2026/03/17 ありあわせで整える学童弁当 〜苦手を仕組みに預ける暮らし方〜
2026/03/17
今日は卒業式で、長女は学童だった。
つまり、お弁当が必要だった。
すっかり忘れていた。
週末の買い出しでも、何も考えていなかった。
タコさんウインナーもブロッコリーも買っていない。
ありあわせで詰めるしかない。
「ひとまず、これでいいか」と手を動かした。
そこでさつまいもだけ、かわいい動物の型抜きで抜いて、なんとかそれらしく仕上げた。
完璧じゃなくていい。でも、ひと手間だけかける。
型抜きしたさつまいもを並べながら、これくらいで十分だと思えるようになったのは、いつ頃からだろうと少し考えた。
以前の自分なら、もっと慌てていたかもしれない。
ちゃんと形にはなった。そんな朝だった。

買い揃えた 新しいお弁当箱✧︎*。
苦手を仕組みに預ける
私はお皿洗いが、ずっと苦手だった。
毎日のことだから、苦手なまま続けるのはしんどい。
だから迷わず食洗機を選ぶ。
神経をすり減らすくらいなら、機械に任せる。
それが私の出した答えだった。
以前は「丁寧な暮らし」を目指して、全部自分でやろうとしていた時期がある。その結果、疲れ果てた。
ただ、何でも機械に任せるわけじゃない。
タオルを畳むのは、自分の手でやる。
端と端をピシッと合わせて、きちんと重ねていく。
クイックルワイパーで床を整えるのも、ロボットに任せず自分でかける。
その理由は、好きだからだ。
部屋が整っていくのが目に見える。
手の感触がある。
それが心地よいと感じるから、続けている。
義務じゃなくて、自分で選んでいる。
苦手なことを潔く「仕組み」に預けるようになった。
自動調理なべに根菜の調理を任せ、その間に自分を整えるお風呂に集中する。
これが、今の私の丁寧さの形だと思う。
「心地よさ」を自分の基準に
今夜の夕飯は、自動調理なべで作った切り干し大根の汁物。そして、朝のうちに仕込んでおいた肉団子に、たっぷりの野菜餡をかける。
「わぁ〜!いい匂いがする〜」と、次女が鼻を動かす。
白菜やにんじんをトロトロになるようにしているので、子どもたちが「美味しい」と言ってくれた。
苦手な野菜も、食感を変えればちゃんと食べてくれる。それを知ってから、献立を考えるのが少し楽になった。
完璧を目指さなくても、心地よさを基準にすると、案外暮らしは整っていく。
苦手なことを手放すのと、好きなことを手でやること。その両方があって、はじめて暮らしのバランスが取れている気がする。

不揃いでも
夕飯の湯気の中で、ふと朝のお弁当を思い出した。
あれでよかったのか、と一瞬、不安がよぎる。
長女に聞いてみたら「バッチリ!ちょうどいい量だったよ」と笑顔が返ってきた。
もう少し準備できたんじゃないか、とも思ったけれど気にしているのは私だけだったみたいだ。
ちゃんとできなかった日でも、ちゃんと回っている暮らしがある。その日なりに整っていく。
だから私は、苦手なことは手放して、手で触れたいものだけを大切にすることにした。
あなたはどこまで自分で抱えて、どこから手放していますか?
少しだけ軽くなった暮らしの中で、自分の心がどこに落ち着くのかを探していきたいと思う。
明日もまた、その調整してみよう。
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