人を使うと、人を動かすの違い
「人を使うのがうまい」
昔から、こういう言い方がある。
一方で、よく似た言葉もある。
「人を動かすのがうまい」
この二つは、似ている。
どちらも、他者を通じて成果を出す力に関わっている。
しかし、同じではない。
人を使う人は、人の時間、能力、役割を配置する。
人を動かす人は、人の意味、意志、関係、納得を起動する。
ここを混同すると、マネジメントはかなり危うくなる。
部下に仕事を振っている。
指示は出している。
役割も割り当てている。
進捗も確認している。
それなのに、現場が動かない。
主体性が出ない。
言われたことしかやらない。
会議ではうなずくのに、実行が弱い。
この時、上司はよくこう思う。
「なぜ、ちゃんと動かないのか」
でも、もしかすると問題は、部下のやる気ではない。
上司が、人を使ってはいるが、人を動かしてはいないのかもしれない。
私は、この違いをこう捉えたい。
人を使うとは、相手の能力と時間を仕事に接続することである。
人を動かすとは、相手の意志と意味を仕事に接続することである。
どちらも必要である。
ただし、順番を間違えると、人は消耗する。
人を使うだけのマネジメントは、短期的には成果を出す。
しかし、人を動かせないマネジメントは、長期的には人の主体性を削る。
先に結論
「人を使う」と「人を動かす」は、対立概念ではない。
むしろ、マネジメントには両方が必要である。
ただし、見ているものが違う。
一つ目: 人を使うは、資源配分の言葉である
人を使うとは、仕事に対して人の能力、時間、役割、責任を割り当てることである。
誰に任せるか。
どこまで任せるか。
いつまでにやるか。
どの成果を求めるか。
どの資源を渡すか。
これは、マネジメントの基本である。
人を使えない上司は、組織を動かせない。
二つ目: 人を動かすは、意味形成の言葉である
人を動かすとは、相手がその仕事を「自分が引き受けるべきもの」として意味づけられる状態をつくることである。
なぜやるのか。
誰のためになるのか。
自分に何が期待されているのか。
どこに裁量があるのか。
何を学べるのか。
どの価値につながるのか。
人は、指示だけでは深く動かない。
意味、納得、関係、責任感が接続された時に動く。
三つ目: 人を使うだけだと、従わせるマネジメントになる
指示。
割当。
管理。
進捗確認。
評価。
これだけでも、仕事は進む。
しかし、相手の意志が入っていなければ、動きは浅くなる。
言われた範囲だけやる。
想定外では止まる。
改善提案が出ない。
不都合な情報を出さない。
責任を自分のものとして持たない。
人を使うだけでは、行動は取れても、主体性は育ちにくい。
四つ目: 人を動かすだけでも、仕事は曖昧になる
一方で、人を動かすことだけを美化しても危うい。
熱い言葉。
ビジョン。
共感。
対話。
心理的安全性。
これらは大事である。
しかし、役割、期限、基準、優先順位、権限が曖昧なら、仕事は進まない。
人を動かすには、人を使う技術も必要である。
今回扱う研究
今回は、「人を使う」と「人を動かす」の違いを、動機づけ、職務設計、エンゲージメント、関係的職務設計、人事管理の研究から考える。
1. 自己決定理論
内容: 人の動機づけを、自律性、有能感、関係性という基本的心理欲求から捉える理論である。外から統制されている感覚が強いと、行動は表面的になりやすい。一方、自分で選んでいる感覚、できる感覚、他者とつながっている感覚が満たされると、より自律的な動機づけが生まれる。今回の記事では、人を動かすとは、相手の自律性、有能感、関係性を壊さずに仕事へ接続することとして読む。
著者: Richard M. Ryan、Edward L. Deci
論文: Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being
掲載誌: American Psychologist、2000年
2. 仕事における自己決定理論
内容: 自己決定理論を職場の動機づけに適用し、外発的動機づけにも統制的なものから自律的なものまで段階があることを整理した論文である。今回の記事では、報酬や評価で人を使うだけではなく、仕事の意味を内面化できる条件をつくることが重要だと読む。
著者: Marylène Gagné、Edward L. Deci
論文: Self-Determination Theory and Work Motivation
掲載誌: Journal of Organizational Behavior、2005年
3. 職務特性モデル
