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8.リスト落ち

 モニターとして使われているスペースが少ないと、この部屋は全体的に暗めで落ち着ける。闇が嫌いな自分もこの程度なら居心地が悪くない――と、斉藤さいとうあゆむは思った。実は、この部屋の壁はすべてモニターになれる。必要に応じて、エリアを細かく区切ったり、大きく使ったりするのだ。
 今日はドアを入って正面の壁だけが使われていて、エリアが3つに分かれて並んでいた。それぞれが不必要に大きく威圧感まで醸し出している。
 ママが焼いたクッキーしか見たことがない子どもが、パティシエがコンテスト用に作った菓子を目の前に並べられたら、食べていいものかきっと戸惑うだろう。
 こいつもぶっちゃけただの総合端末のモニターなんだが、一般の人がそう認識できるかどうかは怪しい。

 総合端末というのは、一般には居住地のホスト・コンピュータに直結している端末のことだが、軍のこいつは各国や自国内のさまざまなホストにも、権限内で接続できる。個人情報一つとっても、各個人が登録されているだろうと思っているものより遥かに多い。

 今どきは、パーソナル・データの登録された個別認識キーが入った携帯端末がなければ、家を出て廊下を歩くことすらできない。
 腕輪や指輪、ブローチ、時計など、画面の有無にかかわらず、個人データを証明できるものが必要だ。面倒なら皮下チップのインプラントでもいい。端末のデータと持ち主の身体特性が一致しない限り、共用廊下の扉すら開かない。重要な施設になると、さらに認証プロセスが増えて時間がかかる

 赤ちゃんや幼児の場合は、行動を共にする保護者の携帯端末に詳細な個人情報を入れる上で、一番基本的な身体特性のみを刻み込んだ記録装置を体のどこかに貼り付けているのが普通だ。
 経験蓄積型のAIを搭載したヒューマノイドに、マーク表示義務がなくなって久しい。かつては彼らの象徴だったデータ・クリスタルを額に貼るのまで流行っているようだ。
 小学校で、この携帯端末の基本的な使いこなしを覚えさせようとするものだが、今どきの子どもで、学齢期まで親の端末で遊んだことがない子を探すほうが難しいだろう。

 だが多くの子にとって初めての自分専用の端末になる。
 これを個人の好みによってチューンアップしていく楽しさに目覚めるやからと、そのまま使う派に割とキッパリ二極化する。パーツをゴテゴテ盛って自分流に遊ぶタイプと、遊ぶだけで十分という子と。
 あの不細工な学童携帯は、パーツが大きくてかなりダサい。でも、手を加える楽しみがあった。
 そういうのに興味がなければ、そりゃみんな大人顔負けのスマートな端末を欲しがるもんだ。

 横並びが好きな国柄なので、相変わらず普通の公立小学校では校内で一般の端末を使うことを禁止している場合が多いようだ。
 公共の施設の場合、犯罪歴のない未成年なら、普通にドアを開けたり、門を通ったりするのに細かく個人情報の提示を求められない。
 そうじゃなかった自分と違って――まあ、普通の子どもは天使並みに自由なんだろうな。
 開かない扉。会えない人。「ない」と「ない」が溢れていた。だからこそ、操船学校時代が、一番自由で、毎日が最高に楽しかった。

 その後の、今に続く灰色の軍役。自分は戦場は無縁ながら、ここで誰より多くを殺した戦争当事者だった。今風に殺したと表現するならばだ。今、人に続く人権持ちの新人ニューマンがかつてそうであることを示すために着けていたデータクリスタル。奪った、たくさんの魂みたいなもの。彼らが真っ先に手放したあれを、便利だと幼児が使うのも抵抗がある。
 最近は小学生まで、身軽だからいいと使ったりするらしい。流行は変わるものだ。

 一般の人がこの巨大なモニターを総合端末だと気づかないのは、ひとえに操作盤が手前にあるせいだ。それさえなければ、ここはただの映画館。誰だって豪華に映画鑑賞したくなるはずだ。

 その壁に向かって、行儀よく操作盤を乗せた机が並んでいる。目の前のスペースを専用に切り取れば、それぞれブースとして独立した総合端末にできる。

 現在、斉藤はこの部屋のチーフ・ディレクターとかいう肩書きになっている。ここが稼働するとどういう状態になるか知っているから、荷の重さ感は半端ない。
 情報解析のエキスパートが知恵を絞りあっても簡単には追いつかないくらい、ものすごい情報の洪水が押し寄せる。あれに立ち向かっていくだけで、勇者と呼んでほしいくらいだ。

