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14.チーム・スカダー発進GO!

 ザキさんの個室(コンパートメント)を出て、比較的浮遊物が少ない通路を、俺と加悦さんは、いつものように素早く移動していた。無重力空間で速く移動したいなら、筋肉を使ってはいけない。むしろ、力を抜く。

 無重力では“進みたい方向の逆側”の壁をゆっくり蹴る。次の取っかかりになりそうな壁へと到達できるよう、角度と方向を微調整しながら、距離に合わせた力加減でゆっくりと蹴る。二歩目をとるとき、進行方向がブレないよう体勢を修正するため、両手でバランスをとる。
 もちろん、こうした移動ができるのは、壁や床のある閉鎖空間に限られる。純然たる宇宙空間には、とっかかりもなければ、蹴る壁も止めてくれる遮蔽物もない。推進力を持たない人間には、というより、もはや制御不可能な環境だ。
 自前の推進力を持っているジョーも、構造壁を壊さないために、ここではちんたらするしかない。

「加悦さんたちは、どこから入ってきた?」

 俺は聞いた。曲がりなりにも空気がある以上、壁をぶち抜いたりはしていないはずだ。一般に、スーパーリアルタイプの新人ニューマンボディは、人間らしく見せることにこだわるぶん、実用的な機能をあまり多く盛り込めない。人型という形状のキャパシティには限界があり、何かを手厚くすれば、別の何かが削られるという道理だ。

 加悦さんたちは、宇宙での活動効率を優先し、人間らしさの一部を思いきって捨てている。俺は金魚鉢ヘルメットを被ったり、ヘッドセットや携帯端末に頼ったりしなければ、無線通信もインターネットプロトコル経由の通話もできないが、彼らは受発信機能まで体内に組み込んでいる。
 通話時には雑音を減らすために、拍動「ごっこ」や呼吸「ごっこ」すらやめる徹底ぶりだ。

「斉藤一尉のナビゲートで、この区画の破損したカプセルシューターからです。カプセルにはエアロック機能があるので、双方向にハッチがついています。圧力管理もゆっくりできますから、楽チンです」

 体内圧を一瞬で変えるのはやはり気持ち悪い――そう言っていた加悦さんを思い出し、『楽チン』という口ぶりに、俺は思わず微笑んだ。

「ロックはどうやって開けた?」
「ライダープール点検用の解除キーの、管理者権限付きコピーをいただきました」

 ふつうの人間がそんなものをマムに要求しても、認証で弾かれるのがオチだ。どうせ歩が、問答無用でコピーを吐き出させたに違いない。

「プレブリーズなしは危ないので、タカさんが入ったカプセルを、向こうのカプセルと入れ替えようと思っています」

 またしても、さらっとすごいことを言う。本当に加悦さんは発想が無双だ。

 プレブリーズというのは、宇宙服だけで建物や乗り物から出る前に、純酸素だけを吸う時間を十分にとって、体の中に残ってる窒素を抜く。宇宙服程度では、外に出たとき急に気圧が下がるのを避けられないからだ。体の中で窒素が気泡になると、かの悪名高い減圧症(通称:ベンズ)になってしまう。
 昔々、学校のときの大事件で、飛竜は── ありがたいことに俺たちを助けるために──ノープレブリーズの宇宙遊泳で、死にかけた。
 このベンズという言葉は、激しい関節痛や筋肉痛のせいで、体をまっすぐ伸ばせずに前かがみに、つまり体を折り曲げてしまう、bends曲がるからだそうだ。
 普段、体内に溶け込んでいる窒素が、急激に減圧すると体中で細かい気泡になる。これが神経を圧迫したり、血管を詰まらせたりする。神経痛と酸素不足によるあらゆる組織の痛み。つまり全身、同時多発激痛になる。
 あの時、めちゃくちゃ苦しんでいる飛竜の横で、極道の歩が教えてくれた。飛竜が激痛に苦しんでいる姿とか、あれ以来、船外活動恐怖症を患っているのとかを思えば、減圧症を体で知る機会に一生恵まれなくても文句はない。

