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20.通信断絶

「頼む、早く飛べるようにしてくれ。遅すぎだ……」

 イライラと口にした飛竜に、メカニックのオヤジがチラッとだけ視線をよこしてから、わざとらしく肩をすくめた。

「竜ちゃんが、ウェイティング・レーンで考えなしに緊急脱出装置なんか使うから、手間がかかってるんだろうが。飛べる状態に全部きちっとしておいたのに、要らん手間増やしやがって、まったく。いくら補償金の請求が来るか楽しみだな。おい。御曹司だからって、調子に乗るのも大概にだろ。しかも、もう一回速攻で飛び出したいなんて、我が儘すぎるぞ」

 飛竜はにっこり笑った。

「今までウチのお金を持ち出したり、使い倒したりしたことがないからね。ここらでちょっと、正当なる放蕩ほうとうをしてですね、ドラ息子を持った苦労をオヤジに教えてやりたいと」

「昔々、シャトル一機母校にくれてやったのは、お前さんだろが。今度は何機吐き出させるやら。ランニングコストは掛けさせねえ癖に、たまの一発がデカいんだよ、竜ちゃんは」

「霧島の株あげたんだから、ペイしただろ。まだ一回も松ねぇに殺されてないし」

「相変わらず馬鹿言ってら。真面目な翔ちゃんとはエライ違いだ。あっちはもう、おじさんが引退してすぐ四本線(船長)だろ? 竜ちゃんがライダーなんて止めて経営に興味をもってくれるか、もちょっと安全な現場に行けば、オヤジさんだって少しは妥協するだろうに。五人も育てといて経営に興味を示すのは姫ちゃんだけで、あとは揃いもそろって家業に興味なしじゃぁ、気の毒だ」

 まあ、そりゃそうだけど、今どき五人も姉弟がいるのが、そもそも勘弁してほしいくらいだし、名付けルールは至っていい加減。プラム姉さんがいなけりゃ、俺が梅男だったのは八割堅い。

「最近は、竹ちゃん、梅ちゃんに会ってるか?」
「またあ、プラム姉さんに梅ちゃんなんて言ったら、蹴られるぞ」
「梅ちゃんは、梅ちゃんだろ? 竜ちゃんのキリーさんと同じくらい、寒いぞ」

 先ほどから、せっつく飛竜に気を取られるこはともなく、せっせと打ち上げ前検査を実施している一団を監督する目は、しっかりその方に向いたまま、のんびりと世間話を振ってくる。そういう気分じゃないんだけどなぁ、と、飛竜はれそうになる。でも、これも多分、はやっているのが見え見えな自分を、落ち着かせようとしてくれているんだろうと思えば、ありがたいと思うべきなんだろう。
 彼は霧島運輸のシャトルのメカニックをずっと担当している、整備会社のぬしである。背中に松か苔が生えてそうなこの男は、飛竜がオムツをつけているころからの知り合いだ。霧島うちと切れれば即、日干しになるはずだが、唯一無二の得意先の息子だったとしても、遠慮などは欠片かけらも見せない。

 飛竜にしても、彼が監督して整備されたシャトルに乗ることが当たり前で、もちろん信頼感は絶対で、ついでに小言も文句も聞き慣れている。

「だけどさ、こんな阿漕あこぎなことを考える奴とつるんでんのは、竜ちゃん、いただけねえぞ。下手打ったって奴だな。九割方落っこちそうなプールの、変わんねえかもしれねえ軌道修正に、よりによってウチのシャトルで突っ込むこたぁないだろ……」

 止めたそうな口ぶりの割りに、メカニックたちをあおって、なる早(なるべく早く、死語か?)で打ち上げ可能な状態にもっていけるよう頑張ってくれている。プールに閉じ込められている多くのライダーが乗るシャトルを、世紀の半分以上の人生の、ほぼ八割費やして整備してきた男なのだ。若い彼らがプールごと燃え尽きるのは、見たくないんだろう。

 それでも可愛がっている飛竜じぶんが命を張ることにも、釈然としないものを感じてくれているのだろう。

「ありがとう。でもさ、俺、柏木あおっちゃったしな。それに心配かけてごめんだけど、こいつでコロニーに胴体着陸なんてやらかせるの、この機会逃したら、一生ないと思う。しかもシャトルをお釈迦にしたところで、松ねえに殺されないで済むって、どんだけレアだよ……」

「そりゃ違いない。まあ、分かってるよ。言ってみただけだ。竜ちゃんが、行くの嫌だって骨がないこと言いやがったら、きっとケツたたいてるさ……。柏木君が一番手で突っ込むんだって? まったく、誰だ、プールにシャトルぶつけろなんて、とんでもないこと言いだした奴は」