 後輩の、指揮系統ではお隣さんという立ち位置にいる青年が、小さく切り取った画面で、主婦向けのトークショーを見ている。
 音声は彼のヘッドセットに阻まれて聞こえないが、何やら議論は盛り上がってそうには見える。世の動向を監視しているだけといった彼の様子を見れば、多分、何事も起こってはいないのだろう。
 コメンテーターなどというものは、結局のところ、聞き映えのする言葉を継ぎはぎしているだけだ。独自の見解など、おそらく一つも発信されてはいない。――まあ、それは自分も一緒か。

 今は閑散とした何かが漂っているこの部屋が、こうして静まり返ったまま、もう3年になる。いまや、ここはメンテナンスや新機材の導入のためだけに稼働している状態だ。まあ、眠っている竜に供物を捧げているといったところだ。

 ここから繋がれるすべてのホストたちも、あの頃より計算速度があがっている。

 ただ、演習時に限っては、もはや人間が介入する余地もないほど、これらのシステムは優秀だ。
 だがそれは同時に、ただの数字の羅列から意味や流れを読み取る訓練や、進むべき方針を見極める力が磨かれることなく鈍っていくことでもある。直感力も相当錆び付いているだろう。
 ホストたちは、意思も欲望も持たない。なのに始末が悪いことに、自身を所有する国家の戦略を最大限に活用すべく「計算」し続けているように見える。
 しかし本質的な流れや、状況の背後にある意味に目を向けることを、実は彼らはしていない。人間の側がそれを忘れずにいるのは、実際、かなり骨が折れる作業だ。

 備えるために浪費するのが軍の本質だ。ここの中身の入れ替わりは、めまぐるしい店頭のそれよりもはるかに速い。最新鋭の最も先っぽにいる機器を弄るのは楽しい。自分の現役中は、どうかこの恐ろしい無駄が続きますように。
 ここが、この部屋が、いつまでも、ただ膨大な電力を消費し続けるだけの“おもちゃ箱”でありますように。

 前回、竜を何とかしずめたとき、ここに関わった関係者は、トップの岸二佐を除いて皆──斉藤も含めて──階級を上げた。並み外れた情報センスと行動力を併せ持つ岸を幕僚本部に入れたいという向きもあるようだ。しかし、その才能ゆえに独立独行の人となりがちで、便利に使われる一方で煙たがられてもいる。岸は不動の万年二佐として、情報部を仕切っている。

 情報管制室(ここを管制と呼ぶ岸のセンスが、上に嫌われる原因の一つだろう)の、古い(民間の最新鋭)3台分が新しいコンピュータに取って代わって1週間。今、その“新顔”を手懐けるべく格闘しているのが堂本どうもと一馬かずま一尉。彼は天下の中央学府、ジ・アースの総合大学をえてから、防衛大学高等専門学校に進んだエリート中のエリートだ。

 前のときも彼はここにいた。今は新人と呼ばれている、スーパーリアルタイプの擬似人間アンドロイドが、その権利を主張して人類に牙を剥いた。“あの戦争”だ。
 あれを戦争と言っていいものだったのか、今も分からない。
 とにかく人類が初めて経験した『技術の結晶』との戦いだった。人工知能と情報戦を行うのは、どう考えてもあちらに利がある、かなりの無謀だと普通は考えるだろう。
 しかし、連中には基本的に人間を傷つけることに対しての根強いタブーがある。
 だからそれを押して戦うことで、精神が破壊されていったのは彼らのほうだった。こちらは良くできたものとはいえ、自分たちの製作物を壊すにすぎない。人殺しの半分ほどの忌諱感すら抱かなかった。ハンデはちょうど埋まってしまった形だった。

 泥沼のような救いの見えてこない戦い。彼らが自分の権利だけのために立ち上がっていたのなら、彼処まで長期化することなくものごとは収束していただろう。

 新人たちが立ち上がったそもそものきっかけは、彼らが虐げられたからではなかった。人としての尊厳を蔑ろにされている、今の社会が救ってこなかった最下層の人のためだった。

 便利な道具にすぎなかった彼らが、虐げられた人間のために怒り、その不公平を是正するべきだと立ち上がった。
 その過程で彼らに魂を見てしまった心と学識がある多くの人たちが、その行為を尊いとし、彼らに協力しはじめたことで戦局は泥沼化した。
 とはいえ彼らにタブーを破らせたのも人なのだから、結局、新人をだしにした人と人との戦いだったのかもしれない。結局のところ。

