17.バナナ バナナ バナナ
バナナ バナナ バナナ……。
五体満足のバナナ、ひしゃげたバナナ、潰れたバナナ。
ちぎれたバナナ、バナナの皮。
バナナ、バナナ、バナナ。
目の前には、バナナが一杯浮かんでいた。
俺はバナナが好きになった。
* * *
加速からの解放で、俺は無重力に抱き取られた。
この無重力はカプセルがこれ以上加速できない最高速度に到達したという意味だ。減速したり何かのアクシデントで急停止したら、さっきと反対の前方に吹き飛ばされる。このすき間に固定できる乗客用の椅子を目指して、腕を振って向きを変えて壁に向かった。カプセルシューターは、人も物も運ぶ物だし、元々カーボンナノチューブ内で撃ち出されて一瞬で通り過ぎるものなので座席はないが、体を固定するベルトが壁に仕込んである。何とか体を固定して一息ついた。おら、急停止、いつでも来いや。
カプセル窓も、窓を模したモニターもない。
その知識があるからか、キャッチャーボート越しに感じるよりも、さらに強い拒絶の意志を深く湛えた闇がそこにあるような気がした。宇宙はいつも、ただひたすら厳然としてある。不思議だ。
こんなにも、薄い紙一枚ほどにも心もとない壁一つ隔てて、とてつもなく広い闇がどこまでもあること。そこに、命が溢れている惑星が生まれたこと。命が育ったこと。
ここに至るまでの英知を、何世代にもわたって延々と積み上げてきた。産まれた全ての命が、住み続けることに耐えられなくなった地球。容赦なく牙を人類に剥いた自然。
原初。コアセルベートの海は、生命のゆりかごだった。でも、いつの間にか消えてしまった。
先カンブリア時代。エディアカラの海を満たした奇妙な生き物たち。彼らは今、この世界のどこにもいない。
古生代。カンブリアの海で、命の爆発的な多様化が始まった。バージェスや澄江に化石を残す奇妙な動物たちも、三葉虫の隆盛も、いつの間にか消えてしまった。
デボン紀には羊歯が地表を覆い、石炭紀には巨大な昆虫たちが空を舞った。それらも皆、ペルム紀の終わりに起きた大絶滅で、その多くが突然に消えてしまった。
中生代。鳥が姿を現したジュラ紀。巨魁な骨を残し、その存在を、絶滅を越えて後世に叫んだ恐竜たちが闊歩した、白亜紀の繁栄も、兵《つわもの》どもが夢の跡。K-Pg境界を越えることができた僅かな鳥類を除いて、消えてしまった。
人も……。あの恐ろしい自然の猛威に打ちひしがれて、なくなっていくのが、正しい道程だったのかもしれない。種として、盛衰を繰り返していく、全ての生き物たちと、同じように……。
俺がカプセルのハッチ扉に張り付いたまま完全に浸っていると、加悦さんの声が割り込んできた。
――タカさん、生きてる? 全くジョーったら。
急ブレーキが掛かった。ベルトで固定されていてさえ、背中が壁から剥がれて投げ出される感覚あるほどの衝撃。どうやったんだ?
――ネット張ってたのは褒めてあげるけど、つかみそびれたらどうする気だったのよ。タカさんを、ロスコンにする気?
加悦さんの声が安心をくれた。俺はK-Pg境界を無事に乗り越えたようだ。めでたい。
――大丈夫。タンク満タンだから。
呑気なジョーの声も聞こえる。あれで拾いに来てくれるつもりだったのかと思うと全然、大丈夫じゃない感じたっぷりだ。まあ、ロストは免れたみたいだから、多くは言うまい。過ぎたこと。
――タカさんが、か弱い人間だって、忘れないでよね。
まあ、そりゃそうですが、儚げな見てくれの加悦さんに言われるのは、なんか不本意だ。
――ハーネス着けてからがよかった?
俺は、散歩でうわっついて遊んでる犬ッコロじゃないんだから、せめてセーフティコードって言ってほしかった。
――当たり前でしょ。Handle with care(取扱注意)。Do not drop(落とさないでよね)、Delicate instrument inside(繊細なのが入ってるんだから)、徹底してよね。
加悦さん……、俺を荷物扱いしてるよ。
ちょっと切なくなる。プールは物凄い速度で動いている。カプセルごと、この慣性から振り落とされると……俺は間違いなくステージから降ろされる。多少乱暴でも、キャッチしてくれたジョーに感謝しよう。
「こんなにも命を拒絶している空間。消え入りそうな、か弱い命。何とかキープ」
――タカさん。真面目にやってよ。
えーっ、俺を荷物扱いするのは真面目なの?
