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13.人非人――ひとでなし

 トークショーは、どこの局もその話題が沸騰しているらしい。

 ライダー・プールは働き盛りの肉体派野郎ばかりが濃い密度で棲息する、飛竜のパラダイス。俺の悪夢。それで間違いないはずなのに……。子供がいる。それも三人も。

 「プールは吊れない」とか「押し上げ無理ゲ」とかのあおり文が、冷静な専門家のコメントを彩る切り抜き動画。
 「無人じゃありません」「うちの子を殺す気?」と、リアルタイムでトークショーに乱入した親が訴える、その瞬間を切り取った動画。そのどちらも絶賛増殖中だ。
 親自身が子供を特定できる情報を出したその瞬間は、さすがに放送局の見逃し配信からは削除されているが、何を考えているかいまいち不明な動機による拡散が進み、三人の子どもの写真や動画がばらまかれている。

 中間倉庫がクラゲなのか、それともまだ繋がっているのかも、子供たちの生存率に影響するだろう。

 まぁ一般常識的にいって、ライダープールが千切れるなんてのが、そもそも悪い。そんなとき居合わせるなんて、狙ってるのか問いただしたくなる、いるはずのない子供たち。千載一遇の万倍くらいの確率で居合わせた俺。

 こんなもんを吊れないのは確かで、にわかにもてはやされているワードが「押し上げろ」だ。「誰が、どこに、何を使って」が抜け落ちている。タイムリミットカウンターなるものまで出ている。

「歩」
「……何?」
「お前さ、ここ乗っ取って、遮断壁、開けられないの?」
「……やろうと思や、できるけど。必要あるか? 避難ルートがあるならともかく」
 くー、この歩ぶし、久々に聞くとたまらん。やろうと思やできるって、どんだけだよ。
「飛竜がシャトルかき集めるのって、三十分やそこらじゃ無理だよね」
「……多分」
「このタイムリミットカウンターと、お前の計算、違うだろ?」
「こっちのは判断のデッドライン。ここを過ぎて何か始めても、間に合わないから」

「わかった」
 ほんと、歩は容赦ねえ。俺は、静かに受け止めるしかなかった。

 ……あれ?

 歩の背後の、さっきまで飛竜がいたスペースに動画が流れていた。子どもたちの、画像のスライドショー?!
 背中にぞくりと泡が立った。くそー、誰だ、こんな阿漕あこぎな奴作って、ばらまくような人非人は。

 公園で、学校で、それとも防犯カメラでか。個人を特定してかき集めたものだろう動画や写真たち。違和感の正体は、男の子二人と女の子一人、つまり三人だけ、顔にモザイクがかかっていないことだ。
 慣習的に生きてる子どもたちの顔を不特定多数に、保護者の同意なしにさらしたら、巨額の損害賠償案件だ。

 ……まだ分かんないのに……。殺しやがった。こいつ。アクセス欲しさにしても、やって良いことと、悪いことがあるだろうが。
 俺は怒りの余り震えそうになった。だが、後ろでクスンと涙ぐむ、ザキさんの気配に冷や水を浴びせられた心地がした。ああ、普通の人はこれで、応援メッセージって解釈しかねないんだ。

 ご丁寧にBGMは古典ミュージカルの名ナンバーだ。たしか……ええと。

「Bring Him Homeか、極道だな。分かってやってやがる……」

 歩ちゃん、ナイス。それだ、それ。歌は問答無用で精神ごと感情をぶん回してくる。

「タイタニックの、主よ 御許に…じゃないだけ、良心的って判断したほうがいいか」
 そこじゃないでしょ、歩さん。俺は、今度は歩に「さん」をつけるほどの過ちを犯した。

「でも……まあ、悪くない」
「何が」
 俺は、速攻で返した。こいつは何手も、先まで読んで、間をかっ飛ばして結論を言っちまうから、聞きようによっては極道になる。まあ、極道だからかもしれないが。

「善良な、いや、単純なかな、顔が見えない一般市民って人たちから、押し上げろブームが起きて、ついでにうえの動きが鈍かったら、飛竜が松ねえにおねだりするときに、説明が楽になるし」

 うへえ、そこ?

「たぶん、即動いて打ち上げられるシャトルは限られる。霧島以外のシャトルも動員するなら説明がいるでしょ。そこで手間取るのはもったいない。だから時短効果を期待できるかな。子どもさんたちが生きてて、プールも無事浮かんだら、見つけ出して損害賠償訴訟起こせるし。お財布にも優しい」

 絶対、こいつ、この段階で拡散元押さえたな。俺は思う。こいつに相当毒されて、深読みできるようになったって思ってきたけど、全くの甘ちゃんだった。

 相変わらず歩の後ろは微笑ましい子どものスライドショーだ。そして、美しすぎる男声の、ささやくような、絞り出すような、それでいて包んでくるような響き。冷静に見れば溺れているほうなのに、何か助けになりたいと思わせてくるような問答無用さ。

「ここから見えない位置にして、音消して……」
 返事すらなく、歩の背景が別画面になった。

──何ですか、斉藤一尉。こんなもん動画に?
「ああ、それ上官としての命令じゃないから。友人からの非公式依頼って扱いで。そうだね、ここからってくれぐれもバレないように座布団三つくらい経由してくれると助かる」

 声だけの誰かと歩の会話がおぞましいと感じるのは、俺が繊細だからか? それとも、人間だからか?

