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16.ママたちの正念場

「……私は子供たちの救助を最優先にしてとは言えないわ」

 セシリア小柳――遊星ママの言葉は、塩屋さとみ――崇ママには信じられない種類のものだった。

「遊星君がいるのよ。信じられないこと言わないで」
 さとみの声は悲鳴に近かった。

     * * *

 越智涼子と塩屋さとみが、小柳家のコンパートメントの呼び鈴を押していたとき、既に周りはマスコミのレポーターみたいな人たちや、その様子に気づいた野次馬が、 ものすごい勢いで群がり始めていた。
 いつもオシャレには細やかに気遣ってている美咲ママの白いスカートに、血が乾いたときのような茶色いしみが広がっていた。スーツ姿がいつも颯爽としている塩屋さとみの足もとは、オフィス履きのサンダルのままだ。

 そして、セシリア自身はTシャツにエプロンをつけて、首には汗止めのタオルを巻いているという、カメラを向けられるには有り難くない格好だった。

 セシリアは下の息子、遊星がどういう状況におかれているのか、一番系統立て正確に現状把握ができていた。
 なぜなら、それは問題解決に当たっているという軍の人から直接受けた説明を、言葉どおりに理解したからだ。それまでは情報処理が追いつかないまま戸惑っていたのが、幸いしたのかもしれない。
 塩屋さんが、ライブ番組に直接電話して、子供たちの名前を言ってしまったので、こんな大騒ぎになったことも後から知った。
 どうにも要領を得ない越智涼子と、半分ヒステリーというか、戦闘状態のような塩屋さとみ。そのせいでセシリアは、越智さんのところの赤ちゃん――圭太君をずっと抱っこをしている。いつも大体ご機嫌さんなのに、この空気を鋭敏に察知してぐずぐずと泣き続けていた。
 今は、さすがに疲れたのか半分寝かかっている。赤ちゃんの重さは、心を正気につなぎとめる浮標ブイのようだった。

 軍用車で迎えに来てくれた――名乗ってくれたけれど、名前が思い出せない――背の高い青年の、同行を求める提案に、最初、さとみはいきり立った。
 見殺しにさせない。助けてもらえるように、声を大にして訴えなきゃと息巻いた。でもセシリアは、現状把握をしないまま訴えても、意味がないと思った。それに正しい情報を知っているのは、テレビ局ではない。さとみさんが乱入するまで、遊星たちのことを知らなかったのだから。

 今まで、軍の持つ建物に入ることがあるなんて思ってもみなかった。役所のように見えるが、何の建物かのサイネージがない。企業ロゴもないので、会社っぽさもない。どちらかと言うと、家族向けのコンパートメントが入っている、普通の建物のようだった。

 通された応接室のようなところで、この件を担当をすることになったと言った青年に、セシリアはまず、なぜ、消防や警察でないのかと聞いた。

――コロニー内の事故なら、消防や警察が動くのですが、今回は“コロニーごと遭難”という、前例のない事態です。
 宇宙建造物の外で機動力を持つ組織は、現状では私たち軍しかありません。

 そうか。セシリアは思った。

 消防も警察も、多分軍さえも、コロニーごと危機に瀕しているという状況は想定してこなかったのだ。ノウハウは、どこも持っていないし、多分、こんな事態を想定しての訓練なんかしてきていない。その事実が理解しようとする意思をへし折った。

 背がやたらと高い、軍服がよく似合う、いい男系の青年。彼は、年若い割りに説明慣れしているようで、セシリアにもわかりやすいように説明してくれた。
 救いが見えてこない話が分かりやすいというのは、希望を抱きようがないものだ。腹の底が焼けてくるような気がする。

 まず、小さいほうとはいえ、スペースコロニークラスの建造物が大気圏で燃え尽きるかどうかということが、議論になったそうだ。大気圏で燃え尽きず、地表に激突してしまうなら、大気圏突入前にライダー・プールを攻撃・破壊する案もあったそうだ。
 もちろん、落ち行くコロニーに閉じ込められている約八千の人命を見殺しにすることは、そう簡単にはできない。
 何より、専門家の計算によってライダープールは、大気圏突入の摩擦に耐えられるように設計されていないため、ほぼ間違いない確率で燃え尽きてしまうことがわかったそうだ。

 今も助ける方法が無いか模索していること。そして時間稼ぎにしかならないかもしれないが、とりあえず質量のあるモノをぶつけて軌道を変えられないか試しているそうだ。
 巨大なコロニーの方向を変えるには、推進力と質量が必要で、ふだんマスドライバーシステムに馴染まない貨物を運んでいる、民間のバージ・シャトルを徴用してまで、何とか軌道が変えられないかと。

