創作『あさってイエロー、まっさかピンク』第8話・「まっさかの」①
(前章「はなぞの館はなぞの館①〜⑥」概要)
小学5年生だった岩永灯多は、野遊びが好きでマイペースな少年。
不審者に襲われかけ、ピンチを救ってもらった将門さんの導きで「はなぞの館」を訪れ、不思議な吸引力を持つ少女れいに心魅かれる。
家主はづきばあばの導きで中に入ると、そこには元々少年サッカー団のチームメイトで知り合いのアキト(吾田暁斗)に加え、初めて会う他校の子たち(徐凛果、三戸好子)もいて、かれらと館で共に過ごす時間が始まる。
やがてそこに、隣の五霞町に転校した灯多の元級友、野ノ守芳子も加わる。
6年生に上がるタイミングで、灯多が市外に転校することになった。
はなぞの館のスタッフが、館の隣のお堂の下にタイムカプセルを埋めることを企画する。5年後の同じ時刻、再び皆でここに集まれるようにと。
2026年3月、高校2年生になった灯多は約束の場所を訪れ、はなぞの館の消失を知る。様々な思いを頭に廻らせつつひとり皆を待っていると、自転車が止まる音がした。

ポメラ(※1)の画面から顔を上げ、音の方を向く。
そこに、「さっちゃん」が立っていた。
きょろっとした表情に、ふわっとした佇まいで。

さっちゃん。
幸手市民には言わずと知れた、市のマスコットキャラクター。
社会科の副読本(『わたしのさって』)に載っているし、市主催のイベントに行くとかなりの確率で見かけることができる。
……よく見ると肩が上下に動いている。
どうも、「自転車で急いで来た」っぽい。
すぐ後ろに自転車が停めてある。
1、2秒見つめあった後、さっちゃんが木の下の僕に近づいてきた。
僕はとりあえず立ち上がった。
(昔、幸手にいた頃見ていたさっちゃんより少し小ぶりに感じるのって、僕の背が伸びたから?)
など思っていると、さっちゃんがずんずんずんと歩み寄ってきて、次の瞬間「んばっ」と僕をハグした。
(うおお?!)
と思った時、
「トータ!ほんとひっさしぶりっ!!
5年ぶりだね〜、ほんと、おっきくなったよねぇ!」
と、さっちゃんが囁いた。
もちろん、着ぐるみの中の人が発しているそれは、女性の声。
聞き覚えがある気が……でも、どこでだろ……、
ハグで服越しに伝わる、さっちゃんの着ぐるみの表面の感触はとても良かった。
「えっとお……、あなたは……」、
どなたなんですか?と問おうとすると、
「あーいたいたっ!もう、まずいです、遅れちゃいますっ!さすがに車へお乗りください、自転車は後で自分、回収しますんでっ」、
声を張りつつ、土手の上からスーツの男性がこちらへ降りてくる。
さっちゃんに近寄ると、手を取り、先へまわって土手の上へと大股で歩き始めた。
ぽかんとしている僕に、スーツ姿の男性が振り返った。
「あっ、それで、彼に、伝えられたんですか」、その言葉は僕にではなく、隣のさっちゃんに言っている。
ぶんぶん!
さっちゃんがかぶりを振り、男性の耳元に何か囁く。
男性が言う。
「さっちゃんは、ルール上、喋ることができません。なので、僭越ながら私が代わりにお伝えしますね。
約束のメンバーは、みんなそれぞれ来られなそうです。
少なくともそのうち二人、野ノ守さんと徐さんは、確実に来られません。
残る二人も、徐さんによると難しいようです。いまは幸手にもいないようで……あっ、本当に時間がまずいぞ、ということで待ってみても期待薄かもしれないですよ」
「すいません!」、
僕は言う。
「情報はとてもありがたいのですが、どうして、あなたがたがそれをご存知なのですか……?」
「本当にごめんなさい、もう時間が厳しい。後で事情は必ずお話しします、明日にでも、幸手市役所の秘書室まで連絡ください」
と言うやいなや、タタタンと俊敏に土手を駆け降り、もう手には名刺を構えていた。
「こういう者です」
名刺をおずおず受け取ると、
幸手市秘書室
係長 西 太助
TASUKE NISHI
(連絡先)0480-…
とあった。
「急いでるので後で、でも、また必ず!」、
言うより早く西係長氏は土手を駆け上がっていて、またさっちゃんの前に回り、手を引いてせかせか土手を登っていく。
黒のてかてか光る大ぶりな車が、いつの間にか土手の上の狭い路上に停まっている。
僕は特に車種に詳しいとかはないが、たまたまそれがアルファードだとわかったのは、隣の家の人が普段乗っているからだ。
「そうだ!『アスカル幸手』、と言って、わかります?」、西係長氏が言葉を僕に投げてくる。
「あ、わかります」、市のイベントをやったりもする施設だ。ここからは南へ……まあまあ、離れている。
「そこで、この後16:30から、『ユースさって市長』候補者の演説会・交流会というのをやるんです。
今から、我々、すぐそこへ向かわなきゃなんですが、よかったらどうです、ぜひ聴いていかれては?
なにしろ、あなたのお仲間、登壇しますよ!」、
西係長氏が、どおん!とさっちゃん着ぐるみを後部座席ドアの奥へ、放り込むがごとく押しているのが遠目に見えた。
「え?」、
と言った時には、黒いアルファードのドアは閉まり、ただちに走り出していた。
* * *
唐突に現れたさっちゃんたちが、これまた唐突に去っていったその後、かれこれ10分近く、僕はその場でぐずぐずしていた。
市役所の人⸻西係長氏の言うことを受け、アスカル幸手に行ってみようという思いに、もう火がついてはいた。
もちろんその前に、速攻でスマホ検索はしていた。
確かに市ホームページの特集ページで、「ユースさって市長選挙」というものがある。
制服姿の高校生たちが横並びで写り、その下に大きな文字で
「市長候補者 野ノ守芳子、応援人 徐凛果」
とある。
その姿に目が画面へ釘付けになりつつ、あまりのことに動揺しまくってしまう。
それでも、聞いてすぐに出られなかったのは、もう二人の仲間、吾田暁斗と三戸好子が「もしかしたら、来るかも」と思ったからだった。
……だし、さらにありのまま言うならば……、
「もしアキトが約束通り来て、僕がいなかったらめっちゃめんどくさいはず、あの頃と基本、変わってなかったら」
と心の中で警報が鳴り響き、それゆえ身体がしばしフリーズしていたから、に他ならなかった。
それでも、好奇心……、というか、アスカルで目にできる光景への思いが、もう、止まらない。溢れる。
それで、
「ええい、うぉっしゃ、もういいや行こ行こっ!」
と、ふんぎれた。
ささっと荷物をまとめ、リュックをレンタサイクルの前かごに収めると、僕はアスカル幸手目指し、夢中で漕ぎ出した。
* * *
幸手の地形は平坦で、基本的には農道が多い。
そうした道は田畑に沿って基本的に直線、なのだが、都市計画で厳密に線を引かれたなりたちではない。東西南北の方位に忠実ではまったくない。
なので、道なり「南」へ向かっているはずが微妙に、あるいは大胆に、東へ流されているとかも起こる。
特に普段走らない、ゆえに普段は知らない道だったら、尚更のことだ。
この時の僕も例外ではなく、農道をずーっと走ってきて、一度東へ流され過ぎた後、風景のガスタンクを頼りに進路を修正し、西へ走っていたところだった。