「今の、ばらまくのか?」

 ……。

 悪いことと分かっててやらかすとき、頭が良い奴は大抵、沈黙で答える。

 聞きたくない、聞かないが正解だ。きいちゃなんねー。

──ハッシュタグ、押し上げろ。で、いいんですか?

 聞きたくねー。

     * * *

 何かぶつけて、押し上げろ。

 このとんでもない案でも、できそうな唯一の策ならば、ダメでもともと、やってみろという意見が多いのは、八千人の命の重さってやつだ。この規模の街で住民の救出を試みもしないで諦めるなと、ネットの書き込みは賑やかしい。

 いや、救助船を送れとか、いや、八千だ。そんなに運べる船があるかとか、救助船が向かったとしてどうやってライダープールにつなげられるかとか。二次遭難にならないか。時間的に無理じゃないのかとか。
 有識者のテレビ解説で新しい見解が出るたびに、パケット爆上がりで、あちこちの画面で読み込み待ちが出るような盛り上がりだ。

 一方で地球のために『燃やしてしまえ』という暴論まで踊っている。

 まぁ、いくつか対策を試みた後なら、ライダー・プールを『燃やし』ても『止むを得なかった』と言い訳できるかもだ。バージ・シャトル・ライダーが何人か余計に死んだって、そんなのは知り合いでもなければ数字に過ぎない。

──ママたちには気の毒だけど、この子どもたちが無事な可能性は低いですよね。

 歩の背後は、詳報を伝えるトークショーに変わっていた。勘弁してくれと思っていた俺の耳に、歩の(多分)部下の呟きが聞こえた。まあ、それもそうだ。コンテナは仮置きで、パントリー扱いなら固定されているのはごく一部。その倉庫が無重力になったら、どうなるか。
 子供を押しつぶすには十分な質量を持ったコンテナが一斉に浮かんで動きはじめる。一つでもぶつかったら、そこからは地獄だ。あちこちで何度もひしめき合い押し合う。ぶつかって反発し合い、反動で別の方向に飛ばされ、またぶつかる――それが際限なく続く。

 分かりやすく言えば、コンテナ版極悪ピンボールだ。倉庫ではなく、コントロール室にでもいてくれればいいが、そうでなければ、ママたちが抱きしめられる形で、まだ残ってくれているかどうか――だよな。
 それでも、生き物というのは、子供という存在には基本的に生きていてもらいたいと思うらしい。ロング・バケーションと洒落しゃれこんで、『ピクニックにやってきた』なんて、今どきにしては骨がある子供たちがどうなっているかのほうが、八千人が大気圏で燃えるより、とんでもなく気になるようだ。

「でも、まだまだゼロじゃないよ」
 歩の答えは、さっきの無事な確率は低いという言葉に反論したものだろう。ほっと息がつける心地がした。ああ、歩はいつもそうだ。冷たく数字に置き換えるくせに、本当に、そう簡単には絶望しない。可能性がある限り、そこに貪欲にコミットし続ける。

 俺としては、まぁ確実に生存してたとしても、三人の子供と八千の大人を比べるなら、まぁ、前者に泣いてもらうのも結果として致し方ないと冷たく考えてしまうのだが……。はい。良識とやらが軍に汚染されていると非難されればそれまでです。ごめんなさい。

「歩、待ってるだけの時間、どのくらいあるかな」
 俺が聞いた。
「前提条件を整理したい。ナビ・ユニットを着地点に移動させるのにかかる時間は?」
「そりゃ、どこに突っ込ませるか、によるだろ」

 パンピー柏木のシャトルは、『若鷹二号』というらしい。霧島のバージ・シャトルのネーミングは、やっぱりどこか振り切っている。ライダー・プールに飛び込んでくれる一号機は、ただいま絶賛周回待ちをしている。一周約九十分。今どこらへんにいるかも問題にはなる。
 子供はダメだ。理性的判断を奪う。懸案事項として、既に少なくとも俺の中に、三人の存在が居座ってしまった。なら、白黒つけるしかない。生きているなら助ける。もう遅かったら、もう考えない。えーと、微妙だったら? ギリ助けられる、でも高度医療や、心肺蘇生が必要だったら?
 蘇生訓練は受けた。相当前だけど。乳児と違って大人並みの事しても、大丈夫なんだろうか。
 ま、今はそこまで考えない。状況見てから、必要に応じて考えればいい。とにかく、子供っていう、心を容赦なくざわつかせる要素の、白黒をつけてくるだけの時間があるなら、スキマ時間に片付けておくほうがいい。時間は何とかありそうだと思うけど、念の為。

「どこかに、いいポイントがあれば良いんだけどな。ま、外からの絵も、そのうち届くけど」

 どうやって、外から現状把握するつもりかわからないけど、算段はついてるってことだろう。
 一からプログラムを書くより、考え方を直接ホスト・コンピュータに伝えて計算させる方が速いらしいけど、システムそのものをいじるなら、やっぱりあの謎記号を打ち込むんだろう。

