いちばん価値のある仕事を、無料でやっていた
「なんで価値のあるものを、無料で提供しているんですか?」
ある技術系企業を支援していたとき、私はそう聞いたことがあります。
その会社には、高い専門性を持つ技術者がいました。
自分たちの技術を生かした法人向け製品を開発していて、興味を持つ企業も複数ありました。
ところが、なかなか売上につながらない。
最初に訪問した時、本人たちが問題だと思っていたのは、資金でした。
製品開発にはお金がかかる。
売上が立つまでにも時間がかかる。
だから、外部から資金を調達して、開発を進めた方がいいのではないか。
そんな相談から支援は始まりました。
私も最初は、
「製品が売れるようになれば、それで解決するのではないか」
と思っていました。
でも、話を聞いているうちに、少し違和感を持つようになりました。
本当に足りないのは、お金なんだろうか。
興味は持たれる。でも、売上にならない
その製品に興味を持つ企業はいました。
話をすると、
「まず試してみたい」
となります。
そこで導入前の検証に対応する。
ところが、一度では終わりません。
条件を変えて、もう一度。
別の条件で、もう一度。
さらに高い精度を求められて、また検証する。
本人たちは真面目に対応していました。
技術者ですから、
「できるだけ相手の期待に応えたい」
という気持ちもあったのだと思います。
でも、何度検証しても、必ず注文につながるわけではありません。
しばらくすると検討自体が止まる。
また別の会社から問い合わせが来る。
そして、同じようなことを繰り返す。
それが続いていました。
当然、時間を使います。
しかも、検証している間はほとんど売上になりません。
高度な専門性を持つ人たちが、見込み客のために何度も時間を使っている。
でも、お金は入ってこない。
私はだんだん、
「何かがおかしいな」
と思うようになりました。
できないことまで、無料で証明し続ける必要はない
話を聞いていると、もう一つ気になることがありました。
顧客から、技術的に保証することが難しいほど高い水準を求められることがあったのです。
それでも、
「もう少し試せばできるかもしれない」
「条件を変えればいけるかもしれない」
と検証を続けていました。
私は言いました。
「技術的に難しいことなら、最初から説明して納得してもらわないとダメじゃないですか」
できないものを、できるようになるまで無料で付き合う。
それでは終わりがありません。
もちろん、顧客の要望を聞くことは重要です。
新しい製品なら、実際に試してもらわなければ分からないこともあります。
でも、
顧客の要望を聞くことと、相手が納得するまで専門家が無償で働き続けることは別です。
しかも、よく考えてみると、本人たちが検証段階でやっていること自体に価値がありました。
条件を整理する。
技術的にできることと、できないことを判断する。
どう検証すればいいのかを考える。
結果を見て、次に何をすべきかを示す。
これは、誰にでもできる仕事ではありません。
そこで私は聞きました。
「なんで価値のあるものを、無料で提供しているんですか?」
製品だけが商品なのか
本人たちにとって、検証は「製品を売るまでの営業活動」でした。
だから、その段階でお金をもらうという発想があまりなかったのだと思います。
「でも、検証の段階でお金を取るのは難しいですよね」
という反応もありました。
私は逆に聞きました。
「皆さんがやっていることって、本来なら『教えてほしい』と言われるようなことですよね。なぜ、その専門性をずっと無料で提供しているんですか?」
ここで私自身の見方も変わりました。
最初は私も、
製品をどう売るか
を考えていました。
でも、本当に考えるべきなのは、
この会社は、何に一番価値を出せるのか
ではないか。
実は、こうしたことはこの会社だけで見たわけではありません。
技術系の会社を見ていると、高い専門性を持っているのに、その専門性そのものには価格をつけず、「製品が売れて初めて売上になる」と考えているケースがあります。
私自身、これまでにも似た場面を何度か見てきました。
だからこそ、この会社についても途中から、
「製品そのものより、その手前で提供している専門性に価値があるのではないか」
と考えるようになりました。
本人たちは技術には非常に強い。
一方で、営業の前段から製品化、その後の対応まで、すべてを自分たちで抱えることが得意なわけではありませんでした。
本人たちからも、
「本当は、技術的なところで力を発揮したい」
という話が出てきました。
それなら、苦手な仕事まで全部抱える必要はありません。
自分たちが最も価値を出せるところを、きちんと商品にすればいい。
そう考えるようになりました。
無料だった専門性に価格をつけた
そこで、問い合わせへの対応方法を変えました。
最初の相談には対応する。
ただし、そこから先、専門的な知識を使って条件を整理したり、具体的な検証を進めたりするところからは有料にする。
製品が売れるまで一円にもならない構造をやめました。
価格も、何となく決めたわけではありません。
まず考えたのは、
この会社が存続するために、最低限いくら必要なのか
です。
必要な固定費を見る。
現実的に対応できる案件数を考える。
そこから、専門サービスの価格を決める。
すると、事業の構造が変わりました。
