創作『あさってイエロー、まっさかピンク』第3話・はなぞの館はなぞの館②
前回までのあらすじ
2026年3月。高校の新2年生岩永灯多が、5年前、小5当時通っていた幸手市北部の「はなぞの館」のことを思い出している。

花堤小学校の東端と、はなぞの館の西端、隣接するその境には、学校の防球ネットが高くそびえていた。
ネットの下は、学校側・館側どちらも長い距離、藪っぽくなっていた。
学校側は夏場なんかに刈られるけど、館側は伸び放題だった。

薮と木々に覆われたその空間は、はなぞの館の中でも、小学5年生だった岩永灯多が特にお気に入りにしていた場所だった。
低木や背の高い草越しに、防球ネットとその向こうの小学生たち⸻時間帯的に、学童や校庭開放の子たち⸻が見えるときもあったけれど、向こうからはこちらにいる灯多に、ぜんぜん気づいていないふうだった。
校庭にいる花堤の子たちにしたら、隣地の藪の中に誰かいるだとか、思いもよらなかったのかもしれない。
そしてもしかすると、はなぞの館じたいが、花堤小の子たちにあまり……いや、ぜんぜん、そこに在るだなんてことすらも、知られていない場所だったのではないか。
今振り返って、そんなふうに思えてならない灯多だった。
*
幼少期から、灯多は昆虫好きだった。
絵本よりも、ねだって買ってもらったのは、虫の本たち。
学研の昆虫図鑑がいちばんのお気に入りだった。
低学年まではとにかく「捕りたい」だったが、中学年にもなると「そこに入り込んでいって、観る」がメインになった。
それで、自転車、気に入っていた紺色のマウンテンバイクでそれなりに遠出できるようになると、市内の北側中心に、ひとりでかなり市内外のあちこちへと、漕いではくり出していた。
権現堂堤まで自転車で来て、でもそこで飽き足らず、もっと遠くまで冒険したい気持ちが発動したとする。
そんな時は、西へと漕ぎ出し、東武線の線路をくぐり、襲いくる羽虫の群れをかいくぐり、途中の草地で降り、虫だとかアマガエルだとか、葉の裏にいないか探したりした。
それから高須賀池公園を一周して、家路に着く、だとか。
あるいは、これも権現堂堤からを起点で言うと、堤の上の高台を東に向かい、総合公園で降りて、そこをぶらつく、だとか。
もっと先へ漕いでいき、宇和田公園の東端から出て、中川の岸辺、釣りの人たちがいるのを確認して、草が生い茂る中をゆっくり、ざむざむ通り抜ける、だとかも。
通っていた好日小のクラスで、それか放課後なんかにも、周囲に「ぼっち」を強いられる感じの子では、なかったと灯多は思っている。
それなりに社交的だったと思うし、サッカー少年団に入ってやっていたのもあり、チームで動くことも、普通にこなせていたはずだと。
でも、「一人行動が苦にならない、むしろ自然なほうだな」っていう、その自覚はぼんやりながらはっきり、灯多のうちにはあったように思っている。
育った環境も、それなりに多大に、影響を与えているだろう。
父親は大学受験予備校で教えていて、母親は看護師、その一人っ子という家族構成なのだが、親は共になんだか、思えば独特だった(今でもだが)。
「冒険しないと、成長はないから」
「シャレになるレベルなら、軽いケガぐらいしておいた方がいい」
「自然の中でガンガン揉まれるべき、せっかく幸手に住んでるんだし」
ということを普通に子供に伝えてくる、子育てスタイル。
父親の趣味は釣り。
灯多はそれにズッポリのめり込まなかったけれど、それでもお付き合いをずっとしていたから、川ものはひととおり⸻鮒やヘラブナ狙いの岸釣りから、鯉やブラックバス狙いのリール釣りまで⸻やれる。
家族で出かけるときは、割と常にテントが活躍した。
遠くの山中や川べりだけではなく、権現堂2号公園で日中、張って過ごすだとかもたびたびやった。
灯多がひとりでフラフラしていていても、そもそもどこをどうフラフラしているとかも含め、両親とも、ぜんぜん干渉してこなかった。
ザ・放任主義ってやつだ。
放任主義って言えば、それははなぞの館の人たちもそうで……、
ああ、なんだか、話があっちゃこっちゃ、してしまっているよね。
でも、と灯多は思う。
このフラリズムと、はなぞの館を知るきっかけは、実はつながっているのだ。
もう少し考えを漂わせて、その煙幕の中でふらついていよう。
灯多は、こんなふうに入力を始める。
*
あれは5年生の頃で、季節は秋になりたての時期だろうか。
僕が中川の土手べりを自然観察して歩いていた時、若い、多分大学生とかそういうぐらいの男の人に、付け狙われて、追ってこられたことがある。
夕暮れが近そうだな、そろそろ帰ろうと思っていたとき、不意に
「こんにちは!ねえ、このあたり案内してくれる?」
と、声をかけながら、土手を降りて寄ってきた。
(なんかやばそう)
察知して僕が早足で遠ざかろうとすると、向こうも草の中を走りだした。
後を追われながら、走った。
心臓がバクバクなっていた。
普段、通り抜けられるはずの場所が、その日はフェンスで塞がれていた。
それに気づいた瞬間のことを思い出すと、ぞわっと、肌が粟立つ。
(追いつかれる、やばい)
振り向くと、本当にどこから現れたのかぜんぜん謎に、別の男の人が唐突に、僕の背後に立っていた。
体は、僕が来た方に向いている。
黒いTシャツ越しのがっちりした背中、あと少し長めの髪だけ、見えた。
そこに背の高い草の中から、例の男の人が飛び出してきた。
「なんですぅ?うちの子に」
その人が声を発すると、若い男の人は
「ひわっ……、うああああっ!」
と目を見開きながら叫び、あり得ないものを見たみたいなすごい慌てふためき方で、その場から消えた。
「彼、あっちゃこっちゃで、今みたく男の子に声かけてんだわ」、
その人は僕の方を向きながら言った。
年齢はわからないが、当時40代前半だった父親より少し若いぐらいかな?と思ったのを覚えている。
いかつい雰囲気。
夏祭り(※1)の時、山車の周りに男衆としていそうな感じ。
「ありがとうございます……」
脳が追いつかなくて、それくらいしか言葉が出なかった。
「自転車のところまで、送ろうか。……って、そういうな、狙ってくる奴、襲ってくる奴ってのは、いまの奴よかずっと言葉巧みな奴、いるからな。
外で、急に寄ってきた奴の言葉は、まず疑ってかかんだ。
俺はそうじゃないけどな……、って、この言葉もとりあえず、疑っとけ!」
「あ、はい……」
語気に押されつつ、この人は味方っぽいという直感に頼ることにする。
そのまま、そのゴツい背中を追って、クワモドキやらセイバンモロコシやらの密集をかき分けかき分けして、歩いた。
その人は仕掛け付きの釣り竿と、バケツやらを手に持っていた。
釣り人らしい。
足元はゴム長じゃなく、黒のゴツいブーツを履いていた。
草の世界から出、視界が広くなった。
緩やかな土手の傾斜を登っている時、少しだけ遠くを指して、
「あそこにみえる、学校の手前のお屋敷あるじゃん、あれはなぞの館って言って、きみぐらいの子たちが何人か、学校終わりに遊びにきてんだわ。
今度、訪ねてみるといいよ。
まあ、任せるけど。ああ、で、今日は、まっすぐ帰んなよ」
「はいぃっ……」
マウンテンバイクを停めた畑の脇まで来て、その人に改めてお礼を言おうとしたけれど、ふっと気づくと姿が見えない。
僕が自転車を意識して、また切り替わったその瞬間には、もういなかった。
(……あれ?)
と、もちろん、不思議に思った。
けど、それもあって、言っていたはなぞの館のことが、妙に心に残った。
それが、将門さんとの最初の出会いだった。
将門さんが何者だったのか、けっきょく、わからなかった。
みんなはわかっていて、僕だけわかっていなかった可能性もあるけど。
ぼくはいろいろ鈍くさいところがあるから。
先生っぽくもあったし、社長というか、何か商売をしている感じでもあった。
人に雇われている感じはしなかった。
自分の足と頭と肝っ玉で生きている感じ。
それからも将門さんには、ちょくちょく会った。
僕の中では、彼は「野菜を届けてくれる人」だ。
「ほんとうは、釣った魚でも届けたいけど、あいにく海釣りは行かないからなぁ、俺はこのへんの川とか沼とかばっかだかから」