 俺には運転手として協力する方法もないわけじゃないけれど道具がない。小さくて、速くて、パワフル。俺のキャッチャーボートがあれば、押し上げ作戦に参加して倒れることも、救助の猫の手にもなることもできるが、今は得物がない武士。徒手空拳なら幼児並みだ。

 なにより加悦さんとジョー、うちのマムがいないのだから、乱入できる余地がない。彼らは、俺が時間稼ぎを頼んだ残りのあと四日間を、スカベンジャーフィールドで粘っているに違いない。

     * * *

 暇だからというより、そこに映っているから、画面の背後にどーんと映っているトークショーを見ていた俺は、よく考えたら辻褄つじつまが合わない点があることに気付いた。軍用回線で無理やりホストを乗っ取って、俺が直接照会している総合端末に割り込んできた歩。
 俺の携帯はジョーのIDで偽装されている。加悦さんたちが、うまいこと誤魔化してくれているなら……。

──なんで、歩にここがばれた? 俺の端末は……ジョーのだ。

 俺は飛竜からの情報で、歩が俺を探り当てたのだと思い込んでいた。だけど官給品端末のID情報を一時的に書き換えるなんて冗談では済ませられない軍規違反を、飛竜に大っぴらに打ち明けた覚えはない。直接やつの職場に押しかけた。捕まえたのも直接だ。奴のコンパートメント使用許可は、エントランスについてから掌紋で登録した。ジョーの端末は、一切使っていない。ネット経由で俺に呼び出しをかけたら、間違いなくスカベンジャーフィールドにいるジョーに繋がる。
 第一、飛竜経由なら、ザキさんのコンパートメントには繋がる訳がない。飛竜だって、俺とザキさんが居るのを見て驚いていた。

 やはり、普通に考えたら、歩は俺がジョーの端末を使っているって分かってたってことだよな。俺がザキさんのところの総合端末を使っていると確信した上で、割り込んで来たと考えるほうが、無理がない。……。

(どうして……バレ……た?)

 例の戦争の時、人の形をして、人のように考えるモノを処分することが、ふつうにしたくなかったのが俺だけってことはないだろう。できなかったんだから、できなかった。
 宇宙船操船と船外活動を伴うメンテナンス技術を学べる専門学校の学費はバカ高い。公費でただで学べた代わりに、現場で十年は働く義務を背負い込んだ。もし離職したかったら、学費残額と違約金を払わなければらない。

 貯金もそこそこ貯まったし、人相手に武器を振り回すくらいなら、それもやむなしとまで思い詰めた。神経を病んで病院送りになるのと、どっちが後腐れないか、真剣に悩んだくらいだ。蓋を開けてびっくりのスカベンジャーフィールド配備。ま、いろいろ不便もあるけど、後方支援に再配属されたのは、本当に有り難かった。

 5年の単独での労働命令。しかも無重力空間への放逐。限りなく懲罰人事に近いんじゃないだろうか。だけどまぁ、前線より遥かにマシと、俺は逆らわなかった。
 軍籍を抜かれて、家畜にもどって、ただ飼い殺しにされるだけの人生だ。そんなところに戻ってどうする? 女の子は大好きだけど、食べて、寝て、既に世の中に溢れている人間を増やして。それだけで、今さら満足できるのか?
 人が全くいない空間での船乗ライダーり稼業は、意外なことに俺の性に合った。壁一つ隔てた向うにある、永遠に研ぎ澄まされた静寂の世界。薄っぺらい機体の向こうには闇だけがあって、何か一つ間違ったら、俺も永遠に沈黙する。何もないようで、いつも危険がそこにいる。何の間違いか、こういうのが落ち着く自分にびっくりする。
 明日が来たらラッキー。今日、普通の眠りにつけそうなら良かったと思う。それは間違いなく正直な感想なんだけど、命は油断したらすぐになくなってしまうことを、本当にすぐ忘れてしまいそうになるから、危険と安全の境界線を見つけると、そっちにふらふらと引き寄せられる。
 100パーセントの安全の中で、俺は俺として生きていけるのか? まぁ、格好をつけて言うならば、そういうことだ。

 話が大きくなった。元へ。

 今回のID書き換えと、自主有給休暇がバレたとなると、スカベンジャーフィールドでの任期は、ひょっとして無期限になる恐れもある。俺はたしかに宇宙が好きだ。だけど、可愛い女房子どもを持つ、普通の中年オヤジになる夢はまだ捨ててない。
 50歳くらいまで、そう、あと15年前後なら、ちゃんと現役で可愛い相棒を使用できる自信もある。(多分そのくらいは……なんとか……)

 金魚鉢ヘルメットを脱いでヘッドセットタイプのインカムに変えていた俺は、マイクを口元まで下ろした。

「あゆみちゃん……」

 俺は力なく歩を呼ぶ。明るい家族計画が頓挫したのであれば、覚悟をさっさと決めておこう。少しだけ間を置いて、ぶっきらぼうな歩の声が聞こえた。仕事中に話しかけるといつもヤツは不機嫌になる。(当たり前か)

