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50代商売経験ゼロの私が1人で旅行会社を起業した話①

儲かる商売って、なんだろう?
以前の私は、何かを自分で興したい気持ちはあっても、損はしたくないし、やり方もよく分からなかった。
だから、フランチャイズとか、誰かが指南してくれる「楽な商売」は無いかと考えていた。

これは、そんな私が大きく変わった話。

大学時代、親の会社が倒産した。
私は、大学に授業料を分割にしてもらえるように頼み込み、水商売をしながら大学に通うことになった。
更に、母は暴力癖があった父と私を残し、兄弟を連れて出ていってしまった。
私は「人に使われることができない、60を過ぎた父」を学生ながら食べさせていかねばならなかった。

夜は2時までバイト。
大学は、小学校・幼稚園・保母の資格をほぼ強制的に取得させる学校だったので、授業数が非常に多かった。
しかも、往復4時間の通学時間で、そりゃあ大変だった。
食べるものも無くて、食パンを父と分け合ったり、何故かその頃の記憶はぼんやりしているけれど、よくやっていたな、と今は思う。

そんな経験もあってか、私はずっと「商売」に興味が持てなかった。
父のように財産を失ったり、借金を背負うようなことは絶対にしたくなかった。
ただ、お金に困る事無く食べていければ、それでよかった。

そして大学を卒業して20年近く経った頃、派遣として大きな仕事に関わったことがあった。
その現場では突然、責任ある仕事を任され、予想以上に困難な状況に直面した。

自分ができることを誠実に積み重ね、死ぬ思いで何とか乗り切ったが、結局、働く側が責任を引き受けることが多く、人によって負荷が偏ってしまう場面が多くあった。

動かないものは、より楽で当たり障りのない仕事を任されることも…。

この経験から、組織の中での働き方や自分の立ち位置について考えさせられ、思わず「もう、しょうもない上司に使われるのはごめんだ!」と思い始め、腐りきっていた。

ある日、先の仕事で別のチームにいたSさんから連絡があった。
「前回は弊社の人間が、本当にご迷惑をおかけしました。
実は、あなたの働きぶりを遠くから拝見して感心していたのですが、次のイベントで一緒に働いていただけませんか?」

私は少し迷った。またこき使われるかも…。
もう人に使われるのはやめた方がいい、独立したい…。

返事を保留にすると、Sさんは「では、1か月後にもう一度ご連絡します」と言い、そして本当に1か月後、Sさんから電話がかかってきた。
まるでプロポーズのように、
「僕を信じてください。きっと前回のような辛い思いはさせません!」

私は驚きつつも、ここまで真剣に頼まれるのはありがたいと思ったし、たかが派遣の自分にここまで向き合ってくれるSさんって…!と驚いた。
こうして私は、
「まあ、あと1年寄り道したって、独立の準備はできるだろう」
と考え直し、私はSさんと一緒に働くことを決めた。

その年と翌年、東京を離れ別の地域で、結局2年間Sさんのもとで働くことになった。
Sさんは、責任者でありながら現場に立ち、自ら動き、社員も派遣も平等に扱い、人を敬い、上司にはしっかり意見し、チームをまとめ、責任を取る人だった。
私は、こんなにバランスの取れた上司に今まで出会ったことがなかったので、当初はかなり驚いた。

2年間は、本当にやりがいがあり、過剰なほど評価をいただいた素晴らしい時間だった。
しかし、これからもずっとSさんのそばで…と思っていた矢先、Sさんは異動となり、お別れすることに。
その日、私は自分でもびっくりするくらいワンワン泣いた。

これまでの人生、一生懸命働いても使い捨てされることが多かった私に、Sさんは仕事の楽しさ、自分の存在価値を教えてくれた。
「いつか自分で商売をするなら、私はSさんのような人間でなければならない。」
心の奥底からそう思った。


こうして東京に戻った矢先、私は目の病気により
左目の鼻寄り半分と、右目中央の視野を失った。

数か月は、慣れないせいで平衡感覚を失った。
目を開ける度に気分が悪くなるので、「生きているだけでも辛いなんて」と
しばらくは泣いてばかりだった。
この頃、母が脳梗塞で倒れ、兄が若年性アルツハイマーの症状を発症し始めたのもあり、この頃が自分の人生の中で最もつらい時期だった。

時間が経ち、少しずつ見え方に慣れてきた頃、
私は、若い頃に住んでいた与論島を、十数年ぶりに旅してみることにした。
帰りには沖縄北部にも寄り、1人でのんびりと、大自然に心から癒された。

…ああ、やっぱり私は旅が好きだ。
旅で、気持ちはこんなにも変わるんだ。

世の中には、様々な病気により、生きているだけで辛い症状の人が、きっとたくさんいるのに
行きたい時に行きたい場所に行ける、こんな景色を見ることができる私は、どれだけ恵まれているのか…!!
視野を無くした目だって、神様は「半分」は見せてくれている。
子どもの頃から何度も手術してきた目が、まだ頑張ってくれている。

まだ見えている「与えられた時間」で、社会の役に立てる商売ができないだろうか。

「儲かる商売って、なんだろう?」という考えは、その頃の自分には無くなっていた。

(②へつづく)

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