見出し画像

創作『あさってイエロー、まっさかピンク』第6話・はなぞの館はなぞの館⑤

(前回まで)
小学5年生の岩永灯多いわながとうたは、はづきさんに案内され、はなぞの館の中に入る。廊下を通り抜けるとき不思議な感覚に襲われつつ、大きな部屋に行き、先に来ている子どもたちに混ざる。
同じ学校区に住むアキトと共に帰路に着く中で、はなぞの館にいた時間が早くもあいまいになる。


記憶力は、悪い方じゃない、ほんらい。
そういう自負はある。
ただ僕のそれは、明確に「暗記力」に寄っている。
昔あったことを思い出す、いわば「再現力」のほうは、そこまででもないのだろう……認めたくはないけれど。

実際、僕の脳が蓄積している約17年の記憶のうち、
「小学校時代より以前のもの」
は、だいぶ飛んでしまっていて、再現が難しい。
これは、はなぞの館関連に限らず、全体として。

幸手市内ではなく市外の私立中学校に進学したことや、長期入院などがあり、「それ以前の自分と切れてしまった」感が、僕の中にはある。

ただでさえ、そう●●なところ、はなぞの館関連についてはもう、不自然なまでにぼやけている。あるいは、抜け落ちが多い。
あたかも、何者かが、
「これは残しておくとまずい、このままにはしておけんな……」
なんて白ペンキで僕の脳内を塗りたくって見えないようにしたんじゃないのか、などと邪推するほどに。



例えば、最初に訪れたあの日の、夕方、帰宅後。
はなぞの館で過ごした時間のことを親に伝えたのか。
伝えたとすれば、いったいどんな言葉でだったか。
清々しいほど一切を、思い出せない僕がいる。

ただ、僕がはなぞの館に通っていた期間を通して、少なくとも
(親には、隠し通さなきゃな……)
とかは、ほんとうに、なかったはずで。

はなぞの館での過ごし方、あるいは、はづきさんあるいはまりあさんほかスタッフさんたちからどんな食べ物をいただいたとか、そういうことを母や父と話した記憶自体はある……、
あるような気がするのだが、これ、記憶が嘘をついているのだろうか。

周りの雑木林っぽい庭(?)で、ひとり虫や草や石を眺めていたこと。

はづきさんとの将棋の対局。

はづきさん以外にも、まりあさんや将門さんなどの大人たちも館に顔を出していて、料理を作ってもらったり、遊んでもらったりしたこと。

あるいは皆でやった大富豪や七並べや「はあっていうゲーム」のこと。

はっきりと言えるのは、はなぞの館に行き、そこで時間を過ごしていることについて、親的にOKだぞ、通うゆるしは得られているぞという安心感が当時の僕の中にあった●●●●●●●●●●、という、そのこと。



一方で、学校では、口外しないことに決まっていた。
アキトと、そういう約束を交わした。
というか、「アキトがそういうので従った」、これが偽らざるところだ。

かなり初期、はなぞの館の行きか帰りかに、

「なななトータ、好日うちのやつらに、ぜってー話すなし。
これ以上誰か来るとか、し、俺」

と言われ、当時、はなぞの館に誰と誰が来ているのかそもそもよくわかっていない状態ながら、
「おぅー……」
と、了解を伝えた。

その時、ちょっと、もやっとした気持ちになったのはおぼえている。

(あれもしかして、アキト、俺が現れたの、面白くなかった感じ……?)

って内心、考えてしまってだ。



アキトと僕は、いわゆる幼なじみというか、保育園と学童で一緒だった。
1歳ぐらいから小3終わりまで、7、8年は、同じそれこそ「館」内で、はなぞの館ではなく保育園や学童の建屋で、過ごしてきたわけだ。

サッカー少年団に行くようになったのも、自分からではなく、アキトに誘われたのがきっかけだった。

(もしそういう時間がなかったら、アキトと僕、友達なのかなぁ)

的なことは、時折、保育園時代からすでに、頭をよぎった。
性格、気質、物事の好みだとか、自分とだいぶ、違っていたから。

僕は、単なる本好き少年⸻後に文学かぶれ中高生に進化⸻の繊細もどき野郎であって、実のところそれほど繊細とかじゃない、そう自己分析している。
だが、アキトは、相当繊細なほうだろう(本はぜんぜん読まないけど)。

例えば、周囲の子供や先生の、流せばいいようなことをセンサーが感知して、とつぜん喰ってかかったりする。
サッカーの地区戦で、他チームの見知らぬ子が通りがかりに発した何気ない一言を勝手にとらえて、
「おぃゴルァてめいま、うちらのこと馬鹿にしたよなラァ!」
って突っ掛かっていくような、狂犬要素がある。