「あゆむ」

「それは、もう良いから……」

 俺は続けた。

「お前、どうやって俺の場所が分かった?」
「あぁ。お前のID端末を呼び出しただけだ。大した技術は使ってない。スカベンジャー・フィールドで単独任務とはいえ、お前もウチの隊員だからな。ID特定はできてるわけだし。
 基本的にサンガのライダー・プールは民間委託だから、維持・管理、運営にウチは直接は関与できない協定にはなってるけど、この緊急事態で災害対策本部はできたからね。警察と消防とウチには、メインとは別に非常回線が当然確保してあるし」

 まぁ、それはそうだろう。うちの危機管理がタコだとしても、それくらいの備えはしているだろう。でも、俺が聞きたいのはそこじゃない。

「俺のID端末で……、ここについたのか?」

「お前ねぇ……」

 呆れたような歩の声。

「確信犯の癖に確認するなよ。飛竜にプールにいるって情報もらったし、速攻でお前にコールしたさ。でも、呼んだら、繋がったのがどこかくらい、分かるよな?
 官給品のID端末の情報操作、偽造、改変は、たしか5年の懲役。罰金はいくらだったか忘れたけど過料を負担するのが現実的だろうな。ちゃんと覚悟しておけよ。まぁ、お前の生活ならはたく貯金もたまってるだろ。大丈夫。大丈夫。最悪でも軍籍抜かれない限り、ローンが組める」

 人でなしだ、こいつ。ああ、絶望的だ。えっと、あと五年、懲役かスカベンジャー続けて、なんとか無事にパンピーの棲息地に帰れたところで、俺のかわいい未来の配偶者さんは、とっくに別の誰かと『めでたしめでたし』になってるだろう。有り金を積み上げてそっち目当ての人を捕まえる方式もある。だが筋肉弱者の中年なんて、もてるわけない。そのせめてものモテ要素の財布が軽くなっちゃったら、どんな酔狂な女の子が嫁さんに来てくれるっていうんだ。あぁ、俺は飛竜みたいに、キレイで、優しくてなんて贅沢言ってないのに……。

 俺はガックリと肩を落とした。……その時。

 チリン。

 呼び鈴が可愛い音を立てた。

「タカさん。ドアホン鳴ってる。えっと……誰だと思う?」
 家主さんが、あたふたしている。
「ザキさんの部屋なんだから、ザキさんが出てよ」

 俺は肩を落としたまま返した。俺は、現在ポンコツです。ちょっとしばらく立ち直れそうもありません。
 ザキさんが総合端末より近いからだろう、無重力での体の扱いに苦労しながらも、ドアホンの方に移動していくのが分かった。

「はい。ぁ……、はい。ええ。いらっしゃるけど……どちらさま? カエ……さん? そういえば、タカさんは分かる……?」

 オレは跳ね起きた。もちろん上も下もないんだから、気分の問題でだけど。カエさんというのが俺の加悦さんなら、時間的に燃料満タンにして直行して来てくれたはずだ。
 俺がボートに乗るときは、燃料満タンってわけにはいかない。酸素に水に、温度管理の空調と、循環させる装置と、携行食と排泄処理グッズ。そいつらを動かすバッテリー。予備電池。
 あいつらがいれば、やれることが爆発的に増える。ジョーとマムと俺の船(ボート)があるとする。例えば今ならナビリンクをパンピー柏木のランデブーポイントに、えっちらおっちら運んで、やっと立てるくらいしかできない。バージシャトル十三機分、ちんたら繰り返していて間に合うかって話になる。
 三人で手分けできるだけで勝率を限りなく上げられる。俺は総合端末のコンソールパネルの下を軽く蹴って、エントランスドアに泳いだ。

 ドアを開ける。

「加悦さんっ。ジョーっ。俺ってホントについてる」

 相棒たちを右手と左手で抱え込んで、俺は、俺の人生にだけ冷たい神様に感謝した。この配慮をですね、明るい家族計画の方にも、ほんの少し回していただけたら、もう、毎日の雨乞いダンスを欠かしません。

 加悦さんとジョーが浮いている。ジョーは、あの、防御服を着込んでいる。フットワーク最強だ。この二人の新人(ニューマン)のボディは宇宙空間での作業員に特化した仕様になっている。
 普通の新人は、自己増殖する生体細胞を使った培養ベースの皮膚で、限りなく触り心地が人間に近い。呼吸も酸素供給のための必要な機能だ。でも、彼らのように宇宙で日常的に船外活動をするなら、生体仕様は脆すぎて邪魔になる。だから、生命由来のものは一切使っていない。

 宇宙仕様の人工皮膚は、圧力保持用の強化ナノカーボン繊維を、触り心地重視の柔らかいシリコンゲルで覆った多層構造。中身に至っては人工ニューロンまでシリコンオンリー。
 酸素なし、真空(ゼロ気圧)、体内一気圧というリアルマンにはきつい環境変化にも、皮膚下の内圧コントロールユニットが即応してくれる。いきなり宇宙空間に出ても、皮膚が破裂して中身が飛び出したり、水分が噴き出したりといった心配はない(もともと水分も少ないし)。

 生物由来の構成部品がないから、呼吸しているフリだって、人間的外観を維持するためにだけ取ってつけたと言わんばかりの雑仕様みかけだおしで、たまに忘れていることもあるくらいだ。やっぱり、ここまで宇宙活動専用だと、スーパーリアルタイプの連中よりは、若干人間臭くない。とはいっても、当然柔らかいし、温かいし、触り倒して気持ちいいのは間違いない。