 カプセルシューターは、ふだんサンガとのゲートになっているハブと、リング構造の街区とを結ぶ、荷物と人を運ぶためのエレベーターのようなものだ。構造としては車輪のスポーク状で、カーボンナノチューブ製だ。

 さっき歩が見せてくれたボリュームチャート(全体図)を見た感じでは、中間倉庫があるものが三本、ないものが一本といった割合だった。

 チューブ内にはエレベーターのカゴにあたるカプセルが、栓のように隙間なく収まっている。移動時は両端のハッチを閉じ、チューブ内に空気を入れて少しだけ膨らませ、摩擦をほぼゼロにする。その状態で超電導磁石のS極・N極を操作し、反発力と吸引力を同時に使う。するとカプセルは物凄いスピードで反対側のハッチに移動。ぴったりとはまる。そういう仕組みだ。
 ざっくり言うと、エアロック付きの高速エレベーターだ。磁力の微調整で、速度を変えられるので、人、モノ兼用だ。

「ザキさん……悪気で言ったんじゃないと……思う。彼女は見掛けはあんなだけど、多分繊細なんだ」

「私はどうせ見掛けと違って繊細じゃありません」

 俺は吹き出すのをこらえた。まるで女の子そのものの科白(セリフ)だ。加悦さんは人工物の特権というか、まぁ、ありがちなパターンというか、妖精のような、人形のような……つまるところ、端麗な外見をしている。軍の調達部の連中がどういった基準で選んだのか疑いたくなるような、妖しく少女めいた雰囲気をしている。もしかしたら、長期任務の俺に気を利かせたつもりかもしれない。(だったらリクエストくらい聞いてくれ!)

 多分、皮膚をスーパーリアルタイプ仕様にして人形臭さをごまかしてから道を歩けば、女性を愛するタイプの嗜好を持つ人間なら十人が十人、振り返るはずだ。

「そこで笑わないでくださいよ。なんでもかんでも、茶化してしまうの、タカさんの悪い癖だわ」

 加悦さんたちは俺のことを普段は『タカ』、仕事中は『ボス』と呼ぶ。ボスというのは、どうにも俺の個性には似合わない呼称だけれど、彼らが仕事をしているのかリラックスしているのか分かって便利だ。第一、呼ばれ方なんてやつは、呼ばれる方には、せいぜい好みの種類をリクエストすることくらいしかできない。

「何言ってるんだか。タカさんが眉間に縦皺(たてじわ)寄せてるところなんか見たら、加悦さんは絶対に病気だ何だって余計な心配しちゃって、騒ぎ立てると思うな。タカさんに甘いから」

 ジョーは加悦さんが居ないときはよく喋る。彼女が居るとなかなか発言するチャンスが回ってこない。寡黙かもくというわけではないのだけれど、同意見のときに「そうだよね」という習慣はない。でも、加悦さんと意見が違うときは、こんなふうに元気よく会話に割り込んでくる。

「だって、あの女。絶対にタカさんもひっくるめて、あんな言い方したのよ。そりゃ、私とジョーはもちろんそのとおりだけど、タカさんは違うわ。どこの人間が、死んでるかもしれない赤の他人の子ども命懸けで迎えに行くっていうのよ。タカさんは私たちと違うのよ。宇宙空間で防護服が破けただけで死んじゃうのよ。酷い侮辱だわ」

「加悦さんが怒ることじゃないよ。タカさん、分かってるんだから」

 ジョーも分かってくれているじゃないか。俺は心底有り難かった。操船学校の時にゴールデン・クルー(あれは相当恥ずかしかった)とひっくるめて呼ばれていた飛竜と歩。それから、若干種族は違うけど、今、チーム(チーム・スカダーっつーセンスの悪さはどうにかしてくれっ)を組んでいる加悦さんとジョー。俺は仲間にはいつも恵まれている。