 軍の人は、いざというときに命を張る約束をして、生活の一切を国がまかなっている人種だ。
 セシリアは、腹が立って、なんで軍人さんが突っ込まないのか聞いた。地球の宙域には、それこそコロニー規模を持つ航宙母艦と快速小型機しかなく、一番近くの中型航宙母艦は月の宙域で、それを待っていたら、間違いなくライダー・プールは大気圏に突入してしまうと、どこか申し訳なさそうに答えた。

 民間の企業さんが、緊急事態だからと引き受けてくれたこと。シャトルの運転手さんは、命の危険も考慮して強制ではなく、申し出てくれた人だけに限定するようになるだろうということ。何もかもが驚くべき話だった。

 子どもがいるということは、軍の特殊な情報源からではなく、他でもないテレビのトークショーで知ったこと。

 常日頃であれば、子どもの命を最優先にしたいが、ライダー・プールの落下が防げないと、結局誰一人助けられない。お子さんたちの安否確認は、現時点で最優先にできないことをご理解いただきたい。説明してくれていた青年はそう言った。

――救助船が出せないのかということですが……。
 彼の説明は続いた。

 ライダー・プールへの通信手段が限られているため(全くの不通ではないらしい)桟橋(ピア)に大型の客船を横付けすることが難しいこと。いきなり無重力に曝された居住区内での混乱が予測できること。また、八千という数字の人間を救出するための時間が圧倒的に足りないこと。
 とにかく、ライダー・プールの落下を少しでも先延ばしできれば、打開策が見つかるかもしれないこと。

 聞いているだけで圧倒される。なんという事故が起きたのだろう。なぜ、よりによって子どもたちが無謀なことをしでかした、このタイミングで起きてしまったのだろう。

 混乱するセシリアにとってとどめに等しい最悪な情報が出されたのは、この後だった。
 中間倉庫は、有Gしか想定されていない。通常は無人であるし、パントリーと言う性質上、コンテナは固定されていない。物資運送コンテナの保管倉庫が無重力になってしまったとき、その中でコンテナがどう動くのかのシミュレーション画面だった。

 酷いですね、と一言。あの背が高い情報官さんですら漏らしたくらいの惨状だった。コンテナが一斉に浮かび、ぶつかっては離れ、離れてはまた別のものとぶつかる。

「子供たちがいたらどうなりますか?」
 越智さんが言った。

 画面の中に人形ひとがたのオブジェが現れた。本当にすぐにぶつかり合うコンテナに挟まった。すりつぶされる。押しつぶされる。千切れる……。今は跡形もない。跡形もない。……跡形もない。

 美咲ママはその画面を見て失神した。赤ちゃんにおっぱいをやってるのだ。当然、万年睡眠不足と貧血気味なのだろうから、無理もない。

 崇ママでさえ、真っ青になって震えていた。もちろん自分も、その形を遊星に置き換えることは耐え難かった。

「すみません……」
 彼は崩れ落ちた越智さんに駆け寄り抱え上げて、あいているソファに休ませながら詫びるようにつぶやいた。一瞬、何を謝られたのかわからなかった。

 こんな映像がすぐ出てくるということは、こちらからその質問が来ることを予測して、準備して、待ち構えていたのだ。きっと。

 私たちにあの子たちを最優先して、助けてと言わせないために。

 生きている遊星に、二度と会えないかもしれないんだ。そんなことあってはならない。絶対に遊星たちは、元気でいてくれているはず。子供は小さいから、隠れるすき間くらいあったはず。
 でも、コンテナが浮いてうごめいているゼロGで、走ったり、隠れたり……。

――できっこない。

 ああ、遊星に二度と会えないんだ。ごちそう、せっかく作ったのに、もう食べてくれないんだ。もう、あの笑顔で抱きついてくることも、ないんだ。せめて、もう一度抱きしめてあげたい。
 プールが落ちちゃったら、このまま全部燃えちゃうんだ。いやだいやだ、そんなの絶対にいやだ。抱いてあげたい。よく頑張って生きたねと褒めてあげたい。ママの息子に生まれてきてくれてありがとうって、キスしたい。