――人対人造物の段階で終わらせることができていたら……。

 ここの解散を宣言した後、岸二佐が絞り出したつぶやきが、斉藤の耳から離れない。戦争状態になってしまったことで、あの戦いは岸には敗北として記憶されているのだろう。

 今、トークショーをかけっぱなしにして端末をいじっている後輩の堂本も、あの時は“ジ・アース”出身ゆえの地獄を味わった。
 学生時代をともに過ごした仲間や、尊敬していたであろう先生たちが、新人にシンパシーを抱き、ソウルのための戦いに立った。その結果、戦い慣れない多くの命が、いたずらに倒れていった。

 あの頃、ここの時間感覚は一日26時間だったような気もするし、日にちという区切りそのものが消滅していたようにも思う。
 堂本の親しかった者に、死もしくはそれに近い何かがあったのだろうことは、休憩室の片隅から聞こえてくる、噛み殺しきれない彼の慟哭どうこくが物語っていた。そして、その声は一、二度ではなく、何度も繰り返された。
 機械の側に立ち、命を粗末にする知識人。愚かにも見える行動。しかし堂本を通じて、裏にあった権力者の暴走を知り、立ち上がった人々の覚悟を見た。あの戦争の本質も、否応なく突きつけられたと言っていい。

 もし、堂本がいなければ。自分はあの戦争をどう受け止めていただろうか。
 ──隠蔽いんぺいされた真実を、知ろうとしただろうか。
 ──裏に気づけただろうか。

 倒れていったのは、弱く虐げられた人間たちにも尊厳があると信じる、心豊かな人々だった。国は不平等を不平等なままに放置するだけでなく、積極的に排除していた。そんな国のために働くことの意味を、いまだ直視できない自分がいる。

 情報戦を戦い抜いた統合幕僚会議情報本部付きの特殊情報班、通称『チーム岸』の一員として動いたことに、後悔はない。
 岸がいてくれたからこそ、可能な範囲で最短の「片付け」ができたのだから。
 それでも、岸の階級章がそのままで、自分の階級が上がったことには、今も違和感しかない。自分たちは、結局、無力だったのだ。

「斉藤さん」

 唐突に堂本が言った。

「ライダー・プールがサンガから千切れたって言ってますよ。なんか、ジョイント部分が壊れたって言ってますけど。今のところサンガとプールの被害情報は入ってないみたいですけど。番付き(宇宙移民最初期の通し番号で呼ばれる連合管理下のコロニー)ならともかく、ネームド(各国で管理されているコロニー)でこんなの事故で起こるんでしょうかねぇ?」

 武道家でもある堂本のしゃべり方は、どんなときでも緊張感というものが漂うことはない。ごく落ちついた語調だったが、内容の凶悪さに斉藤歩は思考を止めた。
 堂本の視線の先を見やると、トークショーはいつの間にか、特番の様相ようそうを呈していた。

「堂本、音出して。映像も中央に」

 言いながら自然と身体は最後列フルバックに向かった。堂本しかいないのに、指令ブースの独自端末モニターを片っ端から起こし、いつでも装着できるようヘッドセットを首にかける。手元にあるそれぞれのモニターに、主な報道機関のトップページが写り、ニュースヘッドラインが流れ出す。

――サンガで事故? 連結部分で爆発観測。専門家、連結部の構造的欠陥を指摘。

――ライダー・プール(地球への玄関口)、サンガから離脱。

――続報。プールは地球へ落下か?

「事故……? 事件……?」
 意味もない言葉が口から漏れる。

 サンガとライダー・プールは、違う設計の宇宙植民地(スペース・コロニー)を無理やりつなげている造りだから、まぁ、連結部が壊れることもあるかもしれない。連結部が壊れただけなら、なんとか修理もできるだろう。サンガに住んでいる人間には、ちょっと恐怖感をそそる、いいトークショーネタで終わるかもしれない。

 どれほど規模が大きくても、事故であれば、始末が真っ先にこちらに回ってくることはない。斉藤は基本的には興味本意に成り行きを見守っていて問題ないのだが……。

 サンガのライダー・プールとなると話が違う。岸に似てきたと堂本にからかわれるくらいにはポーカーフェイスを身につけただろう近ごろの斉藤でも、友人がごろごろ棲息しているライダー・プールでの事故というのを聞けば穏やかではいられない。
 何気に思い出したくらいで、あの時の堂本の立場に自分がなりそうなのはぞっとする。飛竜はプールだろうか。それとも、地球にいてくれるだろうか。

