12.ゴールデンクルー再結成
マムに作ってもらった情報共有サイトを見て、高柳はのけぞった。画面が動き続けて、文字がリアルタイムで量産されていた。予測を遥かに上回る盛況ぶりだ。
一度にたくさんの文字を見ると、頭が理解を拒絶したがる。目まで痛くなる。
まあ、情報に皆が飢えていたということだろう。だけど案の定、虚々実々。ただの荒らしもあれば、周囲の状況を端的にまとめて書いてくれているらしきものもある。フェイクなら最悪だが、正しければ情報の宝庫だ。
ありがたいことにサイト整理の協力を申し出てくれる書き込みもある。アクセス権限の高い人が協力してくれるなら、なおさらありがたい。
──こんなとき、データマン斉藤がいてくれたら。
何度目かで無い物ねだりをして、苦笑する。今ないものは、使えない。これ、基本。
協力を申し出てくれる人もいた。その中からID許可レベルが高くて、データ分析に勘が働きそうな人間をピックアップするのは、文字と相性が悪い俺の仕事じゃあない。
マムに頼むしかないか。AIは人のうそは見抜けないが、明らかなごみは捨ててくれるはずだ。
斉藤歩は、必要なデータは"浮いて”見えるとか言う、かなりアブナイ領域にいる。だがしかし……だ。成果が素っ頓狂なら殴ればいいが、あいつの分析は天下一品だ。
あいつが扱う特殊言語は、なんでもホスト・コンピュータが作り出す擬似人格とトークするのではなく、直接、連中のデータベースをこじ開けて奴隷にできるという凶悪なものらしい。
このAIありきの仕組みの中で、そこまでイッちゃってる人間は滅多にいないだろう。
しかも斉藤の気分次第で、背景はピンクだったり(趣味が悪すぎる)、ブルーだったりする単色の画面に、知っているはずの記号が、わけがわからない順番で並んでいる。正直、気持ちが悪い。
途方に暮れたくなる自身を叱咤して、最初の方の書き込み画面を見ようと手動でスクロールさせていると、プチッといった雰囲気で画面が一瞬灰色になった。
──電気系統が……イカれた?
データが集中し過ぎたのだろうか。それとも、ホストがダウンしたのか。背中に冷や汗が伝う。
一瞬物凄い砂嵐のようなノイズが走ってから、カチっと画像のブレが止まる。そこに浮かび出た顔を見て、俺は叫んでいた。
「あゆみちゃぁんっ」
画面の向こうの見慣れた顔。お互いさまで少し老けた親父顔になっているだけ。その表情は相変わらず読みづらい。
「優美ちゃん」
歩の、やけに落ち着いて淡々とした平坦な声が懐かしい。高柳はその感情を訝った。定期的に連絡をくれる数少ない顔の一つ。スカダーになってから、たぶん一番見てきた顔。
懐かしいという感情と一番遠い存在なはずだ。データ洪水の救世主になってくれるはずの男。
「読み方は『あゆむ』です。いい加減に覚えてほしいものですね」
いい加減聞き飽きた毎度の突っ込みを斉藤が入れるのと、俺が
「名前で呼ぶな! このタコっ」
と、叫んだのとほぼ同時だった。打てば響くとはこの感覚。あぁ、若返る。
お約束のご挨拶を済ませた俺たちは、どちらからともなくニヤッと笑っていた。なんで、マムのモニターに斉藤歩が湧いて出たのかは不明だが、きっと俺の切なる願いを、どこぞの物好きな神様がかなえてくださったのだろう。ここから元気に生還したら、年に一度の秋祭りには、ちゃんと獅子舞でも奉納します。
獅子舞なんて踊ったこともないくせに、高柳はしれっと心でつぶやいた。データマン斉藤と繋がれば、状況は俄然有利になる。それは高柳の中で揺るぎない確信だった。
「ちょうど良かった。会えて、めちゃくちゃ嬉しいぜ。データマン」
「タカ。今そこにいてくれるってだけで、マジックだよ。さすがマジシャン。外さないね」
中年に向かっている男が二人して、ベタベタと褒めあっているのは、かなり気持ち悪いが、本当に嬉しいんだから仕方ない。
「ここに、我等がCDR(コマンダー)サマがいれば完璧なのになぁ」
俺がさらなる贅沢を言うと、歩が自分の背後のモニターを親指で指した。モニターの向うに映っているモニターには、恐るべし、お祈りの力。飛竜が映っていた。
