2026/01/17 愛情の形はひとつじゃない 〜9歳の誕生日に思うこと〜
2026/01/17
よく晴れていて、吐く息は白いのに、穏やかでどこかやわらかさを含んでいた。窓辺で飲むコーヒーがゆっくりと体を温めてくれる。
ボーナスタイムは短めに、今日は「祝う一日」を迎える準備をする朝だった。
朝のキッチンに、甘い香りがふわりと広がる。
パジャマ姿で目をこすりながら、「いい匂いがする!」とテーブルに駆け寄る娘たち。
「ドーナツ!」
手作りのチョコドーナツ。
特別な日だから、というより、食べたかったから。
ビターチョコのかかったドーナツはコーヒーとよく合った。
思いきり味わう一日
お昼は手巻き寿司にした。
大好物のいくらを盛り盛りにして「はぁ〜、美味しい」と長女。次女は「うわーん!上手に巻けない!」とお姉ちゃんにヘルプを出す。
姉妹のやり取りも微笑ましい。
午後は、お誕生日プレゼントのポケモンZAを、時間制限なしで思う存分。
平日は、ゲームはもちろん、テレビもほとんど触れない我が家。だからこそ、「今日はやりたいだけやっていいよ」と伝えた。
何かを制限しない一日は、少し勇気がいる。
でも、たまにそんな日があってもいい。
やりたいことを、やりたい気持ちのまま味わう時間も、きっと必要だ。
夜はリクエスト通り、ハンバーグとエビフライ。
「ママのハンバーグ最高だよね」が素直に嬉しい。
今年のケーキはアイスケーキにした。
手作りじゃなくても
一昨年までは、毎年手作りケーキでお祝いした。
スポンジを焼いて、クリームを塗って、フルーツを飾って。それが私なりの「愛情表現」だった。
実母がそうしてくれたように。
でも、長女は最近「スポンジ生地がちょっと苦手」だと言う。クリームもそこまで好きじゃないと。
気遣って「ママのケーキは好きだけどね」と、いつも語尾に付け加えてくれる。
それを口にするようになった去年から、スポンジを焼くこともクリームを泡立てることも辞めた。
私の理想や押しつけで手作りケーキを食べさせるのは違う。そう頭では分かっているのに、手作りじゃないと、愛情が足りないんじゃないか。
そんな気持ちが、胸の奥でくすぶっていた。
それでも、今の長女が喜ぶ形を選ぶ方が、ちゃんと「その子を見る」ことなのかもしれないと思うのだ。
もうあとは布団に入るだけというタイミングだった。
歯磨きを終えて、長女が突然言った。
「あ! いちご食べてなかった! お誕生日なのに!」
そう言って、1パック分のいちごを満足そうに頬張っている。食べ切った後、また歯磨きをする姿を見て、ふっと笑ってしまった。
誕生日はいちごを食べないと終わらないらしい。
ケーキじゃなくて、いちご!
それが彼女の「好き」で、彼女の「幸せ」なのだ。
「好き」を尊重する
手作りじゃなくても、制限しなくても、その日を丸ごと楽しめたなら、それでいい。
祝う形は、少しずつ変わっていく。
守るより、任せること。
与えるより、選ばせること。
お誕生日くらいは、やりたいことを存分にやったらいいと思うのだ。
子どもの「好き」を尊重するということは、親の理想や過去の価値観を手放すことでもあるように思う。
それは少し怖いし、寂しくもあって。でも、その先にあるのは、子どもの笑顔と信頼なのだと思う。
手作りじゃなくても、形が違っても、愛情は渡せる。
大切なのは、相手が本当に喜ぶものを選ぶこと。
その選択を、自分にも許してあげること。
自分の「こうしたい」と、相手の「好き」の間で揺れたことはありますか?
そのとき、どちらを選びましたか?
手放すことで渡せる愛情を知った気がする。
娘たちの「好き」を信じて、私も少しずつ手を離していこう。
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