自分たちの強みから生まれる売上で、まず固定費を賄う。
固定費が賄えている状態で製品が受注できれば、その製品から生まれる粗利を利益として残しやすくなる。
さらに、製品を受注した後に必要になる資金についても確認しました。
すると、この会社の場合、受注後に必要となる資金については、銀行の短期融資などを活用できる見込みがありました。
さらに取引条件を見直せば、一部を前金で受け取ることで、そもそも自社で用意しなければならない資金を減らせる可能性もありました。顧客側にも、それを受け入れてでも依頼したいだけのニーズがありました。
つまり、
「製品を作るには、先に大きな資金を調達しなければならない」
という前提そのものが、必ずしも正しくなかったのです。
ここで、最初の相談に戻りました。
「資金調達が必要」という前提も変わった
最初は、
「売上が立たないから、外部から大きな資金を入れて開発を続けたい」
という話でした。
でも、
専門性を有料化する。
そこで固定費を賄う。
製品を受注したら、必要な資金はその時点で調達する。
この構造ができるなら、話は変わります。
そもそも、大きな外部資本を入れる必要があるのだろうか。
私は、そこも本人たちと何度も話しました。
投資家から資金を入れること自体が悪いわけではありません。
大きく成長するために、先に資金を入れた方がいい会社もあります。
ただし、投資を受ければ、当然その資金を使って成長することを求められます。
会社を大きくする。
企業価値を高める。
投資家にリターンを返す。
その方向へ経営を進めていくことになります。
では、
それは本当に、自分たちがやりたい経営なのか。
そこを何度も確認しました。
最終的に本人たちは、
「それは、自分たちがやりたいことではない」
と判断しました。
外部から大きな資金を入れて急成長するより、自分たちの専門性を生かして事業を続けたい。
その方が、自分たちがやりたいことに近かったのです。
強みから利益をつくり、また強みに戻す
専門性から得られる収益で固定費を賄えるようになると、本人たちにも余裕が生まれました。
価値を理解してもらえない相手に、何度も無料で付き合わなくてもいい。
苦手なことを、無理に全部自分たちでやらなくてもいい。
そして、生まれた時間を、自分たちが本当にやりたいことに使える。
さらに専門性を高める。
新しい知見を生み出す。
それがまた、自分たちの価値を高めていく。
私は、この循環をとても大事にしています。
強みを生かす。
そこに価格をつける。
粗利を残す。
投資できる余力をつくる。
そして、また強みに投資する。
売上を増やすために、何でもやればいいわけではありません。
今回も、最初に見えていた問題は、
「売上が立たない」
「資金が足りない」
でした。
でも、実際に一緒に考えていくと、その手前に別の問題がありました。
自分たちが一番価値を出せる仕事を、自分たち自身が商品だと思っていなかった。
だから無料で提供していた。
そこに価格をつけると、固定費を賄えるようになった。
固定費を賄えるようになると、必要な資金の額も、資金調達の方法も変わった。
そして最後には、
「どんな会社にしたいのか」
という経営そのものの選択まで変わりました。
もし今、
「もっと売上が必要だ」
「資金調達しないといけない」
と思っているなら、その前に一度だけ確認してみてもいいかもしれません。
あなたの会社が一番価値を出している仕事に、きちんと価格はついているでしょうか。
本当はお金をいただけるだけの価値があるのに、売るための前段だと思って、無料で渡しているものはないでしょうか。
資金調達を考えるのは、その後でも遅くないかもしれません。
自分の会社の場合は、どうだろう
今回の会社も、最初の相談は「資金をどうするか」でした。
でも、一緒に見ていくと、本当に考えるべきことは別のところにありました。
経営では、一つの前提が変わるだけで、売り方も、必要な資金も、会社の成長のさせ方も変わることがあります。
もし今、
「もっと売上が必要だ」
「資金調達を考えなければいけない」
と思っているなら、その前に一度だけ確認してみてください。
今、自社が一番価値を出しているところに、きちんと価格はついているでしょうか。
自分の会社のことは、分かっているようで意外と見えないものです。
「経営の整理60分」では、今考えていることを一緒に並べながら、
何を目指しているのか。
今どこにいるのか。
本当に考えるべきことは何なのか。
次に何をするのか。
を整理します。
相談内容をきれいに整理する必要はありません。
今、変えたいと思っていることを一つだけ持ってきてください。
連絡先メールアドレス:info@jissenstrategy.com
※本記事は、実際の経営支援で経験した複数の事例をもとに、個社が特定されないよう内容を変更・再構成しています。
熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者の意思決定整理と実行接続を支援しています。
📩 初回60分の整理相談
「相談するほど整理できていない」という段階でも大丈夫です。
むしろ、何が問題なのか分からない状態を整理するところから始めます。
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