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第1話|デュラはん、オッさん、おじいちゃんの国|創作大賞2025エンタメ原作部門

"Life is what happens to you while you are making other plans."

(人生とは、何かを計画している時に起きてしまう、別の出来事のこと。)

荒野パイロット、環境保全運動家
シリア・ハンターの言葉

あらすじ

鞍馬山の山中で、中田乙彦なかたおつひこは一人の女を見かけギョッとする。
首から血を流し、手は紅く染まっている…。
女のあるピンチを共に解決した頃から、乙彦は「デュラはん」ことその女に、急速に惹かれていく。
東京に帰る乙彦にデュラはんは「ついてってもいいか?」と迫る。
「ときどきわたしは、妖魔デュラハンになって、『あいつら』に復讐する夢を見るんだ」。
「夢で、わたしは白い馬だ。
あるいは、白馬になったあなたをを御して走っている」。
彼女が語る、夢の秘密とは。
デュラはんに救いは訪れるか。
そしてつい仕事を休みがちになる乙彦は、無事首がつながって社に残れるのか……?脱力&カルチャーギャップ系冒険譚。


主要登場人物
中田乙彦:40代の会社員。京都の山中で、デュラはんに出会う。
デュラはん:海外から来た年齢不詳女性。記憶や言動があいまい。
白い馬:これまでも乙彦の夢に現れてきた。乙彦とデュラはんを導く。
おじいちゃん:デュラはんが行方を探している。石を持って逃げているらしい。


(本文)

二軒茶屋にけんちゃや」駅を出ると、一段階深まる。
2ツ先、「二ノ瀬にのせ」で、また、もう一段階、深まる。

なんのはなしか?

緑の濃さ、深みの話だ。

京都の中心から北へいく、叡山電車鞍馬えいざんでんしゃくらま線。
その線路の両脇の話。
「森度合い」、でもいい。
二ノ瀬駅を過ぎると、電車は、深い森へ。
あるいは、森へと深く。
入っていく。
6月の初めで、新緑の時期は過ぎている。
木々の緑が、高く、濃く、深い。


座席に座って、ぼぼっと森を見ている中田乙彦なかたおつひこは、白系のワイシャツを腕まくりして5部丈にしている。もう、仕事帰り感しかない格好。
スポーツシューズメーカー製のビジネスシューズは高い買い物だったが、舗装路も、そして多少なら山道も、どちらも問題なく歩けるところが最高だ。
これに換えてから、仕事終わりに直に「鞍馬歩き」する時、それまでみたいにわざわざスニーカーを持ち歩かなくて、よくなった。

スマホを、ひょいと取り出す。
15:13。
夏至にも近いこの頃は、日が長い。
仮にいつものコースを散策できるなら、「まだじゅうぶん時間がある」となる。

こうして電車に乗っているなんて、思いもしていなかった。
でも、当初の予定は半ば強引にキャンセルして、鞍馬山中へ向かっている。

時を巻き戻し、14:47ごろまで戻す。
今日最後の取材場所だった同志社女子大から、出町柳駅を目指し、乙彦は今出川通りを歩いている。
河原町今出川の交差点で、赤信号に足を止める。
今日は気候的にはラッキーデーというか、暑からず寒からず快適な日だ。
10分ほど歩いたが、まだ、あの夏の嫌な湿気は感じなかった。
背中がしっとり汗ばんだは汗ばんだ、けれど、歩いていて感じる爽やかさは、損なわれなかった。
そよと吹く風が、心地よかった。
(「上」は、絶対、涼しくてさらに快適だろうな。)
そう思い浮かべ、乙彦は続いて
「行きたいよなぁ」
と心に浮かべた。

「上」とは……、叡山電車がこうやって森を上がっていき、終点で降りて、さらに山へ踏み込んでいった、そのあたりの土地。
今日、あるいは、このところ乙彦が、よく歩いている一帯。