「よく来てくれた。ホントにお前さんたちの力が欲しかったんだ。ジョーそれ着てるってことは、分かってる?」

 俺が調子に乗って、ちょっと顔を見上げる角度に調整して、ジョーの首筋にキスすると、加悦さんが肩をすくめて微笑んだ。

「うふふ。タカさんの考えてることくらい分かるわ。斉藤一尉からミッションの概要説明はもらいました。まず、私がシャトルライダーさんの突入地点にナビの計測器を立ててきますね。それを使って若鷹二号のシャトルの突入角度を調整誘導すればいいですよね」

「さすが……加悦さん。そのとおり」

 俺は加悦さんの耳の後ろにもキスをした。うん、ジョーよりは柔らかい。

「いつもの使う?」
 これは相談。加悦さんのほうが情報は精密だし。
「まさか。ここのを使った方が、バージシャトルとの相性が良いわ。うちのは出力大きすぎるから秘密兵器だけ」

「オーケー。んじゃ、早速、アンテナ立ててきてくれる? あぁ、ところで桟橋(ピア)の場所分かる? そこまでは、遮断壁が何枚も降りてるから、外、通ってね」

「了解。立ててくる場所は最初の中間倉庫でいいよね? 例の問題で変えるとしたら……どこ? できるだけ構造にダメージいかないところがいいよね」
「ハブの構造どんだけ残ってた? くらげ?」
「半分なりかけ……かな? 三分の一くらいは繋がってたけど。斉藤一尉にデータ送ったから、たぶんタカさんが気にしてるとこがどっちかは、把握されていると思う」

 さすが加悦さん、分かってる。

 加悦さんの視線が俺を通り過ぎた。その先はトークショーだ。女の人たちが映っている。マイクが山ほどつきつけられて、可哀相なくらいだ。青い顔。気丈な顔。俺は視線をそらした。ママたちは、マスコミの前に助けてほしいと訴えるために自分たちから来たのか。それとも、あの動画の爆発的再生数を見た連中に押し掛けられたのか。

「歩、取りあえず、あれ、何とかして」
「うん、言われると思った。来られるかは分からないけど、一応お迎え出したよ。でも向こうも大人だからね、念のためリマインダーしとくけど」
 歩は、いつもそうだ。選択肢は出すけど、選ぶのは本人という、その姿勢は崩れない。
「ありがと」
 うん。サンガにいる大人に関して、俺が気にするのは、取りあえずここまで。

──若鷹二号、柏木です。タカさん、聞こえます?

 パンピー柏木君の声だ。

「高柳です。感度良好。若鷹どうぞ」

──おそらく、あと四十分ほどでプールと接近かと思います。ナビリンク誘導いただけるということですが、当機ですることはありますか?

「ナビユニットは取り外すとモバイルモードでバッテリー駆動になるので、最適の場所が見つからなければ、準備ができるまで再度周回待ちをお願いするかもしれないです」
 パンピー柏木は仕事モードだからか、ザキさんのハードエクササイズで、間抜けな雄叫びを上げていたときとは、えらく違う。

「普段、桟橋ユニットにあるナビリンクの計測ガイドユニットを、そちらの若鷹二号をドッキングランデブーさせる位置に設置、即、量子IDとペアリングさせれば、そちらのモニターにガイドラインを表示させられると思います。最初の最接近到達予測時間はわかりますか?」

 パンピー柏木の機長モードに俺も合わせてみた。ザキさん、惚れ直しちゃうかもよ、柏木君。

──もう。タカさん。ふざけないでくださいよ。
 柏木君は、すぐ真顔になった。

──俺、子どもが居るところに突っ込むの、絶対に厭ですよ。あと、居住区の壁を破壊しちゃって、その区画の人に大ダメージも嫌ですからね。どうやって、どこに案内してくれるのかは、できるって豪語する人に任せますけど、場所ターゲット、慎重に選んでください。頼みます。

 パンピー柏木の言うことももっともだ。オレだって、子どもたちが死んでたとしても、遺体を完全に破砕する実行犯にはなりたくない。

「了解。子どもと人間がいなければ……いいな?」

──はい。あ、ザキさんのとこも厭だ。

 えっという感じで、ザキさんの顔が弛んだ。もう好きなだけ青春ドラマしててください。俺はこれからが忙しい。

「分かった、分かった。子供と、人間と、ザキさんだな」
「子供とザキさんは、人間に入る気がしますけど」
 すかさず歩。また始まった、しょーもない細かいとこ。

「歩、確認。一回目のチャンスまで四十五分って若鷹の意見は正確? 正直、どのくらいかかりそうだ?」

「うーんと、若鷹のはタワーコンピュータの予測だと思うので正確でしょう。実際にそのくらいかと。あと、タカのところには高速化パッチちゃんとあてたでしょ? だからそっちは大丈夫として。……飛竜の土下座が効くのにそれだけの時間で済むか、だよ。問題は。最低十三機集まらなきゃ、若鷹とナビリンクのペアリングは許可できないから」
 高速パッチって言い方、どうよ。と思いつつ、俺はしみじみありがたかった。やっぱり加悦さんとジョーをここまで高速に送ってくれたのは、歩だ。ほんと、マジシャンなんて呼ばれたほうがいいのは、あっちだろと思う。

