事業はうまくいっている。でも「次の経営」には、今までと違う視点がいる
「もう勉強はいりません」
最初の面談で、その経営者からそう言われました。
いろいろな経営セミナーに参加してきた。経営についても、自分なりにかなり勉強してきた。
だから、
「セミナーで得られるようなお勉強的な知識はいりません」
ということでした。
実は、この人の事業は、うまくいっていなかったわけではありません。
自分の専門性を生かしたニッチな製品をつくり、自ら市場を開拓して販売していました。
一人で食べていく事業としては、すでに成立していました。
でも、本人はそこで終わるつもりはありませんでした。
もっと事業を大きくしたい。
外部から資金も入れたい。
その先にはIPOも考えたい。
つまり、この人が考えていたのは、
「事業をどう成立させるか」ではなく、「成立した事業を、次のステージへどう持っていくか」
でした。
振り返ってみると、ある意味で「第二創業」だったのだと思います。
そして私は、これは事業承継後の経営にもかなり似ていると思っています。
今までのやり方が間違っているわけではない。
むしろ、そのやり方でここまで来られた。
だからこそ、次の経営に切り替えるのが難しいのです。
「MVVなんて意味ないでしょう」
私は最初に、全5回で何を考えるのかを説明しました。
1回目は、本人が何を実現したいのか。
2回目は、それを実現するための事業計画。
3回目は、その事業を投資家がどう見るのか。
4回目は、IPOまでを想定した資本政策。
5回目は、それらをVCへ説明する資料に落とす。
ここまで説明すると、
「それならやりたい」
ということになりました。
ただ、最初から順調だったわけではありません。
1回目にMVV、つまり、
何のためにこの事業をするのか。
どんな会社にしたいのか。
5年後、どんな状態になっていたいのか。
そこを整理しようとすると、
「MVVなんて意味ないでしょう。そんなものをまとめても役に立たない」
という反応でした。
私は、
「そうなんだ」
と思いました。
そこでMVVの重要性を理解して貰おうとは思いませんでした。
正直、私も、きれいな言葉を作って壁に貼るだけのMVVなら、あまり意味はないと思っています。
ただ、少し違和感はありました。
知識が足りないのではなく、自分の事業を見る視野が少し狭くなっているのかもしれない。
そんな仮説を持ちました。
もちろん、この時点では私にも答えはありません。
だから聞きました。
「5年後には、どの状況になっているかイメージできていますか?」
どこへ行くか決まらなければ、資金調達も決められない
本人が相談に来た直接の理由は、
「VCから投資を受けたい」
というものでした。
私は以前、VCで投資の仕事をしていました。
その経験から話を聞いていると、一つ気になることがありました。
本人は、融資と投資の違いを知識としては理解していました。
ただ、投資を受けることが、その後の経営に何を意味するのかまでは、具体的にイメージできていないように見えました。
話している途中で、本人からこんな言葉が出ました。
「融資は返さなきゃいけないけど、投資は返さなくていいんでしょう?」
確かに、投資されたお金には、融資のような返済義務はありません。
でも私は、
「返済義務はありません。ただ、投資家は融資よりも大きなリターンを求めますよ」
と話しました。
さらに、
「一度投資が入ったら、簡単には後戻りできなくなります」
と伝えました。
そのとき、本人の顔つきが変わりました。
それまで本人の中では、
融資は返さなければならないお金。
投資は返さなくていいお金。
という見え方が強かったのだと思います。
でも、投資家から見れば全く違います。
事業が成長し、企業価値が大きくなることを期待してお金を出す。
そして、そのリターンを求める。
だから、そもそも何を実現したいのか。
5年後、会社をどこまで持っていきたいのか。
そこへ行くために、いくら必要なのか。
どのタイミングで、誰から資金を入れるのか。
全部つながっています。
本人が最初にあまり乗り気ではなかったMVVを飛ばさなかったのは、このためです。
「誰の、何の悩みを、どう解消しますか?」
2回目は、事業計画を整理しました。
私が繰り返し聞いたのは、
「誰の、何の悩みを、どう解消しますか?」
という問いでした。
本人には高い専門性があり、製品にも技術的な優位性がありました。
だから、どうしても、
「この技術がどれだけ優れているか」
を説明したくなります。
でも、顧客から見れば、
「それで、うちに何が起きるんですか?」
の方が重要です。
誰が困っているのか。
何に困っているのか。
その問題をどう解消するのか。
その結果、相手のビジネスにどんなメリットがあるのか。
そこを何度も確認しました。
そして毎回、宿題を出しました。
本人に考えてもらう。
実際に人に話してもらう。
その反応を持ってきてもらう。
また一緒に見る。
私は、このやり方をよくします。
昔の私は、今よりずっと「答え」を言いたがる人間でした。
自分では正しいと思っていることを説明して、
「こうすればいい」
と言いたくなる。
MBAでもかなり勉強しましたし、論理的に考えることには自信もありました。
でも、それで人が動かなかった経験を何度もしました。
正しいことを言えば、人が動くわけではない。
私自身、それで失敗してきました。
だから今は、なるべく本人に考えてもらいます。
私が答えを作った方が早いこともあります。
でも、私が作った答えで動いている限り、私がいなくなったらまた止まります。
それでは意味がないと思っています。
宿題から、大企業との実証実験が始まった
あるとき、
「実際に見込み客に話を聞いてきてください」
と宿題を出しました。
頭の中でどれだけ考えても、本当に顧客がそう思っているかは分からないからです。
すると、その中で大企業との話が具体的に進み始めました。
誰のどんな問題を解決するのか。
自分たちは何を提供できるのか。
それによって相手のビジネスにどんなメリットがあるのか。
