いま、つらい「おおたにしょうへい」さんへ〜災厄?なら、さぁ、意訳〜|いまあなたに伝えたいこと
(3,732文字)
「それ」があなたに降りかかったのって、あなたが10歳の時だったかもしれない。
あるいは、あなたが20歳ごろ。
もしくは、30歳。
40、50、もちろん他の年齢でも起こり得る。
もしくは、たまたま、まだ来ていないかもしれない。
でも、そうと言って、あなたが「当事者でない」は、ない。
「それ」は、この先、予告もなく起こるかもしれないものだ。
誰にとっても、他人事じゃあいらんない。
よほど珍しい苗字か名前であっても。
確率論で言えば、ゼロ%ではない。
「それ」って、何だ?
自分と同じ名前、読みが一緒。そういう人が、有名になる。
世間で、あるいは属する世代で、名が広く知れわたる。
⸻そこからくる、苦しみ、つらさの感情。
そうであることを、「呪い」かのように、思いを募らせてしまうこと。
例えば、同じ名前のその人が、オリンピックで金メダルを獲得する。
主演(出演)したドラマが話題になる。
M-1グランプリで優勝する、TikTokでバズる、etc.
「あなたの周りの人口に、膾炙している」状態。
「漢字までも完全一致」でなくても。
読みだけ一緒の部分一致であっても。
「それ」の影響は、当のあなたにとっては、ほぼ変わらないだろう。
デカい、ってことだ。
「それ」は、あなたにとって、思いもよらないことだった。
そんな襲来イベが人生に起こるとか、誰からも聞いていなかった。
まさに、「青天の霹靂」。
当たり前のことを今から言う。
「あなたと、その同じ名前の人って、何の関係もない。
生まれた年も土地も違うし、経歴、人となりだって、まったく、別々。
リアルのつながりはない。結びつきはしない、本来的に」
そりゃそうだ!だって共通点「名前(の読み)」のみ、なので。
冷静に考えれば、上でぼくが言う内容は、多くの人が腑落ちすること。
でも他者って、どうしても「好奇の目」を、備えていちゃう。
あるいは、「センサー」。耳と意識とに、標準装備しちゃう。
冷静な、合理的な、理知的な判断より、それらが絶対、先に来てしまう。
その人がとくべつ意地悪とか、ぜんぜんそうではなくたってだ。
実のところあなた自身とて、そうした目やセンサーを持っている。
病院の待合室にあなたがいて、呼びだしで
「まつだ せいこさん」
と聞いたら。
「んっ今なんて?」と、あなたのセンサーはどうしても反応する。
遊園地の、迷子のお知らせ放送で、
「『むらかみ はるきくん』
とおっしゃる、お子さんを……」
と聞いたら、またも「んっ?」なるはず。
そして僕はこの名を呼ぶ。
「おおたにしょうへい」さん。
あなたの名前を、ここで使わせていただきます。
「それ」が襲うって、降りかかるってどういうことか。
端的な例になりそうで。
AIに聞くとGPTとGEMINI どちらも、
「同姓同名の『おおたにしょうへい』がいる確率は、ほぼ0です%」
「まずあり得ない」
なんて平気で言う。
けれど、僕は直感的に、それはない、必ず複数この日本にいらっしゃるはずだよ「おおたにしょうへい」さんはと思っている。
(「ネット情報だけが、世界の情報のすべて」などではもちろんない。
個人情報をすすんでアップする国民性ではないのだし。)
当事者であるあなたにとって、「それ」のはじまりは、早かったはず。
少なくとも、花巻東高校時代の大谷翔平が、甲子園でピッチャーとして球速160kmを出し、騒がれはじめていた時期(2011年)には、あなたは彼の存在を認識して、その名の響きに特別な感情を抱いていたはず。
野球選手の大谷翔平は、日本ハムで投打二刀流に見事成功。
その後大リーグに渡り、ワールドシリーズやWBCを舞台に、投打に規格外、超特大の存在感。
30歳台そこそこで、すでに生けるレジェンド。知らぬ者はなしだ。
あなた、「おおたにしょうへい」さんは、こう思うはずだ。
「その一方で、僕ときたら……」、
「名前(の読み)だけは一緒だけど、僕はぜんぜんで……」、
「つか目立ちすぎなんだよ、望んでもないのに、この名はァ……」、
「恥ずかしい、人目が気になるしかない……」、
「もうやだ、この場からダッシュで逃げちゃいたい、消えたい……」
こう思うというか、10年も15年も、「それ」に苛まれているかもで。
でもきっとそれ、もしあなたが無人島に一人きりなら、決して思うことのなかった感情。
大谷翔平を認識する他者が、あなたの周囲にいてこそ沸き起こる気持ち。
そうだよね。
新しい環境に移った、4月に。
病院の待合室で、常日頃。
あなたはずっと、周囲の他者が向ける「目」や、発動する「センサー」に、苦しみ続けてきたんだよね。