「キリーさん?」
背後から、ザキさんの声が聞こえる。信じられないものを見たときの常で、彼女の声は喜び溢れているというより、むしろ淡々としている。
「おいおい。本当にマジシャンだな。タカ。ザキさん。無事でよかった。柏木がもう、落ち込んでて使い物にならないのよ。ザキさんが元気なら、奴も生き返るよ」
「柏木さんが?」
ザキさんの声が一瞬で軽やかに跳ねる。やっぱり彼女はパンピー柏木ちゃんが大好きなのだ。さっき胸を選ばなくて心から良かった、と高柳は胸を撫でおろした。
「作ってくれたオープンチャットスペースのログはもらいました。今、うちのとこの若いのに分析させてるよ。全体の情報統制は引き継ぐからこっちに任せて。で、そっちの、現場で把握してる状況を簡単に教えられるか?」
教えます。教えます。俺は、知っている全てのことを――まぁ、3分もかからない程度の情報しかないが――簡潔に並べた。
目の前で歩が腕組みをしている。その向うのモニターには、贅沢にもハイパーウエイブ通話で歩を呼びつけたのだろう、金持ちの飛竜が、明らかに線が繋がった受話器を握りしめている。
彼らとは隔たっているといっちゃぁそれまでだが、なぁに、モニター越しの会話なんて、俺にとっては日常だ。いつもより、ずっと近くにいるのが分かるだけに、こんなんだって心強い。しゃべり終えた俺は、歩の反応を辛抱強く待った。
「なるほどね。こっちが把握している状況を言うけど、その子大丈夫? そっちの状況、結構キツイよ……」
歩がザキさんを心配している。女の子に優しくするっていう男の基本を漸く覚えたらしい。同期の出世頭だし、これで一番最初に嫁さんゲットできるだろう。例えば春花に再度アタックするとか。
「本人に聞くわ。ザキさん。あれは俺と飛竜のタワーだ。顔も性格も俺たちと違っていま一つだけど、データ分析のプロ。
奴がああいう言い方をしている以上、こっちの状況はちょっと有り難くないって意味なんだけど、正気で聞ける? 取り乱す自信があるなら、その辺で耳ふさいでてほしいんだけど」
青い顔をしていたが、彼女は気丈にも頷いた。俺は軽く顎を引いて歩を促した。
「プールの回転が止まってゼロGになっているのは、サンガとの接続部が千切れたから。プールに回転と推進力を与えていたのはサンガの動力だから、そっちは自力で何もできない。重力を発生させる回転が維持できないから、千切れたあとに回転軸とドーナッツの摩擦で減速して停止したようです。
擬似重力を無くしたのはもちろんそっちのインフラでは悲劇だけど、急停止でなかったのは、不幸中の幸いかも。ここまではいい?」
歩は他の連中と違って、俺がどこまで理解できているか確認しながら進めてくれる。その押しつけがましさの一切ない、自然な距離感が心地いい。
「へーっ。千切れたの? しつこいくらいの多重安全の仕掛けが、全部カスるって、レアだよな。そんなんあるんだ。劣化かな。テロとかの可能性ってあるの? どのみち、ここが最低ラインかな」
歩は答えない。まだ最悪が待ってるらしい。だが、少しの沈黙のあと、あいつにしては明らかに口調を軽くして続けた。
「現場検証してないんだ。爆発物でも観測されたらテロになるかもしれないけどな。まぁ、今は優先順位低いから、原因の究明は飛ばしますね」
「邪魔して悪かった。ここまで大丈夫」
俺の答えに歩が頷く。
「次。千切れたといっても、サンガのほうはデカイ。軌道もそれほど変わらずに安定して通常軌道を保っている。千切れたときの振動も、通常の姿勢安定機能に吸収されて、特に住民が体感できるレベルの衝撃はなかった模様。
サンガに家族がいる人間は、そっちを心配しなくてもいい。この情報はもうお前が立ててくれたオープンチャットスペースに流した。あぁ、プールが千切れて浮遊してるって方じゃなくて、サンガは問題ないッてほうね。念の為」
ザキさんがちょっとだけ安心したというようなため息をついた。背中に当たった吐息が気持ちいいっ。
今度は俺の表情を見て、一呼吸置くだけで歩は続けた。