「まぁ、普通は考えつかないよな。でも、まあ、いつもとんでもないことを考える奴がいるからなぁ。でもって、それよか始末に負えないのは、できるようにできちまう変態がいるってことで」

「何だ、その知り合い。まさか、学校の事件のときFDDの寺門てらかど張り倒して、竜ちゃんにカミカゼさせた奴らか? 全く……、軍人なんかといつまでもつるんでるから、ろくでもねェことに巻き込まれるんだろ」

 タカにしろ、あゆむにしろ、軍人という規範からは相当ズレているが、まぁ、ここで説明しても分かってもらえないだろう。

「本当だ。友達は選ばないとな。命あっての物種ものだね、これからは気をつけるよ」

 飛竜は思ってもいないことをあっさりと口にした。

「全く、お前の口は、どんな作りになってんだろうな。そんなとこだけ、親父さんそっくりだ」

 全て見透かしているんだから、口にしなければいいのだ。全く、うるさい年寄りだ。

「1回のローンチタイムで1台こっきりだ。お前さんのは、次にしていいか?」
 ハイハイ、考えなしに松ねえのとこに緊急直通通話したくて、飛び降りた俺のせいですよね。運転席から繋げようとすれば、タワーを説得して、手続き踏んでと時間を食ってしまう。いつでも最短距離で好き放題できるし、やるかやらないかは良心の物差しだけっていう超反則野郎の歩が羨ましい。ま、あいつでも運転席からは無理か。

「あぁ、そいつは、ぶった切っちまえ。押し込めるなんざ手間だ」
 いきなりのがなり声。

「だって、おやっさん、これ、緊急脱出用ですよ。これ整備してないと、打ち上げ許可、出ませんよ」
 ごく真っ当な返し。

「大丈夫だ。竜ちゃんには軍のお偉いさんがついてるから許可は出るさ。ウチの管制タワー連中は、お役とられちまって面白くないだろうよ。片鎌十文字はいいシャトルだけどなぁ、多分、今日が整備納めだ。可愛がってやれ。脱出装置は地球ここ専用だ。今回のラストフライトには要らねえよ。万が一、ヤバイことになっても、竜ちゃんは緊急時の、とんでもEVA(Extravehicular Activity、船外活動のこと)は経験者だ。何とかするだろう」

 うえー、このオヤジ、完全にネタにしてやがる。

 忙しそうに作業していたその青年が、驚いたように手を止める。

「えー、そうなんですか? キリーさんって多才ですねえ……」

 そこ、額面通りに取らないでほしい。

「でもって、整備納め……って……」

 こんなとき、オヤジさんは丁寧だ。自分が知っていて、若造が知らないことなんて、山ほどあるっていうのは、あったり前だと無条件の確信があるんだろう。だから、若手は聞くのを躊躇ためらわない。だから、彼らは経験してないことの知識を吸収していける。

「プールに突っ込むんだ。船体がガタガタになる。宇宙でへなへな飛んでるだけの船なら整備して使えるだろうけど、再突入(リプランジ)は無理だ。空中分解しちまうよ」

「キリーさん。……大丈夫なんですか?」

 青年が心配そうに聞いてくる。飛竜はにっこりと笑って見せた。

「俺の愛機、片鎌十文字はこれが地球の見納め。華やかなるラスト・フライトだ。あぁ、さらば俺の愛しき片鎌十文字。松ねえと、極悪人の直通会談お膳立ぜんだてもできたし、きっと松姉が、国か軍から見舞金か補償金をふんだくると思うよ。俺の誕生日も近いし、この際、ぴちぴちのお嬢さんを買って貰うよ」

「いいんですか? 霧島のオヤジさん、また、とんでもない名前つけてきますよ。カニカマが懐かしいって、来年あたりぼやいてるキリーさんが見えましたよ、今」

 その時、飛竜の携帯端末がぴょろんというような妙な音楽を鳴らした。画面をみると、斉藤歩からの着信になっている。

「悪い、ちょっと失礼。どうした? データマン」

――タカと通信が切れた。

「……なんだって? あいつは、プールでファストエイドか避難誘導でもしてるんじゃなかったのか?」

 珍しく斉藤が即答しなかった。音の空白が耳を満たした。大気圏突入時が通信に適した場所でないことは、アポロの昔から誰もが知っている。プラズマのせいで起きるブラックアウト対策が進んだ今も、通信アンテナの劣化でブツブツ途切れるなんてのも、特にウチみたいな民間機では珍しくない。
 でも、この間は、多分沈黙だ。歩、頼むから、トーキングディグのくせに、黙るなよ。不安になるじゃないか。
 続きを促そうとしたとき、歩が話題を変えた。

――お前も、小学生たちのニュース、聞いてるだろ?

