【#3】あの日の朝、私はもう決めていた
わたし以外、誰も知らなかった。
この病院に、もう二度と戻らないと決めていたことを。
あの日の朝は、「一時退院の最終日」だった。
家族には、何時に家を出るかだけを伝えていた。
でも、わたしの中ではもう、すべて決まっていた。
「病院にいたら、よくならない。だから戻らない」
そう、はっきりと言い放った。
なだめられても、説得されても、びくともしなかった。
わたしの意志は、もう誰にも曲げられなかった。
家族は、仕方なく病院に電話を入れた。
その後、夫が荷物だけを取りに病院へ向かった。
その場に残ったわたしは、心の中で静かにガッツポーズをした。
抑えきれない笑みが、何度もこぼれそうになった。
⸻
わたしの解離状態は、当時はわからなかったけれど、
後になってかかりつけの主治医から
「急性ストレスによる一過性の解離症状」だと説明された。
心と体が限界まで追い詰められ、ふっと切れてしまっただけだった。
でも、時間の経過とともに、わたしはちゃんと戻ってきた。
自分で考えられるし、自分の言葉で話せる。
状況を見極める力も、自分で生きていく力も、戻っていた。
ただ──周囲は、わたしの回復を信じていなかった。
でも、それでいい。
誰にも理解されなくてもいい。
わたしには、わたしの気持ちがわかっていた。
それだけで、十分だった。
あの日の朝、誰の許可もいらなかった。
自分の人生を、自分で引き取りにいっただけだ。
そのとき、電話の向こうの弟が
「それは姉ちゃんのわがままだ」と言っているのが聞こえた。
──ああ、やっぱり。
誰にも、わたしの気持ちはわからないんだ。
そう思ったら、胸がぎゅっと締めつけられた。悲しかった。悔しかった。
だけど、それでもよかった。
誰にも理解されなくても、
わたしは、わたしの気持ちを知っていたから。
⸻
入院は、たった20日だった。
けれどその間に、体力も、気力も、信頼も、一度ぜんぶ崩れた。
だから日常に戻るには、時間も覚悟も必要だった。
家事はリハビリだったし、周囲の協力がなければ立て直せなかった。
それでも、あきらめなかった。
洗濯物をたたむ。
ご飯を作る。
掃除をする。
一つひとつの動作を「できた」と数えながら、積み上げていった。
波はあった。
調子のいい日もあれば、倒れ込むような日もあった。
それでも、ひとつも手放さず、やりすごして、生きた。
⸻
わたしは、弱くなんかなかった。
壊れたふりをしていたわけでもない。
わたしは、自分を守るために入院し、
そして、自分で出ると決めた。
その意志が、いまのわたしをつくっている。
あのとき、わたしは人生を取り戻した。
それは、誰にも消せない事実。
⸻
あの日、確かに何かが壊れた。
でも今ならわかる。
それは、新しい自分が始まる音でもあったのかもしれない。
もう、あの場所には戻らない。
わたしは、静かに、確かに、歩き出したから。
ゆっくりでも、自分の足で。
⸻
この文章を書ききったことで、
わたしの中に、静かな強さがひとつ増えた気がする。
あの時の選択は、間違ってなかった。
かすかに震えながらも、踏み出したあの時のわたしに、
いまならこう伝えられる──
「大丈夫。ちゃんと前に進めてるよ」って。
あの選択が、あの勇気が、
この先にはばかる壁を乗り越えていく、
わたしの土台になっていくことを──
当時のわたしは、まだ知らなかった。
⸻
あなたは、自分の心の声をどれだけ信じられていますか?
誰かに理解されなくても、あなたは自分を信じられますか?
⸻
あなたは、広く届けたい想いと、深く届けたい想い、どちらを今、大切にしたいですか?
それとも──今、心の奥にだけ静かに灯していたい想いがありますか?
わたしのように、「わかってもらえない」ことから始まるやさしさが、あなたの中にもありますか?
⸻
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