「そっちのライダー・プールのほうは状況が良くない。サンガから離れた衝撃で、軌道が変わっている。今、角度が……地球に対して鋭角。これから導き出される結論は……」
俺は少し考えようとしたが、すぐ止めて歩の種明かしを待った。アホが考えても時間の無駄だ。こっちが考えようとしてないのが分かったのか、
「重力を振り切るだけの遠心力を保っていられない……。つまり今、プールは地球に対しての高度を下げ続けている。角度も慣性に従って深くなっている。大気圏に達する頃には、弾かれる方ではなくなりそうだ。……つまり……」
歩が語尾を濁したので、俺は弾かれないほうの展開を納得した。
──落っこちるわけか。
「分かった」
最後まで言わなくていい、女の子には可哀相だ、という続きも飲み込んで、俺は歩を止めた。
ザキさんは分からないのだろう。悪い想像をしている顔をしているが、多分、彼女が想定する最悪より、悲惨なはずだ。まだ悩ませておけばいい。
「そこが最悪か?」
歩が首を振ったので、俺は全てを投げ出して泣き崩れる準備をした。
「もうちょっと続きがある。計算上、大気圏で消滅する可能性が高いとはいえ、ゼロにならなかったら高熱の塊が直撃する。AIシミュレーションによる予測地点の国から、ウチの国に、大気圏突入前に……」
歩はザキさんに気をつかって表現を丸めてくれている。その割に、左手をグーにして、右手の人差し指で鉄砲を作ってバンというように拳を撃ってみせた。
グーはパーになってひらひらと泳いで、どこかに向かって落下した。
一人ジャンケンってわけじゃなくて、電子破壊砲辺りで、プールごと焼いちまうって案が出てるってことだろう。片や地球環境と数万の命の危険性。片や、確実な命の切り捨て。でも、たかがプールの人口分。
人命尊重が国是の、ウチのお上が一番フリーズしやすいやつだ。
歩は淡々と続ける。
「にもかかわらず国軍には……、まだ何の音沙汰もない。たぶん、例の悪い癖だ。慎重に検討しますって」
歩がつぶやくように続けた。その言葉が俺の懸念に真実味を加える。やっぱりそうなるか。見ると、眉間がわずかに歪んでいた。歩に慣れてなければ、多分見逃すだろう表情。でも俺には──多分飛竜も──分かる。
「ここの人口って1万くらいだっけ?」
連中が天秤に乗せた重さが知りたくて俺は聞いた。
「許容人口はね。実際的には8000をきるくらい」
ほぼ即答。多分、調べ済みなんだろう。
――こっちは8000か。
本来、政府というのは、そういう決断をするところだ。大儀のために少々の犠牲は止むを得ないってね。犠牲を押しつけられるほうにしたら、冗談はどうぞ休み休みにと言うしかないが。
だけど国は特殊だ。そんな決断をしたトップは確実に政治生命が終わる。最悪、決断したことにされた誰かが自殺に追い込まれる。それにしても8000か。うん、動かないな。
「そろそろ最悪まで来た?」
恐る恐る聞く。
「多分」
今度の歩は迷わなかった。
――ようやく最低か。長かったな。
飛竜の声が聞こえた。
「一昨日、一緒に飲んだのが、最後ってのは、いただけないなあ、飛竜」
――全くだ。
一呼吸置いて、続けた。
――柏木に、ネット系の情報収集頼んだけどな。何かさせとかないとプールに突撃しかねないんでな。
で、新情報。そっちに小学生がいるらしい。それも三人も。
……マジかよ。おい、データマン、もっと最低があったじゃないか。
「どういうルートからだ? ……あ、いい。報道か……」
確認しかけた歩が、すぐに質問を引っ込めた。やつの視線がこっちから外れ、別のモニターに注がれている。
「報道に基づいて確認した。五年生だ。男児二名、女児一名。密航してテラGショック。サンガに帰したいけど168ルールでプールからは出せない。カプセル・シューター中継ポイントの常温保管品倉庫で、この一週間、遠隔授業を受けていた、か……。保管用コンテナが固定されてたらいいんだが……」
閉鎖空間。固定していたとしても全数は期待できそうもない。動き出すそいつら。子どもが隠れる場所はあったのか。あったとして強度は?
