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選べない大人と、迷わない子ども。ーー私たちが持っている余白の話

日曜日の午後、
娘と四歳の孫と一緒に、着物屋さんのイベントへ出かけました。

若いころから、
着物や帯の凛とした佇まいを見るも着るのも大好きです。
そこで出会ったのは、つづら折りの手織りの帯。

「五百万円を超えます」

その数字を聞いて、思わず声がでませんでした。

その帯は、「欲しい」という言葉が追いつかないほど、
ただ圧倒的に美しくて。
見ているだけで、胸の奥がじんわりと満たされていくような感覚でした。


お店の方が少しお話をして、
「五十万円くらいなら……」と提案してくださいました。

もし、今とは違う時期の自分だったら。
もしかしたら、その場で決断していたかもしれません。

けれど今の私には、
物価のこと、日々の出費のこと、これからの暮らしのこと。
いくつもの現実が、静かに頭をよぎりました。

美しさは、ちゃんと感じていました。
ただ、それを選び、引き受ける力――
現実と向き合いながら決断する力が、今の私には足りなかった。

だから今回は、
お願いして写真に収めて、帰ることにしました。

一方で、隣にいた四歳の孫は、私とはまったく違う世界にいました。

ママが着物を試着しているのを見て、
「ずるい!」と一言。
そのまま当然のように、自分も着付けをしてもらっています。

この二日間、
孫の口から「ママはずるい」という言葉を何度か聞きました。

でもそれは、誰かを責める言葉ではなく、
「わたしもそれがやりたい」という、混じり気のない意思表示。

できることは、迷わず、やってしまう。

安心できる環境の中では、
子どもは、自分の欲求を疑わずに外へ出せる。
守られているという感覚があるからこそ、
欲しい気持ちを、そのまま言葉にできるのだと感じました。


ねずこになったと喜んでました💗

同じ場所に立っていても、
大人と子どもでは、心にある余白の使い方が違うようです。

大人は、余白が足りなくなると、
欲しいものを「欲しい」と言う前に、
自分から手を引いてしまうことがあります。

けれどそれは、決して弱さではありません。
限られた現実の中で、自分と生活を守ろうとする、
とても誠実な反応なのだと思います。

選べなかった自分を、
責めたり、寂しく思ったりしなくていい。

もし今、
「本当は欲しいのに、選べない」
そんな感覚を抱えているとしたら、
それは、あなたのこころが怠けているのではなく、
余白が足りないだけかもしれません。

この日は、
そんな対比を静かに持ち帰った一日でした。


イラストもつくってみました💗顔以外写真みたいです。



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最後に

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あいさん💗Iカウンセリングルーム セラピスト/ 臨床心理士×公認心理師|支援歴16年・2,000名超 もし、応援したいと感じていただけたら。 その気持ちを、そっと置いていただけたら嬉しいです🕊️ あたたかな応援を、ありがとうございます。