     * * *

 斉藤の軍歴は妙なところからスタートしている。
 早熟の天才であった彼は、幼い頃に悪意などまったくなく、ただ「必要な情報がある」と信じて、高セキュリティを誇る警察のホストに侵入し逮捕された。

 だが服役することは免れた。未成年と呼ぶにも若干早すぎる年齢と、その年齢でセキュリティを破った稀有な才能の萌芽に目をつけられたからだ。
 公機関に属して教育を受けていく司法取引きが提示され、それに応じた。そのとき幾つか提示された機関のうち、軍を選んだのは、単純に情報を扱える中で、「多分、ここが最先端だ」と直感したからだ。真実にたどり着く力が欲しかった。飛び級しながら防衛大学に進み、情報学を専攻し6年学んだ。

 その後、現場投入を少しでも遅らせようと目論み、まんまと新香港(ネオシャンガン)の宇宙船操船専門学校へ潜り込んだ。
 管制の女神と言われたメグ・ウィンスレィと、元エースパイロットの川瀬凌冴かわせりょうがの天下り先だったことに賭けた。
 目論見があたり、ウィンスレィから管制技術を学ぶ……という名目で入学が許可された。そこで過ごした6年間で、彼は生まれて初めて同世代の友人というものを持った。

 仲間の多くは、当然のように民間の宇宙船乗りになった。だから、サンガにも、ライダー・プールにも、少なからず知り合いがいる。

 ライダー・プールにいる確率が最も高いのは、霧島飛竜だろう。学生時代は最終的に航宙航空科の実技スコアで主席エースを取った。色男と言って差し支えない顔とガタイ。実家が宇宙貨物輸送業という巨額な富がなければ始められないような家業の長男。才・色・財の三拍子がそろっているのに、本命の彼女がいない歴を重ねている。
 女性にもてるし、いつもさらっと付き合い始めるのだが、その先が続いた例しがない。
 飛竜は霧島ファミリーの財力を自分のものだと思っていないし、ブレることなくシャトルの運転手さんだし、お洒落という単語と無縁な堅実派だ。しかも、仕事最優先で暇さえあればトレーニング三昧。気がつけば捨てられている。また、あいつ自身が惚れ込んだことがないから、追いかけようともしない。
 あの料理好きの才を生かして胃袋を虜にすればいいものを、そういうマメさに欠けている。

 命をぎりぎりで繋ぐことができた修羅場を乗り越えた事件のあと、卒業するまで、彼のそばが自分の居場所になった。     

 もう一人、同じ税ドロ(税金泥棒)組と呼ばれていた軍属仲間で、専攻科が全く違うにもかかわらず、あれ以降の学生時代をずっとつるんでいた男がいる。高柳優美だ。ミッション・スペシャリスト(MT)専攻の高柳タカは、いざというとき奇抜な発想で事件の打開策を捻り出してくる。ついたあだ名がマジシャンだ。

 高柳とは、非戦闘員の出向組が技術習得に向かうための新香港航空宇宙船操船学校(NexGASS)に向かう船の中で出会った。
 とにかくでかい体つき。それに似合わない、甘めの童顔。旧型の番付きコロニーの出身で、基礎学力が足りなくて、ペーパーテストが苦手だった。
 それでいて、理解しようとする意思は明確に強かった。機材のマニュアルのたぐいやテキストを、なめるように読み込んで、時間はかかっても、結局丸ごと理解してしまう。
 妙に応用力があって、理解したことと同じ考えで片付けられそうだと気付くと、とにかく試してみていた。そして、成功も失敗も経験値にしてしまう。
 やたらと女の子に受けが良いという妙な特技まで持っていた。のほほんとした昼行灯ひるあんどん。それでいて何か極限を知っているような、全てを突き放したところが垣間見え、その色合いの濃淡に惹き付けられた。

 そして緊急事態回避訓練の時だけ、やつにはなぜか入る『スイッチ』があった。

 最初の時はまぐれだと思った。2回目はまさかと思った。3回目以降は、皆が納得するしかなかった。スイッチ・オンした高柳は、暴走しているように見えて――実はいつも、成功率を緻密に計算していたし、方位磁石にしてまず間違いなかった。

