必ずママが迎えに行くから
3月11日 午後2時46分。
学校を休んでいた小学1年生の息子と、
幼稚園から帰ってきた5歳の娘。
わたしは、3人でソファーに座り、
テレビを見ていた。
黙祷。
テレビをじっと見つめる子どもたちの横で、
手を合わせて目をつぶった。
そのときだった。
“ピーンポーン”
家のチャイムが鳴った。
インターホンの画面を見ると、
息子の友だちの女の子。
「やっほー!」
ちょっと重たくなっていた空気を、
彼女がふっと軽くしてくれた。
息子も、彼女のかわいさに笑っていた。
インフルエンザで休んでいた息子に、
毎日宿題を届けてくれた彼女。
いつもは画面越しに
「〇〇!(彼女の名前)」と弾ける声だったけれど、今回は「やっほー」と満面の笑み。
扉を開けて、「いつもありがとう」
そう言って受けとると、
扉を閉める前、中にいる息子に
「学校で待っとるよー!」
声までかけてくれた。
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わたしはこの日、
普段あまり見ないテレビをつけ、
子どもたちに話していた。
あの日の記憶を。
どんなふうに伝わっているのかは、わからない。
わたしも、阪神大震災があったことを、
小さかったから覚えていない。
どうしても人ごとのように感じてしまう。
母に教えてもらっても、怖さがわからなくて、
ただ毎年、手を合わせているだけだった。
伝えることの難しさ。
受け止めることの難しさ。
それでも、忘れないこと。
伝えること。
そう考えるようになったのは、
東日本大震災のボランティア活動に、
5年間かかわらせてもらったからだ。
原発の影響で、
外で遊ぶことができなくなった子どもたちを、
わたしたちの地域に呼び、
何も気にせず、思いきり遊んで、
笑顔になってほしい。
ただそれだけだった。
そこで出会った一人のご家族から、
昨日、3月11日に、いちごが届いた。

今年で、東日本大震災から15年。
どんな想いで、届けてくださったのだろう。
忘れない感謝と、
忘れないでほしい災害と事故。
わたしには、その両方が届いた。
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子どもたちとニュースを見ていると、
キャスターの方が、被害にあった保育園でこう語っていた。
「子どもは大人の言うことを聞きます。
だから、大人は子どものことを絶対に守らないといけないんです。」
保育士として働き、親になった今、
とても重い責任を感じる。
それでも、そのくらいの責任があるのだと受け止めながら、
毎日宿題を届けてくれた彼女のことも、
今ここにいるわが子のことも、
大切に、笑顔を守り、命を守り、
いつまでもいっしょに生きていきたい。
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災害は、いつ起こるかわからない。
だからこそ、備えが大切になる。
災害について、わたしも子どもたちも
学ぶ機会が増えた。
それでも......
やっぱり怖い。
娘は、家から少し離れた園に通っている。
夫は、災害があれば仕事。
わたしは運転ができないため、
何かあれば歩いて娘を迎えに行かなければならない。
1時間かかるだろうか。
2時間、3時間、もっとかかるかもしれない。
でも、子どもたちには、
どこかで災害があるたびに、話していることがある。
「何かあれば、必ずママが迎えに行くから。
遅くなるかもしれないけど、
先生といっしょに待っていてほしい。」
この約束だけは、何度も何度も繰り返してきた。
だからきっと、子どもたちは待ってくれる。
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重い話かもしれない。
それでも、親には、子どもを守る責任がある。
こうした災害の日を迎えるたびに、
この子たちの命を守り、笑顔を守るという覚悟が強くなる。
手を合わせながら、
今日という日を大切に生きて、
みんなの幸せを心から願う。
お読みいただき、ありがとうございました。
読みづらいかもしれませんが、過去の記事も載せておきます。
▼5年間かかわった活動と、福島の子どもたちとの出会いと今。
▼あの日の記憶と、福島で語り部さんや仮設住宅の方からうかがったこと。
わたしの今の、「伝えたい記憶」です。
