創作『あさってイエロー、まっさかピンク』第11話・「まっさかの」④
(前回第10話のあらすじ)
「ユースさって市長の立候補者・応援人演説会」を聴く岩永灯多。
3人目の羽中碧の演説後、場所を移して「質問会」があるという。隣席の橘真澄と連れ立って会場に着いた灯多は、ある女性の姿をみとめ、目を見張る。

REALITY(現実)

灯多は椅子からぴょんと立ち上がりそうになり、ギリギリのところで押しとどめ、座った姿勢をキープする。
動いている彼女を目で追いまくるにとどめる。
(似てる、とかじゃないから。
あの人、れいさんで間違いない……はず)
不意打ちもいいとこ、まったく思ってもみなかった。
ここで、彼女の姿を見かけるなんて状況は。
もちろん、普段住むK市から幸手に来る時点で、
(え……もしかして)
とまったく思わなかったかというと、嘘だった。
ただ、
(そんな、叶う能わざるアホな妄想なっ!)
という、分別というか諦めが、基本であって。
灯多は、男子校に通っている。
中・高一貫校だ。通算4年になる。
それは、周囲に同世代の女子生徒たちが基本いない環境に4年間身を置きつづけているということで、普段たいていの場合その環境に慣れてしまっているから意識しないけれど、こういう時には、つくづく思ってしまう。
「飢えちゃって、女の人への認識、もろもろおかしくなってない……?」
というふうに。
環境にヤられておかしくなってないか俺大丈夫か、ってことだ。
正直それはまあ確かにあるように思う、多少なりとも。
認めざるを得ない。
(だがこれは、「確からしさ」の話だ)、
灯多は思う。
女性がいて、その人がれいさんにとても似ている。
ここまでは、まごうことなき事柄なのだから。
この会場内で灯多の目がとらえている彼女の姿と、5年前の彼女のいまとが、現実に完全一致しているかいないか、話はもうそこだけだ。
今回これは、愚かなクソ妄想ではないはずなのだ。
れいさん(にしか見えない人)が、数メートル先を、移動している。
灯多が小5で、はなぞの館でれいさんを見ていた当時と、背丈も雰囲気もあまり変わっていないように思える。
(歳がいくつ離れていたのか、結局わからなかったけど……)
もう、灯多に背を向けて、会議室の出入口の方⸻今しがた灯多たちが入ってきた方⸻に向かい、歩いていくところだ。
顔はもう見えない。
(また、入ってくるかな……、お菓子持って)
彼女が部屋から出て、視界から消えてしまうと、灯多は座ったまま頭を傾け、各テーブルの紙皿を見まわしはじめた。
自分たちが座るテーブルには……残念、既にお菓子セット済み。ここには来ないか。
そして見まわしていくと、長テーブルを4つ合わせて形成られている8つのシマ、どれにも、もうお菓子は置かれてしまっている。
同時に、野ノ守芳子と徐凛果、はなぞの館でかつて時を過ごしたふたりがいないか姿を探す。
が、テーブルに座る人の中にも立っている人の中にも、見あたらない。
(ちぇっ……)、
そこに、会場にマイクで女性の声が響いた。
「皆さん、こんばんはっ!」、
声の主は部屋の出入口の扉(もう閉ざされている)の横に立つ女性だ。
こんばんはー。何人かが返す。
「ここからの時間は、私たち『ユースオブさっての集まり』のメンバーで、運営を仕切らせていただきます」、
司会進行役の女性が自己紹介した。
埼玉ウェルビーイング大学の2年生という。
「住みは中川崎、西中学校の西の方です。幸高卒業生です」。
これから、ユースさって市長候補者の皆さんが入って来られます。
皆さん、ご起立いただきまして……、あっ!そちら、遠い席の皆さんは」、
その女性は灯多たちのテーブルに目をやる、
「前の、この辺りまで来ていただいてですね、緊張の演説を終えた3人を、暖かい拍手で、皆で迎えましょう!」、
「いきますか」、
真澄くんが立ち上がる。
同じテーブルになった人たち、近くのテーブルの人たちとも一緒に、参加者が集う出入口の扉前に灯多は歩いた。
「では、ご入場お願いしまーす!」、
声が合図で左右同時に扉が開き、拍手の中を候補者たち⸻野ノ守さん、一色士陽、羽中碧の3人が、部屋に入ってくる。
その後ろから、徐さんら各者の応援人3人が続き、さっと左右に分かれて、拍手に加わる。
フラッシュのライトが光る。
メディアのカメラマンらしき人が入場を待っていて、3人が並んで立つ姿を撮り出した。
橘真弓もそこにいつの間にか、そこにいる。
3人に向かって、
「ちょい表情固いかなぁ、スマイル!スマイルいっちょお願いしまぁーす」
とか、
「はいはいはいもっと、3人!寄って、お互い、近ぁぁく!」
なんて要望をガンガンに投げつつ、しゃがんだり移動したり忙しく楽しげに、パシャパシャと3人を撮りまくっている。
「寄りすぎだって……」、
灯多の内心が、囁きになって出てしまう。
すると隣の真澄君が
「あのふたり、前、付き合ってたらしいですよ」、
拍手しつつ、さらっと言う。
「……えっ?」