「ありがとう、ジョー。それにしても……、あれがマトモな正義に役立つ日がくるとは……、まぁ、いろんな事が起こるよなぁ。お前が飛んでるのみたら、みんな卒倒するぞ」

 俺は話題を変えることにした。落ち込んでいたって、難しい仕事の難易度がさがるわけでもない。それにいろんなことを茶化し倒して、笑ってる方が楽しい。楽しくやるってことは、別に不真面目ってことじゃない。

「ロボットアーム、ちゃんと積んできてるよね」
「もちろん」
 ジョーが、間髪入れずに請け合う。

 加悦さんが機嫌を取り直したのか、ちょっと口もとがほころんだ。やっぱり彼女は笑ってる方が断然、可愛い。

「あれ、可笑おかしいのよね。正面からみたら頭にロボットの手が生えてるんだもの」
 加悦さんが言う。
「普通の感覚で言ったら、防護服なしで、船外活動してる加悦さんの方が、心臓に悪いと思いますよ」
 ジョーも負けない。
「あはっ、スカート履いてくれば良かったかな」

「やめときなさいっ」
 俺は止めておいた。宇宙の基本的な闇。地球の青光り。射るかのような太陽光。落下しつつあるライダー・プールの外壁をスカートの裾をひるがえして、すたすたと散歩する加悦さん……。
 そんなもんを見た日には、冷静沈着が基本形の宇宙船外活動士だって、幽霊かオバケだと肝を冷やすだろう。なまじっかリアルにできてるから、始末が悪い。間違いなくホラーだ。

 ジョーも、加悦さん同様、均整とれた、素晴らしい肉体をしている。まぁ、こいつらは作った連中の美学が単に反映されているだけだから、外見を褒めたところで意味がない。飛竜やパンピー柏木みたいに、大気圏突入をルーティンワークにしているがゆえに、自分で鍛えてコレに近い体を作り上げているライダー連中は、素直にすごいと思う。

 ジョーが着ているのは、一昔前の宇宙飛行士が使っていたような、ダブダブのスペース・ジャケット(俺たちはレトロに防護服と呼んでいる)だ。表面にびっしりと耐熱タイルが貼ってある。これが、ジョーの特別仕様ってヤツなのだ。

 それはジョーだって、構造物に近い場所で動くなら、加悦さんと一緒で別にスペジャケなんぞを着る必要はない。が、パンピー柏木のシャトルとライダープールとがクラッシュしないように、直径四百メートルに、網を張ったり、直接、バージシャトルを誘導したりしたいなら、自前の推進力を持っていて、巨大な質量との衝突衝撃に耐えられるだけの強度がいる。

 さて、なんで、そんなことができるのか。もったいぶらずに種明かしをしておこう。俺たちの健全なる『遊び心』のたまものの秘密兵器により、ジョーは単体で軽快飛行機(ライトフライヤー)になれるのだ。(どうだ、驚け!)

 俺たちは日頃、退屈極まりないスカベンジャーフィールドで、楽しくロスコン・ハントできるように、色々なモノを思いついては作って、使って、遊んでいる。

 俺の簡易加圧室を振り回すことで耐G訓練機能も持たせよう作戦も、一筋縄ではいかなかった。
 微細重力空間でモノを振り回すと、振り回される方だけでなく振り回している方も振り回される(なんちゅー分かりにくい表現だ)。クリアするために、振り回したいほうが、回転方向とは逆にロケット噴射するなど、変態的なアイデアが必要だった。また、材料調達も週末にショッピングモールへというわけにもいかない。何を開発するのにも、時間がとんでもなくかかっている。