アキトとの友達関係は、だから、ちょっと考え考えKANGAEKANGAEで接してきた、ずっと。
全く対等、を求めても、アキトの性格上、難しいのだ。
あるときは、まるで言いなりめいた感じに、要望を呑んでやることもあった。
別のときは、「やーそれ無理」と、彼のご機嫌●●●を文字通り伺いつつ、修正したり、拒んだりした。

かといって「考え考え」だと知れるとそれはそれで面倒くさいと思い、極力フランクで自然にいるんだよー接しているんだよーという感じに、見せていた。

で、はなぞの館のことは、素直に従った。
つまり、普段、学校では5、6年通して、いっさい誰にも言わず過ごした。



あ、それで思い出したことがある。
うちの親は、僕がはなぞの館に行くことを問題視していなかったどころか、月謝的なものまで振り込んでいたようなのだが、それはもしかするとアキトの親から何らかの話、はなぞの館についての紹介が、あったかもなのだ。

ここのところは、これまで、こちらから父や母に聞いてみたことがなく、また親たちからも話題にしてきたこともない。

通って平気っぽいぞ、という安堵感。
あと、それならば敢えて自分から話題を振るのもリスキーかもと、それ以上親たちへはなぞの館のことを言い出さなかった。

アキトの母親は、介護施設で働いていた。
それで、看護師をしている母と保育園時代とかどこかのタイミングでつながったはずで、LINEでやりとりもしていた。

にしても。
アキトは、あの母ちゃんに、どんなふうに言っていたんだろうかな。
で、親は、はなぞの館について何か知ってたのかな。

小学校卒業以来、アキトには会っていない。
行った中学が別だったのが一番大きい。
小学校の頃なんだかんだ一番強くつながっていたのは彼なのに、卒業以降はぶっつり切れた感じだ、お互い「会おう」ともならなかったし、たとえば地元の祭りでばったり再開するとかもなかった……(あ、そもそも、僕が地元のお祭りに行っていなかった)。

はなぞの館の謎。
アキトかアキト母にか聞けば、何かわかるかも。
再会できたら、必ず、聞こう。



さて、アキトは好日小の子がはなぞの館に来るのを嫌がっていたわけだが、実際には、僕の後にひとり、来た。

厳密には、「好日小の子」という定義に当てはまらないといえばそうなのだが、なんというか、「ほぼほぼ好日っ子●●●●●●●●」ではあった。

僕もアキトも想像だにしていない、あさっての方向●●●●●●●から、その子ははなぞの館にやってきた、と言えるだろう。



ある時、それはまだ初期、はなぞの館へ僕が3回目か4回目に行った頃とかに、アキトと僕は屋根裏部屋の窓から外、つまり屋根に出て、屋根に座って北、つまり中川の方角を見ていた。
(結構思い返すと危なくて、良い子たちにはお勧めできない。)

はなぞの館は、かつては堤だったろう盛り上がった地形を、なだらかに下った高さに位置している。
そのため、3階の高さであっても、少し離れた「元堤」、そこにはジョギングやサイクリングに適した幅の道が川沿い、東西にはしっているのだが、そことの高低差はあまり感じない。
少しだけ見おろすという感じだ。



僕が館にある漫画の単行本⸻冨樫義博の『レベルE』⸻を読んでいると、アキトが「おーん?」と声を発し、
「あれ、走ってんの、ヤノモリじゃね」
アキトが川の方を指差していった。
「え」、びっくりして僕は漫画を手放しそうになった。
「だよなあれ」、アキトの指す先に、誰かが川沿いの道をミントグリーンの半袖Tシャツ、ハーフパンツ姿でジョギングしている。

確かにそうだ。
夕陽の中、走っている、野ノ守芳子やのもりよしこがそこにいた。



好日小で僕らの学年は、上がっていってもギリ、2クラスのを維持しつづけた。
僕が野ノ守さんと一緒のクラスだったのは、1年と3年の時。
5年の時、僕のクラスにはいなかった。
では、隣、アキトのいる1組にいるかといえば、そこにもいなかった。
どこにいるかといえば、隣の五霞町の小学校にいるのだ。
5年の1学期いっぱいで、転校していった。

4年生の頃、あるいは5年生に入っても、学校の普段の時間では、学年合同で体育をやるとかあるいは行事や委員会の時の移動の廊下なんかで、僕は野ノ守さんの姿を見かけていた。
でも、転校してしまうと……、小学生にとっては、それは「ゼロ」「存在の終わり」を意味していた。