内容: 仕事の設計が内発的動機づけに影響することを、技能多様性、タスク完結性、タスク重要性、自律性、フィードバックなどから説明した研究である。今回の記事では、人を動かすには、個人の性格だけでなく、仕事そのものが意味と責任と結果を感じられる形になっている必要があると読む。
著者: J. Richard Hackman、Greg R. Oldham
論文: Motivation through the Design of Work: Test of a Theory
掲載誌: Organizational Behavior and Human Performance、1976年
4. ワーク・エンゲージメントの古典研究
内容: 人が仕事に自己を投入するための心理的条件として、有意味感、安全感、利用可能性を示した研究である。今回の記事では、人を動かすとは、単にやる気を出させることではなく、その人が仕事に自分を出せる条件を整えることとして読む。
著者: William A. Kahn
論文: Psychological Conditions of Personal Engagement and Disengagement at Work
掲載誌: Academy of Management Journal、1990年
5. 関係的職務設計
内容: 仕事が誰にどのような影響を与えているかを感じられることが、向社会的な動機づけに関わるとする研究である。今回の記事では、人を動かすには、仕事を作業として渡すだけでなく、受益者、顧客、仲間、社会とのつながりを見せる必要があると読む。
著者: Adam M. Grant
論文: Relational Job Design and the Motivation to Make a Prosocial Difference
掲載誌: Academy of Management Review、2007年
6. AMO理論
内容: 組織のパフォーマンスを、能力、動機づけ、機会の三つから捉える人事管理の考え方である。今回の記事では、人を使うには能力配置が必要であり、人を動かすには動機づけと機会設計が必要であると読む。
著者: Eileen Appelbaum、Thomas Bailey、Peter Berg、Arne L. Kalleberg ら
著作: Manufacturing Advantage: Why High-Performance Work Systems Pay Off
出版年: 2000年
人を使うとは何か
人を使うという言葉には、少し乱暴な響きがある。
相手を道具のように扱う。
上から命令する。
自分の目的のために動かす。
そんな印象を持つ人もいる。
しかし、マネジメントの実務として見ると、人を使うこと自体は悪ではない。
組織には、役割分担が必要である。
仕事には、期限がある。
成果には、責任がある。
限られた人員と時間を、どこにどう配分するかを決めなければならない。
だから、人を使う技術は必要である。
人を使うとは、仕事と人を対応させることである
誰に何を任せるか。
これは、マネジメントの基本である。
強みを見て任せる。
経験を見て任せる。
負荷を見て任せる。
期限を見て任せる。
リスクを見て任せる。
育成目的で任せる。
人を使うとは、この対応づけをすることである。
ここが弱い上司は、仕事を抱え込む。
あるいは、雑に振る。
結果として、できる人に仕事が集中し、育てたい人には機会が渡らない。
人を使うには、役割と基準がいる
人を使う時に必要なのは、役割の明確さである。
何を任せるのか。
どこまで任せるのか。
どの基準で判断するのか。
いつ相談すべきか。
どの権限があるのか。
何が成果なのか。
これが曖昧なまま「頼む」と言われても、相手は動きにくい。
人を使うのが下手な上司は、指示が多いのではない。
役割と基準が曖昧なまま、責任だけを渡す。
人を使うだけでは、相手の内側は動かない
人を使うことで、行動は起こせる。
しかし、それだけで相手の内側まで動くとは限らない。
命令されたからやる。
評価されるからやる。
怒られたくないからやる。
自分の担当だからやる。
これは動いているように見える。
しかし、深い意味では動いていない。
自分で考えていない。
改善しようとしていない。
顧客の反応を拾っていない。
想定外で踏み込まない。
仕事の意味を引き受けていない。
人を使うだけでは、相手は作業者になる。
人を動かすとは何か
人を動かすとは、相手に命令して行動させることではない。
それは、人を従わせることである。
人を動かすとは、相手が自分の意志で仕事に向かう状態をつくることである。
