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一人人事は、キャリア沼に入りやすい。
採用もやっている。
労務もやっている。
制度も見ている。
評価も触っている。
育成も考える。
現場相談も受ける。
経営の意向も聞く。
社員の不安も聞く。
法令も追う。
資料も作る。
説明もする。
やっていることは多い。

むしろ、多すぎる。
でも、いざ自分のキャリアを語ろうとすると、急に分からなくなる。
自分は何の専門家なのか。
採用の人なのか。
労務の人なのか。
制度の人なのか。
人材開発の人なのか。
組織開発の人なのか。
HRBPなのか。
バックオフィスなのか。
経営に近い人事なのか。
現場に近い人事なのか。
どれも当てはまる。
でも、どれも言い切れない。

ここで沼に入る。
経験はある。
でも、輪郭がない。
仕事はしている。
でも、看板がない。
守備範囲は広い。
でも、専門性として言葉にしにくい。

私はこれを、キャリアの輪郭不全と呼びたい。
経験が足りないのではない。
経験の意味を、外に伝わる形へまだ変換できていない状態である。


一人人事のキャリア沼は、能力不足ではない

キャリアに迷うと、人はすぐ能力不足だと思いやすい。
もっと採用に強くならなければ。
もっと労務に詳しくならなければ。
もっと制度設計を学ばなければ。
もっと組織開発を勉強しなければ。
もっと人的資本を語れなければ。

もちろん、学ぶことは大事である。
でも、一人人事の沼は、単なる能力不足ではない。

むしろ、経験が広すぎることから起きる。
広いから、比較しにくい。
広いから、専門性が見えにくい。
広いから、成果が散らばる。
広いから、自分でも何を伸ばしているのか分からなくなる。

たとえば、採用専任なら語りやすい。
採用チャネル。
母集団形成。
面接設計。
採用広報。
歩留まり改善。
オンボーディング。
労務専任なら語りやすい。
勤怠。
給与。
社会保険。
規程。
休職復職。
ハラスメント。
安全衛生。
制度専任なら語りやすい。
等級。
賃金。
評価。
報酬。
昇格。
タレントマネジメント。
でも、一人人事は全部が少しずつある。
だから、ひとことで言えない。
ひとことで言えないから、不安になる。

この不安が、キャリア沼の入口である。


沼の正体は、内側の価値と外側の言葉がズレること

一人人事の内側では、仕事の価値が見えている。
求人票の言葉が、入社後の期待ズレにつながること。
評価制度の曖昧さが、管理職の会話を弱くすること。
労務対応の雑さが、会社への信頼を壊すこと。
管理職育成の弱さが、採用にも定着にも労務にも跳ね返ること。
キャリア自律という言葉が、本人任せになる危うさを持つこと。

こういう連なりが見えている。
これはかなり大事な価値である。
でも、外側のキャリア市場は、もっと分かりやすい言葉を求める。

採用に強い人。
労務に強い人。
制度設計ができる人。
人材開発ができる人。
HRBPとして事業に入れる人。
組織開発ができる人。

ここでズレる。
自分の内側では、接続に価値がある。
でも、外側では、専門ラベルで見られる。

このズレが、沼を深くする。
自分では価値があると思っている。
でも、伝えようとするとぼやける。
ぼやけるから、自信がなくなる。
自信がなくなるから、さらに言葉を探す。
言葉を探すほど、また沼に入る。


一人人事は、何でも屋なのか

一人人事が一番怖い言葉の一つは、たぶん「何でも屋」である。
採用もやります。
労務もやります。
制度もやります。
社員対応もします。
資料も作ります。
現場の相談も受けます。
これをそのまま言うと、何でも屋に見える。
便利な人。
広く浅い人。
専門がない人。
何となく人事を回している人。
そう見られる怖さがある。
でも、本当は違う。
一人人事の価値は、何でもやることそのものではない。
領域と領域のつながりを見ることにある。
採用と定着。
定着と労務。
労務と信頼。
信頼と評価。
評価と管理職。
管理職と育成。
育成とキャリア。
キャリアと組織の未来。
このつながりを見ているなら、それは何でも屋ではない。
人事全体の因果を読む仕事である。
ただし、その価値は、自分で言語化しないと伝わらない。
何でもやっています、では弱い。
領域を接続して、人が働ける条件を整えています。
ここまで言葉にする必要がある。


キャリア沼に入る時、人は比較しすぎる

キャリア沼に入ると、他人が気になり始める。
採用に強い人がいる。
労務に詳しい人がいる。
制度設計ができる人がいる。
組織開発を語れる人がいる。
人的資本を専門にしている人がいる。
HRBPとして事業に深く入っている人がいる。
そういう人を見ると、自分が中途半端に見える。
自分は何も尖っていないのではないか。
自分には分かりやすい専門性がないのではないか。
このままで市場価値があるのか。
そう考え始める。
比較は、必要である。
でも、比較しすぎると、自分の経験の構造が見えなくなる。
他人の専門性は、完成品に見える。
自分の経験は、散らかった素材に見える。
この見え方の差で、焦る。
でも、自分の素材は、まだ編集されていないだけかもしれない。
キャリア沼から出るには、他人の肩書きを見続けるより、自分の経験を編集する必要がある。