 圭ちゃんを抱きしめる。遊星にもこんなころあったはずだけど、もう思い出せない。子供はすぐに大きくなってしまう。
 パパは遊星にもう会えないって、もう知ってるかしら。仕事中にトークショーなんか見ないわよね。それとも、遊星の名前を見た誰かが教えてくれたかしら。お兄ちゃんはきっとまだ学校だ。ライダープールのニュースを見たかしら。遊星が巻き込まれたって知って驚いたかしら。でも、ケータイにメッセージは入ってないし、電話も鳴らない。
 あ、あたしがパパに教えてあげないといけないのかも。でも、私が言わなきゃならないのかしら。遊星のこと……。

「お願いします。プールを落とさないようにできるだけのことを、お願いします」

 自分と同じように、画面を食い入るように見ていたさとみが、ゆっくりと画面から目を引き剥がして、こっちを見た。

「なんですって?」
 からからに渇いた喉から、かすれた声が絞り出された。

「……私は子供たちの救助を最優先にしてとは言えないわ」
 塩屋さんの顔がたちまち歪む。
「遊星君がいるのよ。信じられないこと言わないで」
 さとみの声は悲鳴に近かった。

     * * *

 まるで化け物をみるような目つきだった。

 それから、さとみは青年のほうに噛みついた。
「人間じゃないわ。貴方たち、人間じゃない。生きてるかもしれないじゃない。おトイレで倉庫から出てたかもしれないし、カプセルシューターでかくれんぼしてたかもしれないでしょう? こんなシミュレーション画面を見せて、生きてないかもって諦めさせて、計画を続行させようって、そういう魂胆なのよ。乗せられてどうするのよ!」

 セシリアはちょっと深くため息をついた。人間でないとまで言われるのは心外だ。

「塩屋さん。遊星たちが生きていたとしても、もうだめだったとしても、プールがこのまま落ちるしかないのだったら、地球に燃えながら落ちてしまうのよ。髪の毛一筋、残っちゃくれないのよ。私は……。私はもう一度遊星を抱いてやりたい。燃やしたくない……」

 死んでいる、生きているは、もう、運命に委ねるしかない。けれど、このまま子どもたちが居る場所が、目の前で燃えながら失われていくのを見るのは、もっと嫌だ。
 このままライダー・プールが燃えてしまえば、自分は、生きている遊星が助けを求めながら燃えていく場面しか、想像できないだろう。死んでただろうから、仕方がないなんて、絶対に思えるはずがない。

「遊星……ママ……」

 塩屋さとみは、子どもを燃やしたくないというセシリアの言葉に、シャトルをぶつけなかった場合はどうなるのかという事態を思い知らされたのだろう。そうセシリアを呼んだきり、絶句した。次の言葉がでてこな
 セシリアはぎゅうと圭ちゃんを抱きしめた。ふと気がつくと、圭ちゃんのよだれかけで、ミラーズ・レッドがいつもの決めポーズをとっていた。ワンポイントの刺繍が入っている。圭ちゃんが握ったりかじったりするから、くしゃくしゃだ。

――ミラーズ・レッド。

 ミラーズ・レッドがもっとくしゃくしゃにゆがんだ。
 ちょっと大きくて、崇くんより運動神経に劣る息子でも、なりたいものはレッドらしい。崇くんとのごっこ遊びで、いつもイエローやブルー、グリーンになるらしいけど、家ではいつも颯爽としたレッド。そのレッドが握りつぶされて……、くしゃくしゃで……。涙で歪んで、もっとくしゃくしゃで。

 握りつぶされて……、くしゃくしゃで……。

 すりつぶされて、押しつぶされて、バラバラに千切れてしまったかもしれない、かけがえのない息子と重なった。
 大人しくて、優しくて、お兄ちゃんと全然違って手間がかからなくて。ご飯の心配だけしていれば良くて。可愛い。大事な遊星……。

「私は……遊星を……燃やしたくない……」

 我慢していたつもりはなかった涙が、セシリアの双眸からどっと溢れた。

「お願い……します。髪の毛、一本で……いいです。指先一本でもいいです。プールを燃やさないでください。私の遊星を……連れて帰って……」

 セシリアの言葉を、さとみが叫ぶように遮った。

「厭。私はそんな崇は嫌。ちゃんと連れて帰ってください。頼みます。遊星君にはお兄ちゃんがいる。美咲ちゃんママにも圭太くんがいる。私には……私には崇しかいないのよ」

 涙が溢れた目で、不思議そうにセシリアが呟いた。

「私にも……遊星は、遊星しかいないわ……。お兄ちゃんはお兄ちゃん。遊星じゃないわ。他の誰もあの子の代わりはできない」

 一瞬だけ奇妙な間を置いてから、さとみが泣き崩れた。

「ごめんなさい。私、どうかしている。なんて酷いこと……。ごめんなさい」

 セシリアは圭ちゃんの胸に顔をうずめて、ミラーズ・レッドのよだれかけで、涙を抑えた。

「遊星くんを誘ったのは、あの崇のバカなのに。本当はどんなにお詫びをしてもしきれないほど酷いことをしたのは……うちの子なのに。ごめんなさい」

 遊星はバカな崇くんに悪い遊びに誘われて、こんな目にあったのではない。友だちと冒険の旅に出て、ちょっと大きな試練に遭っちゃっただけだ。乗り越えるために試練はある。仲間との冒険に出るくらい大きくなってくれたんだ。だまされてついていったんじゃない。

