ジークアクス8話感想:月に堕ちたキシリアとニャアン:ターンXとGQuuuuuuX:のりかな毎日エッセイ250602
ジークアクス8話を観ながらメモしていく。
:
オープニング。
ルナツー。
ビグザム量産の暁。
月へのソロモン落とし。
ワッケイン。
作戦立案が早い。
迷いのない男、シャア。
vsザビ家をも視野に入れる男。
今は一応、ジオン全体の目的に殉じているシャア。
白の軽キャノン。
ドズルを討ったアルテイシア。
兄妹の死闘。
直後、不思議な発光を始めるサイコミュ。
シャアは自覚していない。
シャロンの薔薇。
「向こう側から来た」誰かと話すシャア。
まあララアなんだろうけど、テレビの向こう側の視聴者、という可能性も。
刻(とき)が見える。
そして5年。5年?
:
(ここまでは劇場先行版のおさらいだね。これで使い切ったか…)
料理をするキシリア。
ジオン工科大。
恨み。
ゼクノバ。
ゼクノバを起こしてもらいたい。
サイド2から来たニャアン。
根無し草どうし。
呪われた新型機。
私は3人目だから。
4人の親友。今は2人。
ギレンのクローン強化人間。プル?
ミゲルの裏切り。ディアブロ。
:
イオマグネット?目隠し男。顔を隠す男=本心を隠す男。シャアっぽい。
「マチュは本物だから。」
マチュは地球へ。
次回予告。ララア?
:
人類の故郷、地球を目指すマチュと、人類の向かう先、最前線たる月の
裏側で、宇宙の深淵を覗き込むニャアン。
人類の還るべき場所と、向かうべき未来にそれぞれ進もうとする、
マチュとニャアンの対比。
ターンエーとターンエックスか。
∀ガンダム 戦闘シーン集 後編 - ニコニコ動画

にしても∀、神過ぎる映像、音楽、作劇だ…。何も言えねえ。
確かに、ジークアクスが一期12話で終わらずに、セカンドシーズン、
サードシーズンまで続けられれば、話を「∀ガンダム」まで持っていく
こともできるだろうね。
「∀ガンダム」は宇宙世紀のはるか未来、人類の文明が何度も滅びと再生
を繰り返した後の物語なので、最初の「滅び」、宇宙世紀の終焉までを、
ジークアクスで再演しようとしている、と考えることもできる。
その最初の滅びの時に、「∀ガンダム」の主役機ターンエーと、ライバル機
ターンエックス、それぞれの原型機は既に登場しているという設定。
その原型機がジークアクスなりジフレド、という話のつなげ方。
8話はそのための仕込みか。エヴァ的な匂わせ。
裏で壮大な計画が動いているという匂わせ。人類補完計画。
「人類補完計画」を利用してシンジのお母さん、碇ユイがやろうとした
ことって、人類のタネを深宇宙に送り届けることだったわけだし。
ターンエックスも、遠い昔に深宇宙に旅立った人類の一部が使っていた
機体、という裏設定があるし。
「∀ガンダム」を介して、エヴァとガンダムを繋げることはできる。
ジークアクスをターンエー、新型機のジフレドをターンエックスの原型機
だと言われれば、確かにそう見えなくもないね。雰囲気が似てる。




この先マチュが(たぶん)乗り換える新型機が、∀の原型機に
なるのかもね。
「宇宙世紀」の人類はこの先、緩やかに衰退していく。
宇宙に進出して、火星や木星に基地を作ったりもしたけど、
人類全体としては地球と月の間の狭い宇宙に閉じこもったままで、
そこでの生活に慣れていってしまう。
フロンティア精神を持った一部の人々は、停滞を恐れ、更なる進化と
発展を目指して深宇宙に旅立っていく。
その目的は分からないけど、宇宙に出た人類は進化して、オールドタイプ
の諸問題を解決できると信じていたのか。
或いはエヴァ的に、スターゲートを越えた先で第一始祖民族に会えると
期待したのか。スターゲイトは「2001年宇宙の旅」だけど。
まあ「2001年」はエヴァの設定の元ネタだしね。

