単なる「反転アンチ」や「売れ線になって寂しい」とはワケが違う、“サカナクション山口一郎” から “配信者・いっくん” への変貌に対する悲しみと危うさ
前回の記事で、サカナクション・山口一郎の昨今のYouTube配信活動の動向によるファン層の乖離について言及した。
自らを「いっくん」と呼び、一気に新たなファン層を獲得した現在の山口一郎の姿は、その一方で一定数の従来のファンを悲しませるような状況に見えてしまっても仕方がないことを指摘しつつ、鬱病を抱えながらもバンドを継続していくために配信を使って裾野を広げていかざるを得ない事情や、その裏事情すらも大っぴらに開示し理解を求めている「実直さ」という面は昔から変わっていないことも認め、そういった事情を鑑みずに批判をぶつけることは配慮に欠けるということ、そして一歩引いた場所から思いやりの心で見守るしかない、という結論を述べた。
しかし、そうは言っても、内心は折り合いを付けられているわけではない。こちとら、かつての山口一郎の姿勢に本当に尊敬の念を抱き、長年応援して来た身としてそれなりのクソデカ感情はあるから、現状に対して残念に思ってしまう気持ちは簡単には収まらない。
類似の事案として、アイドルや “推し” の声優・タレントに対して一方的に恋愛感情を抱き、結婚報告や不祥事をきっかけに憎悪の感情へ転換してしまう、いわゆる「反転アンチ」と呼ばれる現象がある。「反転アンチ」は、そう名付けられるほどアイドルや声優・VTuberなどの文化圏で非常によくある事例として、現在の “推しカルチャー” 時代に存在しているし、そうでなくとも、応援していたマイナーなロックバンドがメジャーデビューしてしまったことをきっかけに「売れ線になって寂しい」「遠くへ行ってしまった」などと憂うような声も昔からよく聞く。
ただ、それらと一緒にしないでほしい。この事例は、単なるそれとは性質がやや異なる。いや、メカニズム的な意味ではこれも一種の反転アンチ的感情と同じだといえるのかもしれないが、単にありもしない勝手な理想像を押し付けて失望しているわけでも、サカナクションが売れて欲しくないわけでも全くない。
むしろ今まで長い間、サカナクション及び山口一郎は、戦略的・意識的に本当に長い間上手くその部分のバランスを取り続けてきたのだ。その方法論に尊敬の念を抱いていたわけであり、それがサカナクションの長年のコンセプト・活動理念でもあった。そういった理念が今になって山口一郎の人格から消失していき、根幹部分から崩壊してしまいつつあるように見えてしまう状況に対して悲しみがあるわけで、それらを犠牲にしてまで「新しい自分」になって病気を抱えながらも精力的に前に進んでいくその様子は時に痛々しく見ていて辛くなるときもあるし、そのあまりにも危なっかしい動き方に心配の気持ちが収まらない。このままだと健康状態としても取り返しの付かないことになってしまうのではないかと気が気でない。そこまで追い込まれてしまった状況に対して同情と悲しみの気持ちも大いにある。決してオタク側の勝手な「理想像の押し付け」や「迷惑な思い込み」「恨み」のように片付けられたくない。
かつての「山口一郎」の姿勢・サカナクションの魅力は何だったか
サカナクションはそれなりに長いキャリアの中で既に多くのヒット曲を出してきている。その中で「狙ってキャッチーなことをしてヒットを狙う」側面と、「マニアックなアプローチをする」側面を意識的にバランスをとって、器用にコントロールし続けてきた。巧みな戦略によって、メジャーシーンへ異質な形で進出していき、そのことさえも「戦略すら表現」というフレーズで旗を振って、支持を広げてきた。単にマニアックさのみに甘えるだけではなく、しかし単にマーケットに迎合するでもなく、確かな分析力と行動力によって、ヒットへも挑戦しながら、アイドル売りは決してせずに、挑戦的な側面も諦めないその姿勢こそに、僕を含めて多くの人が惹かれたのだ。
もし「遠くへ行ってしまって寂しい」や「有名にならないでほしい」といった、ロックバンドによくある感情が中心であるならば、2010年代の活躍の時点で、多くのファンが失望を抱いたはずだ。しかし、現実はむしろ逆だった。僕を含め、多くのファンはこれらの飛躍を心から喜び、バンドがメジャーシーンで独自の存在感を示すことに誇りを感じていた。そうしたヒットの裏には常に、マニアックな要素との折り合いのつけかたや、マイノリティーとマジョリティーの間の動き方に対する山口一郎の深い葛藤と洞察が潜んでいた。
また、普通のバンドであれば、そのような崇高な理想を掲げても現実には破綻してしまうのが常である。しかしサカナクションは、見事にその理念を実現してみせ、本当に長い間、実践し続けてきた。その姿勢と「有言実行」の実績が、バンドへの信頼に繋がっていたのである。
ファンが一方的に勝手な理想像を作り上げたのではなく、実際に彼らが提示し続けてきた姿勢そのものを最大の魅力として受け止めてきた。だからこそ、その部分が覆されつつあることに対してのショックがあまりにも大きいのだ。ある意味、単なる恋愛感情的な反転アンチよりも、根深く重いものがある。
