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第3話|デュラはん、オッさん、おじいちゃんの国|創作大賞2025エンタメ原作部門

女の手が乙彦の首、しかも、喉輪にかかる。
(やばい)、乙彦は感じる。
剥いた目、望んでなくても剥かざるを得ない目で、せめてとばかり女に、目で訴える。
(やめろ、やめろっ!何かのまちがい、人違いか勘違いだろ?)
だが、もう話は通用しそうにない……
きっと端正なはずの女の顔が、いま、恐怖で歪み、目の色は憎悪に染まっている。
恐ろしい形相。
そして、目線を合わせようとしても、一向に合わない。
錯乱のあまりか、眼前の乙彦、あるいは世界のいまここ、、、、は、彼女の目にはまったく映っていないようだ。
だのに、しかも、さらに増してくる。
女の親指の腹が、乙彦の喉仏の下に、ぐぶっと、入った。
乙彦はいよいよ息ができない。
脳裏に、「死」の文字が浮かぶ。

(こんな、死に方か、俺……)

その時。

どんっ

不意に衝撃が走る。
(さっきから不意につぐ不意だ。)
衝撃、そして、重い⸻別の何かが、のしかかってる?
女とは、引き離された。
いまは命は助かった、とりあえず。
乙彦は、身を起こし、見る。

(……馬っ?!)

小型でずんぐりむっくりして、サラブレッドのようにすらっとはしていないけれど、それはたしかに馬だ。
白い。
ただ白いというのではなく、毛並みやたてがみがどことなく、この世ならず輝いている。
(俺というより⸻)、乙彦は気づく、(馬は、女に突っ込んだのか)
さっきまで、向かい合い、というか下に組み伏せられて、至近距離にあった女が、馬の体の分だけ、離れている。
首を庇うように、手で押さえている。
「ううう……」、痛みでか、苦悶の声を上げている。
馬の臀部と大腿部の辺りに、音彦は前屈みで寄りかかっている。
(……妙に落ち着く……)。
リュックなど、荷物を身から離し、この《快》の方へ、心を向かわせる。
はっと気づくと、乙彦は馬の白い毛並みを無心に、繰り返し、撫でている。
そうして撫でているこちらが、夢現ゆめうつつの気になってくる……。
(なんだ、このかんじ……)
さっきまでの生命の危機から、急に逆方向に振り子が触れた感じだ。
生命の回復、充足。
あたたかなものが、流れ込んでくる。
満ち足りた気分に包まれてくる。

《同期を》、

誰かの声が、脳にか心にか、響いている。
(不思議だ)、よりも、(心地いい)。
その思い、そして実際の快感が、乙彦の体と心を包む。
もっと聴きたい。
彼は目を閉じ、馬の背に顔を伏せた、いやあまりの快感に、狂おしく押し当てた。
その直前ちらっと女を見ると、やはり、顔を馬の頭にくっつけていた。
(《同期》、それはなに……なんにせよ、もちろん、《同期したい》)
《わかりました。信じて、受け入れてくれれば、それでだいじょうぶ。
言葉も、肉体の境も、いったん、消える》

心象の風景。
女は、大学のキャンパスを歩いている。(乙彦にはそこが、北アイルランドにあるクイーンズ大学ベルファストであるとすぐにわかる、《同期》によって。)
神話学の授業後、バスに乗って、女は下宿の部屋に帰る。
バッグなど荷物をベッドに置くと、一階の雑貨店に降り、ノートを買う。
女はノートPC、ノート、それに使い古した和英辞典をテーブルの上に準備し、デスクトップから動画データを開く。それはトム・ムーア監督(※)のアニメ作品で、彼女は日本語翻訳の下準備のアルバイトを担っているのだ。
彼女は、かつて、日本に留学したことがある。
もっとも、それ以前から、日本は特別な国で、TVで流れる、あるいはYouTubeのアニメから、独学で日本語を学んでいた。

※アニメ映画監督。北アイルランド出身。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』が、2016年に日本公開された。


心象の風景。
女はスーツケースを引き取り、空港到着口を出る。
おそらく成田空港。
運転手の誘導で空港内を歩き、自動ドアからロータリーへ出て、案内されるまま、車(マイバッハの何かに似た、不明の車種)に乗り込む。
後部座席に男が座っている。
「ようこそ我が日本へ。ねえ、いとしいきみ、、、、、、?」、
笑顔もなく、言う。
女の背が粟立あわだちかける、笑顔を貼り付けようとして引き攣る。
が、お世話になるのだし……と、なんとか否定的な衝動をくいとめる。