俺の顔は、多分、歩より数倍分かりやすく歪んだだろう。ザキさんが背中のほうにいてよかった。
「観測はしてないから想像だが、ゼロGのサンガとのジョイントが吹き飛んでいたとしたら、今、そこはクラゲみたいにすべてのシューター・チューブが漂っている可能性が高い。そうだった場合、倉庫の中は、そっちよりカオスだ。バタバタ動き続けてるとしたら、ま、あんときみたいに……なってるかも」
うわっ、と、俺は声をあげかけた。あの、トラブル・バーゲンの悪夢が蘇る。振り回され続ける船内。頭を強打して意識がないクルー。めり込んでる爆弾。テレビ中継。
「ごめん、多分、今度こそ最悪の底だと」
歩が謝った。でも、まだ付いてる「多分」が、この上なく凶悪だ。
――あと、同じテレビで吊り上げるか、押し上げるかって話が出てたらしい。柏木の奴、シャトルで押し上げられるならツッコミますって言ってやがるけど……無理だよな。ナビなしで突っ込むのは。
はあ? 今何とおっしゃいました? 飛竜さん。心の声とはいえ、飛竜に「さん」をつけるくらい、俺は混乱した。
「データマン斉藤、マジシャン高柳。押し上げられるとして、具体的にアイデア……出せるか?」
無茶を仰る、飛竜ちゃん。俺は思い切りよく倒れてみせた。無重力万歳。ちっとも痛くねぇ。
「試しにぶつければいいじゃん……」
悔しまぎれにつぶやく。パンピー柏木の突っ込む発言、その意気や善し。
「はぁ?」
歩の声が間抜けて裏返る。
「ぶつける? って、何を」
「だから、ライダー柏木のシャトル。質量には質量。ホントはシャトルじゃあ軽すぎるだろうけど、マスコン(マスドライバーコンテナ)は、はじき合うし、シャトル程度の機動力じゃ太刀打ちできない。一発、下からプールにブチあてて見て、効果の程度を試しゃいい。お前たちも俺やザキさんがいるところを壊したくないだろ? 的(まと)は歩が決めてくれ。任せる。当然、シャトルはぶっ壊れると思うけど、ちゃんとした宇宙船外作業服がなくたって、スペジャケと金魚鉢(ヘルメット)どーにかなるだろ?」
歩が向こうで頭が痛いというように、額にしわを寄せている。
「それは無茶だ。ナビなしじゃ距離が合わないと思うぞ。カスらせるだけで曲芸だ」
「ナビくらい、俺が動かしてこようか?」
「は? どうやって?」
「外せばモバイル・モードになるだろ。何とかうまく立ち回って、突っ込ませたいポイントに持っていって、設置すりゃいいだろ? あとはタワーでシャトルの量子識別子(ID)と繋げてくれりゃ、運転手さんの金魚鉢に仮想ガイドライン投影できるじゃないか」
「外すって桟橋のロボットアームについてる制御用のあの出っ張ってるナビユニット?」
俺の発言に、珍しく歩は心底知らないような顔をする。まあ、データマンはいろんなことをよく知ってるけど、現場で実際にブツをいじるわけじゃないからな。
「それ以外に何がある?」
「あれ、外せるの?」
ふふん、歩にモノを教える機会が、ついに訪れました。俺は、心の中で勝ち誇ってふんぞり返った。