そこに、司会女性のマイクの声が響く。
「それではですね、ここから、『しばしご歓談タイム』スタートです。
皆さん、各候補者とも自由にお話できますから、ご遠慮なく。
その後で、『一問一答タイム』もご用意ございます。その時間からは、録画させていただき、後日動画配信予定です。
ご参加皆さんのお顔は映しませんが、声は配信されちゃいますから、質問者の方はその点どうぞご留意ください。
スペシャルなゲストが、なんだかサプライズアイテムを持って会場を訪れる、なんて情報も入ってきておりますので、お楽しみに!」
じりじりしながら灯多はそれを聞いていた。
(この話が終わったら、今のソッコー、真澄君に聞かないと……!)
ただ彼は彼で話の最中、スマホを取り出し、ぶーんと呼び出されているのを赤ボタンで切っていた。そして司会女性の話が終わるやいなや、
「ちょっとごめんなさい、出てきます」、
会場から出ていってしまった。
最初に来た席へ戻り、ぽつねんとシマにひとりになってしまった。
同じシマに座る中学生風の女子生徒3人は同じ運動部の仲間らしく、3人でお菓子のことで盛り上がっている。
うじうじが湧いてしまう前に、思い切って灯多は立ち上がり、ちょっと前に歩いたのに似たルートをまた辿って、部屋を横切りだす。
一色氏は⸻こう言うと、中世の日本史に出てくる一色氏(※)みたい⸻楽しげに、女の子たちと話している。
(けっ、こっちのイメージ通りに生きちゃってまあ……)、
わかりやすく灯多はひがんで、そねむ。

部屋の隅の方、ホワイトボードの立つ前に、7、8人が立って話している。
そのグループの輪の中に、というか司会女性を含め真ん中に、野ノ守さんと徐さんは並んでいて、何かのレジュメのようなものを睨んで、真剣な表情を浮かべている。
あと4歩ぐらいの距離で、灯多は脚をとめる。
邪魔したくはないが、気づいてほしい、そんな切ない願いを抱え、立って彼女らを見ている。
徐「……もしかして、岩永くんですかっ?」
野ノ守「やだっ、えーっえーっ、灯多くんきてくれたの!」
……みたいなことが起こる妄想を抱いてしまったけど現実は辛かった、徐さんがこっちを見た、と思ったら表情が警戒モードに切り替わり、
「あ、どもです……」
みたいに無言の会釈オンリー、それ以降はもう「この立って見てる男性こっちは見なかったぞモード発動」的に、書類に目線が戻った。
野ノ守さんは、ずっと目線、書類固定。
灯多の方を、見ようという気配さえない。
(……もう帰ろう……)
その時、この広間の別の出入口から、女性が入ってきた。
笑顔で、両手に大きな深鍋を持っている。ビジュアルと匂いと湯気とで、豚汁とわかる。
れいさんの時と違った確信は、女性の容姿だけではなく、豚汁というトリガーがあったからだった。
なぜなら、これは、はなぞの館でよく見ていた姿に他ならなかったから。
「まりあさん……!」
はなぞの館があった時代のスタッフ。
灯多たちをケアしてくれた、よく知るまりあさんの姿がそこにあった。

灯多はそれを、大きな声で発したわけではなかった。
であるが、その人は耳でその言葉をとらえたのだろう、立ちどまって目を見開き、5、6メートルはゆうに離れた位置に立つ灯多を、まじまじ見つめた。
そして⸻、
その様子を見せておきながら、灯多に、何らのリアクションも返そうとはしなかった。
また歩き出して、テーブルに用意される折り畳まれた新聞紙の上に、深鍋を慎重に置いていた。
「はーい豚汁でーす、あっちょっと待ってていまね、お皿とお箸持ってきますから!」
私が取ってきますとかにぎにぎしい人たちの中、灯多は寒々しい思いで、なんとか無表情で立っていた。
ぱっと湧いた感情は
(俺、なんでこんなところに来ちゃったんだろ)、
以外になかった。
だから誰かが発した、
「ちょ!
しちょーがさちこうのじゃーじとか、まじうけるッ」
も、音としては耳に届いていたのだろうけれど、意味を読み解く気力は湧いていなかった。
その時の灯多は、食らったショックで感覚が麻痺ってでもいたか……。
不意にガッと腕をつかまれていること、
そして、すごい勢いで引っ張られていること。
気づいたのは、一瞬も二瞬もタイムラグが挟まって、だった。
(第12話に続く)
※一色氏:現在の幸手市域を、一色氏が支配していた時代がある。
この小説はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係がありません。
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