「加悦さん、俺、外の様子見たい」
――総合端末ないのに?
「加悦さん。歩ちゃーん、バーゲンのときのあれ、できないの?って、聞いてみて」
しばらく沈黙。
――アースラのとこじゃないし、こっちとの通信はノイジー。デレイもあるから無理。ですって。仮想モニタで我慢できるなら、私とジョーのなら何とかってふざけたこと言ってるんですけど。斉藤一尉って何者なんですか?
「データマン。もしくはトーキングディク」
呆れたような加悦さんの沈黙。スーパーリアルタイプの新人に、何者と言わせるとは、やっぱり歩ちゃんは普通じゃないらしい。
目の前の金魚鉢に、半分透けて映像が被った。加悦さんは宇宙空間だということを嘲るかのように、さっきのタウンウェアのまんまだ。こんなのを見ていると、自分が金魚鉢かぶって、メットとブーツ、グローブをジョイントで密封して、この圧倒的な空間から隔てられていることが理不尽にさえ思えてくる。いいよなぁ。加悦さんたちは。
もちろん、彼女たちだって、ここの慣性から振り落とされてしまえば、宇宙のゴミになるしかない。推進装置をもってるジョーだって、防護服に装備した推進装置にトラブルがおきて動けなくなってしまえば、それまでだ。宇宙は危険に満ちている。
だけどな、人生なんてそんなもんだ。事故、病気。そんなものがアポも取らずに押しかけてきて、完全に適当なタイミングで容赦なく、どこかに押し流していく。その先に別の世界があるのか、単純にすべて終わりってだけなのか、誰も知らないけど。
俺がプールから振り落とされて死ぬのも、カウントは1回。病院や家で愛する人に手を握られての、老衰による穏やかな死だって、カウントは1回。経験豊かなお年寄り連中だって、死んだことだけはない。みんな知らない。
この一点に限って言えば、見事、生き物は全て平等だ。あ、違った。生まれてくるのも一回。この二点ね。それでもらっちまったものは、いつか返す。
俺としては、この一回きりの命を、自分から捨てるということだけは、したくないと思っている。どっかからやってくるほうの死って奴については、自力で避けようがないから考えない。ただ、それだけだ。
もちろん効果音もなく、すいっと画像が変わった。ジョーがでかい例のアームで、(いつもはスカベンジャーボートに乗ってるから、こんな視界で近くから見たことはなかった)カプセルを包んだネットを確保している。カプセルを撃ち出す前に、出口にネットを仕掛けてくれてたってことのようだ。それならこれは。
……あ、二人のアイカメラの画像?
――切り替えのお守りは勘弁してくれ。どっちかに固定させてほしい、ですって。それから、私たちの内蔵通信に寄生してるだけだから、ボスとの距離があいたら画像も通信も切れるよ、と。ええっと、これでも私たち閉鎖系なんですけどね。寄生してるって何なんですか、気持ち悪い……。
「歩ちゃんは変態だっていつも言ってるでしょ。できてるってことは、手出しできたってことだろうね」
言いながら再確認する。歩ちゃんはやっぱりとびっきりだ。ダメもとで映像が欲しいと言ってみた。こんな切羽詰まった状況だ。面倒だし、無理の一言で切られても文句は言えない。でも、歩ちゃんは可能性という余白さえあれば、取りあえず何かやってみてくれる。加悦さんたちへの配慮なんて、簡単にプライオリティの下位に片付けてしまう。
手段を選ばないのは、本人は絶対に認めないだろうけど、あの家庭環境が当たり前に育てた非常識だ。
――私はナビを拾いに行くから、通信の安定のためにはジョーがいいかしら。それとも、私に指示をしやすいほうがいい?