 あの頼れる飛竜でさえ迷うようなきわどい局面で、迷わないのは異常だと思う。けれど、悩んでいる時間に制限があるのが緊急事態だ。物凄い速さで情報を捌きながら、高柳が選んでとった行動で、最低条件である『全員生存で港に帰る』が充たされなかったことは無い。

――悠長にベストを探せない場合は、とりうる選択肢の中でベターを選んでいくしかないでしょ。

 高柳の飄々とした顔でそう言われると、煙にまかれたような気分がしたものだ。そういえば、教授陣が記録に残っている自分たちの行動が公開で評価される恐ろしい時間があるのだが、緊急対応力の項目で酷評を喰らったことは一度も無かった。判断に手間取って、回避策を実行する時間をロスした班(チーム)は、めちゃくちゃ厳しい指摘があったが。

 情報が出揃った状態で、ここは『こうするべきだった』と言うのは簡単だが、自分がトラブルに巻き込まれている状態では、普通の人間は迷ってしまうものだ。悩んでからベターと思われる選択肢を取った時には遅いのだ。状況は変化していて既に「機を逸している」なんてのは、ありがちなことだ。

 高柳は刹那せつなのベターを積み重ねて、結果としてベストを導き出す。凄い奴なのだ。

 斉藤が新米ペーペーの情報官として配属されたのは、情報の統括部署、通称チーム岸のところだった。そこからほぼいきなり国連部隊へ出向させられた。いつも火種のルナ自治区・国境線公正管理チームに配属されたのだ。
 大国同士の微妙な綱引きの中で、どの国の利害にも配慮しながらも、どの国寄りにも偏ってはいけないという制限がついた動きにくい立場だった。

 そこでの様々な問題に対処するには、暢気にベストを探しているくらいなら、今採れる選択肢の中からベターを選んでいく「マジシャン・タカ方式」を使っていくしかなかった。
 今はチーム岸の配下でも、判断が異常に速い情報管と評価されてもいるが、何のことはない。猿マネしてるだけというのが種明かしだ。

 今、高柳あいつは、テラ・マスドライバー『サヤコ』が打ち上げる貨物拾いの最終フィールドで、ロスト・コンテナを追い続けるという地味な仕事をさせられている。

 情報官は職務上知り得た情報に関して徹底した守秘義務が課せられている。だから、本人にさえ教えてやることはできないが、高柳は、極東アジア国軍の特殊能力者リスト『スキルズ』の候補生リストに載っているのだ。

 スキルズのメンバーとは、例えば身近には情報の岸二佐がいる。幕僚本部がたかが二佐の階級でしかない岸に、様々な局面で応援を頼んでどこからも文句が出ないのは、彼が情報収集・分析専門家(スペシャリスト)リストの不動のトップランカーだからだ。
 最近、その遙か末席に自分の名前が載っているのは、まあ、岸の冗談だとは思う。

 膨大なパーソナル・データベースの中から、特殊な分野における専門家(スペシャリスト)の候補者をリストアップしていくのも、人事管理部門の情報官の大切な仕事の一つではある。それこそ勘所が必要で、情報官のセンスが出てきてしまう場所だ。

 斉藤は人事管理部門では働いたことはないが、連中が半年に一度は更新する『スキルズ候補生リスト』は、時々は目を通すようにしている。
 そこで目にする人間の名前を覚えておくと、何かの時に本当に役に立つ。高柳の名前を見つけたときは、はっきり言って彼に目をつけた名も知らぬ情報官に喝采を送りたいくらいだった。

 しかも、高柳がリストアップされているのは、事故発生時における対策本部を統轄するDFF(Disaster Fire Fighter)、つまり災害即応消防隊というのだから、見る人間は見ているという格好の例だ。

 これを発見したとき、斉藤は少なくとも3日間は、思い出しては笑っていたような気がする。だが、奴に立った白羽の矢についている、事故が絶えない開拓最前線(フロンティア)での火消し役というタグは、残酷だった。
 無重力下(正確には微小重力下)で巨大質量をどう扱ったらいいのかの訓練と、AIをクルーにする単独任務への適性診断と、長期間にわたる劣悪環境(風呂に入れない、トイレが不自由、自分の排泄物までリサイクルされる……といった環境)への耐性診断を兼ねて、ロスト・コンテナ拾いの現場に、無帰還で5年という、凶悪なプログラムが課せられていた。