もちろん、仕事だから完全な自由ではない。
組織には方針があり、目標があり、制約がある。
それでも、人は自分の中で納得できた時に深く動く。
人を動かすとは、意味を接続することである
この仕事は、何につながっているのか。
誰の役に立つのか。
なぜ今やる必要があるのか。
自分がやる意味は何か。
ここが見えると、人は動きやすくなる。
Adam Grantの関係的職務設計の議論は、この点を考えるうえで示唆的である。
仕事が誰に影響しているのかが見えると、人は単なる作業を超えて、その仕事の意味を感じやすくなる。
つまり、人を動かすには、仕事の先にいる人を見せる必要がある。
顧客。
利用者。
仲間。
後工程。
社会。
未来の自分。
仕事の影響先が見えないと、人は作業をこなす。
仕事の影響先が見えると、人は意味を持って動く。
人を動かすとは、自律性を残すことである
自己決定理論では、自律性、有能感、関係性が動機づけに関わる。
人を動かすには、この三つを壊さないことが重要である。
自律性とは、好き勝手できることではない。
自分で選んでいる感覚があること。
理由を理解していること。
やり方に一定の裁量があること。
納得して引き受けられること。
これがあると、人は仕事を自分のものにしやすい。
逆に、細かく指示されすぎると、人は考えなくなる。
上司の正解を探す。
怒られない行動を選ぶ。
自分の判断を持たなくなる。
人を動かすには、指示を減らせばよいわけではない。
相手が判断できる余白を残すことがいる。
人を動かすとは、有能感を育てることである
人は、できる感覚がなければ動きにくい。
任された仕事が難しすぎる。
何をすればよいかわからない。
成果基準が見えない。
失敗しても学べない。
フィードバックがない。
この状態では、主体性を求めても難しい。
人を動かすには、相手が「やれば少し前に進める」と感じられる足場が必要である。
任せる。
しかし、放置しない。
挑戦させる。
しかし、支援を消さない。
これができると、人は自分の成長と仕事を結びつけられる。
人を動かすとは、関係性をつくることである
人は、関係の中で動く。
この人の期待には応えたい。
このチームのためにやりたい。
この顧客を助けたい。
この仕事なら自分が引き受けたい。
こうした感覚は、単なる命令では生まれにくい。
関係性は甘えではない。
仕事を引き受ける理由になる。
だから、人を動かすマネジメントは、関係を軽視しない。
ただ優しくするのではない。
信頼、期待、支援、約束を通じて、相手が仕事を引き受けられる関係をつくる。
人を使う人に起きがちなこと
人を使うことに長けた人は、仕事を前に進める。
割り振りが早い。
判断が速い。
必要な人を押さえる。
期限を切る。
進捗を確認する。
これは強みである。
しかし、人を使うことに寄りすぎると、いくつかの問題が起きる。
一つ目: 人が部品に見える
人を使う視点が強くなりすぎると、人が役割や工数に見える。
この人は何時間使えるか。
この人にどこまで任せられるか。
この人で穴を埋められるか。
この人をどこに配置すればよいか。
もちろん、組織運営には必要な視点である。
しかし、それだけになると、人の意志、感情、意味、成長が消える。
部品として扱われた人は、部品として動く。
壊れない範囲でしか動かない。
二つ目: 短期成果には強いが、主体性が育たない
人を使うマネジメントは、短期的には強い。
やることが明確になる。
期限が決まる。
責任が割り当てられる。
進捗が管理される。
しかし、これが続くと、部下は上司の指示待ちになりやすい。
次に何をすればよいですか。
これはやっていいですか。
どこまで進めればいいですか。
正解は何ですか。
上司は「主体性がない」と感じる。
しかし、その主体性を奪ってきたのは、上司の管理かもしれない。
三つ目: 責任は渡すが、意味を渡さない
仕事を渡す。
期限を渡す。
責任を渡す。
しかし、意味を渡していない。
なぜその仕事が重要なのか。
誰に影響するのか。
どの課題を解いているのか。
本人に何を期待しているのか。
終わった後に何を学べるのか。
ここが抜けると、仕事は重くなる。
責任だけが増え、意味が増えない。
この状態は、人を動かさない。
人を疲れさせる。
人を動かす人がしていること
人を動かす人は、感動的なスピーチがうまい人とは限らない。
むしろ、日々の小さな接続がうまい。
仕事と意味を接続する。
人と役割を接続する。
期待と支援を接続する。
裁量と責任を接続する。
成果と学習を接続する。
一つ目: 仕事の背景を渡す
人を動かす人は、仕事をただ渡さない。