「ジョーに固定してもらって。加悦さん、気をつけて」
ここは迷わなくてもいいだろう。
――了解。ボスも。
ほどなくして、遠ざかっていく加悦さんの姿に映像が変わった。そして世界が回り、するっと中央がちぎれている視点が切り替わった。とぐろを巻いているようなチューブは複数。あの中のどれが目指す中間倉庫なんだろう。
「ジョー、あの中のどれが目指すべき倉庫か分かる?」
――斉藤一尉がナビ投影してくれてるみたいです。何者ですか?
ジョーのびっくりも貰いました。俺たちのタワーはやっぱり飛びっきりだ。岸二佐のところにいるせいで、情報の斉藤と思われがちだ。だけど、俺にとってはまだ青ジャケも着てないときに輝いたドブネズミ、グレースターだ。あいつは役割さえ与えられれば艦隊管制だって統括できる。
それにしてもジョーのカメラはかなり広角だ。180度以上が金魚鉢に映っている。いつもは彼らの視界がどんだけ広いかなんて考えたこともない。この視界で動いてるってことは、そりゃ、いつものあの動きも、さもありなんだ。処理している情報のスケールが違う。
しかも、目標座標とルートガイドまで載ってやがる。
ジョーは、ガイドに沿って進んでいる。俺の入っているカプセルの全体像は距離が近すぎて見えない。だけど、そこに自分がいると思うと不思議だ。
ロボットアームを器用に操作して、短めのチューブに押し込もうとしている。映像としては押し込まれているようだが、その中身が自分というのが、何ともシュールだ。別に抵抗もないし、進んでいる感覚もない。ジョーのアイカメラの映像は、ネット動画くらいに他人事だ。アタマが混乱する。
微かに感知できる振動があった。エアロックの口にカプセルが無事にはまったのだと信じよう。閉まった。しゅっと音を立てたような気がする。もちろん、空気がないから聞こえないけどね。どーでもいいけれど、メンテナンス用のエアロックなどというものは、そこを使用する許可を持っている人をトッつかまえて網膜パターンを読み込ませないと普通は使えないだろう。まぁ、加悦さんは加悦さんだから、何か裏技を使ったのだろう。
網膜の毛細血管パターンは複雑で、経年変化(年をとったら、変わるってことね)で、更新を怠ると本人だって弾かれちゃうくらい厳しいものだ。こまめに更新登録を繰り返す面倒があるかわりに、逆に、とっくに現役を退いた担当者が悪気を起こしたとしても使えないという、そういう面で便利でもある。
どうせ、現役の技術者をあぶり出して、そいつのところへお邪魔して、目玉を覗き込んできた、という辺りが正解に違いない。加悦さんの能力なら、データベースに侵入するのは軽い。彼女のアイ・カメラは、違法レベルの解像度がある。
加悦さんに目玉を覗き込まれて、じっと見返さないでいられる男なんて、多分ほぼいないと思う。
掌紋もそうだ。無言で加悦さんに、いきなり掌を合わせられたら。普通の男は振り払うより先にフリーズするに決まっている。
元はと言えば、俺が手袋装着器なんかに手を突っ込むより、加悦さんにしてもらう方が良いからって、掌紋センサー機能を追加させるという無駄遣いをしたのだ。念のため断言しておく。便利だからであって、変態ではありませんっ。
まぁ、テレビに毒されたジョーの場合、技術者さんが生きていたら本体ごと拐し、死んでいたら、目玉くり抜いて、手首切り落としてもって来かねない感性をしているから、加悦さんの方がマシなことは間違いない。(この前、例のカシスさまが、可哀相な市民の手首を使って、掌紋認識させていたのだ。エグーっっ。子どもにそんなもの見せるな!)