──タカさん。
 柏木の声。

「何?」
──待たなきゃだめなんですか? こっちをまず当ててみて、どれくらいの効果が出るか計測するって方法もあるんじゃないんですか。

 そりゃ、死なば諸共もろともって気持ちは分かるけど、俺も歩に賛成だ。だめなら、死体は一個でも少ないほうがいい。

──死んでも文句は言いません。

 実は俺には一つ、完全に無人が保証された区画に心当たりがあった。例のマムが提供してくれた図で真っ赤だった場所だ。まあ、正気なら絶対に突っ込みたくないだろうけど、子供と惚れてる相手を粉砕するよりは天国だ。

「歩。どうせ聞いてるだろ? 遮断壁で区画が小分けになってるなら、中央じゃなくて、外のドーナツにぶつけても、大丈夫? 計算可能か?」

――可能ではありますよ。ナビリンク使えれば、特攻隊じゃなくなるはずなので……。ただ、一斉に当てるのは無理なので、下手に押して傾きを助長させてしまうと、残り時間が少なくなる可能性はある、という感じかな。

 流石に柏木君の即答はない。構造物に自分が乗っているシャトルでぶつかるのと、そのせいで使える時間がなくなるのとでは、そりゃぁ、必要な覚悟の種類が違う。

──了解しました。必要に応じた誘導、宜しくお願いします。

 通信が切れる。俺は溜息をついた。男だ。パンピー柏木。悩んだのは十二秒フラット。

 俺は加悦さんとジョーを促して、総合端末のモニター前にもどった。ライダー・プールの『酸素濃度』で色分けした全体図を表示させて、指で赤く塗られた区画を押さえた。

「歩、最初にナビリンクたてるのは、ここがいいと思う。若鷹が大破しないようにジョーにDWCNTダブル(Double-Walled Carbon Nanotube)ネット張って衝撃緩和できるかさせてみていい? 効果ありそうだったら、飛竜の土下座が成功するほうにかけて、どの程度、インパクト緩和できるかのテストに、先に若鷹使わせてもらうけど」
「ダブルネット……。ああ、お前らの商売道具か」
 本当に、歩は話が早くていい。

 ダブルとは、炭素原子が蜂の巣状に結合して筒状になった分子構造を持つ、強度は鋼鉄の数十倍なのに超軽いカーボンナノチューブ(CNT)を二層にしたものだ。
 CNTは、めちゃくちゃしなやかで、耐熱・耐薬剤効果抜群で、宇宙建造物にとって地球時代の鉄筋コンクリート。ちまたにありふれている素材だ。
 ライダー・プールで言えば、サンガとの人・モノの交流接点になるハブと、居住街区と港湾設備機能のあるドーナツを繋いでいる、車輪のスポークみたいなカプセルシューターに使われている。
 単層(Single-Walled)でも、十分に強い。だけどマスコンをネットで捕獲するアミは、さらなる強度を出すために二層構造になっている。

「プール直径はたかだか四百メートルだ。網自体はそこらじゅうにいるプレデターから外せばいけるだろ。何も全部に張る必要はないんだし。シューター構造は、まだ半壊っぽいから、外れてるシューターを何本か残ってる構造のセンターに何とかくっつけられたら、若鷹分引いて、あと十二個張ればいいだけだろ?」

 歩はすぐには答えない。多分俺の話を理解しながら、実効性を計算してやがるんだろう。できるかできないか分からないアイデアを、俺は、気軽に口にする。やってみる価値があるかは、歩が判断してくれる。
 どんなあり得ないアイデアでも、ゼロよりはましだから、よこせと歩はいつも言う。
 絶対に馬鹿にしてこないし、可否判断は滅多に間違えないし。(たまには間違う)

「おもしろそうだな、それ」

 だいぶ待たされたけど、何とかやってみる方向にいきそうか。

「加悦、あみは積んだままか?」
 うわっ、歩、俺の加悦さんを呼び捨てやがった。ま、一尉どのが一兵卒の備品を敬う理由はないが、何となくおもしろくない。
「はい、もちろんです」
 加悦さんがきっちり背筋を伸ばす。もちろん、床はあってないような状態だから、角度的に直立不動ってわけにはいかないけど。うわあ、こっちもかっちり兵卒モードだ。

「現在、ハブから外れているシューターを、センターに繋げられるのか?」
 歩の質問に、加悦さんが答える。
あみに加工済みのものではなく、つなであれば、より早く作業できるだろうと思います。ジョーを使っていい前提での話です。私と高柳班長だけでは、実効性はありません。なので、同時並行はできないので、採用なら即時行動許可と資材調達を希望します」

 歩は凄いけど、加悦さんも相当だ。俺の説明って理解しづらいってよく言われるけど、完全に今の提案を咀嚼した上で、意思疎通している。今回の機動力大魔王、キーパーソンのジョーは、いまいち反応が鈍い。理解しててうっかり反応を忘れているのか、理解できてないのかは全く分からない。

