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第2話|デュラはん、オッさん、おじいちゃんの国|創作大賞2025エンタメ原作部門

乙彦おつひこが無計画に、計画外に選び、歩くその道……、鞍馬山の山頂付近へ向かうルートであるはずのその道は、これまで歩いていた「オフィシャルな参(山)道」よりもあきらかに、荒れていた。

乙彦は知識として、
「何年か前の台風被害以降、鞍馬山山頂へ行くルートは通れなくなった」
を持っていた。
山頂近くへ続くらしい、、、この道が、人の管理の手が入っていなさそうなこと自体は、その情報を踏まえると、合点がいく。

鞍馬寺裏手の道は、たとえ木の根っこが一面ぼこぼこ張り出しているエリアであろうと、やはり、多くの人々が歩いている「観光参道」であり、人の整備の目と手とがしっかり、入っている。
だが、いま、乙彦が歩く道は、様子が違う。
例えば、道の真ん中に謎の黒い糞が、おもむろにぼん、、、とある。
巨大な銀蝿が、4、5匹たかっている。
そういうのは、向こう、、、の、さっきまで乙彦を含め人々が歩いていたあの参道には、基本的にはない。

笹が道に迫り出している。
乙彦は足で踏み踏みし、越えていく。
猪と同化しているような、どうかしている気分で。


単独で山行している最中、山行者の心というのは、もう笑っちゃうくらい、その人の身体の外側にあるはずの山中と、かかわってくる。
例えば、木々。
歩みを進める、と、奇怪にねじれ、そのうろ、、が「叫び出す口」にしか見えない、太い木にでくわす。
蔦が何匹もの大蛇のように巻きつき、締め上げられて、やはり苦悶で叫んでいる、そんな木が現れる。
不意に現れる竹林は、これまた不意に吹きはじめる強風に、揺すられる。
鬱蒼と繁った深緑の世界を、ざわめきが支配する。
乙彦は心中の「怖さ」の増大をおしとどめるように、

(もうあれだな、これ……、『怖い先』だ。「怖い」って俺側がまず思うから、外の風景、山の方でそれをこしらえて寄越す、見せつけてくる的なやつだ……)

なんて、うそぶいてみる。
だが、ようは、いま……、
乙彦は、ビビりはじめている。

少なくとも、この道に来る前から、それら「怪異に思えてしょうがない要素」なんてのは、向こうの道にもあったハズだ。
だが、たとえあろうが、それは乙彦の中で問題になっていなかった。
「あるだとか、意識にさえもしていなかった」ということだ。

吉兆だとか凶兆だとか、そういうものに結びつる心の働き自体が、働かないでいた。
見知った道だし、何より大きいのは周りに他の人もいて、気持ちが分散していた。
自分の意識にフォーカスしないで済んでいた。

なのに、いま、急に、何もかも気になって、意識と山がつながってしまっている。
心に山が、目から耳から、入り込んでくる。
それで、不吉とか、不気味とか寄りに、感じ取る。
ただならぬ凶兆、よからぬ怪異……であるかのようにのみ、心がとらえている。
「正規ではない」道をいま、進んでいる。
そのうしろめたさも、あるかもしれない。
乙彦はそう思い直し、ざわめいていく心の落ち着きを、取り戻そうと試みる。
こんなときに響く歌が、結局、
「おばけなんてなーいさ おばけなんてうーそさ♪」
で、あまつさえそれを歌い出しそうになっている自分に、乙彦は笑いたくなる。
そして。あるいは、だが。
歩みは止めない。
引き返す時は、まだ、彼の中に来ていない。


分かれ道が現れる。
これが、迂回路、山頂近くへ行けて、規制がかかっていない道のはずだ。
さらに狭く、ゲットワイルドな道。
左右両脇から藪やら高い草々に侵され、消え入りそうに細い。
(あいや……隘路あいろ、アイロニー)
乙彦は密かにダジャレ好き、かつ、「ダジャレ未満の何かき」だ。

目的地を示す矢印表示、「山頂 0.5k」のような案内の類は、立っていない。
そこで、(ふう)、と息をついて、乙彦は立ち止まる。
ここで、この道の入口、魔王殿のベンチ以来、スマホの画面を見る。
「ハイカーの足跡」を開く。
このGPSログアプリは、とても役に立つ。
過去にこの道を歩いた人たちの行路ログが、表示されるはずだ。
というか、これなしにはさすがに、通る気になっていない。
しかし。
乙彦は画面を見て、目を疑う。
この分岐路は、過去のログがまるっと、何も、ない。
過去に誰かがこの道を使った記録が、残されていない。
スマホの電波状況が悪いから、表示がバグっているだけと思いたい、しかしながら電波のアンテナはいちおう、3本、しっかり立っている。

それでも、乙彦は、その道へ入っていき、先へ進む。
「迷いそうになったら、来た道を戻ればいいだけ。」
常ならず妙に不思議に、、、、、、、、、、、ポジティブな気分だ。


低登山限定ではあるが、乙彦にはそれなりに、山歩きの経験値がある。
どこだったろう、笹をかき分け、まるで「道なき道」状態のルートを通ったこともある。
が、そうした隘路悪路を行く場合、必ず、同行者がいた(それに加えて笹ルートの時は、他にも周囲にたくさん登山客がいて、心強かった)。
山登りの、同行者。
会社の人だったり、高校時代の友人。
あるいは、ケイ……、2ヶ月前に別れてしまった彼女。