しかし、今日、この後、ガッツリ予定があるのだった。
京都本社ほんしゃPTプロジェクトチームのミーティングがあり、
「せっかく(乙彦が)来洛るんなら」
と、リーダー役の乙彦が東京支社とうきょうから京都本社ほんしゃに来る日程に合わせ、他のPTメンバーにも社の会議室に招集がかかっている。
企画の進ちょく報告や懸案事項の検討など、わりといつも通りの議題なのだから、別にいつも通りオンラインでやればいい気がするのだが、たぶん、そういうことじゃない。
その後の、飲みが、たぶん主目的だ。
オフィシャルな会合で話せないことを、2次会でフランクに腹割って話し合う。
まあよくある話だが、乙彦は内心それもちょっとどうかと思う。
(言いたいことは、せっかく設定する会議の時間中にガンガン、遠慮も忖度もなくやればいいだけの話じゃないかな)
と思っている。だがまあけれども、そのことをを上役たちや諸先輩に、遠慮も忖度もなく伝えることは、やはりできていないわけだが。

交差点の歩行者向け信号が、青に変わる。

賀茂大橋の左側を、歩いて渡る。
歩きながら、乙彦は鴨川デルタの向こうに目をやる。
高野川を越えて向こう、左前にある目立つ山の方を、ではない。
鴨川左岸の木々と、糺の森に隠れてよくは見えない、ちらっと見える山肌。
乙彦が好んで歩く鞍馬山エリアは、そこいらあたりにある。
そこいらあたりに、

出町柳から北上し、「上」に向かいたいのはやまやまだが(山だけに)……。
現実としては、乙彦は社会人として、この後の会議に出て、取り仕切る役割を演じなければならない。
なので、「上」に向かう叡山電車ではなく、手前の京阪電車けいはんのほうの出町柳駅から乗って、京都の中心部へ下りて行かないとならない……



森の中だ。
白い馬がいる。
とりわけ大きな木の下に立ち、じっと見ている。

誰を?
俺だ。
乙彦は思う。

馬がすっと体の向きを変え、奥へ、歩き去っていく。



乙彦はスマホを取り出し、メッセージアプリのアイコンをタップして、職場PTプロジェクトチームのグループのトーク画面を開き、

「中田です、至急対処が必要な案件が入り、16時の打合せ、行かれなくなりました。夜の飲みもキャンセルさせてください。誠に申し訳ありません!」

京阪電車の地上4番口、降りて改札口に行く階段を、乙彦は降りない。
川端通を北上し、長徳寺の左の道を通って、向かっているのはもうひとつの出町柳駅、数十秒前まで使うつもりのなかった、叡山電車の出町柳駅の改札へ、入っていく。



電車が森をいく。
ほどけていく。
乙彦の体と気持ち、そのどちらも。

(もう、ここまでくれば、仕事の人たち、いないな)。
あるいは、
(もう、ここまでくれば、仕事の人たちたとえ居ても、ここからもう仕事!とは、まず、ならないし)。

いつも、乙彦は、叡山電車にひとりで乗る。
ビールやらお酒を買って電車に持ちこんだってべつだん、いいところだ。
こんなふうに気持ちが解けるなら、そうしたってぜんぜん、自然だ。
ただ乙彦は、それをやったことはこれまで、ない。
アルコール混ざりでこの先歩こうとは、乙彦には思えない。
五感をフルにつかって、歩き、感じたい。
……彼がそう言語化し、自分にも誰かにもあきらかにしたとはべつだんないけれど、きっとまあそういうことだ。

貴船口駅で、女性たち5、6人が連れ立って降りると、終点の鞍馬駅へ向かう電車内には数人しか残らない。
車内が、ふっと静かになる。
さあいよいよと、乙彦は、荷物を整理する。
リュックの中の重い物たち、ノートPCなんかは、出町柳駅のコインロッカーに入れて、電車に乗りこんだ。
だから、背負しょうリュックが軽い。

(うれしいなぁ。)