「もちろん。あの、押し上げろ、のだろ?」

――人殺しを極力避けたかったら、筐体ハコ以外で本体にガッツリつながったところに、つっこみたいだろ? お前だって、多分……。

「そりゃあ……、もちろん」

――カプセルシューターは、中央部が破損した影響で半壊だけど、そこを奴らの仕事道具ダブルウォール・ナノチューブで繋いで目標にすれば、居住区を壊すパーセンテージはかなり下がるだろ?

「そりゃあ、そうだろうな。で、柏木の若鷹がターゲットポイント変更したっていうのは聞いた。なんでも、タカの野郎、ビーコン立てられるって豪語したんだろ? 柏木がビーコン誘導でプールにダイブするか、マニュアルで突っ込むか羽目はめになるのか、賭けの対象になってるぜ。オッズ知りたい? 一口のる?」

――ライダー連中ってのは、全く。仲間が命かけてる時まで、そう来るのか。残念だな。今から賭けに乗るのは八百長になっちまう。結果出てるから教えてやるよ。ウチのレーダーモニタに、くっきりVビーコンの輝線が映ってる。マニュアルに賭けた奴が負けだ。

「なんだって? じゃぁ、俺、負けじゃん」

――タカに賭けなかったのか。友達甲斐のない奴だな。

「奴のマジックだって、たまにはスカるかもしれないだろ。一度くらい見たかったのになぁ。それにしても、どうやったんだ?

――いつもの端の端だ。ナビのガイドユニット、外して使えるもんらしい。確かに、そう書いてあった。
 読むのは苦手だと、マニュアルを音読させて、知っておいたほうがいいとアンテナが立ったところを覚えてしまう。頭がいいんだか、悪いんだか、今ひとつ判別しがたいタカのやり方。それが、たまに大当たりを引き出す。だから、持っているとしか表現できない。
 歩のようにイスにふんぞり返って支配するんじゃなく、物理的に外して持っていったとは恐れ入る。

「へー。それにしてもよく知ってるよな、またか。で、じゃあ、あいつと通信できないってのは、設置のあとミスってプールから落っこちたってことか?」

 プールから振り落とされていたら、あやつを回収に行く手段はほぼない。

――……例の子供たちの、お迎えに行った……

 だが、斉藤の口から漏れた言葉は、飛竜の想像を軽く吹き飛ばした。

「アホか? 可能性ないだろ」

 怒りに似た感情が、飛竜の胸をざわつかせた。

――タカだぞ。

 身も蓋もない、歩の一言が、そのざわつきを一瞬でなぎ払った。

「ああ……、そうだった。掛け値なし、百パーセントのアホだったな」

 納得するしかない。あいつならやりかねない。

――柏木機の後続シャトルが心置きなく、突っ込めるように、だと。奴は……ガキどもをお迎えにいっちまった。

「……そんなに理由でか?」

――タカの奴、何もかも俺に丸投げしていった。事故トラブルか故意かは分からないが、奴の受信装置は、今、生きてないんだ。ただの通信装置の故障なら良いんだが。

 あの馬鹿が……。飛竜は思った。
 ゼロGにいきなり曝されると、人間は背骨の骨と骨の間が伸びて身長が伸び、腰痛に悩まされたり、血液や体液の分散で上半身がむくんだりする。体液変化で酔っぱらった状態になってしまうのは、よく知られたトラブルだ。

 コイツが有Gに帰るとき、血液が上半身から下半身に一気に流れてしまう。Gショックとは、これが激しく起こって意識障害まで引き起こしてしまった状態のことだ。

 そんなこんなで、テラGからゼロGに一気に持っていかれた直後は、誰だって体も痛むし動きだって鈍くなる。それはゼロGに慣れている高柳だって、数日間のテラGにいた直後なのだから同じなはずだ。

 体が動かしにくいということは、つまり、レスキュー活動なんかには向かない状態だってことだ。プールの中間倉庫にいる子供たちを迎えに行くというのは、ルートが確保されているなら、まだましだが……。