「宇宙建造物の多重安全機能のおまけだ。多分隕石とかデブリとかが想定だろうけど。桟橋のアームが使用不能に陥ったときは、予備のアームに持ってってユニットジョイント部に乗せることと、時間制限付きだけど救援機誘導用に“任意の”場所に設置可能って書いてたよ。任意って、どこでもってことだったよな」
歩の顔が珍しく面食らったようになった。
「優美ちゃん」
「だから、名前で呼ぶな」
「お前、やっぱりマジシャンだな。それ、マニュアルの端の端だろ?」
そう言って、口の端をわずかに上げた。歩流、満面の微笑みだ。
俺は緊急時に咄嗟にマニュアルを読みながら手を動かす芸当ができないから、扱う可能性のあるモノのマニュアルは、AIに解説してもらいながら、全部読む。
もちろん、記憶力無限のAIと違って大事そうなとこしか当然覚えてない。マニュアルはどれも恐ろしく情報量が多い。だけど現場が読んどいたほうがいい場所は限られている。全体図とそれぞれのパーツの名前と役割。トラブルが疑われるとき、故障かどうかの判断ポイントだ。そいつの項目だけ覚えときゃ、いざというとき、そこだけ読み上げてもらえばいい。
実際にナビを動かして使ったことはないけど、モバイル・モードがあるってことは、動かせるってことだろう。
第一、バカな俺にマニュアルのポイントに当たりをつけて、AIに曖昧検索させる方法を伝授してくれたのは歩だ。スカベンジャー・フィールドで限りなく暇な俺は、いつも加悦さんに機材マニュアルを片っ端から読んでもらっていた。
パターンを見つけてからは効率的にできるようになった。それから、新機器ニュースに載ってるやつの、どこが新しいのかポイント解説は、必ず加悦さんにしてもらっていた。
ナビリンクのアーム位置と、量子IDをペアリングして、初めて運転手さんにガイドルートを渡せるってことと、ナビ本体を移動できるってことだけ知ってれば、この程度の提案はできる。マジックとは、タネも仕掛けがある簡単な組み合わせで「あり得ない」を作り出すことだ。歩のマジシャン発言は、そういう意味だろう。
「どうよ? CDR」
俺は、歩のモニター越しに見える飛竜に矛先を変えた。
「国は国威と数千の命を秤にかけてる真っ最中。こっちは時間制限つきの打つ手なし。テレビじゃ“できない”って言ってた押し上げるってのを強行するんなら、柏木君のだけじゃなくて、何機かシャトル要ると思うけど、動員できるの? 突っ込み野郎どもの中に、自分の一つと、ここの数千……秤に乗っけられるくらいのバカって、どんだけいるの?」
飛竜がにっこりと笑った。
──いんやぁ。多分、いっぱいいると思うよ。聞いてないけど……。
そして、少し考えるふうになった。
──ウチのライダーでさ、そういうことやりたがってる奴、多分何人かはその辺でグルグルしてると思う。地上組みも、多分……?
そんなにライダーさんたちって、おかしいのか? 俺は突っ込みかけた。
──問題はシャトルだよな、一機幾らだよ。プールに突っ込んで生き延びても、松ねえに殺されるな、俺。
「お前も突っ込む気?」
歩がつぶやいた。
――ちょうど、そういう使い方で壊れちゃったほうが有り難いシャトルがあるしな。俺も、そっち行くわ。歩、お前の強権発動して、俺の発射順位最優先にしてくれない?