「調達してサンガの出口まででいいな。ナビゲートはする」
 加悦さんが敬礼のポーズで言う。向き的には締まらないけど。
「復唱します。DWCNロープ調達は一尉。準備出来次第、連絡をいただけるという理解です。若鷹二号で実効性を確認後、効果ありなら即時、ジョーが回収に向かい、カプセルシューターのチューブを利用しネット設置のための足場とします。実効性がなければ、報告後、次の策を求めます。以上」
「問題ない」
 歩の答えは短く、そっけない。

「若鷹二号のための緩衝ネット設置を開始します。途中報告、必要ですか?」
「不要だ」
「お願いした件は?」
 俺をスルーした会話は終わると思ったら、加悦さんが引っ張った。
「情報は送ったけど……。位置が良くない。でも、送ってもらった画像との照合で、なびいてないほうだったから、避難できていた場合の安全は……。少し待って、こっちと繋げる」

 ……こっちって。軍の、悪名高い、岸二佐の、情報管制室と、ここのマムを?

「斉藤一尉」
 俺は見たぞ、と割り込む。
「個人端末のIDすり替えより、懲罰もんじゃね?」
「個人に支給されたものじゃないし、これ片付いたら痕跡ごと飛ばすから、問題ない」

 ……こいつはぁ。

 次のツッコミを考えつく前に、総合端末に図面が出た。ライダープールの図面だが、今までジョーの端末権限で見ていたものより細密だ。それと。
 半分以上のカプセルシューターがセンターハブ構造から脱落している。もちろんドーナツ側にはくっついたままだ。空気抵抗がないので、俺が想像したような、進行方向向かって反対側になびく、みたいな行儀良さはなく、漂っている感じだ。

「これ、今の図?」
「いや、加悦さんにもらった画像を分析してボリュームチャート(全体図)に入れてみた。ターゲットレイヤー重ねるぞ」

 そうか、加悦さんたちは階級がないから、軍人モードのときは個体名称で呼び捨てるしかないのか。時間差で勝手に感じていた、歩への「この野郎」感が、少し落ち着いた。加悦さんを馬鹿にしてるんじゃなくて、うちのメンバーとして扱ってるんだ。

「加悦さん、歩との連携、何かすごいね」
 俺が言う。
「斉藤一尉のお話は、スモールステップだし、前提と分岐と、条件によるアクション指示が明確だから、文脈判断しなくてよくて、負荷が低いです。ただ……」
 加悦さんが言いよどむ。ただ? 沈黙で促す。

「タカさんとの会話のときは、かなり結論までの説明を抜かしている様子なので、対話相手に合わせてくれているのだと思います。私たちは思い込みループに入るとミステイクしがちなので、ありがたいです」

「歩ちゃん、俺にもスモール何とかで」
「今以上に脱線する気か? また今度な」
 ぷっと、二方向から小さい吹き出しが聞こえる。ザキさんまで、ひどい。

「じゃ、加悦さん、ジョー、アクション起こして、俺はここの状況確認してくる」
 俺は仕方なく歩モードで、本ルートに戻った。ターゲットレイヤーで赤く光っているのは、まだ反対側がまとまっているカプセルシューターの中でも、ほぼ真ん中へんにある中間倉庫。
「俺の位置からの、距離と遮断壁の数は?」
「運悪く反対側だ。お前らができればだけど、そのエリアのカプセルシューター使って、いったん外出てからターゲットハブまで移動、そこからターゲットのハブからのシューター使って、アプローチするのがいいだろう」

「俺の今のターゲット、ここでいいのか?」
「若鷹二号のドライバーがアプローチしやすくなりますから、タカのいうベストじゃない、でもベターかと」

 パンピー柏木のリクエスト、子供とザキさんと、人間のいないとこ、か。俺は隙間時間に済ませるべきミッションに移ることにした。

「俺たちにできるか、だって? 加悦さん、どうよ」
「宇宙空間の隙間(ニッチ)は、私たちの場所よ」
 当然というように頷いて、ジョーも親指を立てる。俺はその大胆で頼もしい物言いに、半ば呆れて微笑んだ。

「随分、デカい隙間ですね」
 歩の呆れ声。
 
「ちょっくら、お迎えに行ってくる。ママのところに帰らないとな……。残念ながら手は二本しかもってないから、若鷹を突っ込ませて、時間あったらヘルプに来て……」

「そっちも私がついでにやります。ボスは人間なんだから、くれぐれも自重して」

 俺はチッチッとばかりに人指し指を振ってやった。

「任せたいのは山々だけど、今は分業。空気と温度、気圧、全部ひっくるめて気にしなくていいお前らが、若鷹をサポートするのが一番早い。子どもは三人。だめだったら一人でなんとかするけど、無事だったら手が足りない」

 加悦さんが、大きくため息をついた。

「……それもそうね。でも、タカさん、絶対に無茶はしないでよ」
「当たり前でしょ。俺、自分勝手だもん。任せて……」

 加悦さんがこれ見よがしに鼻を鳴らした。
「やっぱり、信用できない……」

 絶対に聞こえるように言ってるよ。それから、俺は歩に聞こえるように言った。

「俺が行くって、いつから思ってた?」
 加悦さんが、ちょこんと首をかしげる。
「斉藤一尉に、高柳行くって言い出す可能性が高いから、最大限詳細な画像を送れと指示があったときからかと」
 非効率的だからとか、プライオリティ何とやらとかで、止められるかと思った。