 遊星は私がつくってあげた、レッドのアップリケが入ったリュックを持っている。不死身のレッド。どんな困難に押しつぶされそうになっても、何度死んだと仲間に思われるような局面に陥っても、必ず帰ってくるハヤト。ミラーズ・レッドの力が、遊星、あなたにもちゃんとあると信じてあげたい。
 そうよね。塩屋さん。そうよね。もしかしたら、トイレかも。帰って怒られるのが嫌でかくれんぼしてるかもよね。あそこで大人しくしてないかもしれないわよね。そもそも、あそこにいなかったら、死んでないじゃない。

 ミラーズ・レッドは友だちを絶対に見捨てない。熱い友情がレッドの力。そうだったわよね。だから、美咲ちゃんも、崇くんも必ず連れて帰ってきて。

 いつか、遊星が言っていたことが、セシリアにふと思い出された。

――あのね。知ってる? ミラーズにイエローがなんでいるか?

 ミラーズ・イエロー、ショウスケは、かっこいいミラーズ戦隊の中では浮いている。大きくて、鈍臭くて失敗ばかり。悪気は無いのだけれど、よかれと思って彼がしたことは、しょっちゅう裏目に出て、レッドのハヤトやブルーのミツルのお荷物になる。取り柄は力持ちというだけ。設定も、前面で戦うレッドとブルー、知恵で作戦を指揮するグリーンと違って、特殊車両の『ミラーズ・スペシャル』を運転しているだけだ。同じ非力のキャラクターでも、グリーンのシュウゾウは天才発明家だ。第一シュウゾウは、ちょっと美形の男の子が演じている。

――力持ちが一人いると、便利だからかしら……。

――もう。分かってないな。ママは。

――じゃあ、何かしら。

――ヒントはママだよ。

 大きくて、ちょっとズレていて、便利屋さんで。コミカルなキャラクターで。どこが私だというのだろう。セシリアには、遊星が何を言いたいのか分からなかった。

 ハンカチで顔を抑えていた崇ママに、セシリアは聞いてみた。

「いきなり……ヘンなこと聞いてもいいかしら」

「なんでしょう?」

「ミラーズ・イエローって、なんでミラーズにいるのかご存じですか?」

「え? いきなり……、何です? イエローってあの『スペシャル』を運転しているショウスケのことですよね」

 戸惑いを隠せないさとみに、セシリアは頷いた。

「前に遊星から問題が出されてたんです。いま、なぜか思い出してしまって」

「遊星君はどんな問題を?」

「ミラーズになんでイエローがいるか。『ヒントはママ』ですって……」

 暫く考えていたさとみが微笑んだ。

「あぁ、多分……そういうことだわ。間違ってるかもしれないけれど……」

 思いがけなくさとみが断言したので、セシリアは身を乗り出した。

「安心して帰れる場所……」

 そのさとみの答えに、セシリアは戸惑った。安心して帰れる場所?

 疑問に囚われてしまったようなセシリアに、さとみが助け船を出した。

「あの、テーマソングの五番……ご存知?」

「テーマソングっていうと……」セシリアがちょっと節をつけて歌った。「レーッド。お前はレッド。赤い血潮は熱くたぎる〜って……あれ?」

 さとみが頷く。

「そうそう、それが一番でオープニングで流れる奴。それから二番。ブルーっ。お前はブルー。青い炎 氷の刃っ」

 さとみも軽く節をつける。

「そこまでしか、知らないわ。五番っていうと……ミラーズみんなの分があるの?」

「ええ、もちろん。崇ったらお風呂嫌いだから、それをフルコーラス毎日歌い終わるまでお風呂に浸からないと、次の週のミラーズは見せないことになってるの」

 そう言ってから、もう一度さとみは味わうように歌った。

「イエロ〜っ お前はイエロー 春のお日さま いつもそこに 帰れる場所お前がいるから 俺たちはそこに生きて帰る 俺たちの家 ミラーズ・スペシャル 俺たちの家 お前はイエロ〜」

――あ……。

 セシリアは考えが止まった。いつも遊星をイエロー扱いする崇。我が子が一番の母親としては、大人げないとは思いながらも、ちょっとだけ面白くなかった。越智涼子が断ずるように、崇が悪い子だとまでは思わないけれど、自分がレッドで遊星はイエローというのが、自分勝手だなと思えてならなかった。

 あの質問を遊星がしたとき。何の話をしていたのか、思い出した。遊星をイエローと呼んでいた崇の言葉が耳について、崇が帰宅してから言ったのだ。

――ねぇ、イエローなんて言われて、なんで怒らないの?