なんて言葉が、ふっと蘇った。
そうだ、釣り人として、後日、この中川に連れられて一緒に釣りしたこともあるか。
ああ、それで、ぼくが川辺で将門さんと出会って、それから数日後とか1週間後かな、塾もサッカーもないある日、放課後。
僕は再び、その辺りを訪れた。
マウンテンバイクで畑脇を通りすぎ、先日、男の人が人差し指を向けた、家というか建物を探す。
道の脇には、ヒガンバナがやたら、咲いている場所まで来た。
珍しい、白い彼岸花が生えている隣の花壇に、別の、ブルーやオレンジ、イエローやピンクの花々が咲き乱れていた。
蝶も何匹か舞っていた。
その奥には柿の木が青い実を付けていた。
防風林のように囲む木々があって、あの時見た深緑色の屋根が奥に見える。洋館のような大きな家が、木々の向こうに建っているふうだ。
(きっと、ここだ……)
と思ったとき、古い煉瓦のような塀が地面から突き出ていて、そこに
「はなぞの館」
と書かれているプレートに、気づいた。
とはいえ、そう書かれていようと、その先へ入っていくのは、躊躇われた。
そこに、奥から誰か、出てきた。
学生服を着た、若い女の人だった。
目が合った。
思えば、その時もう、れいさんに僕は、心奪われてしまっていた。
(第4話に続く)
←第0話(登場人物・キービジュアル)
※1 夏祭り
八坂の夏祭りを指す。
この小説はフィクションです。
実在の人物・団体とは関係がありません。
【あさまさひとこと余話】
学研の昆虫図鑑をはじめ、学研の図鑑シリーズは、作者山本にとって幼少期の友でした。
下の引用記事の、水玉表紙デザイン、ほんと懐かしいです。
(もっとも、語り手・岩永青年は、最新の学研図鑑を手にしているはず。)
いいなと思ったら応援しよう!
スキとフォローくだされば(気に入ってくださるなら、でね)十分なのであります!
いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