【悲劇と喜劇の45秒】〜NHKのど自慢・幻の予選狂想曲〜
NHKのど自慢。それは日曜のお昼に流れる平和な娯楽番組……ではありません。
あれは、選ばれし者だけが立てる、倍率数千倍の戦場なのです。
先ずは書類審査。
自分の歌いたい歌の理由を100文字以内にまとめてメールで応募。
書類審査で数千組から200組に絞られ、予選会を経て、本選のステージに立てるのはわずか20組。予選での持ち時間はたったの45秒。この一瞬に全てを懸ける、まさに「のど自慢」たちの聖戦。
しかも地域限定。その市町村の出身者か関係性のある人限定と言っても過言ではありません。
事件の発端は、ピアノ教師をしており歌も抜群に上手い姉の一言でした。
「一人じゃ心細いから、あんたも応募して」
ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったものです。一度は二人仲良く落選したものの、リベンジを誓った今回、運命の歯車が狂い始めました。
運命の午後3時と、亡き兄の記憶
合否通知のルールはこうです。
落選なら「指定日の15時にメール」。
合格なら「郵送でハガキ」。
そして運命の8日、15時。
……メールが来ない。
姉にも私にも来ない。
「やった! 通過だ!!」
出身地でもないのに…
姉の実力なら予選通過は、今まで見たテレビでの合格者と比較しても夢ではありません。
一方
私は自慢ではありませんが、音痴です。しかし、弱いくせに負けん気だけは人一倍、やると決めたら全力全進の単細胞。
今回選んだ曲は、松任谷由実さんの『春よ、来い』。これは一昨年亡くなった兄は今回の会場の市町村が出生地で、唯一歌っていた思い出の曲でした。
「兄貴の歌を、俺が全国に届けてやる」
そんな熱い想いが、勘違いというガソリンを注がれ、私の心に火をつけました。
ロッキーのような特訓、そして……
そこからの10日間は、まさにスポ根漫画の世界でした。
YouTubeのボイトレ動画を漁り、「100点おじさん」の歌唱を完コピし、ポケカラで採点し、仕事以外の時間は全て歌に捧げました。
録音した自分の声は、最初は呪いのテープかと思うほどひどいものでした。死にたくなるほど絶望し、無口になり、それでも寝言で歌うほど追い込みました。
最初は全国平均マイナス10点。しかし、兄への思いとド根性で、ついに平均点越えを達成。
「まだ少し時間もある。いけるかもしれない。予選で奇跡を起こせるかもしれない」
そう淡い思いで迎えた予選直前。ふと気づきました。
「あれ? そういえば合格ハガキ、まだ届いてなくない?」
残酷な真実
ネットには「ギリギリに届くこともある」と書いてあるけれど、念のためNHKに電話をしました。
オペレーターの方は、慣れた口調で、しかし残酷な事実を告げました。
「お客様、大変申し訳ありませんが……迷惑メールフォルダをご確認いただけますか?」
震える指でスマホを操作しました。
そこには、しっかりと、静かに、メールが届いていました。
【落選のお知らせ】
なぜ! 前回は普通に届いたのに!
私の『春よ、来い』は、春が来る前に迷惑メールに花を咲かせました。
幻の予選、終了
その瞬間でした。
張り詰めていた糸がプツンと切れた反動か、首筋は寝違えたように固まり、アキレス腱とふくらはぎには激痛が走り、足首は捻挫状態に。
知らず知らずのうちに、私はこれほどまでに身体を酷使し、のど自慢に命を懸けていたのです。あははは…
カラオケボックスの時間を2時間も残し、私は死んだように熟睡してしまいました。
一方、目が覚めると姉は「プレッシャーもなくなったし、予定も空いたわ〜」と清々しい顔でマイクを握り続けています。うらやましいー。
私は歩くこともままならず、タクシーに抱え込まれるようにして帰宅しました。
甘くはありませんでした。
10日間の死に物狂いのボイトレも、兄への想いも、すべては迷惑メールフォルダの中へ。
これだけやって結末がこれでは、もう笑うしかありません。
春が来いより「お迎え」が来なくて本当によかったです。
【今回のゲスト・天童よしみさんへ聞いてみたいこと】
もしこの幻の予選を通過して、本選で天童さんにお会いできていたら、どうしても聞きたかったことがあります。
1. 天童さんは、初めて歌った時から歌が上手かったのですか?
2. 自分の声を初めて録音で聞いた時、「うわっ」と思わず、感動しましたか?
皆さんも、どうですか?
初めて自分の声を録音で聞かれた時どう思われましたか
神様、もし次に生まれ変われるなら
もう少しだけ上手く歌えるようにして貰えませんでしようか
迷惑メールに入れられないぐらいに
