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4.お留守番

 ロスト・コンテナを拾うには、プライオリティーがある。中に詰め込まれている積み荷の貴重度によって振り分けられ、それらが色分けされた点として追跡母船(マザーチェイサー)のメイン・コンピューターの中央立体モニターに映し出される。
 追跡母船は刻々と変化するロスコン(ロスト・コンテナ)の貴重度と分布密度を計算し、一定時間の作業で回収できるコンテナの総額が一番高くなる宙域に、リトルジャンプで移動する。
 広大な宇宙空間を移動するのに、亜空間が利用されるようになって、まだそれ程の年月は経過していない。まず、通信波を亜空間に通すところから試験運用が開始され、それから程なくして、キャッチャー・ボートくらいの小型船をロボット操行させるところまでに、科学者の楽観的予測よりは多くの時間が掛かった。
 さらに有人での亜空間ジャンプ航法がテストされるまでには、技術的な問題ではなく、世論の合意を得るために、もう少し時間を要した。
 それでも、一度、亜空間移動が近・光速移動より(超光速はおそらく実現しないだろう)人体に影響を及ぼさないと証明されると――(『世代をまたがった場合はどうよ』という厄介な問題は今のところ無視されている)――そこからは、一般の人間たちが亜空間移動を(自分たちとはかかわり合いはないものの)当たり前の手段として受け入れるまで、そう時間はかからなかった。

 亜空間からの出現ポイントに他のいかなる物質も存在しないことが、最低限の条件である。そのため、どんな物質も入り込まないよう厳重に管理され、十分な広さを確保した空間を持つ施設――ジャンプ・ステーションと呼ばれる――の建造が、実験成功からさほど間をおかずに始まった。
 この施設建設は、宇宙植民地(スペースコロニー)建造ラッシュのあと、大量発生が懸念されていた失業者の雇用を確保するためでもあったと言われている。

 一方、追跡母船(マザーチェイサー)は、大型客船が使用するような、安全が保証されたジャンプ・ステーションとは無縁の存在である。
 出現ポイントにはロボットシップを先にジャンプさせて質量分布を計測し、そこで得られた座標を「安全」と判断して入力し、安全確認もそこそこに飛び込んでいく。
 今のところ大事故に至った例はないが、それは技術による安全性が確立しているからではなく、絶対数が少ないため、ただ運良く事故が起きていないだけ――という可能性も否定できない。

 リアルの人間であり、加悦(カエ)の上司でもあるチームリーダー・高柳は、この点について深く考えずにいられる、希有なタイプらしい。
 安全の保証されていない業務にも取り乱すことなく、淡々とルーティンワークをこなしている。
 高柳いわく、「今どき『仕事がある』というのは、かなり幸運な部類に入る。文句を言うつもりはない」とのこと。

 人間が生きにくい環境で、誰もやりたがらず、しかも定型業務として成立しにくい仕事――そういう領域こそが、『新人(ニューマン)』たちのニッチなのだ。
 だからこそ、経験蓄積型AIを搭載したリアルタイプ・アンドロイドの自分や、相棒のジョーがロスコン拾いに回されるのは、筋が通っている。リアル・マンがいることのほうが、むしろ異常なのだ。

 それでも、母船(マザー)のメイン・コンピューターが本日のロスコン分布データを解析している間、いつもなら高柳がいるはずの場所が空いているのが、どうにも目に馴染まない。加悦は、思わずため息をつきそうになる。
 だが――ため息は、人造物である新人(私たち)には似合わない。
 加悦は、もう一人の相棒・ジョーを探した。

 人工知能には、いくつかの種類がある。
まずは、解放型と呼ばれるもの。データを際限なく蓄積しつつ、高速で解析・抽出が可能で、しかも自己複製しながらどこまでもデータを溜め込んでいく、巨大なホスト・コンピュータである。
 国家の維持や運営を補佐している、いわゆるマザーコンピュータと呼ばれるものがこれにあたる。もう少し小規模なものでは、市単位の自治体や宇宙船隊の母船などの中枢に、でんと構えているタイプも同じく解放型に分類される。