ひとりの入山は、遭難リスクも高い。
あと、乙彦は腰痛持ちで、その種類は筋・筋膜炎。別名はぎっくり腰。
いつ発症るか、それは誰にも予測がつかない。

「ぎっくり」の来訪はいつも突然だ。
くしゃみをしただけで。
ほどけた靴ひもを結ぼうと、かがんだだけで。
旅館で使った布団を畳もうとしただけで。
コーヒーカップを取ろうとしただけで。
ただ生きている、もう、それだけで。
その場でうずくまって、タイミングを見て⸻実際にはタイミングもクソもあるわきゃない⸻四つん這いになって、おそるおそる身体を起こしていって、それでもやっぱりたまに「ビシッ!」という激痛が予告なく腰に走る、そのたび
「ヒィッ!」
とかすごく情けない声上げて、それでもなんとか、木を岩を両手使って伝い伝い、下界へ帰り着くミッションをやる羽目になる、それは(恐ろしいことに)いつも、あり得る。
乙彦はずるいので、
「そういうとき、誰か同行者がいてくれたらいいな……。」
とは思ってしまう。
どこまで助けてもらうか⸻肩を貸してもらうだとか、救助の応援を呼んでもらうだとか、⸻の具体的な打算まではさすがに恥ずかしくてしない、けれど、「ひとりでその対処をするよりは、ずっといいよな」
とは思っていて、だから山歩きは基本、誰かと一緒前提だ。


とりとめなくそんなことを脳内に浮かばせて転がしながら、道をたどっていると、左側がちょっとした崖になる。
足を滑らせて落ちたら、密集する笹の葉たちに身体が乗って、下へ下へどこまでも滑り落ちそうだ。

(怖いな……、気をつけないと……)

と思い、 また、前を見る。

ざっ

と、笹を蹴る音のような音と、白い何か、一瞬だけ見えた。
だが、次の瞬間には、見えない。

(……ん、いまの……、なんだ……?)

動物……、しかも、今目に映ったのは、

(馬……、あの、白い馬だ……)

実は乙彦は、これまで生きてきて、たまに馬の夢を見ていた。
それはいつも白い馬で、しかも、自分自身なのだ。
速脚になる。
駆け出す。
気持ちが晴れるまで、駆けて駆けて、気が済んで、だんだん速脚へ戻る。
この一連で、満たされて夢が終わったり、あるいは水辺で自分の姿を見る。
毛並みが白く輝いている。
美しいと感じる。
馬であること、馬でいる自分に、満ち足りている。
そこで夢が終わる。

だが、現実世界で、乙彦の視野に入る世界で、あの夢の白い馬の姿を認めたことは、これまでに一度も、なかった。

気持ちはそちら、さっきの白い影に引っ張られたままに細い道を進み、大きな湾曲の先の木陰や藪へと脚を進めた、先の瞬間。
乙彦は目を見開く。
道に横たわる女の姿。
あまりにも唐突に、目にとびこんでくる。

「ふぇあぁあ!」
出したことのない変な声が乙彦から出る。
脚が止まる。

(え……死んで……)

女はアジア人ではなく、いわゆる「白人」に属する外見。
右手、山側の斜面に背中を沿わせて、仰向けになっている。
首に、血の跡がある。
目は開いていて、空を見つめている。
外見は乙彦的に好みだが、そんな思いを膨らませられる状況ではない。

(情報量、多過ぎ……)

2メートルほど離れた位置で立ち尽くす彼に気づいているのかはわからない。
乙彦が見つめる中、女の左手が髪を撫で、薬指に指輪が見える。
息をして、喉の辺りが、ゆっくり動いている。

(生きてる、ああ、よかった……)

最初に目を見開いた20秒ほど前よりも、乙彦の内心に冷静さが発動できている。

「すいません、大丈夫ですか」。

乙彦は、英語と、セリフを喋るような日本語とで、横たわる女に投げかける。
女は、言葉を返さない。
ぜんぜん大丈夫で、趣味や主義主張で、山中寝転んでいるだけ、かもしれない。

(にしても、首のあれは血……?いったい、どういう……)

乙彦が、数歩近づき、女の脇でしゃがむ。
女の目が、そこでようやく、乙彦をとらえる。
乙彦も、笑顔をつくろうとする。
がばっと女が身を起こし、凄い形相に変わって、うああと声を発しつつ勢いよく突っ込んでくる、這った姿勢のままで、しゃがむ乙彦に向かって。
それで乙彦はバランスを崩し、ころんと後ろに倒れる。
必死に抵抗しようとして、背中と腰の間のいつもの場所⸻筋肉が古いゴムのように固まりがちな部位⸻が、「ビシッ!」といく。
(あっ!)
けど、いまは、それどころじゃない。
女に襲われている。
腕で必死に、女のつかんでくる手を振り解こうとする、だが凄い力だ。
半ば、組み伏せられるように、乙彦の身体は女にのっかかられる。
なんとか逃れようと身をひねり、そこでまた腰の激痛が走り、(うはっ!)となって、動きが止まる。
女の両手が、乙彦の首にかかる。
「やめろ、ちょっ、やめろって」、乙彦は叫ぶ。
乙彦も渾身の力で女の腕をギリギリ、、、、つかむ、なのに、女の腕の動きを止められていない。

女の手に力がこもり、乙彦の首を、絞めはじめる。

(第3話に続く)

第1話 ・ 第3話 →

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