「プールの中は、通れるのか?」

――無理だ。緊急遮断壁がおりていて、細かく区画分けされてる」

「あの馬鹿がぁっ。ゼロG移行直後の癖に、EVA (船外活動)したのか? プレブリーズ(減圧前呼吸)の時間はねえはずだ。正気かよ」

――あ、そこまでトーシローしてないよ。酷いな、飛竜。奴の新人ニューマンの部下に来てもらったのが間に合ったから、ビーコンの移動は彼らの仕事だろうな。

「ま、そりゃあ、そこまでじゃないか。でも、何でそんなこと……、優先するかね、よりによって、今」

――多分、お前さんたち、突っ込む側の気持ちに配慮したんだろ。ボディバッグも準備して行ったみたいだからな……、生存してるかどうかではなくて、中間倉庫から子供たちをどかして、お前らが突っ込みやすいように……。

「んでもって、ヤツまで動けなくなっちまったら、俺はガキどもだけじゃなくて、ガキどもとタカに突っ込む事になるよな」
 歩に当たっても仕方ないが、怒りをぶつけやすいんだから仕方ない。

――思いつきのタカだ。その辺は諦めるしかないだろ。

「勘弁してくれッ」 

 飛竜の叫びが、斉藤の耳を直撃した。斉藤は、目を閉じて苦痛に耐えた。飛竜たちのために動こうとしたタカの気持ちを、非難したくはない。だけど、タカがいる場所に突っ込まされることになっちまったら、飛竜の苦痛は見たこともない子供たちの体を破砕する以上のものになってしまう。それでもタカのことも分かっている。止めることはできなかった。こうなったのは、ただのあったはずの可能性のひとつだ。同じことがあっても、やはり自分は止めないだろう。斉藤は固く拳を握りしめて思った。

――とにかく、時間は限られている。プールが本格的に加速し始めたら、修正は不可能だ。次にローンチできる時間がきたら、必ず送ってくれ……。タカのことは、覚悟もしとけ。

 言いたいことだけ言って、歩から一方的に通信が切られた。

(死んだのは通信だけだろう? タカ)

 飛竜は、口を噛んだ。

     * * *


「タカさんっ。返事して。なんで……なんで出てくれないのよっ」

 高柳が入っていったのは、コンテナが大挙してぶつかり合っている地獄だ。そこに入ったところまでは通信が生きていた。

 そのあと少しして、ジョーと馬鹿らしい話を始めた。あの女の子と、柏木機長の非合理な(人間的な?)やりとりの野次馬モード。タカさんのバカ、忙しいって言ってたくせに。

――ザキおねえさんの、突っ込み一番手、柏木機長へのエール。
――くれ。

 これだから、ウチの男どもは。

――ボスっ、細かい話は後あとでーーっ
――それは丁度良かった。俺も忙しい……

 やっと、まともな会話が聞けた。私もやることが多くて、注意点もそれなりに多かったし、確認を後回しにした。だから、タカさんがジョーと話してないんじゃなくて、通信が生きてないのに気付いたのは、しばらくしてからだった。

 まさかと思いたいが、高柳にはおっちょこちょいなところがある。

 バラバラの子供を拾おうとしていたら、その難易度はおそろしく高い。そうでなくても、下手にテラGアップしている直後だ。いつものゼロGの動きが自由にできなかったのかもしれない。

 ただ、あの人は集中したいときには、通信を勝手に切る悪い癖がある。その度に何度も怒ってきた。今回もそれだと信じたいけれど、これだけ繋がっていることが大切な局面で、彼が長時間そうするとは思えない。
 コンテナに押しつぶされる高柳。千切れて、すりつぶされていく高柳。悪い方の想像ばかりが加悦を苛んだ。

「ジョーっ。さっさと係留つないじゃって。私、タカさんのとこ行きたいんだからぁっ」

 ジョーの周波数に合わせて、加悦は大声で怒鳴った。

――タカと連絡が取れないのか?

 怒鳴った直後、斉藤一尉の声が割り込んできた。加悦は口調を対外モードに変えた。

「高柳三等宙曹は、集中したいとき通信を切る悪い癖があります。でも、今回の局面で長時間そうすることは考えられません。通信機器の故障だと信じたいですけれど、確認しに行きたく思います。若鷹二号が目標地点に到着した後で、ビーコンを次の地点に移動するように言われています。優先する行動の指示をお願いします」

 加悦はゆっくりとしゃべっている。落ち着いている。先ほどのやり取りとは全く別人だ。でも、彼女が焦っていることは、漏れ聞こえた通話で痛いほど分かっていた。

 女性型なら、新人ニューマンにまで受けるのか、あの男は。斉藤は苦笑する。本当に、タカは女にもてる。問題は、あいつが女のことを一番に考えちまうせいで、自分みたいな男と一緒になるのは可哀相だと、意識の深層で、無自覚の判断が働いているとしか思えないってことだ。