野ノ守さんは、僕が4年生の終わりまで、好きだった女の子だ。
だけど転校によって、やむなく●●●●、好きの対象を新たに、同じ2組の大島さんに変えていた。
けどもちろん、野ノ守さんが嫌いになったりしたとかではないわけだ。



野ノ守さんに対する学年での基本認識⸻書いていて、そんなものあるのかなぁと思わないでもないが⸻は、「バドミントンがすごい子」だ。
何かの大会に出て、全校朝会で校長先生から表彰されたりしていた。

でも僕が魅かれたポイントは
「それなのに字がうまい」
という、ギャップの部分だった。

「3級でやめて、段は持っていない」という書道の字体が、たまらなく好きだった。
書写の授業で書いた字というか半紙が、教室の後ろや、廊下に張り出されるたび、僕はその新作リリースに、心ひそかに湧いていた。

アキトは、そのことを、知らないはずだ。
言った覚えがない(一方で、大島さんが好き情報は知られていたが)。



「普通に走ってんだなーふーん」、アキトが言った。
僕たちは、見えなくなるまで野ノ守さんを目で追っていた。
僕にとっては、「まさか、まさか」の野ノ守さんだった。
こんなふうに、また姿を見ることができるなんて。



その後、僕は隙を見ては、屋根の上に登る時間をつくった。
はなぞの館の本棚から、その都度ひとり漫画を読むテイで。
漫画の内容は、あまり頭に入らない。気もそぞろKIMOSOZORO

(野ノ守さん通らないかなぁ)

それだけ待ち焦がれている。
マチカネオオジサマMACHIKANEOOJISAMA(※)状態だ。
……いや、僕は王子じゃない、だし野ノ守さんもだ。
待ちかねお姫様だ。
そうしているうちに、野ノ守さんが、「好きな女の子筆頭」に再浮上した。



何度となく、はなぞの館3階の屋根の上で、粘って座っていた。
でも、そうやって30分とか粘ってみても、野ノ守さんはまったく現れてはくれなかった。



年が明け、1月か2月のどこか。
灰青色ブルーグレイの曇天の下、もうほぼ期待感もなく、惰性に近い感じで、窓から屋根に出る、そのとき、
(あっ、あ)
と思った。

最初に視界に入ったのは、野ノ守さんではなかった。
左から、道を歩いてくる学生服姿。
間違いなく、れいさんだ。

そこに、右から、まだ遠いが、走ってくる人影がある。
(わ、きた、野ノ守さん!)、
こちらも、間違いない。

れいさんが歩いて、左から。
野ノ守さんが走って、右から。
一本の同じ道を、互いに、近づいていき……、
ふたりのシルエットが、道を、すれ違った。

僕はその光景を、ただただ目で追うだけだったけど、さらに「わ!」ということが、そのとき目の前で起こった。

すれ違って、そのまま離れていくはずのところ、野ノ守さんが減速した。
止まって振り返って、れいさんのところに歩いて、寄っていった。

少しの間、ふたりが、なにか、立ち話していた。

そして、野ノ守さんが、道の下の傾斜する草地を降りて⸻つまりははなぞの館の方へ、見ている僕の方へ、近づいてきた。
隣には、同じように傾斜を降りる、れいさんがいる。

僕はもうものすごい素早さで、ぴゅんと屋根から窓へ駆け込み、階段をどだだだと降り、わよんわよん●●●●●●の廊下を一気に駆け、皆のいるテーブルへぎゅわんと、滑り込んだ。

もうほどなく、野ノ守さんがここに来る。
僕は、今度は、迎える側の存在としてここにいる、
心臓はただただ、ありえないほど、バクバクだった。



そうやって、野ノ守さんが僕らに加わった。



そのおよそ1ヶ月後に、ぼくらはタイムカプセルを埋める。

野ノ守さんは最後に、今振り返ると滑り込み的に、タイムカプセルのメンバーに入ったのだった。


※マチカネオオジサマ……かつて実在した競走馬の名前。


(第7話に続く)

第5話へ ・ 第7話へ
第0話(登場人物・キービジュアル)


この小説はフィクションです。
実在の人物・団体とは関係がありません。


#幸手
#幸手市
#幸手市映画インスパイア系
#中編小説
#現代ファンタジー
#あさってイエローまっさかピンク

いいなと思ったら応援しよう!

山本蛇内 yamamotojanai スキとフォローくだされば(気に入ってくださるなら、でね)十分なのであります! いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