 優しい遊星は好きだけれど、やはり男の子だ。強さやたくましさもあってほしい。なのに、面白くもない役どころを押しつけられて『イヤ』と言えない息子が、不甲斐ないと思えたのだ。だから、そう言った。

――ねぇ、ママ。あのね、知ってる? ミラーズにイエローがなんでいるか?

 あのあと、ヒントはママだといった後、遊星はこんな風に言ったのだ。

――崇くんが本当になりたいのは、イエローなんだ。これって凄い秘密なんだよ。みんなにナイショなんだからね。誰にも言ったらダメなんだからね。特に美咲ちゃんには言っちゃだめだよ。笑うから。

 崇くんがなんで? あの子はいつもレッドを取っちゃうじゃない。

――それは一番が好きだって病気だからだよ。もちろんレッドはみんな大好きだよ。でも崇くんがなりたいのは、イエローなんだ。嘘じゃないよ。僕だってレッドが大好きだけど、なりたいのがブルーっていうのと同じさ。夢はあんまり現実離れしちゃ、いけないからね……。なりたいものと、なれるものは別なんだ。

 遊星の言葉はセシリアを仰け反らせた。クール・ビューティーのブルー。冷静な視点をもつ氷の刃(やいば)。遊星がああいう大人になるのは、可愛いピンクになるのと同じくらいに困難を伴いそうだ。なのに……なれるものは別とは、よくもまぁ豪語したものだ。

「崇くんは……、本当はイエローになりたいんだよって、遊星が言ってたの……。ご存知?」

 セシリアが言ってみると、

「まぁあの子ったら。誰にもナイショなんて言って、遊星くんには言っちゃってたのね……」

そう、さとみが微笑んだ。セシリアはその表情に少し戸惑う。

「大きくなったら、ママがいつでも安心して帰れる家に……なるからねって。……いつか分からないけど、絶対になるからねって。今はまだ、ママが僕のイエローだけどって……。可笑しいでしょ? あんな子でも、私には優しいの……」

 そう微笑んだ顔のままで言ってから、思いが溢れ出てきてしまったのか、わっと泣き伏した。

「崇がいなくなったら……、生きて……る、意味が……なくなっちゃう……」

 セシリアは、いつもは、しっかりと伸ばされている、さとみの背中を撫でた。いつもは、きっちりとしたビジネススーツを着こなしているのに、よれよれだ。
 働く強い女性のはずのさとみが、周囲をはばからず泣きじゃくっている。強い女性ひとが、強くあるのは、頼ってくる優しい手があるからかもしれない。
 そして、それなくして、強くあるのは意味が無いのかもしれない。

「塩屋さん。私たちも、崇くんみたいに、頑張ってイエローになりましょう」

「……?」

「安心して帰れる場所がなければ、強いレッドも、迷子になっちゃうでしょ?」

「……。でも、イエローって……役に立ってないん……じゃない?」

「いいじゃない。……役割がないままの有能より、たとえ無能でもちゃんと役が割り振られたほうがいいじゃない。今は、ライダー・プールを救うために頑張ってくださっている皆さんを信じて、待つのが仕事って……、覚悟しましょう。できることがある人に……お任せして」

「ママって……嫌な仕事だわ。私、自分でちゃっちゃと動く方が性に合ってるのに」

「……ママ業のプロは……、待つことのプロじゃないと……ね。植物が育つのをじっと待ってる園芸家と一緒。地球(ジ・アース)の回復を待っている今の人類と一緒。ただ、待つのが、できる最大限の仕事って……そういうときも……あるのよ。きっと。……動ける人は、こんな辛さ……きっと分からない。……でも、これも仕事」

 セシリアの掌のぬくもりを背中に感じながら、さとみは、首を力なく振った。

「私は……小柳さんの強さが……羨ましいわ……」

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★帰宅しました。宣言どおり7/30(水)にリンク入れられました。
 お山歩さんぽでヘトヘトですが、気持ちよかったです♪

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