背景を渡す。
なぜ今これをやるのか。
なぜあなたに任せるのか。
どこが難しいのか。
何を大事にしてほしいのか。
誰に影響するのか。
背景があると、人は判断できる。
背景がないと、人は確認するしかない。
二つ目: 裁量の範囲を明確にする
人を動かす人は、丸投げしない。
かといって、すべてを指示しない。
どこまでは自分で決めてよいか。
どこから相談が必要か。
何を守れば自由にやってよいか。
何を変えてはいけないか。
この範囲を示す。
裁量は、曖昧に渡すと不安になる。
明確に渡すと、自律性になる。
三つ目: 期待を言葉にする
人を動かす人は、期待を曖昧にしない。
「よろしく」では足りない。
あなたには、顧客の本音を拾ってほしい。
あなたには、若手が動きやすい形にしてほしい。
あなたには、混乱している論点を整理してほしい。
あなたには、失敗してもいいから仮説を出してほしい。
期待が具体的になると、人は自分の役割を引き受けやすくなる。
四つ目: 結果だけでなく、意味と学習を返す
人を動かす人は、結果だけを見ない。
何が良かったか。
何が変わったか。
誰に価値が出たか。
何を学んだか。
次に何を変えるか。
これを返す。
人は、結果だけで成長するのではない。
結果の意味を受け取ることで成長する。
人事・管理職が見るべき実務ポイント
1. 「任せた」と「使った」を混同しない
任せたつもりでも、実際には使っているだけのことがある。
タスクを渡した。
期限を切った。
責任を負わせた。
進捗を確認した。
これは、まだ「任せた」とは限らない。
任せるとは、相手が判断できる状態をつくることである。
背景。
目的。
基準。
裁量。
支援。
振り返り。
これらがなければ、任せたのではなく、作業を渡しただけである。
2. 「動かない人」を見る前に、「動ける条件」を見る
部下が動かない時、すぐに本人の問題にしない。
意味が見えているか。
役割が明確か。
裁量があるか。
できる感覚があるか。
支援があるか。
関係が壊れていないか。
成果基準がわかるか。
この条件を見た方がよい。
動かない人がいるのではなく、動ける条件が欠けている場合がある。
3. 「やる気を出せ」ではなく、意味・能力・機会を整える
やる気を出せ。
主体的に動け。
もっと当事者意識を持て。
これらは、言うほど効かない。
人事や管理職ができるのは、やる気を直接注入することではない。
意味を見せる。
能力を育てる。
機会を渡す。
裁量を残す。
関係をつくる。
フィードバックする。
この条件を整えることで、人は動きやすくなる。
4. 使う技術と動かす技術を分けて育てる
管理職研修では、この二つを分けた方がよい。
人を使う技術。
これは、役割設計、業務配分、優先順位、進捗管理、評価、負荷調整である。
人を動かす技術。
これは、意味づけ、期待形成、対話、裁量設定、フィードバック、関係づくりである。
どちらか片方では足りない。
人を使えない上司は、仕事を前に進められない。
人を動かせない上司は、人を育てられない。
違和感として締める
「人を使うのがうまい人」は、組織の中で評価されやすい。
仕事を回せる。
人を配置できる。
期限を守らせる。
成果を出させる。
確かに、それは大事である。
でも、どこかで違和感が残る。
その人がいないと回らない。
部下が育たない。
指示待ちが増える。
現場に熱がない。
仕事は進んでいるのに、人が前に出てこない。
これは、人を使うことに成功して、人を動かすことに失敗している状態かもしれない。
人を使うとは、相手を仕事に接続することである。
人を動かすとは、相手の意志を仕事に接続することである。
前者だけなら、仕事は進む。
後者がなければ、人は育たない。
そして、ここが一番大事である。
人は、使われていると感じると、自分を節約し始める。
言われた分だけ出す。
求められた範囲だけやる。
余計な提案はしない。
傷つかない距離を取る。
一方で、人は動かされているというより、自分で動いていると感じた時に、自分を差し出す。
考える。
工夫する。
踏み込む。
学ぶ。
仲間を助ける。
顧客を見る。
仕事の意味を引き受ける。
マネジメントの成熟とは、人をうまく使えるようになることだけではない。
人が自分から動ける条件をつくれるようになることである。
だから、管理職に問うべき問いは一つである。
あなたは、部下を使っているのか。
それとも、部下が動ける状態をつくっているのか。
この二つは、似ているようで、まったく違う。
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