心象の風景。
女が、泉司春詩ぜいじはるし⸻空港で迎えた男⸻の提案する「後宮契約」を拒みつづけることで、泉司は彼女を罵る。
女も、日本語で反論する。
「あなたが間違ってる。『あなたはあなたの知っていることを教える、わたしはわたしの知っていることを教える』。それだけ。対等な取引だったはずです。そういう約束のもと、わたしは日本に来たはずです。あなたの言うことは、道理が通りません」
「でもねえ、たっぷり、いい暮らしをさせてもらって、美味しいものだってお買い物だって、楽しんだわけでしょう?それで、『何もできない』は、人として、ちょっと……ねえ」。
泉司春詩の隣にいる和装の女は、いわゆる「アテンダー」の役割を担っていて、泉司は彼女の顧客であるようだ。
「あなた、ありえないくらい、信じられないくらいラッキーなんですよ。日本で、トップオブトップに入る家柄血筋の方で、しかも八百祓会やおはらええを率いるカリスマでもある……」
「そんなこと、ほんと、どうでもいいです」


心象の風景。
女には、繰り返し見る夢が、何種類かある。
そのひとつが、どうも日本、第二次世界大戦期の日本であるらしい。
女は、彼女の祖母目線で夢を見ている。
祖母は、大戦期、日本にいた。
「敵性外国人」として、抑留生活を強いられていた。
その目に映る男性は、とても若い、日本人の青年。
若き日の祖父のはずだ。
青年は、戦争に出征くことになった。
その日の前夜、二人は布団の中で、裸で抱き合う。
若い男が、祖母に何かを渡す。
馬を精巧にかたどった、いや、まるで生きているかのような、石がついた首飾り。
「きみにこれを託す。必ず、肌身離さず、持っていて欲しい」。


心象の風景。
泉司は、女に迫る。手にはパスポートを持っている。
パスポートには、「Padraigin  Otouma=Duraパドレイギン・オトウマ=デュラ」と記載されている、だがそれではないようだ。
「言えって、なんだ、お前の本当の名はァ!」
「言いません」
住民登録やパスポート上の名、あるいは洗礼名ではない、《本当の名》。
それは、《馬》と密接に結びついているらしい。


心象の風景。
その赤子は、数日以内に、名づけられる。
真の名の響きと遠く、無関係になるよう、(あまり気乗りはしないものの)白馬は、《乗り出す》。
赤子の母親と、後に育ての親になりそうな、祖母⸻母親の母親⸻の両方との、夢に《出る》。
近所の家のラジオショウで、ちょうどその夜更けその時、「Padraigin(パドレイギン、あるいはパトリシア)」の名を持つ歌い手が、歌っていた。
白馬は言う。
《その赤子の名は、Padraigin パドレイギンに」。


心象の風景。
女は幼年期から10代半ばまで、ある伝統宗教の広報コマーシャルに関わっていた。幾度となく会報の表紙を飾り、NI(北アイルランド)各地に出向いて宗教イベントに参加し、数多くの動画に出演した。
ある宗教指導者が彼女に夢中で、特別扱いされていた、そして10代の半ばからそれは始まった。贔屓の「見返り」を、指導者が欲し、迫ってきた。
自分を守り、家族、特に育ての親である祖母を守るため、彼女はそれに応じざるを得なかった。事実上、選択肢はなかった。
多数の信者を前に行う聖なる語りとまったく違う、野蛮でゲスな本性を剥き出しにしている男の下にいて、あるとき、女は思った。
わたしのこの顔がなくなったら、そう、首ごとなくなってしまったら。
きっと楽だろう。
当然に、街は追われる。家にはもう帰れないし、おばあちゃんに会えなくなる。
ただ、男たちから卑猥な目で眺められることは一切なくなる。それはいいな。