 次に、閉鎖型と呼ばれるもの。
 どれほど瞬時に物事を判断できようと、どれほど人間らしい振る舞いが可能であろうと、あくまで定められたフローの外へは一歩も出られない、外部プログラム依存型のAIである。いわゆる「ロボット」と呼ばれる類いのものがこれだ。

 そして、経験蓄積型AIを搭載したヒューマノイド。これが思考をする人工知能の基本形であり、人工知能の中で唯一、準人権を認められている存在だ。
 平均的な成人男性サイズの筐体(ボディ)の腹部には――そこが最も容積を確保できるため――人工ニューロンがぎっしりと詰め込まれている。
 トライ・アンド・エラー、自らの経験から失敗と成功を学び取り、人間のニューロンより遥かに強度の高い構造を持つそれらで、本当に人間に近い方法で思考を深めていく。
 彼らを、人々は当初「技術の勝利」として広く受け入れた。

 しかし、次第に人間に近づく思考、育っていく感情、ハードのメンテナンスさえ怠らなければ「寿命が存在しない」事実に、人々は警戒心を抱くようになった。
 こうして、法定寿命が課されるという時代が到来する。

 その後、情熱過多な初期個体のいくつかと、それを支援する一部の人間たちが積極的に行動を起こした。中には人間社会に対するテロ行為や、人命を奪うという愚か極まりない手段に出たケースも含まれていたが――そうした時代を経て、やがて法定寿命は撤廃され、国連憲章のもとに準人権が正式に保障される現在に至る。今、自分たちにあるのは経年劣化による終焉までの、人に比して膨大に長い時間だ。

 法定寿命が課されていた時代には、特殊な器具を使わずとも、総合端末に標準装備されたカメラで読み取ることのできる「マーク」と呼ばれるクリスタル片を、ビンティのように額に埋め込むことが義務付けられていた。
 メーカー名、型式名、シリアル番号から学習履歴まで――あらゆる情報が記録されたこのマークだけが、人造人間と天然の人間を、測定機器を使わずに区別できる唯一の手段だった。
 現在では、『準人(ニューマン)』というややこしいほうの正式名称が定着し、人権擬きをきちんと確保するに至ったことで、マークの表示義務は撤廃されている。

――だけどねぇ……。

 加悦カエは思う。
 新人ニューマンのどこが不満だ?
 相棒のジョーは、マークを外して久しいが、自分は意地というわけでもないが、付け続けている。機械であること、そして機械でしかないことに、なぜそこまで鬱屈する必要があるのかまったく理解できない。

 人間なら、考えただけで尻込みするような――高柳のように想像力が欠如しているタイプは別として――絶対の無を基本とする空間に、たった一枚の薄っぺらい壁にだけ守られて投げ出される。
 そんな、生物にとっては過酷極まりない環境で、平然と仕事ができるのは、人間の手が届かない領域を自由に羽ばたく人工生命の特権に他ならない。

 空気がないことも、凶悪な放射線(宇宙線)も問題にならない。
太陽フレアによって抜き打ちのように放出される大量のX線であろうと、高エネルギー荷電粒子であろうと――そよ風と大差ない。
 フレアが観測されたからといって、即座に母船(マザーボート)へ逃げ込むような不便さとは、私たちは無縁なのだ。

(本当に、こんな場所こそ――私たちに任せてくれればいいのに)

  軍が何を考えているのか、加悦にはよく分からない。
 彼女だって、現場に投入されるまでは普通に教育を受け、多くの生身の人間と触れ合ってきた。
 高柳は一見、普通の男性型の人間でしかないが、常に合理的な考えをし、また、徹底した現実主義で、思い悩むことが今日のルーティンをこなす上で役に立たないと判断すれば、まったく忖度そんたくしないでいられるという、希有な能力の持ち主だ。