強力な電波の先は木星だった(小説では土星)。
木星に向かう宇宙船の中で、人類とAI、二つの知的生命体が
殺し合い、生き残った人類代表、ボーマン船長は一人、木星に辿り着く。
そこに遺されていたスターゲートをくぐり、何万光年先で、
神のような知的生命体(が遺した装置)に触れ、新人類となるボーマン。
新人類・スターチャイルドになったボーマンは地球に戻り、
愚かな旧人類の争いの象徴である核ミサイル衛星を、クリーンに消滅させる。
:
木星を南極に置き換えれば、この筋書きはエヴァでゼーレが企んでいる計画
になるし、新人類が自然発生すると考えると、ガンダムの
ニュータイプ思想になる。
自分たちこそボーマン船長だ、新人類だ、と考えた人たちが、
人類進化の障害となる「旧人類」をコロニー落としで虐殺したわけだ。
ガンダムもエヴァも、こういうニュータイプというかニューエイジ思想、
選民思想への反省がベースにあると、僕は思う。
2001年宇宙の旅 | 宇宙の旅 Wiki | Fandom
それで、深宇宙に進出した人々がその先どうなったのかは分からないけど、
たぶん「火の鳥」的な、あまりポジティブでない最期を迎えたんだろう。
宇宙に進出した人類がなぜか停滞してしまう、という、科学文明を素直に
信じられなくなる感じは、70年代的だし、そういう時代性は、手塚治虫にも
冨野由悠季にも反映されている。
:
神のような超越的な知的生命体(=第一始祖民族とか火の鳥)におすがりして、
行き詰まった人類の諸問題を解決してもらおうとしたのか。
深遠な宇宙への旅の中で、今度こそニュータイプに進化できると期待した
のだろうか。
深宇宙へ旅立った人々は忘れられ、地球に残った人々は、いつしか月と
地球でそれぞれ、進歩のない眠ったような生活を続けるようになる。
文明は何度も滅びと再生を繰り返す。眠った人々がそれでもときどき
覚醒し、文明レベルが発展し始め、宇宙を目指せるようになるたびに、
ターンエーによって滅ぼされてきたのだ。
バベルの塔を建設し始めた人類が神の怒りを招いたように、
文明という塔はそのたびに、ターンエーによって崩されてしまう。
そんなある日、深宇宙から月に飛来したのがターンエックスだ。
もとは深宇宙に旅立った人々が連れて行った機体が、変わり果てた姿で
還ってきたらしい。文明を発展させるためには、それを毎回邪魔する
ターンエーを、ターンエックスで妨害すればいいのではないか?
…というのが、∀ガンダムに至る歴史、「黒歴史」のおさらいでした。
そこに込められた寓意は、要するに人類は神に逆らってバベルの塔を
建設すべきなのか、神様の言うとおり、おとなしく地球で文明以前の
生活を続けるべきなのか、ということだよね。
マチュは地球に還っていく。一方のニャアンは今回、月の裏側で地球は
見えない場所に来た。
キシリアや新登場の博士たちは、無益な争いを続ける兄ギレンや、今の
人類に辟易し、その停滞を突破するために、神の禁忌に触れる実験というか
「計画」に取り組んでいる。
オールドタイプの限界を、ニュータイプを利用して、「ゼクノヴァ」の先
を啓くことで乗り越えようとしている。
人類を補完しようとする、ゼーレの人々やキシリアたち。
シャアやシャリアも、計画は知らないにしても心情としては、人類進化派
だろう。
一方で、計画のために犠牲になる、今のままの人類を擁護する立場に立つ
のが、ヴィレの人々やシンジ君や、マチュという主人公サイドになる。
というのが、基本的な対立構図になりそうだね。
まあガノタとかエヴァオタなら観れば分かることだし、運営側が
これ見よがしに巻いた餌に飛びついて滔々と語ってしまったみたいで
少し恥ずかしいけど。
:
ミゲルの裏切り劇は、短い挿話だったけど、親友同士が毒入りケーキで
殺し合う、そのさまを見ても「人間なんてそんなものよ」と動じない
ニャアンと、理解できずに動揺するエグザベ君の対比を端的に表して
た名シーンだと思う。

のはミゲルだけでは?と思われるかもしれない。
ジフレドのパイロット候補として競争させられていたこと、
親友たちに先を越されたことがミゲルにとっては殺されたに
等しいショックだったのだとすれば、ミゲルの毒殺行為は
親友の裏切りに対する「復讐」になる。
さらにギレン派から吹き込まれた都合のいい情報で、
個人的な復讐を、今の人類に対する背信行為を
進めるキシリア派への正義の鉄槌、と正当化した
ミゲルは、きわめて私たち的というか、人間的だと思う。
二人は境遇は似てるけど、人を疑うことで生き抜いてきたニャアンと、
人を疑わないことで愛されてきたエグザベ君の差というか…。
多分エグザベ君はこの研究施設では少数派というか、貴重な存在だと思う。
(のちにニャアンを連れて脱走とかしそう…)
兄ギレンと反目し、暗殺を画策しあうキシリアも、兄と自分自身に絶望し、
人類の進化の可能性に一縷の望みをかけている。
そんな夢物語にすがっている。
「殺し合う人類」から脱却するために、そのためにはどんな犠牲も払う
べき、たとえ兄を殺してでも、と考えている、という矛盾…。
キシリアもニャアンも施設の人たちも、今の人類に絶望している。
そして、「どんな手を使っても人類を進化させるべき」と考えている。
マチュたちはそれを止められるのか、止めるべきなのか?