 ロスコンを捕まえるネットを張るのに、最低三点(二点じゃ面にならないのは、宇宙空間でも常識として通じる)が必要だ。スカダーだけでなく、もちろんプレデターもチームは基本的に、三機の軽快飛行機であるキャッチャーボート乗りで構成される。乗り手は、人間だろうが擬人だろうが、単なるロボットだろうが、リモコン操縦の無人機だろうが構わない。ただ、三機の軽快飛行機とそれの操縦者が必要ということは、誰にも文句は言わせない。最初は俺たちだって、きちんと三機のキャッチャーボートを使っていた。

     * * *

 ある日、ネット放送でテレビ番組を見ていたジョーが言った。

「ねぇ、タカさん。あれ……やってみたいなぁ」
 それは、男の子が視聴のメインターゲットの戦隊モノだった。いわゆる巨大な悪の組織が悪いことをするのを、無謀な突撃と、勝算のある攻撃の区別がついていないガキんちょがチームを組んで阻もうというコンセプトで、毎回の話が成り立っている番組だ。

 一般社会常識的にいって、子どもの無謀は大人の狡猾と経験には勝てないものだが、『篤い友情』(熱いというのはアテ字だよなぁ)と、『尊い自己犠牲』(別名、自己満足)とで何故か無謀に軍配が上がるという不条理極まりない展開で進む。

 ジョーは見掛けは二十代後半位の立派すぎる大人だが、工場のラインを降りてからすぐ、うちに配属されてしまった。
 しつこく反復しなくても学習が定着するから、知識のレベルはちょっとした科学者並だが、精神の動きは、まだまだ子どもでしかない。加悦さんのように人が集団で暮らす『街』環境にほとんど触れないまま、俺なんかのチームに飛ばされてしまった。可哀相に、なかなか人間関係の中で普通に覚えていくことが定着しない。
 新人ニューマンと付き合う難しさは、実はこの見掛けの年齢からでは、彼らの実質の経験値が把握できないことにある、と俺は思っている。二十代後半は行ってそうな外見のジョーと、幼さが残る少女のような加悦さんを並べて、年季が入っている海千山千は加悦さんの方だと直感できる人間はいないだろう。

 最初の頃は、ジョーがホンキで戦隊モノに熱くなっているのを見るのは、不思議な気がしたものだ。世間での活動がほぼゼロのまま、感情の表現レベルは小学生か、下手すれば未就学児だ。加悦さんとの関係も、職場での経験が違う同僚というより、どちらかというと『親子』に近いものがある。

 見掛けは大人、知識量は玄人跣くろうとはだし、考え方は子どものジョーは、困ったことに、この手の番組が大好きなのだ。これらの番組で使われている科学技術は、一体何年時代を先取りしているのか、はたまた遅れまくっているのか、もしくは異世界のことなのか全くもって不明だ。

 現在大人気で、ジョーがお気に入りの番組は何といっても『宇宙戦隊ミラーズ』。受けなければさっさと過去のものになるこのテの番組では珍しく、もう三年以上は続いている長寿番組だ。(ジョーと出会った頃には、まだジョーのミラーズ・ブームは始まっていなかったはずだ。いつまで続くのかも、知らん)

 くだんの呟きを、ジョーから引き出した回は、悪の組織ディアハートに連れ去られた紅一点のミラーズ・ピンクを、リーダー格のハヤト(通称ミラーズ・レッド)君が命を懸けて助けにいくという展開だった。

 宇宙戦隊というからには、基本的に宇宙空間で戦っていることが多い連中だが、結構物理の法則を無視している。どうも、あいつらの宇宙には酸素も重力も都合よくあるらしい。しかもゼロGといいつつ、MGでものごとが進んでいく。

 悪の組織の連中とミラーズが対峙するとき、いつも頭がそろって画面の上になっているのは、宇宙人としては納得いかない。しかしまぁ、かっこいいハヤトが斜めで凄んで、ディアディア(ディアハートのその他大勢の名称ね)の頭があっちこっち向いてるのでは、絵にしたとき締まりがなさ過ぎるのだろう。