そこを整理して話すようになると、先方の理解も深まっていきました。
そして、そのまま実証実験が始まりました。
私が印象に残っているのは、実証実験そのものよりも、本人の説明が変わったことです。
最初は、
「自分たちの技術がどれだけ優れているか」
を説明しようとしていた。
それが、
「相手の会社にとって、この製品を使うと何が良くなるのか」
を話すようになりました。
技術が変わったわけではありません。
製品も同じです。
見る位置が変わったのです。
投資家を選ぶのは、結婚相手を探すくらい重要
3回目は、投資家からこの事業がどう見えるかを整理しました。
私は聞きました。
「ビジネスと同じで、資金調達も出し手の理解が重要ですが、イメージできています?」
顧客に商品を買ってもらうなら、顧客を理解する。
投資家から資金を出してもらうなら、投資家を理解する。
構造は同じです。
株価はどう決まるのか。
VCはどうやってリターンを得るのか。
創業者はどうやってリターンを得るのか。
それを自分の会社に置き換えて考えていくと、本人の反応が明らかに変わってきました。
4回目には、IPOまでを想定した資本政策を整理しました。
そのとき、特に印象に残ったようだったのが、
「資本政策には不可逆性がある」
という話です。
一度外部に出した株式を、
「やっぱりやめます」
と簡単には元に戻せません。
だから私は、
「投資家を選ぶのは、結婚相手を探すくらい重要だと思っています。関係を解消するのは、簡単ではありませんから」
と話しました。
すると、
「そんなふうに考えたことはありませんでした」
と言われました。
最初に、
「もう勉強はいりません」
と言っていた人です。
でも私は、
「ほら、知らなかったでしょう」
とは思いませんでした。
むしろ、
知識として知っていることと、自分の経営判断として腹落ちしていることは違う
のだと思いました。
私自身も同じだからです。
この人がやっていたのは、ある意味「第二創業」だった
振り返ってみると、この人は経営ができなかったわけではありません。
自分の専門性を製品にして、自分で顧客を開拓し、一人で食べていけるところまで事業を成立させた。
そこまでは、自分の力で来ています。
でも、次に目指していたものは、その延長ではありませんでした。
外部の資金を入れる。
大企業と組む。
事業を大きくする。
将来的にはIPOも考える。
つまり、
「自分が頑張れば回る事業」から、「自分以外の人やお金を使って成長する会社」へ変えようとしていた。
ある意味、第二創業です。
だから、経営の見方も変える必要があったのだと思います。
そしてこれは、後継者にもよく似ています。
引き継いだ会社がダメだから変えるわけではない。
先代までのやり方で、会社はちゃんと成立している。
顧客もいる。
社員もいる。
利益も出ている。
でも、自分の代で次の成長をつくろうとすると、
新しい事業を始める。
設備投資をする。
人を増やす。
組織を変える。
場合によってはM&Aをする。
それまで経験したことのない意思決定が増えていきます。
今までの経営が間違っているから変えるのではありません。
次に行くから、見るべきものが変わるのです。
私も、自分のことになると見えなくなる
私は、このケースからも、
「経営者は、自分の会社を一人では完全には俯瞰できない」
と思っています。
能力の問題ではありません。
今回の人も、十分に考えられる人でした。
勉強もしていました。
事業も成立させていました。
それでも、自分のことになると見えなくなる。
これは私も同じです。
他人の会社なら、
「そこ、少しおかしくないですか」
と気づけることがあります。
でも、自分のことになると普通に見えなくなる。
人に話して初めて、
「俺、ここを勝手に前提にしていたんだな」
と気づくこともあります。
だから私は、経営者に対して、
「私には答えが分かっています」
という立場ではいたくありません。
最初に仮説を持つ。
話を聞く。
違ったら戻る。
別の位置から見る。
実際に動いてもらう。
起きたことをまた一緒に見る。
私がやっているのは、その繰り返しです。
この経営者のケースでも、資本政策や投資家の考え方など、私の経験から伝えたことはあります。
ただ、それ以上に大きかったのは、
本人が、自分の事業を見る位置を少しずつ増やしていったこと
だと思っています。
自分から見る。
顧客から見る。
投資家から見る。
5年後から見る。
見る位置が増えると、それまでと同じ事業でも、違うものが見えてきます。
もし今、
会社は別に悪くない。
今までのやり方でも回っている。
でも、自分の代ではもう一段変えたい。
新しい事業を始めたい。
次の成長をつくりたい。
そのために勉強もしているし、いろいろ考えている。
それでも、
「今までの延長で、本当に次へ行けるんだろうか」
という感覚がどこかにあるなら、それは十分な相談テーマだと思います。
相談する前に、問題をきれいに整理する必要はありません。
むしろ、
「今まではこれでうまくいった。でも、次もこれでいいのかは分からない」
そんな状態の方が、一緒に見る意味があると思っています。
今までのやり方を否定する必要もありません。
まず、これまで何がうまくいってきたのか。
そのうえで、次に行くために何を見る必要があるのか。
そこから一緒に整理します。
連絡先メールアドレス:info@jissenstrategy.com
※本記事の事例は、守秘義務に配慮し、一部内容を変更・再構成しています。
熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者の意思決定整理と実行接続を支援しています。
📩 初回60分の整理相談
「相談するほど整理できていない」という段階でも大丈夫です。
むしろ、何が問題なのか分からない状態を整理するところから始めます。
次の記事
前の記事
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動に使わせていただきます! 