歩は答えない。いや、多分答えられない。飛竜は安全な地上にいる。ここに突っ込んだら、作戦失敗のときには燃え尽きるほうに仲間入りする。寂しがり屋の奴だ。俺と飛竜を同時に失う可能性に怯んでいるに違いない。
やっぱり歩は分かってない。周回してたら、飛竜は柏木君より先に、一番に試してやると譲らないはずだ。あいつは怖がりだから、一番機は、成功しても失敗しても、一番無責任にしれっとしてていいポジションだって本能的に知ってやがる。
――歩、ざっとで。シャトル、実際、幾つくらいあれば足りそう? プールが大気圏の表層で弾かれる角度に持っていけるだけでいいんだけど計算できる?
飛竜が言った。あちゃ、分かってないの、もう一人。歩に計算できないわけがない。
「お前たちねぇ……。そんな殺生な計算させる気か?」
――やれよ。
飛竜が凄んだ。うへえ、容赦ないね。こういうときの飛竜、怖いんだよね。俺には到底できない押しの強さだ。
思いつきだけの俺。利点と欠点を洗い出し、成功の可能性を引き上げる歩。そして、誰もがやりたがらないゴーサインをあっさりかけられる度胸の飛竜。やっぱ俺たち、いい組み合わせだ。
――どれくらい要る?
飛竜のたたみかけに、渋々といった体で、歩が口を開いた。
「あとで検算させるけど……」
ほら、できてやがる。
「少なく見積もって10、いや、12か13は要るかな」
──じゅ……じゅ……。
飛竜が溺れている。俺も予期できない量に頭が凍りついた。13掛けるお幾ら万円になるの?
「必要な運動量は、プールの質量掛けるデルタ・ブイ、イコール、十の七乗キログラムメートル毎秒。 対して、バージ・シャトルの運動量の期待値は、一万キログラム掛ける百メートル毎秒、イコール、十の六乗キログラムメートル毎秒として……」
歩は算出根拠を教えてくれているらしい。さっきのザキさんの気持ちが、俺にも身に沁みて分かった。頼む、せめて分かる単語で話してくれ。
――さすが情報分析能力を除いたら計算能力しか取り柄ない、あゆみちゃん。
飛竜が混ぜっ返した。
「……あゆむ」
律儀な反応、お疲れさま。
「地上からのシャトルは体積が小さいもので満載(フルカーゴ)にして、積み荷の重さと機体の重量の合算をシステムに入れて、提供することは可能ですか? 多分、軍は動きませんよ。これだけのバージ・シャトルを揃えられないなら、柏木機の突入も要りません」
ここがどでかい棺桶になるって、そういうことだろう。
「ライダー・プールごと助けられない場合、前の飛竜みたいに、それぞれスペジャケ着て、簡易宇宙服モードになって脱出してもらってもいいですけど、ヘルメットが足りますかね。全員救助は間に合わないですし、それに、あれ、かなりキツいですよね。だとするとシャトルかき集めるほうが勝率は高いですけど……」
飛竜のトラウマ・ポイントを正確に攻撃してやがる。俺は、呆れた。でも、多分、歩にそれをやってる自覚はない。これだから、もう……。
もう一度、助けが間に合うか分からない状況で酸素供給ユニットなしに宇宙遊泳するくらいなら、飛竜は間違いなくシャトル強盗を選ぶだろう。
あ、俺も歩に聞きたいことあった。
「データマン、勢いついて止められなくなるまでの猶予時間も見積もって」
少し歩の目が閉じられた。すぐに計算が終わったのか、開かれた目がまっすぐ見てくる。
「大気抵抗、初速、現在の角度、質量。爆発を疑うくらい不自然に角度がついてるけど、それでも15時間は安全だと思う。ただ、この作戦を続けるか捨てるかの判断は六、七時間をリミットにしたい。それ過ぎたら、シャトル集めても間に合わないだろうし。大甘に見積もって10時間、できれば、体勢整えるまで……6時間……ってとこかな」
俺の想定したよりは若干マシだ。Vサインをみせようとしたときには、もう歩の後ろのモニターは空っぽだった。思い立ったら、即行動の飛竜のことだ。シャトル強盗、もとい、使用許可を取りに実質の霧島運輸のドンにして霧島姉弟の一番上、霧島松姫に土下座しに行ったのだろう。
さすが飛竜。