幸せホルモンの分泌、なんて思う脳が、もう幸せな乙彦だ。

鞍馬駅到着を告げる車内アナウンス。
電車が止まる。
他の乗客たちが、降りていく。
リュックを背負しょい、乙彦も、外に出る。

森の中のホームを、改札へ。
10mほど歩いて、振り返り、木の駅舎を堪能する。

また歩く。仁王門へと。もう、あたりの風景の森感は、いったん失なわれる。人が営む暮らし、観光客相手のお店や電信柱の風景となっていく、いったん。
何人か、同じように歩いている。
天気は、薄曇りにかわっている。
京都の街中より、季節柄「ひやっと」まではいかないものの、涼しいは間違いない。
遠くの空に、どよんとした雲を乙彦の目はみとめる。
まだ一雨きそうな感じはまったくない、けど例のあの「山の天気は変わりやすい」を思い出し、乙彦の気持ちがすこし、ぴりっとする。

仁王門をくぐる。
緑はまた、時と場が市井と切り離されて、濃くなる。
他の何人かの背を見つつ、参道のゆるい階段を歩く。
右に行くとケーブルカーの駅(山門駅)のところで、そのまま坂を上っていく。
ここで、道の先にいる人が、数人になる。
いくつかの神社を過ぎ、道脇に走る幅の狭い川を遡上するように、そして鞍馬寺を左側から迂回するように傾斜を登っていく、九十九折参道コースを歩く。
参道だが、鞍馬寺の裏手あたりからは、もはや登山道の趣だ。
細い、人造の道に、木の根が蛇みたいににょろっと、出てきている。

眷属社。
僧正ガ不動堂。
義経堂。
杉の木の下を、歩いていく。

奥院魔王殿へ着く。ベンチが、歩いてここまで人たちで、賑わっている。
空いているところに、乙彦も腰掛けて、水筒を取り出し、中のスポーツドリンクを飲む。
ツアー中の団体客だったようで、旗を持った添乗者の案内でどっと移動していくと、魔王殿の前に乙彦は一人になる。

ふっと乙彦の目が、知らない道をとらえた。
標識によると、「山頂へ」とある。

(鞍馬山の、山頂ということだよな…
え、でも、こんな道、あったっけ……?)

知識として乙彦は知っていた、山頂へは入山規制がされ、行けないと。
背比べ石の脇と、霊宝殿へ上がる途中に、山頂への小道がある(ただし標識はなし)のも、知ってはいた。
こんな道があるだなんて。
何度も来ているはずなのに。
乙彦はまったく、知らなかった。

念のためスマホを取り出し、よく見る山行記録サイトを開く。
山頂へ直行のこの道には、立入禁止マークが表示されている。
だが、別の道があるらしい。
山頂近くまで行くその道は、禁止表示がない。

(……行ってみようか)、
乙彦は思い立つ。
不意に、思いがけなく。何の前触れもなく。
(行ってみて、無理なら、戻ればいいし)
なんて。

ぜんぜん、そんな気はなかった、ここにくるまで。
このベンチに座るまで。
道の存在を、目がぐうぜん、みとめるまで。

貴船神社の方へ、ただいつものように、山の小道を降りていくはずだった。

乙彦は基本的に、豪胆ではない。
小心者の部類だ。
遭難も、クマもスズメバチも、怖くてたまらない。
特に冒険せず決まったルートつまり、この後貴船神社へ行き、奥宮まで歩き、そこから貴船口駅へ下りるそのルートを歩けば、もうそれで全然充実、それでいいはずだった。

その道へ一歩を進めた時の乙彦は、だから、いつもと何か、ちがった。
それで、その後に待っていたことも、乙彦のおもう範囲の日常いつもと、何かまったくちがっていったのだけど、それだって、もう無理もなかった。
何かが「くるう」も何も、なかった。
くるった先で、なんとかやる、それが人生なのだとしたら。
乙彦はただ単に、正しく歩いたと、そういうことになるだろう。
踏み入れた時、まわりに誰かがいたりはしなかった、だから、そこに足を踏み入れたのか他者にはもうわからない、その道を彼は。



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山本蛇内 yamamotojanai スキとフォローくだされば(気に入ってくださるなら、でね)十分なのであります! いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