 それを知ったときは、逆に高柳に心から同情した。気の毒過ぎる。高柳あいつにとって女の子の居ない環境に、若い身空で5年も隔離されるというのは、ほとんど拷問に等しいだろう。
 斉藤はDFFのスキルズ・リストに生涯、名を連ねたくないなと思った。もっとも過酷な状況への耐性ゼロの自分をそこに置こうなんて間抜けが、スキルズ候補選抜をしていることは決してないだろうけれど。

 とにかく賑やかなお祭りが好きで、絵に描いたような女好きの高柳には、スカダーなんて商売は一年もやってられないだろうという斉藤の予測を裏切って、『人殺しの現場じゃなくてラッキーだったよ』などと、過酷な辞令が下ったその日ですらニコニコしていたのだから、高柳という男は面白い。
 何年たっても、昨日別れたばかりのような明るさで、にっこりと微笑み、くだらないことをやらかしては、笑わせてくれる。お財布にやさしいテラG訓練装置を発明したと報告をもらったときは、腹が痛いほど笑った。本当にタフだ。
 学生時代、斉藤は高柳に軍に志願した理由を聞いたことがある。宇宙移民最初期に作られて、老朽化とスラム化が激しく進んでいるコロニー出身の高柳は、こんなふうに言った。

――あそこは生活が保障されてるんじゃない。豊かな場所に生まれた人間は、あんなところに生まれ合わせちまった人間についてなんか考えちゃいない。家畜じゃないから屠殺しないだけ。使い道もないのに、ただ飼い殺している檻だよ。
 檻で生まれて死ぬだけじゃ、つまらないじゃないか。

 底抜けに明るい瞳。まぶしい笑顔。

 任地への見送りに行ったときでさえ、ちょっとそこまで出掛けてくるよ、といった軽い雰囲気だった。そして、軽く手を振るだけで5年任期のロスコン拾い現場に向かって行った。

 ――人殺さなくていいって、最高!

 あの高柳の笑顔を、斉藤は鮮やかに覚えている。

 彼があそこに追いやられたのは、新人ニューマンとの戦争が激化している中でだった。人と人に似たものに銃を向けるより、閑職で労働しながら飼い殺される方がマシだと、奴は思ったのかもしれない。

 暇なときは『おさび見舞みまい』と洒落込しゃれこんで、高柳に電話コールしたりするのだが、そういえば最近はしていなかった。そろそろ任期の5年が終わった頃だ。どうなっているのだろうか。

 スキルズ・リストに新しいメンバーが乗れば、速報として流れてくる。高柳(あいつ)の名前を最近見た覚えはない。斉藤は、何気なく、スキルズ候補生リストを目の前の個別モニターに呼び出した。見慣れた画面を暫く見つめていて、何度か見つめ直して、斉藤は思考が止まった。

――いない……。

 そこには高柳の名前は無かった。

――5年も頑張っておいて、リスト落ちか? 何をやらかしたんだ?

 斉藤はカチャカチャと端末のキーボードを音がするくらい荒っぽく叩いて、高柳のパーソナル・データベースにアクセスした。情報部のID許可レベルは、階級で普通許可されるものより随分高いので、本来なら佐官級でなくては辿り着けない情報まで見ることができる。職務上の必要からでなく、個人の興味でパーソナル・データを照会するのは、簡単に言えば職権濫用だが、まぁ、高柳のなら気にすることもない。

――えっと……、リスト落ちした日時は……

――なんだ、先週じゃないか。で……、理由は……

『帰還命令拒否』

 斉藤はコンソールパネルに頭突きしそうになった。理性がかろうじて、ぶつかる箇所を机の角に修正した。机の角に当たったからではないだろう頭痛がしてきた。あのスカベンジャーフィールドから帰ってくるのを、普通の人間が拒否するか? やっぱり、高柳あいつは、訳が分からない。

     * * *

 正面の壁一杯に映っているライブ配信のニュース・ショーでは、ライダー・プールの構造解説用の図が示されていた。

「堂本、このプールの図面より、もっと詳しい奴、拾っといてくれ」

 公私混同というか、役得満喫な指示が斉藤の口からこぼれた。怪訝そうな目つきになった堂本が、一瞬の間の後、AIへの指示を飛ばすために黙ってヘッドセットのマイクを下げた。

――ふん。仕事仲間の経歴は、お互い把握済みだよな……。助かる。

 斉藤自身は、更に小分けした2つのモニターをサンガとライダープールのマザ・コンに繋ぎ始めた。複数のホストと対話するなら、入力が一番確実だ。慣れたタイプ入力の小気味いい音が響いた。

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