:
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:
さて、観終わったので考察していこう。
といってももう三千字か。今の時刻は…。
2025年6月2日、5時23分。
あまり長いと読まれなくなるし、短くまとめよう。
:
作戦立案が早い、迷いのない男、シャア。
今はジオン軍の一員として、軍全体の目的に殉じているシャアだけど、
いつかはザビ家をも打倒し、ニュータイプ中心の世界を実現する、という
野心を抱いている。
なんというか、例えるなら、会社の一員なのにいつか、ライバル企業だけ
じゃなく経営者一族も皆殺しにして会社を自分の道具にしてやろうと
考えているヤバい奴だよね…。
で、その目的のためにどんな不正にも手を染める、部下も手駒として
利用するけど、今のところそれで業績が伸びているから会社からは
重宝されている。
なのにいよいよ、野心のために会社を裏切ろうとしたときに、
妹が邪魔しに来る。で、初めて「迷い」が生じてしまう。
自分の立身出世のために民間人を犠牲にしようと、敵艦の艦橋を
ビームサーベルで焼き払おうと、「ニュータイプの未来のため」という
理想のために必要な犠牲、と割り切ることができた。
仮面をつけ、シャアという迷いのない男を演じ続けることで、良心の呵責を
仮面の下に、無意識下に抑圧してきた男。
迷いがないんじゃなくて、迷いを抑圧して、意識してないだけなのだろう。
だけど野望のために、民間人や敵兵や味方すら犠牲にできても、最愛の妹
をも、犠牲にできるだろうか。その逡巡も仮面の下に抑圧できるだろうか?

妹は何に怒っているのだ⁉まさかこの私が間違っているというのか?
確かに人は殺したが、理想のための些細な犠牲に過ぎないではないか?
ポーカーフェイスを装っても、αサイコミュが動揺を示してしまう。
妹と死闘を演じなければならなくなった直後、最愛の妹に本気で撃ち殺
されそうになったとき、シャア自身は何も動揺してないふうなのに、
ガンダムのサイコミュがその動揺を表わすかのように、デタラメな明滅を
し始める。
シャア自身の意識は、仮面の下に抑圧した、自分の迷いと動揺に気づいて
ない様子なのが面白い。
「理想の実現のためには、妹をも犠牲にしなければならない」という
障害。シャアは初めて迷い、ジレンマに直面し、前に進めなくなり、
消滅する。
:
前回7話の考察の①で、僕はゼクノヴァ現象についての仮説を立てた。
↓
ジークアクス7話感想①:ゼクノヴァとは判断保留、と考えてみる:のりかな毎日エッセイ250527|のりかな
:
二人のニュータイプが、押すも引くもできないジレンマに陥ったときに、
その場しのぎの解決手段として、サイコミュ装置が二人を引き離してしまう
のが、ゼクノヴァ現象ではないか、という仮説。
※サイコミュというのは、ニュータイプの感応波を機械言語に置き換えて、
思考でダイレクトにマシンを動かす技術、という設定だったと思う。
パイロットが考えたことを、指を動かして操縦桿を動かして、それで
ようやくビームライフルが発射されたり、マシンが回避行動を始めたり
するのでは戦場では、遅すぎる。もっと瞬間的にマシンを動かせないと
命取りになる。思考した瞬間に攻撃や回避を始めることができるのが、
サイコミュを使う利点だ。
しかし感応波が弱い普通の人では、サイコミュが感応波をちゃんと読み
取れないので、「感応波が強い人」でないと現状、サイコミュは使えない。そしてなぜか、この「感応波が強い人」のことを、一年戦争の後半から
徐々に「ニュータイプ」だと呼称するようになっていく。
もともと地球から捨てられた宇宙移民が、自分たちは特別だと思い込む
ための自称だったのに、ニュータイプという用語は「感応波の数値化」に
よって実体化し、「政治概念としてのニュータイプ」と混同したり、
誤用されるようになっていく。
感応波を使って、遠くにある遠隔兵器を動かせる人は、「戦争なぞせんで
済む人類」という、人類の理想とは関係ないのに。
…少し話がそれた。
ゼクノヴァの考察に戻ると、(政治用語でない方の)ニュータイプが
「相手を殺したい」と思うと、その強い感応波がサイコミュによって
機械言語に変換され、瞬時にマシンが攻撃を開始する。
シャアにはこれまで、迷いが無かったというか、迷いを仮面で抑圧して
きた。しかし妹を前にして、「相手を殺したい」と「相手を殺したくない」
という二つの命令がサイコミュに感知され、どちらをマシンに指示する
べきか、判断できなくなった。このジレンマを逃避したいというシャアの
無意識が、サイコミュによって目的と受け取られ、ゼクノヴァという形で
実行された、という仮説だ。
シュウジとニャアンの場合も概ね同じだろう。
しかし今回、これに付け加えると、シャアとアルテイシア、シュウジと
ニャアンの「救いの声」を受け止める、第三者が加わって初めて、
ゼクノヴァが起きるのではないか?
その第三者は、二人のジレンマ、苦しみを遠くから観ている、或いは感知
している。その誰かが、二人に共感し、救いの手を差し伸べたいと思った
ときに、ゼクノヴァが発動し、二人のどちらかが消えることでとりあえず、
判断保留というか一時的に、ジレンマが解消される。
その「誰か」は、エヴァ的に、というか(そのオマージュ元である)寺山修司
的に考えれば、画面の外の観客、ということになるだろうし、物語の
中に閉じ込めるのであれば、地球でその様子を感知している、ララア、と
いうことになるだろう。