「へえ、おおたにしょうへいなんだ!へえぇ……」、という、それに。
「おおたに しょうへい」じゃなくたって。
「ふじい そうた」だって。
「みうら りく」だって。
苦しい思いをしてきた、しているんだよね。
こういう苦悩や煩悶が、マスメディアに取り上げられることはない。
穿った見方をすると「有名な当人」へ配慮や忖度が働くからかもしれない。
あるいは、「彼らについているスポンサーへ」、かもしれない。
けど一番は、「そんなこと想像だにしない」からだろう。
えてしてマスメディアの成果物は(書き手や作り手が、ではなく)、想像力に乏しいものが多い。
想像や配慮をめぐらせすぎると、とてもじゃないが日々出せないから。
こうやって書いている、ぼくも、実は当事者だ。
10代初めごろ、「それ」は来た。
ぼくの場合は、デビュー作で華々しくブレイクした映画俳優だった。
その映画はもろに僕らの世代向けで、だから周囲もすぐに知った。
俳優の名を。
学校にいるあいつの名前が、俳優の名と同じ読みであることを。
その俳優は消えたりせず、その後も長く、存在感を放ち続けている。
そのぼくから、いま、あなた⸻
この日本のどこかにいる「おおたにしょうへいさんたち」に伝えたい。
2つの心の持ち方が大事だよと。
一つは、「やりすごすこと、スルーすること」の徹底。
や、そうはいっても、名はあなたの存在について回り逃れられない、もちろんそうだ。
けど、それでも、敢えて、何度でも意識するんだ。
「はいはい、で、それが何か?」って。
こんな事態、誰にだって、起こり得る話。
誰の心にだって、起こったら、普通の神経してたらたまらない話。
「でもよ、偶然の一致は一致で、彼は彼、僕は僕。
まぁぜんぜんあたりまえっスよね?」と。
「いつも心にジョン・レノン」、それもいい。
"Across The Universe"って曲で、ジョンは、こんなふうに歌う。
なにもかも、僕の世界を変えたりしない
(The Beatles)の英詞を山本訳
もう一つは。
「起こってしまった『それ』を、ラッキー!って思っちゃえ。
必殺ポジティブ変換、発動だ。
で、いっそ引き受けて、自分の特質に変えちゃおう」。
ぼくは最近まで、五月の文学フリマ東京42で出すためのアンソロジー本の原稿を書いていたのだけど、その作業の中でこの、僕自身の「それ」に深く、向き合うことになった。
「ああ、まだ、いや、ずっと。
『それ』はぼくに、ありつづけるんだ」。
この気づきが、本記事を書くことになった前段の動機にもなっている。
ずっと、もう40年とか超えて、喉の内側に刺さったままの魚の骨みたいな、「それ」。
こんな鳥のフン、自分の頭に落ちてきたら、うげっ!思うしかないけど。
いっそ、アンラッキーとか、鳥のフンとか、そう見る見方を捨てる。
「特質」として、「スキル」として、取り込んで、磨いてしまえ。
「それ」があるから、ぼくは考えたり、書く人生をいまも続けている。
「それ」のおかげさまで、50過ぎてこう、できているんだぜって。
人生で引き受けざるを得ないなら、もっと早めに「楽になれるマインドセット」しときゃよかったなー、と、人生を振り返って思う。
「災厄」だ、最悪だクソッ!って、やっぱり、なる。
その気持ちメッチャわかる。
けど、もうしょーがないんで、ここはいっちょ「さぁ、意訳」だ。
「あなたの人生の意味へと、トランスレーションかましたれ」だ。
以上の「これ」を、一種のライフハックっぽいテイにて、「おおたにしょうへいさん」に捧げます。
……でもでも。
まだ、捧げてる当のぼく自身が正直、「これ」、身につけ切ってない。
なので、いま、ぼくはあなたに伝えたいです。
「『それ』から、『これ』へ。
意識を移す、その人生の実験。
ねえ、ぜひさ、あなたとぼくで、一緒にチャレンジしない?!」
(了)
このテーマで書くのは、今回が初めてではないです。
もしかしたら以下の記事と重複もあるかもですが、
より、「あなた」へ、ひらいたものに。
『それ』を共有したいし、一緒に『これ』⸻新たなマインドセットの構築に、共に挑みたいよ!と誘いかけるもので、書きたくなりました。
前記事のこれも、意識になんらか影響与えたかも。
だって、すべては、つながってるんで。
#いまあなたに伝えたいこと
#新生活を楽しく
#有名人と同姓同名 #有名人と名前の読みが一緒
#災厄に意味を与える #ポジティブ変換で己を救う #すべては気の持ちよう #ライフハックのようなもの
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