それにしても、とにかく、いろんな物が、いろんなところで役に立つ。こういうのをご都合主義と言うんだねぇ。ああ、俺のムダ使い万歳。
俺のいっちゃんのムダ使いである、ジョーの防護服が目の前に浮かんでいる。この辺で飛ばない程度の常識は弁えて、ちゃんと俺の命綱を握って、プールの慣性から振り落とされないようにしている。
耳元でジョーの声がした。
「また、暗闇にみとれてたでしょ。タカさん。何にもないのになんで好きなのかな」
俺は否定した。
「馬鹿いえ。俺がみとれてたのは、地球さ」
「ぷっ」
噴きだすとは失礼な奴。常識はとんとなのに、そういう制御だけは、上手くなりやがって。俺は面白くない。
ふと視界が変わった。俺が入ってるはずのチューブが見えたと思ったら、物凄い勢いで縮む。小さく。小さく。小さくなる。見える範囲が広がっていく。
ざわっと画像が乱れて、ついに映像が途切れる。
「行ってきま〜す」
姿が見えなくなっても、ジョーの声は耳元に届く。感度良好。
「あいよ。デカイから気をつけて」
「分かってますよぉ」
手袋の中で、指は上手く使えるものではない。実感してみたければ、指先にスポンジをつめてぐにゃぐにゃにした、自分の掌より2サイズくらい上の作業手袋をはめて、ネジだの回してみたり、まめでもつまんでみるといい。できそうでできないストレスの塊。宇宙ではみんな、不器用になる。
解決策は一つしかない。細かいことはしないことだ。因みに宇宙船の運転免許と、宇宙空間作業士とは別の免許だ。ついでに、俺たちの母校、ネオシャンガンの航空宇宙専門学校が、なぜ、航空と『空』を残しているのかというと、大気圏内を滑空できる『大気圏内飛行機運転免許』取得に向けての訓練もできるからだ。
もちろん、飛竜のようなバージシャトル・ライダーは、『航宙』だけでなく、『航空』のライセンスも持っている。ちなみに俺の専攻はMT。『航宙』免許は、大型・牽引まで持っている。『航空』は関係ないので近寄らなかった。
そういえば、バージシャトル乗りは、小型の『宇宙』と『航空』は持ってるはずだけど、微細重力下の牽引の実技、学校でやったことくらい、あるよな……柏木は。
ただのコンテナだって、シャトルの固定金具でセットして一体になって使うのと、牽引とでは難しさの種類が違う。牽引のキモである『アソビ』が凶器になって、シャトルが距離をとれずに、ぶつかって大破する恐れもある。
――ま、今考えても仕方ないか。
俺は考えるのをきっぱりやめた。グッドラック、ジョー & 柏木。
ジョー。あいつは、あの外見と、あのガキっぽさからは図れないほどの、知識と経験を持っている。スカベンジャー・フィールドで5年。しかも、キャッチャーボートなしでの牽引経験も、多分一年以上は……してるはず。俺のボートより余程操作性もいい。
つまり、ジョーにフォローできないなら、世界中の誰にもできないってことで間違いない。大丈夫。ベターを積み上げる鉄則は、外していない。そして、今の俺のベターは、スクールバスのおっちゃんだ。
「ジョーが柏木機のサポートに行ったんですね。ボス……。私が戻って同行しましょうか?」
加悦さんが言ってくる。ありがたいけれど、時間が読めない。打ち上げ時間にあわせて待機するのは、柏木の若鷹やジョーならできるが、制御不能のライダー・プールには無理だ。マスコンの打ち上げがすぐにされないのも、多分、俺がビーコンを突入ポイントから出せると安請け合いしたのを信じて、歩が『待て』をかけているからだろう。
「ビーコンが先だ。管制をあんまり待たせるな」
俺が言うと、加悦さんが少しだけ沈黙した。そして。
「了解……。本当に、無茶しないでね。ボス」
泣きそうな顔をしているに違いない。可愛いっ! きゅっと抱きしめてみたいがカプセルの向こうとこっちだ。スキンシップするには、ちっと遠い。
「行ってくるわ……」
加悦さんのカメラ映像に変わる。お守りはしないと言いながら、歩は通信が確保できるほうの映像に切り替わるようにしてくれたらしい。プールの外壁にぴたりと立っているときの視界。そのまま構造物に沿って歩きだしたのだろう。そのくらいの動き。でも、僅かな上下の揺れがない。間違いなく一瞬の隙間も無く、計算されて制御されつくしている動き。多分、芸術の域にまで達した、スペースウォーク(多分、ムーン・ウォークの数倍かっこいいのだよ)だ。
