顧客。
信頼。
感謝。
相談されること。
誰かと一緒にやること。
これは、社会的接続の報酬である。
人は、仕事を通じて孤立から少し離れる。
成長報酬
できるようになる。
任される。
視野が広がる。
経験が増える。
失敗から学ぶ。
強みが見える。
これは、自分が変化していく報酬である。
承認報酬
評価される。
感謝される。
期待される。
名前を覚えられる。
存在を認められる。
これは、自分が社会の中で見えているという報酬である。
ただし、依存しすぎると苦しくなる。
意味報酬
誰かの役に立つ。
社会に貢献する。
自分の価値観とつながる。
人生の物語に接続する。
これは、仕事が自分の内側の深い部分に触れる報酬である。
ただし、意味報酬は強いぶん、搾取にも使われやすい。
人事は、報酬を賃金だけで考えてはいけない
人事にとって、報酬制度は賃金制度である。
これは正しい。
しかし、働く人の体験としては、報酬は賃金だけではない。
賃金を整える
まず賃金である。
市場水準。
生活可能性。
職務や役割との対応。
評価との接続。
説明可能性。
不公平感の少なさ。
ここを外して、やりがいや成長を語ってはいけない。
役割を整える
人は、自分の役割が見えないと苦しくなる。
何を期待されているのか。
どこまで任されているのか。
何を判断してよいのか。
誰に貢献しているのか。
役割が見えることも報酬である。
成長を整える
成長機会は報酬である。
ただし、単に難しい仕事を渡せばよいわけではない。
支援があるか。
振り返りがあるか。
裁量があるか。
失敗から学べるか。
本人の希望と接続しているか。
成長機会は、設計を間違えると負荷になる。
意味を整える
仕事の意味は、スローガンでは生まれない。
顧客の声が届く。
自分の仕事の先が見える。
会社の方針と日々の業務がつながる。
評価が価値観と矛盾しない。
上司が仕事の背景を語る。
こうした具体的な接続が必要である。
違和感として締める
仕事の報酬は何か。
そう聞かれると、多くの人は「給料」と答える。
それは正しい。
給料は大事である。
給料を軽く見る会社は、人を軽く見ている。
しかし、給料だけでは説明できないこともある。
給料は高いのに、虚しい仕事がある。
給料は悪くないのに、辞めたくなる職場がある。
給料はそこそこでも、なぜか続けられる仕事がある。
大変なのに、後から「あの仕事は自分を作った」と思える経験がある。
ここに、仕事の報酬の複雑さがある。
人は、お金だけで働いているわけではない。
しかし、お金なしで働けるわけでもない。
人は、意味だけで働いているわけではない。
しかし、意味のない仕事を長く続けるのはつらい。
人は、承認だけで働いているわけではない。
しかし、誰にも見られない仕事は苦しい。
人は、成長だけで働いているわけではない。
しかし、まったく変化しない仕事は乾いていく。
つまり、仕事の報酬は一つではない。
お金。
時間の輪郭。
社会との接続。
役割。
能力の手応え。
承認。
意味。
これらが重なって、人は働いている。
だから「働くとは何か」という問いに、私はこう答えたい。
働くとは、自分の時間と力を、誰かの必要に接続することである。
そして仕事の報酬とは、その接続の見返りとして、自分が社会の中で何者かとして立ち上がることである。
ただし、ここには危うさもある。
仕事が、自分を立ち上げてくれる。
だからこそ、仕事がなくなると、自分が崩れることがある。
仕事が、自分に意味をくれる。
だからこそ、仕事に意味を預けすぎると、自分が仕事に飲み込まれる。
仕事が、自分を承認してくれる。
だからこそ、承認されない時に、自分の価値まで揺れる。
働くことは、人を支える。
同時に、人を縛る。
だから人事は、働くことを美化しすぎてはいけない。
そして、働くことを賃金だけに縮めてもいけない。
働くとは、生活であり、関係であり、成長であり、承認であり、意味である。
その全部が、人間には必要なのだと思う。
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根拠・確認メモ
Jahodaの雇用の潜在機能に関する議論を確認した。雇用には賃金だけでなく、時間構造、社会的接触、共同目的、社会的地位、活動性などの機能がある。
Wrzesniewski、McCauley、Rozin、SchwartzのJob / Career / Calling研究を確認した。人々の仕事への向き合い方は、生活手段、キャリア、使命として異なり、同じ職業でも仕事の報酬の受け取り方は異なる。
Rosso、Dekas、Wrzesniewskiの仕事の意味に関する統合レビューを確認した。仕事の意味は、自己、他者、仕事の文脈、精神性など複数の源泉から生まれる。
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