スマホのMapアプリに頼れば楽……、
もちろんそうだ、そうなのだが、この時僕のスマホのバッテリー残量はうっかりしたことに5%しかなく⸻はなぞの館の跡地で待っている時間に、そのことに気づいた⸻、スマホの機器としても持ち主としてもセーブモードだった。要は、あまりちょいちょい見るわけにいかなかった。
うろうろと走っていて、ふわっと十字路に入った時、
「んひゃあああああっ」
の声と、ぎゅぎぎぎぃっ!というブレーキ音がし、はっと見ると右から自転車が来ていた。
(やば!)
とっさに僕は両手のブレーキを、限界まで握る。
ぎゅっと目を瞑っていたのを、開ける。
「あっぶなあぁっ、ちょっと!気をつけなさいよっ」、
転ぶことなく、ギリ、お互い停まりあった。
「ご、ごめんなさい…!」
勢いに負け、(自分が一方的に悪いのじゃないような気もしつつ)謝っていた。
高校生ぐらいの女の子だ。

「気をつけてよね……、って、ままま、私もカッ飛ばしてたし、同罪かな、わめいちゃってごめんごめんです。
って……もしかして、アスカルですか?」
「はい」、と言って、迷っていることを伝えると
「え!私も向かうんで、じゃ一緒に行きましょ」
と言ってくれた。
お礼を言い、彼女の後ろをついて、また漕ぎはじめた。
(おお、なんかめっちゃ、親切でいい人……)、
迷う心配がなくなって安堵しつつ、この女子生徒⸻後に幸の手高校の橘真弓と分かる女性に対して、その時、僕は確かにそう思ったのだった。
(第9話へ続く)
※1:ポメラ
キングジムが製造販売する「デジタルメモ」。小型液晶モニターとキーボードを備え、基本的にネットワークに接続されない文書入力特化型デバイスと考えればよい。筆者(山本)も断続的に使用してます。
※2:さっちゃんのAI生成画像
本画像は事前に幸手市に申請書類を提出し、使用許諾を得ています。
この小説はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係がありません。
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