「歩、お前はいつから?」
「……いや、今まで分からなかった。とりあえず、タカが取りそうなパターンをできるだけ考えて、全部のパターンで必要だっていわれるだろうデータをかき集めてるだけだ。できることは全部しとこうかと……。今、手抜きして、最悪になるのは嫌だからね……」
「行かないパターンもあったの? あーっ、あゆみちゃん。俺がそんなに冷たい男だと思ってるの?」
 俺は吼えたが、歩は通常の温度で答えた。
「この時点で外観から見て大破してたら、行けないだろ」
 そりゃ、そうですが、そこまで可能性に入れるか? まあ、いい。
「時間的にも、状況的にも、隙間があるんだ。さっさとお迎え行ってやれ。こんな別れじゃ、ママたち、かわいそうだろ?」

 歩は、俺がママとかお姉さんという生き物を、身体の根っこから大好きだって知っている。同類だから仕方ない。でもこんなときまで、弱点ママたちを引き合いに発破はっぱかけてくるとは、油断ならない。

 これ以上しゃべっていても、時間がもったいない。支度をしようじゃないか、ご期待に応えて。

「えっと……準備しよ……。ザキさん」

 俺は、ザキさんのほうへ振り返った。このタイミングで呼ばれるとは思っていなかったようで、ザキさんが不思議そうな視線をくれる。

「何か手伝えること、あるのかしら?」
「えっと、貸して、というか提供してもらいたいものいくつかあるんだけど」
「あるものなら……。というか、見つかるものなら」

 この部屋の惨状からみると、正確な答え方だ。体使ってる商売の女の子だけど、頭もいい。俺は感謝を込めて頭を軽くさげた。

「大きめのリュック。ある?」

「リュックは持ってるけど、大きさ……大丈夫かしら……」

「使えるかどうかは俺が判断するから、探してみて。あと……針と糸は使えねぇから、荷造りヒモ」

「荷造りヒモって、雑誌をゴミに出すときまとめるアレでいい?」

「それで充分。それから、でかいゴミ袋ある? シーツは強度足りないけど、組み合わせて使うから、できれば3枚以上」

 ザキさんが怪訝な顔をしている。

「子どもたちを迎えに行くって……言ってたのに。何に使うの?」

 正直に答えるかどうか、迷う。

「俺のポリシーなんだけど……」

 一応説明を試みる。ザキさんが目線で先を促してくる。

「俺って、臆病だから、可能な限り、最悪を想定して行動するように……いつもしてるんだ。これは、使わなくて済んだら……それに越したことはない」

 彼女はきょとんとして、まだ分からないという顔をしている。

「即席の遺体収納袋ボディバッグよ……。ボス、時間がないわ。ちゃっちゃと金魚鉢(ヘルメット)つけて。手袋(グローブ)装着、手伝ってから行くわ……」

 加悦さんが時間が惜しいとばかりに切って捨てた。ザキさんがひゅっと音を立てて息を飲むのが分かった。化物を見るような目で、俺と加悦さんを交互に見てくる。
 効率優先は、俺たちの内輪ではいつものことだが、冷たく聞こえるだろう。

 そりゃ、俺だって生きてる方に賭けたいさ。でも、すりつぶされてた場合だって、持って帰って来なけりゃ、心優しいライダー連中は絶対に突っ込めないだろう。ママたちだって、カタチがなければ泣きにくい。生きてたら助ける。だめだったら何でもいいから三人分必ずかき集めてママに届けられる可能性を探す。何かするには道具が必要。……それだけだ。

 ただ、加悦さんには……歯に絹を着せるという、美しい心の動きを今度レクチャーしとかなあかんな。

 俺はとりあえず金魚鉢(ヘルメット)を服に装着すると、手袋(グローブ)をつけて、加悦さんを見た。彼女の人工眼球(カメラアイ)が、俺の目をじっと覗き込んでくる。俺の網膜情報を読み込んで、そのまま情報を自分の掌に転送して、手袋と服を封印させてくれるのだ。スペジャケを船外活動に使うとき、手袋の密着は一人でできないのが常識。これって便利でしょ。

 俺は、歩には言わなくても分かることを、念のため付け足した。一応、いざって時に、奴がGOを躊躇ためらいなく出せるようにしといてやるよ。親友だしね。

「帰ってくるのが遅いと思ったら……、迷わずぶつけろ」

 一瞬だけ、歩の顔が苦いものでも舐めたようになった。でも、奴はデータマンだ。情にほだされて数字を読み間違える愚は犯さない。八千と、3プラス1。比べられない馬鹿じゃねぇはず。

──分かった。そうさせてもらう……。でも、葬式はしてやらないから。
 いつもの冷静な口調。「そんなこと言うなよ」とか言わないあたり、ホント、安定してる。

 そのとき、俺の耳を吐き捨てるようなザキさんの呟きがえぐった。

人非人ひとでなし……」

 加悦さんが、三十度ほど体を捻って左の眉を吊り上げ、ザキさんに冷やかな一瞥いちべつを送った。

「役立たずより……マシでしょ」

 全く、女って……。

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