創作『あさってイエロー、まっさかピンク』第4話・はなぞの館はなぞの館③
(前回まで)
幸手市エリアの自然の中でひとり遊ぶのが好きだった岩永灯多は、川べりで謎の男に助けられる。
彼に勧められた「はなぞの館」を覗きに行ってみると、綺麗な人が現れた。

その人は、僕の方へ歩み寄ってくる。
「こんにちは」
と言う声は、低く落ち着いてはっきりしていて、けれど、どこか儚げに聞こえた。
おぼろげに儚げ。
……あ、ルビ付きの文字は例によって、僕が『ゾンビ打』やり込みで覚えた単語が手前勝手に脳内再生されているだけ。どうか気にしないでほしい。
「こんにちゃ〜ぁ……」
ひょこっと首だけでお辞儀し、僕も返した。
言葉の最後を伸ばし、少しぶっきらぼうで失礼に聞こえるように。
いかにも、ザ・小学生男子っぽく。
照れ隠しもあるし、ぼく曰くの「役割演じ」もある。
僕は物心ついた頃から、
「これだったら、いかにもそれっぽいかなぁ」
と、役割を演じてしまうところがある。
保育園の頃、東武動物公園のプールで迷子になって親たちとはぐれても、プール監視員の人たちに「パニック調で泣いて迫る」か、「泣くのを我慢してる、健気さいっぱいで居る」か、冷静に選択したりしていた。
ボーントゥこまっしゃくれた子だったし、ちょっと擬態する宇宙人みたいな気分もあった。
「遊びにきたの」
僕の目を覗き込んで、制服のその人は、そう聞く。
「ここ、って、”ハナゾノカン”、ですか?」
目線を頑張って受け止めながら、聞きかえした。
「うん、そう。はなぞの館」
「あ、よかったです、前にこの近くで……、会った人が、ここに遊びに行ってみたら、って言ってたので……なんか、他の子も、来てるって」
「誰だろうな。将門さんかなぁ」、
制服の人は言った。
ぼくはずっと女の人の目を中心に、その顔に視線がくぎづけだったけれど、そこから目のズームを引いて、彼女の様子を観察した。
背は、すっとしていた。
僕が小5で、クラスの整列ではずっと前から3番目とか4番目だった、ようはちびっこかったのを差し引いても、その人の背格好は大人っぽく感じた。
黒い髪は、長めのストレート。
ブレザーで、中学生か、高校生か……いや知らない私立の小学生もあるのか。
小学生と言われようが高校生と言われようが、不思議に、その言葉のまますとんと信じられる、そういう外見。
(当時も今も、僕は制服界隈に全然詳しくない。だから、それが小学生のいでたちなのか否か、中学生なのか高校生なのか、あるいはどの学校のものなのか、てんで、分かっちゃいない。
しかも彼女の外見は不思議に年齢不詳なので、それがあり得た。)
そして……、顔だちがとても、僕には、魅力的だった。
油断すると、ずっと目で追ってしまいそうだった。
「わたし、れい、だよ」、
女の人が名乗った。
れい、のところで、彼女は手のひらを軽く握り、鳩尾あたりに当てた。
未曾有の鳩尾。
「ここにいて、スタッフというか、見守り活動をしてる」と続けた。
「見守り……」
「そう」
「ふうん」、そっか……、てことは、同じ立場じゃないんだ、と理解した。
僕みたく、子ども子どもして遊びにきている側ではないのだ。
「中へ、どうぞ」
「はい」、れいさんの後をついて、歩きだす。
足取りとしては、傾斜を下る感じになる。
この辺りの地形、これは後から得た知識だけれど、昔、堤が築かれた名残で、中川を背に道路から下がっていく感じに、建屋や畑が広がる。
建物をぐるり囲む、木々を越える。
視界が開けて、野趣のあふれる、花庭。建物に続く小道。
(うわ、めっちゃいい場所……!)