心象の風景。
女はスーツケースを引き取ると、到着ゲートから出て、多様な人たちが行き交う通路を歩き出す。おそらくは成田空港。
運転手の誘導で空港内を歩き、自動ドアからロータリーへ出て、案内されるまま、車(マイバッハの何かに似た、不明の車種)に乗り込む。
後部座席に男が座っている。
「ようこそ我が日本へ。ねえ、いとしいきみ、、、、、、?」、
笑顔もなく、言う。
女の背が粟立あわだちかける、笑顔を貼り付けようとして引き攣る。
が、お世話になるのだし……と、なんとか否定的な衝動をくいとめる。


心象の風景。
泉司の、京都中心部の別宅。
「側室」たちと親睦させようと、女はそこに呼ばれている。
話にまったく、興味が持てない。
何気なく上階へ上がると、ドアの隙間から、そうした側室女のひとりと泉司が、ことに及んでいるのが見えてしまう。
うわ、と思ったその時、奇妙なことに、たまに夢で見る「馬を精巧にかたどった、まるで生きているかのような、あの石」を、とても近くに《感じる》。
女が念じると、それが物理的に近づいてくる、、、、、、、、、、のを、《察する》。
するすると、床を滑って近づいてきた首飾りを、両手で掬う。
すると、首につけなくとも、《身の中に隠れる》のを感じる。 
思わず彼女の口から漏れた言葉は⸻《おかえり》。


心象の風景。
女が乗る車は、普段貸し与えられているローバーではない。
廃業になったおしぼり屋の、白い軽自動車。
そこに、女はさるぐつわを噛ませられ、後ろ手に縛られて放置されている。
車内の温度は高い。
女の視界は朦朧としてくる。
白い小型の馬が現れ、ドアガラスに向かって頭突きをする。
どん……
がぁん……
がしゃんっ
さらに頭突きを続け、砕いて、ガラスの割れ部分を拡げる。
女は安堵しつつ、破片が飛び込まないよう目を閉じている。
鴉が車内に3羽、入ってきて、さるぐつわを噛み切り、後ろ手の縄も噛み切る。
そこに、古めかしい衣装を着た猿が2匹入ってきて、カラスたちの頭を叩く。車内にカラスの羽と血とが舞う。
ドアはどうしても開かない。馬は前に回り込み、フロントドアも体当たりで壊す。
車内の混乱と喧騒の中、女は車の外に這い出る。
慌ただしい動きの中で、首まわりに痛みを感じる。
手で触ると、ざっくりと切れてしまったらしい。血が止まらない。
猿2匹の1匹が、馬に短刀で切り掛かる。女はとっさに短刀の刃をつかんでしまう。
衝撃と激痛、「いやっノーッ」と、女は思わず発する。
首と左の手のひら、双方に強い痛みをおぼえるが、こらえながら、女は馬の背に乗る。馬の白い体が、女の血であかく染まる。馬は山の方へ走り出す。


馬が《見せてくれた》のか。
女が、馬を通じて、《誰かに見てほしかった》のか。
それはわからないが、《心象の風景を視》て、乙彦は女に寄り添いたくなった。
外見を好ましく感じる女だから、という単純な理由ではない。
心に流れてくる映像を《見て湧いた》のは……、
女は、乙彦という存在に、《とても近い》、その直感。
(もっと、知りたい)。
馬が、体勢を変えようとしている。
(にしても、ちょっと両膝、重いんだよなぁ……。)と感じていたところだったので、この機会に彼も、下から抜け出る。

馬が体の向きをくるりと180度変え、山中の地面にぺったり、体をつける。
それで、また、背に乗るよう、乙彦と女に《促す》。
それに《従い》、ふたりはそれぞれ馬の背に、《身を預ける》。
まずは乙彦、それから、女。
女の額が、乙彦の背中に触れそうに近い。
実際、横向きの顔から、息づかいを少し、感じる。

乙彦は右側を向き、女の顔を見る。
ほんの少し前、この女にのし掛かられ、ものすごい力で首を締め上げられそうになっていた。
目を閉じている女の顔をまじまじ見ながら、乙彦は思わずにいられない、
(それが、いまこの安らいだ、満ち足りた顔って、もうほんとどういうこと……)

「さっきは、ほんとうに、ごめんなさい……!」

女の目が開き、乙彦の目と合ったとき。
彼女が乙彦に、日本語で囁いた。


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山本蛇内 yamamotojanai スキとフォローくだされば(気に入ってくださるなら、でね)十分なのであります! いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