安全を期してロープワークくらいして、命綱を固定金具にセットすることくらいは、移動前にしてくれているといいんだけど。
加悦さんたちは、宇宙空間で下はマイナス150度から、上は200度にもなる金具を、しれっと手掴みにできるし、アームジョイントの強度は、荷役用のロボットアームと同等。それでいて、器用さも繊細さも生身と同じ。まったく、羨ましいというか、かっこいいというか。
「さてと……。小学生のガキんちょは、お家に帰る時間になりました。スクールバス、発車しま〜す」
俺は口の中で呟いて、エアロックをにらんだ。ちぎれたスポーク状のチューブに押し込められたはずだから、この先は中央部のはずだ。ハッチの向こうがちぎれていたら、俺はめでたくお星さま行きの特急乗車になる。
ここまで来て、行くのやめたと言っても誰も怒らないだろうが(そもそも数人しか俺の行動を知らないし)、ママたちの泣き顔を見てしまったらほっとけない性分なんだから、仕方ない。
軍服に伸ばされるたくさんの手や、軍服に浴びせられる公僕の無策への誹(そし)りは、きちんと無視できたのに、我ながらおねえ様方の涙に弱い性分は変えられない。泣かないでと一生懸命抱きしめた三つ子の魂は、厄介なくらいに健在だ。冷静沈着男の歩が止めないのは、付き合いの長さからくる効率重視の結果なんだろう。俺を止めるために交渉に使う時間より、俺が白黒つけてくる時間のほうが短いって信じてくれたんだろう。
それにしても、ここは危険だらけだ。エアロックの向こうが無事にライダープールの中だったとして、目指す中間倉庫に至るカプセルシューターを間違わずに選ばなきゃならない。そして向うの中間倉庫に着いたらば、中入るしかない。本音としては、できるだけ入りたくない。マス・コンなんかにくらべれば、コロニー内の運送用コンテナなんか可愛いサイズだろうけれど、それでも人間を押しつぶしたりすりつぶしたりするだけの大きさは十分にある。俺は、いろんな死にざまのなかでも、ミンチだけは御免蒙りたい。
「歩ちゃん、ガイドできる?」
俺はダメ元で聞いてみる。エアロックオープン。よし、宇宙空間じゃなくて、構造物内。第1段階クリアとしていいだろう。移動しつつ、頑張っていろんな悲惨な風景を想像しておく。覚悟を決めておかないと、現場での悲惨に直面した時に動きが鈍る。
(頭が潰されてる)
で、現場って言うのは、大概、一番頑張って予測したよりも酷い状況を見せてくれたりするものだ。
(手足が千切れて)
俺は何を目にするのだろう。
(キレイな玉になって浮かんでいる血でできた水玉)
見たくない。
(涙)
見えるわけないか。
(排泄物)
そんなもんを、
(三人分、仕分けして……)
なんて、できるんだろうか?
(内臓……)
まずい、やりすぎたかも。マジで気持ち悪くなってきた。この辺でやめておこう。
えっと、今度は、一番いい風景も想像しておこう。コンテナが空っぽの倉庫。子供たちが浮かんで遊んでいる。
……。
だめだ、想像できない。
――斉藤一尉からの連絡です。出たところのエアロックを起点として、開閉ボタンがついている方向と逆の3つ目。カプセルシューターは使用可能。中間倉庫側のエアロックを開けたら、あとは極悪ピンボール内部だろうから、入る価値がないと判断できたらそのまま戻ってほしい。
亡くなってたら、回収にこだわらないでくれっていう、懇願だろう。
しばし、悩む俺。
「努力する」
――そのまま伝えます。
多分、加悦さんは怒っている。俺の手は自分が出たエアロックの開閉ボタンを探している。明かりがない。カプセルの中は明るいので、なんとなくは見えるが、視界は決してクリアではない。
いいか俺。無謀と大胆は違う。俺がこれからするのは事実確認だ。ヒーローきどりでもなきゃ、浪花節でもない。時間稼ぎの大胆さで、命知らずの無謀じゃねぇ。心置きなく、このスポーク構造が保たれているところを、シャトルを突っ込ませる場所にできるかどうかの確認だ。これでもベターはベターだ。
(生きてたら)
連れて帰るなんて、できるのか? 相手は訓練したことがない子どもだ。
(死んでたら)
命をかける価値はどこまである?