 それに、女性からしたら、自分だけが好きなのではなく、女であればとりあえず好きというのはきついだろう。あの無節操さを許容できるだけの度量がないと、やつと付き合い続けるのは困難だろう。

 岸二佐も今回のタカを見ていれば、事が収まったら、もう一度スキルズ・リストに(しかも、本格的に)ヤツを組み込もうとするだろう。気の毒に、あいつの独身はもうしばらく確定になったな。

 下らないことを考えつつも、斉藤は腕組みをして、しばしモニタ画面をにらみ付けた。

 プールの軌道計算はここまでの想定の範囲では終わらせた。あと十一、二機のシャトルを当てる場所として、(しっかりくっついてるから使いたいとしても)タカがいるところをよけるのは、ナビリンクのビーコンが使えるなら難しくはない。問題はシャトルの調達と時間との勝負だ。

 霧島は、後から金銭補償を全額まで行かなくても必ず七割以上、保証してくれれば動くと言ってくれた。ここの空手形は、自分レベルで切ったところで、霧島松姫姉さんは動かない。飛竜が、プールに居残っているなら、まだ情に訴える技も使えただろうけれど。
 まあ、そっちは岸二佐金玉オヤジを引っ張り出して繋いだから、どうにかしてくれるだろう。
 完全協力を得られたとして、貨物満載で地上打ち上げ待ちの霧島機で時間内確保ができそうなのはいいところ3機。一度のローンチ(打ち上げ)タイムで、確実に上げてもらえるとしても、それをプールの周期と合わせて、プールプランジさせる時間も要る。質量的に乏しい、空荷からにの帰還待ちのシャトル。ウェイティング・レーンにいるのと、係留されているのをかき集めれば、頭数は足りる。霧島外との交渉もついでに岸ニ佐に、地上タワーとの連絡は堂本に。プール・タワーへの指示は、ここのホストコンピュータに直接指示を出している状況だ。
 他社との交渉に、どこまで「押し上げろ」が効くかは分からないが、できることを最大限に進めるための、スパイスくらいにはなっているだろう。

 かき集めたところで実効性があるのか、シャトルをカミカゼに使っても質量的に足りるかどうか。むしろ、地球に落下して命を失う頭数を増やしているだけではないか。人の命を扱うときに、もれなく手は震えそうになるが、今回は、まだ倒れる気配はない。大丈夫、自分だって少しは成長している。

 でも、すぐ使える、重いヤツは、本当にいないのか。見落としはないのか。重くする方法は?
 どうする? 周回軌道でプランジ待ちのバージシャトルを総動員できるとして、何機いるんだ? 非常時のために乗り組んでいるライダーの全員の、同意は引き出せるのか。運転手さんを脱出させたとして、彼らが生きてるウチにレスキューできるはずもない。安全圏にいる人に死ぬ確率が高い仕事を強制はできない。それができるのは、ウチみたいな、極道組織だけだ。タカのところを悠長に避けることも無理になるかもしれない。

 今はプールの軌跡が実線で点灯し、予測軌跡が破線で点滅している。その横に大気圏に予測突入時間までの時計が、カウントダウン表示してある。

 三時間五十九分二十一秒。

――帰ってくるのが遅いと思ったら……、迷わずぶつけろ。

 あの時、斉藤は同意した。そうさせてもらうと。しかし、それは、こういう事態を想定して言ったのではない。あくまでも高柳に発破をかけるためだ。

(言えるのか? 俺に。生きてるかもしれないタカの隣に、飛竜に突っ込めなんて)

「直接のラインには無いが、実質、私が今回のミッションの統括となっている。よって高柳三等宙曹より上位と判断するがよろしいか? キャッチャーズクルー加悦」

 斉藤の言葉に加悦は即答しなかった。しかし、斉藤は答えを待たずに指令を飛ばした。

「可能な限り早急に、貴官の直属長の安否確認をせよ。以上。確認を求める」

――あ、ありがとうございます。斉藤一尉。感謝いたします。

(ふん。新人ドールの感謝なんかいるもんか。ヤツとの付き合いは俺の方が長いんだよ……)

「了解と認識した。即刻、行動を開始するように……」

 斉藤はもう一度深く溜息をついた。タカ……。お前は何をしてるんだ? 無事か?

 斉藤はゆっくりと自分の携帯端末に手を伸ばした。指が飛竜を呼んだ。

――どうした? データマン。

 いつもの飛竜の声。ほっとする。

「タカと通信が切れた……」

 飛竜が息をのむのが分かった。

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