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【075】 五位鷺と命婦の御許

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(*写真はペリカン目サギ科ゴイサギ属ゴイサギ)

聖徳太子が定めた「冠位十二階」。これは朝廷の役人や貴族の階級であり、時代と共に何度も見直しされた。そして天皇から階位を賜った動物は歴史上、二つしかいない。

まずは第60代醍醐だいご天皇(在位897年-930年)より五位の位階を賜った五位鷺ごいさぎ。この時代は八位まであって、ざっくり五位以上が上級貴族だ。その経緯いきさつは、平家物語に書かれている。原文のままでも十分理解が出来るので、現代語訳は付記しない。では読んでみよう。

近比の事ぞかし 延喜御門神泉苑へ行幸成つて 池の汀に鷺の居たりけるを 六位を召して あの鷺取りて参れ と仰せければ いかが取らん とは思ひけれども 綸言なれば歩み向かふ 鷺も羽繕ひして立たんとす 宣旨ぞ と仰すれば 平んで飛び去らず 即ちこれを取つて参らせたりければ 汝が宣旨に従ひて 参りたるこそ神妙なれ やがて五位に成せ とて鷺を五位にぞ 成されける 今日より後鷺の中の王たるべし といふ御札を遊ばいて 首に付けて放たせ給ふ 全くこれは鷺の御料にはあらず ただ王威のほどを知ろし召さんが為なり

『平家物語 巻第五 朝敵揃』

次いで、命婦みょうぶ御許おとど。第66代一条天皇(在位986年-1011年)の飼い猫である。専属の乳母(:馬の命婦)までいる上級ネコだ。命婦とは五位以上の貴族の女の尊号なのでメスネコである。名前の記録がある日本最古のネコだ。

この逸話の原典は、平安時代の公卿、藤原ふじわらの実資さねすけの日記『小右記』にあるそうだが、入手が出来なかった。よってこの逸話を引用した『枕草子』の原文を見てみよう。なお翁丸とは犬、犬島とは犬専用島流しの島である。

うへさぶらおほんねこは かうぶりにて命婦みょうぶのおとどとて いみじうをかしければ かしづかせたまふが はしいでしたるに 乳母めのとの馬の命婦 あなまさなや 入りたまへ と呼ぶに 日のさし入りたるに ねぶりてたるを おどすとて 翁丸おきなまろいづら 命婦のおとどへ とふに まことかとて しれものはしりかかりたれば おびえまどひて御簾みすのうちに入りぬ あさがれいおんまえに うえおはしますに らんじて いみじうおどろかせたま

猫はおんふところに入れさせ給ひて をのこども召せば 蔵人くろうど忠隆ただたか なりなか参りたるに この翁丸うち調ちょうじて 犬島につかはせ ただいま と仰せらるれば 集まり狩りさわぐ 馬の命婦をもさいなみて 乳母かへてむ いとうしろめたし とおおせらるれば 御前ごぜんにもでず 犬は狩り出でて 滝口たきぐちなどして 追ひつかはしつ

『枕草子 上にさぶらふ御猫』(清少納言)

第60代醍醐天皇の第十一皇子は第61代朱雀すざく天皇。第66代一条天皇の第三皇子が第69代後朱雀ごすざく天皇。「【073】 大鷦鷯天皇」で説明したように、これらは漢風かんふう諡号しごうと呼ばれるおくりなであり、崩御後に付けられる。歴代天皇の諡でトリ関連はこの二人だけ。

なお〇〇天皇は、同じ場所に住んでいた過去の天皇に肖って付けられる場合が多い。存命中に自分のおくりなを自分で決めていたのは後醍醐天皇ただ一人らしい。

次は、朱雀とは何かを見てみよう。

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