(プールが落ちたら)
ベターもベストも、雲散霧消だ。この熟語のチョイスが合ってるかは、よく分からないけど……。
俺は中央倉庫につながっているだろう3つ目のエアロックにたどり着いた。開閉操作はスムーズ。システムが曲がりなりにも生きてくれているのはありがたい。
(ミンチ。肉。ミンチ。肉。)
俺はお題目のように唱えて、覚悟を決めながら移動した。息があがってくる。簡易スペジャケの換気装置は、機能が弱い。やっぱり、息が……続かない。緊張しすぎて過換気症候群になりかけているのかもしれない。まぁ、この際、死体が一個ふえるのは、仕方ないか……。
(ゆっくり、ゆっくり、腹式呼吸)
俺は嫌々最悪を思い浮かべる。
(血。涙。血。涙。)
あーっ、気持ち悪い……。
「聞こえる? 加悦さん」
――もちろん。
答えは瞬時。
「着いた」
耳元に届くのは、加悦さんの安堵の溜息。
「多分、目標前に到着。開けるのはどうやるの?」
――そこのマムに、命令できると思う。管制(斉藤一尉)に通話つなげる?
「いや……いい。向こうも忙しいだろ」
――了解。中は……コンテナが無節操にぶつかり合ってるはずだから、本当に気をつけて……。
目の前で一枚の扉が開く。俺の位置を正確にここのマザーコンピュータが把握しているということだ。
「もし、俺が死んだら」
オープンセサミ。
――タカさん?
目の前のもう一つの扉。もうすぐこっちも開く。ここからが、正念場だ。覚悟はいいか? えっと、最悪ミンチ。めちゃくちゃ運がよかったら、元気なお子ちゃまたち。神様っ。繊細なボクに、子どもの残骸を集めさせるようなことさえさせなかったら、お礼に毎日、五体倒地拝礼欠かしませんっ! まぁ、スカベンジャー・フィールドに地面があればの話だけど……。
コンテナがピンボールで、俺もミンチで、お星さま。そんなことには、なりませんように。いや、建物の中で死んでも、お星さまにはなれない。どうせなら、エンドロールは広い宇宙に映したい。あぁ、やっぱり俺は、ふざけよう。
「みんなで、宴会でもしてくれっ」
虚勢も、ハッタリも芸のうち。
――バカっ。
耳元で響きわたる、短くキツイ一言。その言葉は、優しく甘えるような声で言ってくれないと、傷つくよと、今度ちゃんと教育しておこう……。
(はあ?)
現実は、いつも単純な人間の想像力を簡単に足蹴にして、もっと意外な風景を、愚か者の眼前に投げて寄越す。明るい。光度十分。目がなれるのに、少し時間がかかる。ゆっくりと、焦点が合ってくる。
その瞬間、数えきれないほどの、黄色くて細長い物体が、犇くコンテナに押しつぶされながら泳いでいる風景に直面した。
バナナ バナナ バナナ……。
目の前には、日頃見慣れたマス・コンからみれば、おもちゃみたいに可愛いサイズの荷運び用のコンテナが、複雑な動きで、ぶつかり合って、反発しあって、引っ切り無しに不快な音をたてている。空気あり。素敵。
でも、潰されてる奴もあるし、ちゃんと形も保っている奴もある黄色いやつ――バナナが、一杯浮かんでいた。
ミンチでも無い。血でも無い。人間の残骸のうんちゃらかんちゃらでない。
キレイで、美味しそうな黄色いバナナ。手を伸ばして、目の前に浮かんだ一つを掴もうとするが、グローブの不器用はつかみ損ねた。つるんっと逃げていくバナナ。
「だから言っただろ。絶対誰かが絶対に助けに来てくれるって」
「ここっ。ボクたち、ここにいるよ!」
「教えてッ。おトイレどーしたらいいっ? もー、限界、助けてッ」
生きて……る?
どこだ?
目を凝らす。コンテナだらけ。そして、どこもかしこもバナナだらけだ。バナナ、バナナ、バナナ。
「だからぁ、ここ。ここよっ。おじちゃんっ! おしっこ」
一つ、扉が開いているコンテナがあって、そいつの両開きの扉は、とっくに千切れて無くなってたけど……、扉があったはずの四角。そこから、小さい体が三つ並んでいるのが見えた。
バナナ バナナ バナナ。
独身、恋人無し、これから可愛い奥さんを張り切ってゲットするっていう、若い(つもりの)男をつかまえて、おじさん扱いする無礼に対して、ちゃんと礼儀を教えてやるのは、ここから出てからの話にしといてやるよ。可愛い、お嬢さん。
嬉しい気持ちは、たくさん浮いてるバナナの色をしていた。だから、俺は、この瞬間、バナナが大好きになった。