 ディアハートは巨大組織という割りに人材不足らしく、その他大勢の兵隊さんたち以外で目立っているのは総裁様。あとは『司令』という呼称ながら慌ただしく実動もこなす、マルチなキシュワード閣下(ご苦労さまなことに、作戦も立てるし、突撃もする)。あとは、悪の科学者カシスさま。彼女がやってることはどうも『異種間遺伝子交配』なのだが、使う道具は顕微鏡じゃなくて並んだ試験管で、その遺伝子配合の結果できあがる怪人は、交配元の動物がよく分かるように『キメラ』になっているという理解に苦しむ設定だ。

 医学博士級の知識を持ち、宇宙力学、物理学、運動学においては深い理解をもっているはずのジョーが、空気がない宇宙空間で、化学式ロケットとしか思えない推進装置で動く(足の裏から噴きだしているその炎の形は、どうみても有酸素、有Gだよっ。第一、化学式なら燃料タンクいるでしょ!)ミラーズ・レッドに喝采できるというのは、理解に苦しむ。まぁ、このアンバランス加減が、ジョーの可愛さなんだけどね。

 宇宙空間を、圧力管理がいかにも難しそうなライダータイプのスペジャケを着ただけの生身で(流石に金魚鉢(ヘルメット)はつけてるけど)、燃料タンクも身につけず、換気装置なし、一酸化炭素除去用空気清浄機なし、酸素ボンベなしで、靴底から炎を噴きだして『飛んでいる』ミラーズ・レッドと同じことをしてみたい。

 全く、小学生のガキレベルのジョーの何気ない一言。仕事に使われる時間は仕事をしているからいいが、スカベンジャー・フィールドには有り余る時間がある。人である自分が労働できる時間は、有事ならともかく平時は街と同じだ。何にもない、何にもない、ただの風さえ吹かないところで自由時間をもらっても、その暇と時間とを紛らわす楽しみはない。たいくつ極まりないそんな環境でなければ、その思いつきは『バカ』の一言で片づけられたかもしれない。

 だけど、俺たちは基本形として遊びに飢えているのだ。

「面白そうじゃん。やろやろ」

 俺は二つ返事で、ノった。

     * * *

 ではここで、マジック、宇宙そら飛ぶジョーの、モトネタがミラーズ・レッドとは思えない程に変化を遂げた仕掛けについて説明しよう。(マニアック発明家、ミラーズ・グリーンが発明品を説明するときみたいに読んでください)

 化学式の燃料タンクを背負うのは、事故が起こったときにしゃれにならないし、第一燃料の継続補給が難しい。私たちは先ず、キャッチャーボートの推進力と同じ、ビームエネルギー推進方式を使おうとした。

 最初は普通にパルスレーザーエネルギービーム(PLEB)を母船(マザー・キャッチャー)から発射して、光学的に後部の狭い一点(この場合は靴底)で受け止めさせ、そこを超高熱にしてプラズマパルスに変換させる方式を採用しようとしたが、問題点は大きかった。キャッチャーボートの推進装置にレーザーを当てることはできたが、高速で動きだすと的が小さすぎて追い掛け続けられなかったのだ。

 それからDIY(Do It Yourself)方式の日曜工作では、大気圏突破時にはごく一般的なこの方式で必要となる材料も調達できなかった。パルスレーザー方式において、水素を推進剤として800秒の比推力を作ろうとすると、燃料室内の温度が2000度になってしまうのだ。市販品の中には推進力発生装置本体を構成するに相応しい耐熱材料が見つからなかったのだ。耐熱タイルなんぞでは対応しきれる温度でない。
 それからもう一点の問題があった。たとえ耐熱素材が入手できたとしても、いくら丈夫なジョーの構造でも、その温度に晒されたら人工皮膚がひとたまりもないということだった。お手製防護服に耐熱タイルを貼ってもみたけど、素人工作でしかない。剥がれたら……。そんな高温を抱えた装置を身につけることは、どう考えても危険としか思えなかった。