漫画『ONE PIECE』の事例との比較
近年、国民的漫画『ONE PIECE』のクオリティーの著しい劣化と、賛否両論の意見が騒がれるようになった。『ONE PIECE』はかつて、シンプルに漫画としての面白さに加えて、「伏線がすごい」「細部まで作り込まれている」というような側面での評価も獲得してきた。
しかし、あるときから、主にYouTube上で「考察」をメインコンテンツとするチャンネルが数多のように現れ始め、時に必要以上の深堀り・深読み・こじつけ・称賛・執拗な展開予想がなされるようになった。ドロピザ、もっちー先生、カミキカンデ、コーキタコヤキ大阪、といったチャンネルが代表例だろう。
それと反比例するかのように、矛盾点、粗さ、設定の破綻、漫画としてのそもそものクオリティーの著しい低下が原作にみられるようになった。失望する読者も出現し始め、ついには、その問題点の指摘と、信者・考察者に対する批判を行うチャンネルも現れ始めた。りんどう氏や、なべおつ氏がその筆頭だ。
信者からしてみると、批判勢は「ただのアンチ」「迷惑な誹謗中傷」のようにまとめられてしまうかもしれないが、批判勢は別に「有名だから貶めてやろう」「チヤホヤされやがって」というような嫉妬や憎悪からくる単なるアンチなどではなく、前半の海を中心とした「かつてのワンピース」への信頼と期待、愛情があったからこそ、現状への失望が強くなってしまったのだ。作品そのものへの誹謗中傷はしておらず、あくまで問題点を指摘する「批評」として、(望みは薄いが)かつてのような面白いワンピースがまた読めるようになる一縷の望みを願いながら、悲しい気持ちを昇華させているのである。
この事例は、声優やアイドル、VTuber、ロックバンドなどに見られる通常のよくある反転アンチ問題とは異なり、山口一郎とファンにまつわる当該問題に状況・構造が非常によく似ているように思える。
ただ、それでも、決定的に異なる点が2つある。
ONE PIECEの場合は、主力商品である「漫画そのもの」の質が悪化していることが問題となっている。しかし、サカナクションの場合は、山口一郎の振る舞いや発信にいくら賛否が起こったとしても、バンドとしての主力商品である「音源」と「ライブ」だけはクオリティーを保持し続けている。その点だけは救いである。どんなに気持ちが離れてしまっても、音楽が届いたそのときだけは大きな感動を提供し続けてくれる。
ただ、そのペースはとてつもなく遅い。邪推だが、彼らはその作編曲能力にとっくに限界が来ているにもかかわらず、他のどのミュージシャンやバンドよりも「過去作よりクオリティーを落とすわけにはいかない」「摩耗するわけにはいかない」というこだわりを持ち続けている。そのため、想像もつかないほどの途轍も無い試行錯誤を経て、結果的には非常に完成度の高い新曲が提供される。その尋常じゃないほどのペースの遅さを埋めるために、リスナーに忘れられてしまわないためにも、一郎さんが矢面に立っておちゃらけた発信をし続けなければならなくなったようにも思えるのだ。
もう一点は、ONE PIECEの場合は、尾田栄一郎が直接オモテに出てきて読者と密なコミュニケーションを取っているわけではないため、尾田栄一郎に一体何が起こっているのか、健康上の問題があるのか、集英社の組織構造に問題があるのか、その原因は憶測でしか語りえないが、サカナクションの場合は、むしろ山口一郎が赤裸々に全てを開示して説明を果たしており、そのうえでの問題である点だ。鬱病を抱えながらもその状況を乗りこなして前を向いているその姿勢を示されると、批判的態度をとることすら極めて非人道的なものになってしまう。だからこそ非常に厄介なのである。
結論
普通なら、僕はもっと典型的な反転アンチになっていてもおかしくないような状況なんだけど、それだと無意味に一郎さんをさらに傷つけてしまうだけで、誰の得にもならない。「いっくん」という姿を見るのは辛いが、山口一郎に敵意を向けたいわけでは全くない。むしろ、それまでのスタンスをひっくり返してまで、新しい自分に変わらざるを得ないほどに追い詰められてしまった彼の状況がいたたまれない。悲惨であり、あまりにも可哀想だという悲しい気持ちでいっぱいだ。
山口一郎はX(旧・Twitter)で、こう綴っている。
時には、不安や不満を感じさせてしまうこともあるかもしれません。その時はどうかお許しください。悪気は決してないのです。変わらないことは難しいけど、変わらないまま、変わって行きます。今は常に新しくなりたいのです。病気の前には戻れないから。
泣けてくる。彼は悪くない。彼を追い込み、山口一郎がこうならざるを得なくなった原因がいくつもある。それについて、次の記事で考えてみたい。
→ 書きました。
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