 普通の人間は、群れることが本能的に好きだ。
 だから、絶対無の空間の闇に一人放り出され、何の支援もなく、加悦とジョーという紛い物の人間擬きだけをあてがわれ、無意味にすら感じられるような仕事に、そもそも同意しないだろう。
 この、生物にとって過酷な職場に、これほど平常心で勤め続けられることは、異能と言っても言い過ぎではないと確信している。

 どんな局面でも取り乱すことがなく、しかも徹底した楽天主義。楽観主義と冷静な現状分析能力を併せ持つ人材は、おそらく軍という大きな塊の中にあっても特異で、優れた存在になり得るだろう。
 それが、こんな閑職に押し込められていることを、勿体ないと思わないのだろうか。
 宝の持ち腐れというのは、このことだ。

「加悦さん。着信(コール)です。また、さっさとタカさんに戻ってこいって言う追い出しですよねぇ……」

「それ以外にないでしょ。『可及的速やかにサンガ基地に帰投きとうせよ』って命令を二週間放置してるんだから……。タカさんなんだから、ジョー……出て」

「加悦さん……。着任順で貴方あなたのほうが上官なんですから、たまには出てくださいよ。言い訳もネタがつきました」

「でも、タカさんはここに居ることになってるし、マトモな環境でGアップしたいって、ジョー、貴方に成り済ましてサンガに帰っちゃってるのよ。だから、ジョー。貴方がタカさんの振りをするのが合理的よ。私は携帯端末のデータすり替えをマザーに確認するし……」

「マム・スカベンジャーはタカさんの指令にはちゃんと従いますよ。加悦さんが監督してなくたって……」

 マム・スカベンジャーというのは、この仕事を卑下しているのか、韜晦とうかいしているのか、プレデター連中が揶揄やゆする言葉をことさらに好んで使う、リーダー高柳が母船のマザーコンピュータにつけた愛称だ。
 普通の感性なら怒ってしかるべきだが、マムは感情というものとは徹底的に隔たっているので、面白がってそう呼ばれようが、尊敬を込めてそう呼ばれようが、貶められてそう呼ばれようが、まったく頓着しない。

 このチームのリーダーとして登録されている高柳の声紋で『呼びかけ』られれば、本部からの強制命令と三原則に反することを除いて、その命令を基本的にこなす。あれこれ思い煩ったりはしない。

 たとえば、高柳が防御なしで在室しているとき、操船室(キャビン)の酸素濃度をゼロにしろ、というような彼の生命維持に適さない命令があったとしても、実行することは決してないが、
 「重力環境に定期的に触れていたい」といった理由で高柳が『簡易重力室ごっこ』を命令しても、それを止めたりはしない。

 『簡易重力室ごっこ』とは、高柳が考案した、めちゃくちゃ単純な仕掛けのことだ。一応、人工重力を遠心力で作り出す理論を参考にした――と本人は言っている。
 しかし、その実体は思いつき以外の何物でもない。自由時間および休養時間として許可されている24時間のうちの、12時間以内に収まる数時間を使い、母船のキャッチャーアームに、高柳の愛機クロンをキャッチングネット素材でもあるダブルウォール・カーボンナノチューブ製の縄で繋ぎ、文字通り振り回して加重するという、かなり乱暴な方法だ。
 彼が自己申告するところのその目的とは、一応有G環境に棲息しているはずの未来の奥さんと、健全な生殖活動を営むための筋力維持というフザケたものだ。一人前の社会人になるため軍に身売りはしたが、生き物として存在する以上、基本的人権の一つである妻帯する権利は放棄してない……とのことだった。リアル・マンの基本的人権に『妻帯する権利』があったとは、記憶の量と検索精度では人間とは完全に異なって抜群の加悦をして初耳だ。