 そこで私たちが試したのが、波長が10マイクロメートルの炭酸ガスレーザー光を、推進剤としてタンクに詰めた水を水蒸気にしてノズルに通す、熱交換型レーザー推進装置であった。この方式では、ノズル内の水蒸気がレーザーパワーを吸収するので、材料の熱負荷が激減するのである。(あーっ、もう疲れた、この説明終わり)

 短く説明し直すと、水を推進剤にしてタンクに詰めて、ブーツの『ふくらはぎ側』に装着したノズルに低温の蒸気を満たし、そこに光学レーザーではなく肩に装着したレーザー発振器から出る炭酸ガスレーザーを当てて、推進力を作り出すのだ。

 残念ながら、この物凄い発明には、相当にかっこ悪いオマケがつく。ヒント? 単純に構造的な問題だ。『ふくらはぎに装着したノズルにレーザーを肩方向から当てる』ここがヒントです。正解者居ますか?

 では、ちゃっちゃと答え合わせ。レーザー推進方式の場合、進む方向はレーザーがやってくる方向の反対になる。そう。ジョーのリクエストにお答えして、スカダー・チーム総力をあげた手作りおもちゃは、足方向に思いっきり飛ぶのだ。大きさの関係で、肩とふくらはぎの装置入れ替えは無理だ。ジョーはレッドのように頭の方に腕を伸ばして飛びたいらしいが、贅沢を言うな! 大気圏内用飛行機と同型の、どう考えたって尖った方に進むとしか思えないシャトルだって、ケツから大気圏に突入するのだ。ノープロブレム(問題無し)。

     * * *

 加悦さんの案内で辿り着いたカプセルの前で、俺は二人とも了解しているはずだと思いつつ、確認のために一応これからするべきことを整理した。

「若鷹に、次の周回行かせるのは、できるだけ避けたい。このままお前らだけカプセルに入って、向こうから出たらすぐロックこっちを開けて。ジョー。とりあえず、すぐボートに戻ってロボットアーム背負って戻って」

 ロボットアームというのは、普段、俺たちが捕まえて連れてきたマスコン(マスドライバー用コンテナ)を、生活拠点化兼用のマザー・ボート本体にあるガン・シューター(打ち出し機)に押し込むときに使う荷役用の腕のことだ。
 俺たちが捕まえたコンテナは、何と地球に向けて撃ち返す。エネルギーは、こちらも何と空気砲だ。
 コンテナは統一規格なのでガン・シューターの砲身も四角い筒状だ。ここに押し込む。後はカプセル・シューターの原理と似ている。空気が最大限圧縮されるまで、超電導磁石でS極・N極の引き合う力をかける。こいつを同極にして反発させるとき、同時にマザー・ボートが永遠の旅路に出ないように一瞬だけ地球に向かって噴かす。

 実質勢いよく、見かけは静止してるようなのんきさで、マスコンは再び地球を目指す。こいつの再捕獲は量子IDでペアリングしたプレデターが百パーセントの確率で捕まえる。何で最初からそうしないのかと思った諸兄は、日頃どかすか打ち上げられるマスコンの総量を甘く見ている。一本釣りするとき、漁師さんが担当するマグロを個体認識し、約束の儀式をして俺が必ずお前を捕まえるって、決めてやるのかって話だ。
 因みに宇宙に単独であるものは、その質量に関係なく、すべて一意の量子IDを持たなければならない。ドでかい島三号のサンガであろうと、単身飛行が可能になったジョーであろうと同列だ。