気に入って、それで興奮で、早足になっていく。
思春期前の、無敵の少年期だ。
もしくは、それを自覚し、そう振る舞う僕だ。
一気に馴れ馴れしくなれるし、それだって演じるように「やれる」。
前を行っていたれいさんを勝手に、追い抜いて歩いている。

「庭なのかもだけど、庭っぽくないな」
というのが、最初の印象だった。
例えば同じクラスの吉羽さんの家みたいな、「ザ・お庭が広い豪邸」的な雰囲気はない。
囲われて外と隔てられた塀の中に、手間暇をかけて形成られた、立派でおしゃれな個人の庭があるというのではない。
外に無限に開かれている、外と一連である、そういう感じ。
建物に向かって、ずんずん歩く。
家の手前に、大木がある。
葉の半分程度が落ちていて、残った葉はオレンジや黄色になって、鮮やかだ。
建物がどんどん近づく。
印象としては、個人の家のようでもあり、何かの施設のようにも見えた。
旅館、レストラン、あるいはお寺……1階の、いちばん大きく目立って見える部屋など、窓が大きく取られて、開放的に感じられた。
(ぐるっと、建物の周り、回れそう……)
だが、許しもないままやるのもなぁ、と思っていると、
「いいよ、ぜんぜん」
と、後ろのれいさんが言った。
タイミング的にも、まるで心を読まれているみたいだった。
僕はこまっしゃくれたガキだったから、
「えっ……、なんのはなしですか?」
とあえて問い返すとかも、できたところ、その時は、心が素直になれた。
だから、
「じゃあ……」
と、ぐるっと建物の周り回れそうと僕が考えたことへの応答だと、受け取った。
それ以降、この館でのことは、どんなこともこの感じでいった。
実際には、ぐるっと回りは、しなかった。
最初に覗いた部屋、縁側があって大きな部屋の大きな窓越しに室内を見て、僕は「ん?」と感じ、立ち止まった。
部屋には大きなテーブルがあり、そこで見知らぬ女子たちと一緒にいるのは、よく知る顔。
同じ学年の吾田暁斗が、そこに座り、ウノをやっている。
5年でクラスは別になったが、サッカーで週2か3、定期的に会っている。
間違えようがない。
窓越しに僕が
「アキトもいんだ」
とつぶやいたとき、
アキトもこっちに気づいて、ガラス越しだけど向こうで
「うおわあぁぁぁトータ!」
と叫ぶのが⸻窓越しでくぐもった音として⸻伝わってきた、それでテーブルの女子たちも僕を見た。
「アキトやっば!キョドってっし、超笑えっし」
と言った子は、髪がライトブラウンで、くっきりはっきりな顔立ちだった。
ちなみにもうひとり、テーブルにいる子も、別系統のくっきりはっきり顔だった。
(令和じゃ「日本人離れした」という形容句は使えない。
いろんなルーツの子がいるのが当たり前、って世の中になっている。
で、少し調べれば、日本列島って元々が多様なルーツの人たちの集合体としてある地なんだって、そんなことは誰にも余裕で明らかだ。
秘密の情報でも陰謀論でもなく、ぜんぜんオープンに堂々と、その歴史的事実はある。)
アキトがテーブルからぴょんとおり、振り向いて自分のマスクを着けると、室内をどやどや駆け寄ってきて、サッシ窓を横にばんと開けた。
「トータ!超ォ!まじか」
「いやそれ俺もし、アキトいるとか」
「はいってこいよ」、
アキトが、この窓から室内へ入るよう言う、すると後ろから
「だめって!最初は、玄関からが常識でしょ」
と僕らに言ったのは、少し肌の色が浅黒い子だった。
「それな!」、髪がライトブラウンの子が後追いした。
「それな!」、アキトも調子良く、乗った。「じゃ、行ってこーい」
はっと、れいさんを意識し振り向いた。
れいさんは、遠くのほうで立っていた。
立つその前が、玄関らしい。
早く中に入りたくて、駆け足気味で、僕はれいさんの隣まで行く。
横開きの玄関戸が、開け放たれている。
(神奈川のおじいちゃん家の玄関に似てる、けどサイズが違う、こっちは大きくて、大勢の人用だな)
と感じた。
隣のれいさんを見て⸻横顔も綺麗なんだ⸻、どうしたらいいか聞こうと口を開きかけると、彼女が左の掌をすっと前に差し出した。
それで、一歩、二歩と踏み出し、玄関から館内へ入る。
たたきがあって、横に扉のない靴置き棚がある。
木製で、壁に据え付けてあって、だいぶ年季物な感じがある。
そこに、いかにも僕ら世代の外靴が3人分、入っている。
パープル地に蛍光レッドなサッカートレシューは、アキトのものだろう。
横を見ると、れいさんがいない。
「えっ」
声が出てしまう。
「れいさん……?」
さっき教えてもらったばかりの名前を、初めて呼ぶ。
「あれ……」、
言いながら、玄関を出て、建物に沿った左右を見回す。
だが、見当たらない。
すっと、音も立てず、その場から離れてしまったようだ。
ただなんとなく、アキトたちのいる部屋の前まで行くのはかっこ悪いなと感じ、それはしたくなかった。
(ひとりで、なんとかするしかない。
ええと、勝手に入っていくのは、ないよな)
昔、学校の授業の「まち探検」で、幸手駅の少し東の海苔屋さんを訪ねた時のことが、ぱっと思い出された。
あの時は、僕じゃなく、その班にいた別の積極的な誰かが、そうした。
今は、僕がそうする時だ。
「ごめんくださーい……」
声を、遠くに向けて、発する。
しんと静まり返ったままだ。
「あのゥ、すいませえぇーん!」
マスク越しに精いっぱい、声を張ってみる。
誰か、大人の人に、ゆるしをもらえないと、入れないのだし。
耳を澄ます。
パタパタと、音がする。
誰かが早足で来てくれるようだ。
ほっとする。
「はぁい」、
女の人の声。
声が先、姿が見えない1秒ぐらい、
(れいさん?)
と思った、あれは何でだったんだろう。
声も違ったはずなのに。
廊下を通って玄関前に現れた女性は、れいさんではなかった。
(第5話に続く)
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【ミニあさまさコラム】
最後のほうの
「と思った、あれは何でだったんだろう。」
は、DJ Whitesmith「Salamander feat.呂布カルマ」の歌詞
「一緒にいた仲間の顔/
一瞬曇ったのは何だったんだろう」からインスパイアされました〜
記事を書いたこともあります↓
この小説はフィクションです。
実在の人物・団体とは関係がありません。
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