 もっとも今回の高柳の3週間でテラGアップという無謀にしても、普段から『重力室ごっこ』をして耐G能力の維持を心がけ、ちゃんと骨を強化するカルシウム・サプリや赤血球増加剤を服用していることを知らなければ自殺行為だと加悦が止めただろう。
 普通は宇宙人に任命された時点で、重力環境にいつでも戻れる状態を維持することを諦めるだろう。学生時代の友人たちや、ネットを経由したチャット・ゲームなどで隙間時間を埋めたり、映画をみたりするのが大好きな高柳を見れば、彼がいわゆる『人恋しい』タイプだと断じていい。その基本的性向と、どこまでも孤独な現実を簡単に馴れ合わせることができるのだから、大したものだと本当に思う。

「加悦さ~ん」
 ジョーが情け無い声を出す。コールは鳴り止まない。

「ほら、ちゃんと言い訳しないと、マザーに強制帰還プログラム転送されちゃうわよ。タカさんが『3週間くれ』って言ったんだから、なんとか頑張って誤魔化しましょうよ」
 帰投命令が出たとき、高柳の決断は速かった。ジョーに成り済ましてサンガに密入国して、多少でもマシな状態に体を持っていくと……、即決だった。必要を直感したときの迷わなさも、加悦にとっては心地よい。高柳が3週間と言ったからには、恐らく必要にして最低限の期間なのだろう。
 ゼロG仕様の人間でなくても、生身の人間がテラ・マスドライバーで打ち上げられて、まぁ、無事で済むのかどうかは分からない。
 けれど、準備を整えているのだから、タカさんは命令拒否はとりあえずするつもりがないのだろう。けれど、加悦が考えるに、大気圏突入の時に乗員に加わる一般的なマックスGは『7』しかも数秒だ。そのあと数分間の3G。ここいらが生物的な限界だと思う。これっぽっちのGに耐えるのにだって、特別頑健な人間でないと難しいのだ。
 自分は、真面目なタカさんの無事を人間のことを愛する神様にでも祈るしかないが、生還へのパーセンテージを少しでも上げようとする姿勢は、簡単に絶望するひ弱い人間が多い現実に照らし合わせても瞠目に値すると思う。
 長時間を稼ぐことが難しいと判るからこそ、少しでも期間を長くとりたいはずなのに3週間で妥協した。この絶妙な見積もり加減もなかなかだと思う。
 高柳は、こういうときに直感が働くらしく、全然迷わないのだ。指令がきて3分ほど腕組みをして目を閉じていた。あの時は加悦から見て上下が逆転していたので、どちらかというと深刻には見えなかったが、目まぐるしく考えを巡らせていたのだろう。珍しく3分も黙った挙げ句、目を開けた時は悪戯を思いついた子どものような目をして、ニタっと笑ったのだ。

――ジョー。携帯端末交換してくれ。あと、悪い、俺のフリしててくれ。
――マム。俺の位置情報をジョーにターゲット。俺の身体特性をジョーの端末に転送。
――加悦さん。3週間、なんとか時間ください。

 女好きを誇らしげに自慢する高柳は、男性型(メールタイプ)のジョーをアゴで使こき使うのに全く躊躇を感じないらしいが、女性型(フィメールタイプ)の加悦には、丁寧で優しく振る舞うのが常だ。生殖というものは加悦にとっては意味がないし(行為の真似事ならできるが)、ホルモンバランスで脳の思考パターンに女性型が現出しているということもないが、高柳に女性として扱われるのは、嫌いでない。

――タカさん。どうなさるんですか?

 加悦はボスである高柳には敬語で話しかけることにしているので、そんな聞き方になった。高柳は飄然と答えた。

――無申告で有給休暇の消化。生存率上昇のためのGアップトレーニング。あと……。

――あと?

――配偶者探し。ライダーだもん、たまには突っ込みたい。

 加悦が高柳を(もちろん軽くだが)殴ったことは、言うまでもない。

――暴力反対。子孫繁栄への衝動はDNAからの強制命令だ!

 高柳が訳の分からない雄叫びを上げていたことも、一応、補足しておく。

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