 ロボットアームが壊れたら、せっかく捕まえたコンテナをガン・シューターに押し込めないので、マザー・ボートにはロボットアームの予備があらかじめ積んである。
 そいつを『壊れたら通常使用での破損』と申告する気満々でと失敬して、レーザー発振器とうまく並べて肩の部分に装着できるようにしたのだ。これは、キャッチャーボートに乗らないで、ネットを広げる仕事をしたいという我が儘なジョーの追加のお願いに応えてつけてやったものだ。
 いくら丈夫なジョーでも、質量がバカと大きいマスコンを捕まえたネットを手掴みにしたら、絶対に腕が千切れるだろうからね。

 そういう訳で、スカベンジャーフィールドで俺たちのチームがロスコンを捕まえる時、俺と加悦さんは普通にキャッチャーボートに乗るが、ジョーは光り輝く耐熱タイルがついたままの(剥がすのが単に面倒だったから)防護服に、自分より大きいロボットアームを担いで、足の方向に飛んで行くという、滅多にないほどケッタイな存在になった。観客がいないのがもったいないほどの珍景だ。

 また、脱線した。もとへ。
「こっちのカプセルをターゲットのほうに入れるとして、こっちがハッチだけになるのは避けたほうがいいよね。加悦さん、チューブ処理どうしよう?」
「開ける人もいないと思うけど。最悪の場合、脱出ルートにできるから、そのままでいいんじゃないかしら」
「歩、加悦さんの判断どう?」
──了解。一応、解放許可レベル、こっちで確保しておく。
 総合端末経由でなくなったので、歩の声が遠くなった。

「了解。加悦さん、カプセル運ぶのはジョーに任せて、ナビユニット拾いに行って」
 俺の指示に加悦さんが頷いた。
子供たちターゲットがほとんど真ん中だから、そっちは若鷹用としては避けるというわけね。ボスが示したポイントに、即時誘導できるよう準備しますね。ネットが間に合わなくても、ここなら大丈夫なんですね。最悪、ジョーが直接若鷹を押し込んで、あとからネット固定する形でも、許容範囲って判断でいきますね」
「オーケー。あそこは大破しても居住者には影響ないから」
 加悦さんの頷きを受けて、俺は続けた。

「ナビリンクのモバイルモードの取説マニュアル、大至急読んで。あと若鷹二号の柏木機長と、地上管制タワー、ドバイ宙港のとウチのと、全部同時通信可能にしておくこと。いつフェーズが動いて、周回ルートと地上からのバージシャトルが誘導を求めて来るか分からないからね。
 キャッチャーボートは一台? 加悦さんとジョーで二台持ってきた?」
「一機です。装備をリアルマン対応にしてこなかったので、ボスが使うなら整備が必要です」

「了解」
 これは想定内。

「加悦さんは、プール街区の構造壁を伝って移動。慣性から振り落とされないように注意して。若鷹二号の誘導を助けるために、ナビリンク取ってきて、このポイントに立てる」 
 かねてから目をつけていた場所を指さす。

「……了解。一つだけ確認していい? ボス」

「なんでも」

「ここは、何するところ? 本当に人は絶対に居ないの?」

「……絶対にいない。酸素ゼロだもん」

 加悦さんが、ちょっと怪訝そうな顔になる。考えても思い当たらないのだろう。まあ、楽しくクイズしている場合でもなかったので、直ぐに教えてやった。

「腐敗を防ぐために脱気してる有機廃棄物貯蔵庫」

 加悦さんが呆れたように目を剥いた。

「……そんなとこに……、直接シャトルで突っ込めって……。すごい極悪」

「だって、パンピー柏木くんたら、中央倉庫とザキさんとこと、人間が生きてそうなところには突っ込みたくないって、そう言うんだもん。しゃーないじゃん」

 加悦さんが肩をすくめた。俺は話を先に進めた。

「次に、無事に若鷹二号が大破を免れてたら、柏木機長を救出してこのエアロックまで誘導。大破してたら場所が場所だけに悪いけど、中まで迎えに行ってやって。若鷹のリングへのプランジが確認できたら、次のポイントに移動」