マチュに出会った彼女が、「あなたに会うのは初めてではありません、マチュ」とか
「あなたたちの苦しみをずっと遠くから観てきました」みたいなことを言ったら、
彼女の思念がゼクノヴァを手助けした可能性は高まる。
(正史の方のララアが介入した可能性もあるけど、
今の僕としてはこの少女が介入者だと思いたい。)
感応波の数値とか、ニュータイプという言葉によって、オールドタイプと
いう対立概念も生まれ、その対立が争いの原因となる。
言葉が対立を生み出すけど、そんな言葉、レッテルに惑わされずに、
相手を自分と同じ人間と認識できるのが、「本物のニュータイプ」
なのではないか。
などと書いてしまうと、また「本物のニュータイプ」と「偽者のニュー
タイプ」という対立概念が生まれて、「マチュは本物だから…。」と
ニャアンが劣等感を感じてしまったりするから、言葉って難しいね。
そろそろ締めよう。
今回もいろんな考え方を提示できたので良かった。
毎回、初めて登る山で、どんな結果になるか分からない思考のピクニック
だけど、深く潜っていくとなにがしかの成果に辿り着くので面白いと
いうか、やりがいはある。
ただ、思考のピクニックじゃなくて登山になっている可能性も…。
ついて来れる読者がいるのかな?
もう少し後ろを心配した方がいいというか、雪中行軍で脱落者多数かも。
だから閲覧者もスキも増えないのかな?
のりかなエッセイは僕が考えを深めることを主目的にしているけど、
その考えを「伝える」ことを目的にした別の形式が必要かもしれない。
などと思ったり。
それについては次回、書くことにしよう。
:
というわけで、8話「月に堕ちる」感想?批評?でした♪
「堕ちる」ってネガティブな言葉だよね。
「フォースの暗黒面に堕ちる」とか。
ソロモンは月のグラナダに堕ちなかったけど、そこには今、旧人類に
絶望しきった人々が、キシリアやニャアンが、暗黒面に堕ちている。
そして多分、旧人類を犠牲にした危ない賭けに出ようとしている。
ニャアン自身が、人倫を越えた実験の犠牲に、ディアボロ?に
されそうになっている。
でも悪魔に魂を売っても構わないと、ニャアン自身も思ってそう…。
その反対方向に、地球の側に行ったマチュは、いわばダースベーダーを
止めるルークの役割を担わされている。

頑張れマチュ!
とはいえ先走りすぎたので、ここまでにしよう!
ではまた明日♪
:
(前回の記事も読んでね♪)
↓
「ジークアクス感想」を批評する②:岡田斗司夫氏編:シイコのスティグマ戦術を弁護してみる:のりかな毎日エッセイ250530|のりかな
(そういえば岡田氏は、コクピットを破壊しただけで爆発するジークアクス
世界は、正史と別の物理法則が存在しているのでは?と動画で語っていた。
コクピットを破壊したり、頭部を切り飛ばしただけで機体が爆発するという
演出の意図は、要するにこの世界で「不殺」はできない、ということを
視聴者に分からせたいのでは?と僕は考えている。
SEEDのキラ君のように、武装とメインカメラだけを狙っても、機体が爆発
してパイロットがミンチになってしまう世界では、シャアとアルテイシアが
対峙したときでも、「殺す」か「殺さない」かの2択しか選べない。
とりあえず「殺さない程度に武装を無力化しよう」ができない結果、
ジレンマに陥ってしまうのかもしれない…蛇足情報終わり。)