沼から出るには、経験を棚卸しするだけでは足りない

キャリアを考える時、よく棚卸しをする。
やってきた仕事を書き出す。
できることを書く。
成果を書く。
強みを書く。
これは必要である。
でも、一人人事の場合、棚卸しだけでは足りないことがある。
なぜなら、書き出すほど広くなるからである。
採用。
労務。
制度。
評価。
育成。
相談対応。
経営資料。
社員説明。
規程改定。
トラブル対応。
書けば書くほど、また広がる。
そして、さらに分からなくなる。
必要なのは、棚卸しのあとに、意味づけをすることである。
自分は、何をつなげてきたのか。
どの問題を、どの領域と領域の接続で扱ってきたのか。
どんな場面で、自分の価値が出ていたのか。
採用数を増やしたことなのか。
労務事故を防いだことなのか。
制度を作ったことなのか。
それとも、現場の違和感を経営や制度の言葉へ翻訳したことなのか。
ここを見る。
一人人事のキャリアは、業務一覧では見えない。
意味づけで見えてくる。


三つの看板を持てばいい

キャリア沼に入ると、一つの正解を探したくなる。
私は採用の人なのか。
労務の人なのか。
制度の人なのか。
組織開発の人なのか。
でも、一人人事はいきなり一つに絞らなくていい。
三つの看板を持てばいい。

一つ目は、外向きの看板

これは、相手に伝わるための言葉である。
たとえば、
採用・労務・制度を一通り担うHRジェネラリスト。
現場対応と制度運用をつなぐ一人人事。
経営と現場の間で人事課題を翻訳する人事。
こういう言葉である。
外向きの看板は、分かりやすい方がいい。
最初から思想を全部説明しようとしない。
まず伝わることを優先する。

二つ目は、内向きの軸

これは、自分の中で育てたい言葉である。
たとえば、
人と組織の見え方を変える人事。
人が働ける条件を編み直す人事。
労務を信頼保全として扱う人事。
制度を価値の翻訳装置として見る人事。
キャリアを選べる条件として考える人事。

これは、すぐ市場に伝わらなくてもいい。
でも、自分の方向を支える。

三つ目は、育てる専門

これは、今後伸ばす領域である。
人事制度。
組織開発。
人材開発。
管理職育成。
労務と信頼設計。
キャリア支援。
この中から、今後の伸びしろを選ぶ。
全部を同じ深さで伸ばそうとすると、また沼に入る。
土台は広く、伸ばす先は少し絞る。
これでよい。


一人人事のキャリアは、狭めるより束ねる

キャリアに悩むと、絞らなければと思う。
専門を決めなければ。
強みを一つにしなければ。
市場価値を明確にしなければ。

もちろん、絞ることは大事である。
でも、一人人事の場合、いきなり狭めると、自分の価値を削ってしまうことがある。
広さそのものに価値があるからである。
大事なのは、狭めることではなく束ねることである。
採用、労務、制度、育成をばらばらに語らない。
それらが、どのように人が働ける条件につながっているのかを語る。
現場対応、経営意図、社員の不安をばらばらに語らない。
それらを、人事がどう翻訳しているのかを語る。
経験を減らして専門にするのではない。
経験を束ねて専門にする。
この発想が、一人人事には合っている。


私の場合は、どう考えるか

自分の話として考えるなら、たぶんこうである。
私は、人事の実務をやりながら、人事の言葉を作りたい。
採用、労務、制度、育成、キャリア、管理職、メンタルヘルス。
これらをばらばらに扱うのではなく、人が働ける条件として束ねたい。
人事制度を、ただの制度として見たくない。
労務を、ただの守りとして見たくない。
教育を、ただの研修として見たくない。
キャリアを、ただの自己責任として見たくない。
現場の違和感を、ただの不満として流したくない。

これは、少し面倒な性分でもある。
でも、たぶんここに自分の軸がある。
私は、人事の仕事をしながら、人事の認知地形を変える言葉を作りたい。
そして、その言葉を使って、自分のキャリアの輪郭も作りたい。
この順番でいいのだと思う。
キャリアの答えが先にあるのではない。
書きながら、考えながら、現場で試しながら、自分の輪郭ができていく。
一人人事のキャリアは、完成品として見つけるものではなく、経験を束ねながら作っていくものなのだと思う。


最後に

キャリア沼に入る、一人人事。

これは、弱さではない。

むしろ、広い仕事を本気で引き受けているからこそ起きる悩みである。
ただし、沼に入りっぱなしでは苦しくなる。
自分は何者なのか。
何が強みなのか。
何を専門と言えばいいのか。

この問いを、頭の中だけで回し続けると苦しくなる。
だから、外に出す。
書く。
話す。
整理する。
言葉にする。
業務一覧ではなく、意味で束ねる。
一人人事は、何でも屋ではない。

採用、労務、制度、育成、現場、経営をつなぎ、人が働ける条件を整える人である。

この言葉を持てるだけで、少し沼の底に足場ができる。
キャリア沼から出るとは、完璧な肩書きを見つけることではない。
自分の広すぎる経験に、一本の意味を通すことである。


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