「了解、ボス」
 これは加悦さん。あとは、と。
「できること全部やっとくぞ。霧島とか配船屋さんが確実に動くかどうかまで待たないほうがいい。だから、ジョー、若鷹固定したら、さっさとネットを張る前提でカプセル・シューターを繋いでくれ」
「若鷹固定後、カプセル・シューター繋ぎます」
 ジョーも、無駄口のないお仕事モードだ。

「んでもって、俺は……中央倉庫にお迎え部隊だな。じゃ、それぞれのやるべきことを、まぁ、それぞれのやり方で宜しく。俺は細かいことは気にしないから……」

 ジョーの肩が笑っている。有機廃棄物貯蔵庫に、若鷹二号をお迎えにいく加悦さんを想像しているに違いない。全く、ガキは排泄物系に話題が行くと、どうしてああ喜ぶのか不思議だ。生き物ですらないくせに、全く、こんなとこばっかり。

「んじゃぁ……、チーム・スカダー発進GO!」

 もちろん、ジョーが大好きな宇宙戦隊ミラーズのレッド、ハヤトの科白セリフ『戦隊ミラーズ、発進GO』の盗用パクリだ。どうせ俺たちはサバンナのお掃除部隊、フンコロガシと同じカテゴリー名称で呼ばれている仲間だ。
 俺が『スカダー』と言ったのを可笑しがってか、加悦さんがクスクス笑いながらエアロックの扉を開いた。
「じゃ、お先に」
 
 笑い声の可愛さは、ザキさんのころころが絶対に上だな。
 加悦さんとジョーを乗せたカプセルの扉が閉まる。ここからはいつ外に放り出されてもいいように備えたほうがいい。アイトラッキングを使って、スペースジャケット内の大気成分を酸素最大に設定させる。
 再び扉が開いたとき、そこはもちろん空っぽ。俺は反射的に滑り込んで扉を閉める。ロックボタンを押すと、操作盤に確認を求める文字が浮かんだ。もちろん、イエス。

 軍用品でクオリティーはそこそこあるけど、丈夫さでは決して船外活動向きではない簡易スペジャケ(軍服バージョン)の俺。まったくその辺を散歩しているような普通のタウン・ウェアという『いでたち』の加悦さん。それから、キラキラ輝くダブダブ防護服のジョー。俺たちは、見掛けはバラバラだけど、間違いなくチームだ。

 元々浮いてたはずが、更にふわりとなった。恐らくチューブに空気が入ったのだろう。完全閉じてないから、派手に漏れているはずだけど、それでもカプセルが栓になって、ある程度、空気がたまりチューブとカプセルの間に空間ができて、伝わっていた振動が恐らく感知できなくなったからだ……、ろうけど……

 カプセルシューターのカプセルを、がっつりはまっているシューター・チューブから、外したかったら。……手っ取り早いのは……おいおい、おいおい。

 俺は慌ててしがみつける何か、とっかかりになるものを探した。

──それぞれのやり方で。
──細かいことは気にしないから。

 俺のバカ。優しくロボットアームで連れてってって、お願いしときゃよかった。男女差なんかないんだから、パンピーのお迎えのほうをジョーにさせればよかった。
 体がぐんとハッチに押しつけられる。必死になって俺は非常時にしか役に立たない、ふだんは絶対に使うことのない扉の取っ手にしがみつこうとした。
 宇宙服モードのグローブの不器用さと、宇宙人し過ぎた非力さとで、そんなもんに捕まって体を支えきれるわけもなく、俺は加速重力で扉に押しつけられた状態で、身動きができなくなった。
 おーい、ジョー、お前なぁ、これ、絶対、貨物モードだろっ! しかも、反対側にかぽってはまるわけないよなぁ。先っぽちぎれてんだからっ!

「……頼むから……ちゃんと……拾えよな……」

 切れ切れにつぶやく。

 俺を乗せたカプセルは、多分、チューブから打ち出され、宇宙そらこぼれていった。


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